6 ちょっと……いや、かなり、うらやましい。
約束の日曜日は、晴天だった。
サラと寮の前で待ち合わせて、丁度よくやって来た2台のリキシャでバランダイン子爵邸へ向かう。
リキシャが止まって、
「つきやしたぜ」
という言葉と共に、ステップが置かれて、そこを降りると目の前に、
「ちいさ!」
もう一台のリキシャから降りて来たサラが、
「そういうことは口に出して言うものではありませんわ」
と言われても、バランダイン子爵家の邸宅は、ちいさかった。
単なる子爵家だとしても小さすぎる。
2階建てで、ちょっとした商人の家と変わらない。
「邸宅はあちらですわ」
「え?」
サラの視線の方を見ると、同じ敷地内に立派な邸宅がある。
目の前に建っているものより、ふたまわりは大きい。
貴族とのものとしては小さいが、子爵家としては十分だ。
そちらには鋳鉄製の立派な門があり、門番も立っている。、
「じゃあ、こっちは?」
目の前には小さいが石造りの頑丈……というより武骨な門があり、あちらの門番よりも筋骨隆々とした門番がふたり立っている。
門番が逆じゃね?
「別棟、ということですわね。別の門があるのも珍しいことではありませんわ」
「なんで?」
サラが顔をしかめて、
「……顔を合わせたくない者同士が、同じ敷地に住んでいる場合には、こうするものですわ」
あ。察し。
当主の愛人とかですね!
でもなぜこっちに?
リキシャ2台は、何の迷いもなくこっちへ止まった。
なぜ。
わたしたちを運んで来たリキシャの男は、門と同じくらい武骨な門番に気安い調子で、
「お嬢に、客人を連れて来たって伝えてくれ」
門番のひとりがうなずき、別棟の中へ入ろうとするより早く、
「あー、来た来た! 入って入って」
扉から出てきたのは、ヤマザル嬢であった。
学園の制服を着ているところを見ると、出かける用意はできているらしい。
ほんと、学園の制服は便利。
学生の間は、これさえ着ていれば、どこへ行っても服装で咎められることはない。
楽だー。
彼女はリキシャの男に、
「ゴーシュ! ご苦労様でした!」
「なーに、お嬢の頼みとあれば、リキシャ一同、たとえ火の中、水の中」
リキシャの車夫と、ヤマザル嬢は気安い様子だった。
門番が咎めないところを見ると、いつものことなのだろう。
「……ぴったりの時間にリキシャが来たのは、こういうことだったのですわね」
「こういうこと?」
「わたくしたちが出る頃合いを見計らって、リキシャが来てくれたわけ」
「ああ……そういうことか」
ヤマザル令嬢が、顔見知りの車夫に、頼んでくれていたのだ。
邸内は、新築の香りがした。
改築したばかりなのかな?
「ユークノーム嬢は、ここに住んでいるんですの?」
「そうだよ」
「え……」
別棟とはいえ、婚約者のお屋敷に住んでいる?
結婚前の貴族の子女が?
まさか。
「ここは、ジェリーの5代前のご先祖様が、愛人さんのために建てたんだって」
サラの推測通りであったらしい。
と、そんなことより。
「ここバランダイン子爵家の邸宅だよね?」
「そだよ。だけど、今はわたしのおうちで、ジェリーのアトリエで、ゆーくのーむ辺境伯家のタウンハウスもかねているんだ」
「あなたの婚約者のアトリエ?」
「そだよー」
わたしとサラは顔を見合わせた。
このふたり婚約者なのに、もう、同じ屋根の下に住んでいるということ?
「……爛れてますわ」
サラが、こっそりそう言うから、
「うーん。そうはみえないんだけど」
「同感ですけど……」
確かに、最初遭った時から、ヤマザル令嬢と貧乏画家の距離は近かった。
婚約者同士にしても、異例なくらいだ。
だけど、なんというか、仲良しの男の子同士みたいで、色気というものが全くなかった。
そのまま2階のアトリエに案内されると、画家令息がいた。
「今日は、ジェリーも一緒に来るんだよ」
この前と同じように、画家令息は礼儀正しい様子で、
「おはようございます。今日は、同道することになりまして」
「急に決まったことですの?」
「ビントン侯爵から、ビントン嬢の肖像画の依頼がありまして」
「肖像画?」
ヤマザル令嬢は、誇らしげに、
「ジェリーは絵がとってもうまいんだよ」
周りを見ると、イーゼルには描きかけの絵が、壁には完成した絵が、並んでいる。
しかも絵のうちの8割くらいは、ヤマザル令嬢を描いたものだった。
メイドだったり、猟師だったり、学生だったり、いかにもお嬢様っぽいドレスを着ていたり。
絵心の乏しいわたしでも判る。
うまい。
しかも、単なるうまい絵ではない。
やさしく、あかるく、生命力にあふれている。
対象への愛がなければ描けない絵だ。
「ほーら、みんなわたしそっくりでしょ」
いや、そういうレベルじゃないから!
描かれている当人は判っていないらしい。
しかも、今よりも若い、もっと少年っぽかった彼女の絵もある。
かなり前からふたりは知り合いだったということだ。
何の関係もない平民を養女にして、婚約者に仕立てた、というわけでもないみたいだ。
愛されてるなぁ。
ちょっと、いやかなり、うらやましい。
「先輩は、そのまま行くんですか?」
「!」
「そうですわ。いくら、関心をもたれていない婚約者だと言っても、流石にバレると思いますわ」
「だいじょうぶ! わたし変装してるから!」
わたしは、くいっとメガネをあげた。
この日のために買った黒縁眼鏡だ!
いつもより知性が2割くらい(個人の感想です)あがってみえるぞ!
サラが断言した。
「ばれますわ」
苦笑と共に貧乏画家が言った。
「ばれるでしょうね……」
ヤマザル令嬢が、驚いた顔で、
「変装してたの?」
なぜ!? 完璧な変装なのに!




