3 病弱な妹の存在を証明できません! 八方ふさがり!
「で、でっ! どんな女だったの?」
と、わたしがずずいと身を乗り出して訊くと、サラはメモ帳を優雅に取り出し、
「長いつやややかな黒髪がうつくしい、黒縁のメガネをかけた細身の美少女だったそうですわ。しかもいかにもはかなげな風情とか……はしたなく食べる様子を披露さえしなければ、ですけど」
「うっ。ぐぬぬ」
なにその高そうな戦闘力!
なにもかもが平均値のわたしでは勝てない!
まぁ婚約者に関しては、もうどうでもいいから、負けてもいいんだけどさ。
「そうでしたわね……貴女は相手のお顔をご存じない」
「今、知った!」
サラは、わたしの顔を、残念なものを見る目で見ると、
「名前くらいはご存じですわよね?」
「もちろん! え……えっと……」
あれ?
流石に名前は聞いたはずなんだけど……。
「ちょ、ちょっと待って! 思い出すから!」
この頃、婚約者に対して関心がうすくなってたし、そのオマケはもっと。
「サビーナですわ。サビーナ・ビントン」
「そうそうそれ! もつべきものは記憶力のいい親友だよね!」
サラは、わたしの顔を、ものすごく残念なものを見る目で見ると、大きなため息をつくて、
「……うーん。困りましたわね」
「って、サラ、それはちょっとひどくない? そりゃ、顔面性能は向こうの方が上っぽいけれど」
「そういうことではありませんわ。本当に相手がそのサビーナだったのかどうか確証が得られない、ということ」
「え、いまさらそれが問題なの? おにいさまって言ってたんでしょ?」
「全然関係ない女にそう言わせてる、のかもしれませんわ」
わたしは目が点になった。
「え……なんで?」
「さぁ……そこまでは。でも、可能性はありますわ。というか、相手がそう言ってくる可能性が」
「いや、いくらなんでもそれは――」
「もし、あの日。お体が弱いことになっているニセ妹様が、一日中ベッドにいたという記録があったら? 多数の証言が出てきたら?」
ニセ妹と浮気していた! とこちらが騒いでも、アリバイがあるので的外れ、と言われておしまいだ。
「……それくらいしかねない、かぁ」
貴族と、それにつらなるものたちというのは、一種の利益共同体である。
歴史がある貴族なら、その使用人たちも代々仕えている者で固められているから、主家に問題があっても発覚を喜ばない。
口裏を合わせるくらい、呼吸をする程度の自然さでする。
「キャル。貴女はどうしたいんですの? まだあの顔だけ男にホの字ですの?」
「まさか」
「では、目標は婚約解消ですわね。そのためには、ビントン家とつきあっていても何の益もないか、婚約解消によって、つきあっていることで得られる利益より大きな利益を得られることを明かさねばなりませんわ」
「……はぁぁ。なんか面倒くさい」
考えてみれば。
恋心はすりきれてなくなってるし。愛は生まれる前に消えたし。
こっちに婿入りしてくるんだから、立場はわたしの方が上だし。
形ばかりの結婚をして、こっちはこっちで好きなように生きるというのも――
「キャル。貴女真面目に考えたほうがいいですわよ。形ばかりの結婚をして、あとはこっちはこっちで好きなように生きればいいや、とか考えていらっしゃるのかもしれませんが」
「見抜かれた!」
「もし、このまま結婚したら、あっちはあっちで好きなようにふるまって、そのお邪魔虫までがついてくるかもしれないんですわよ」
想像してみた。
愛も恋もすりきれたとしても、自分の旦那が、半ば公然と義妹と浮気している状況。
しかも、わたしより美女!
そのうえ、わたしとあの顔だけ男は、いたさないわけだから子供もできない。
となれば、下手すりゃ、そいつらの間でできた子供が、うちの子供ってことに……。
「……それは流石にいやかも」
「まず事態を正確に把握する必要がありますわ。ビントン令息が誰と浮気しているか。浮気の程度はどのレベルか。肉体関係のありやなしや。具体的な証拠も必要ですわ」
「……そのためにも、まずはサビーナの顔くらいは知っておかないとだね」
「交流日も、向こうがサラのところへ来るんですわよね……こちらから乗り込めませんの?」
「親父が、どうあっても、侯爵家と縁続きになりたいから、向こうの言うがままなの」
それにあの家。 かたっくるしくて、息がつまるんだよね。
「貴方の御父上って、遣り手の商人という評判ですわよね?」
「わたしを生贄にささげれば、侯爵家とつながりが出来るなら、安いもんだって計算なんでしょう」
「と、しますと、もし貴女が先方へ押しかけても。向こうは強気で対応して来ますわね。だって、貴女の御父上が味方なんですもの」
「面会謝絶って言われるのが」
「オチですわね……
侯爵家ともなれば、使用人の口も堅いし、金銭程度では動きはしないでしょうし」
内部を知る手段はなし。
とすれば……
「そうだ! 現場を押さえるというのはどう!」
「どうやってですの? サビーナ・ビントンの顔もわからないのに?」
「そりゃ、あいつをつけまわして、デートだか密会だかの現場をおさえれば!」
誰が相手にしろ、我が婚約者がデートの片一方であるのは確実だ。
だとすれば、あいつの行動を監視していれば、おのずと相手もわかる。
うん。名案! それしかない!
「誰がそれを? わたくしと貴女で?」
「え……いや、わたしひとりでするつもりだけど……」
うちの使用人や従業員は、親父の部下でもある。
なので、当然、侯爵家と縁続きになりたくてたまらないという親父の方針を知っている。
それが破綻しかねない行為に……協力してはくれないだろう。
下手をすれば、わたしが婚約解消をしたがってることを、チクるかもしれん。
「心外ですわ。わたくし、貴女の友ですわよ」
じーん。
今、わたしは滅茶苦茶感動している!
思わず、席を立って、わたしはサラにぎゅっと抱き着いた。
「サラ……ありがとう!」
「あっ、あたりまえですわ……だって、キャルはわたくしの大切な友達ですもの」
「サラってば、耳たぶまで真っ赤にしてかーわいい」
「でも……十中八九うまくいかないとは思いますけど……」
「へ?」
「ビントン令息と、常日頃行動を共にしていない貴方とわたくしでは、待ち伏せすることすら困難ですわ」
「じゃ、じゃあ王都のデートスポットを片っ端から――」
「王都は広いですわ」
「た、確かに……」
いくらデートスポットが限られているといっても、10や20は30ある。
それをたったふたりで探し回る……。ムリ!
「もしうまくいったところで、キャルが執着が激しい婚約者呼ばわりされるのがオチですわ」
「ぐっ……なにその理不尽!」
基本的に、サビーナは屋敷から出てこない。ブラックボックスで触れられない。
かといって、婚約者の跡をつけるのも待ち伏せも困難。
手伝ってくれる人手もない!
サラのほうだって、実家ではうとまれているから、寮暮らし。
協力者は見込めない。
八方ふさがり!
「くっそー。サビーナ・ビントンめ! 顔くらいおがませやがれ!」
「サビーに会いたいの?」
「そりゃね。せめて顔くらいおがまないと――え?」
わたしとサラは、声の方を見た。
少年。いや、女の子がいた。
肩でばっさりと切られた金髪の女の子。
赤味がかった金髪で、陽があたっている部分が燃えているみたいだ。
癖が強い髪らしくて、あちこちが抑えきれずにぴんぴん立っているから、本当に炎みたい。
上は女子用のブレザー、下は男子用の長ズボンを履いていた。
ブレザーの襟もとについたリボンタイの色は赤。一年生だ。
ベランダと同じ高さまで届いている太い枝の先端に座っていた。
余りに意外な方面からの声に、戸惑っていると、サラが
「貴女はサビーナ・ビントンとどういう関係ですの?」
彼女は、なんの裏表もない、明瞭な声で答えた。
「友達!」




