2 婚約者の病弱な妹みたいなものは存在してるらしい。
「これで12回目ですわね」
「ええと……もう、そんなだった? サラが言うんだから、そんなもんなんでしょうね」
もはや、回数さえ覚えていない。
それくらい、どうでもよくなっている。
「その熱がない口調。流石にさめたようですわね」
ちょっと意地悪く言われる。ぐうの音もでない。
婚約して2年目だった去年の初めは、さんざんノロケたもんでした。
だって、顔がよかったし。美男だったし。イケメンだったんだもの。
そのうえ紳士に見えたし。王子様みたいだったんだもの。
あの頃は、まだすっぽかされなかったし……。
これが若気の至りってヤツですね! まだ若いですけど。
それをイヤな顔ひとつせずに聴いてくれたんだから、親友には感謝しかない。
「……さめた、というか、諦めの境地」
「これは、アレかもしれませんわね」
「でしょうね……」
「しかも、妹とはいっても、血が繋がった妹ではないんでしたわよね?」
わたしはうなずく。
妹とか言ってるが、正確に言えば、妹のようなもの、なのだったりする。
去年、遠縁の男爵家(確かご当主の弟のついだ分家)が、彼女以外事故で死んでしまって、身寄りのない彼女をひきとったのだ、とか。
引き取るな、とは言えんよね。
でもさ。
わたしとのお茶会がある時に限って、具合が悪くなる妹(偽)。
妹(偽)という存在の意図を感じる。都合がよすぎ。
しかも、それをホイホイと信じて(?)、わたしをほったらかす婚約者も、ろくなものじゃない。
余りにも長い期間会っていないので、顔も忘れかけている。
……というのは流石にウソ。
幸か不幸か、同じ学園に通っていて、同学年であるから、最低限の接触はある。
一応は婚約者として扱ってはくれている。
一応。最低限。型どおり。
儀礼的で心なんかこもってないけどね!
一応。表面上。形式上。
婚約者が、義理だか偽だか妹みたいなものだかにご執心なのか。
義理だか偽だか妹みたいなほうが、本当に都合よく悪化する珍しい体質なのか。
そうでなければ、相思相愛か。
妹とラブとか、ロマンチック、もとい、困ったものである。
だけど。
ああ、だけど。
「だからといって婚約解消ってわけにはいかないんだよね……」
向こうは、最低限ではあるが、婚約者として扱ってはくれている。
誰が書いたものか判らないが、詫び状は来るし、
誰が選んだのか判らないが、誕生日には贈り物もおくってくる。
この学園で人目をはばからずいちゃついているわけでもない。
奴と偽妹がいちゃついているのを目撃した人間は誰もいないってこと。
しかも、わたしの家は男爵(しかも父の代でなったばかり)。向こうは侯爵。
余程のことがない限り、こちらからは解消できない。
婚約者は三男坊で、婿入りしてくるのにも関わらず! 大理不尽!
これが明白な浮気なら、まだ、なんとかなる……
いやいや、無理。
成り上がりの男爵である親父が、この婚約に大乗り気だからだ。
侯爵家とつながりが出来れば、そのメリットは計り知れないんだってさ。
バーナードに愛人が一個軍団がいたとしても、婚約解消なんてさせてくれない。
可能性があるとすれば、みっつ。
1。ビントン侯爵家が落ちぶれて、手駒を結婚させるメリットがゼロになった場合。
2.ビントン侯爵家から莫大な違約金をとれる場合。
3。ビントン侯爵家が重罪犯罪でもして、巻き込まれたら大変! ってことになった場合。
「病弱な妹みたいな生物の看病となると……向こうが押し通せば通ってしまいそうですわね」
「薄幸で病弱で美少女を懸命に看病するイケメンとか絵になるなー」
ひとごとならね。
そもそも本当に看病をしているのか、それを確認する術はない。
いや、本当に病弱かすら判らない。
「というか、実在してなかったりして」
会わせてもらったことないんだよね。
「それはありえませんわ。だって――」
「そうなんだよね……デビュタントには出席してたらしいもんね……」
サラに教えて貰うまで知らなかったんだけど。
デビュタントのお披露目には重要な意味があるのだ。
昔むかーし、莫大な遺産を引き継いだ親戚の子を、後見人が引きとって、すぐ殺してしまったことがあったそうな。で、その子が成人に達した頃合いで、死亡届を出してニセの死体を用意して、怪しげな遺言書でその子が受け継ぐはずだった全財産を奪おうとした……ってことが。
そこまでひどくなくても虐待事件なんかもそれなりにあったらしい。
だから、生存確認をするためにも、デビュタントへの出席は義務付けられている。
病気で欠席だと申請すれば、王宮から医者が複数名派遣されて、本当に病気かを診察する。
助手と称して、監査官が同行するとかしないとか。
そこで虐待や不正が見つかれば、それなりの罰と不名誉ってことになる。
見つからなかったとしても、デビュタントに娘を出せないってことは、何があるんじゃ……と勘繰られる。
そんな面倒を避けるため、無理やり娘を出席させる家もあると聞く。
実際、去年、デビュタント開始早々バッタリ倒れて、すぐ姿を消した令嬢もいたとか。
いつのことだかは知らないが。
ビントン侯爵家から、デビュタントで病弱な生物が出席したからこそ。
ビントン侯爵家は、ひきとった娘を殺したんじゃないか、という汚名をかぶることもなく。
司直の手がはいることもなく。
今でも貴族名鑑に掲載されているというわけだ。
「そうではありませんわ。ビントン侯爵家の妹は実在しますわ」
「うん。判ってるデビュタントで」
サラはかぶりをふった。
「ちがいますわ。目撃されてますのよ」
「な、なんですとっ!?」
わたしでさえ目撃してないのに!
「ビントン侯爵令息を、おにいさま~と呼んで、おねだりするお姿を」
わたしは思わず、カッと目を見開き、身を乗り出して。
「いつっ!? どこで!?」
「ビントン侯爵令息と、王都の市場で買い食いをしていたそうですわ。
しかもその妹さん、おねだりしたものを豪快に食べまくっていたとか」
「なななななんとっ!」
と、思わず叫んだけど、
落ち着けわたし。
おにいさま~と呼ばれる男なんて、この王都にいくらでもいる。
「間違いなく貴方の婚約者ですわ。
その男、財布を持っていなかったらしくて、お代はビントン侯爵家にとりにくるように、って言ってたそうですもの。でも、結局は女のほうが払ったみたいですけどね」
なにそれ……流石は侯爵令息と言うべきか、単にバカと言うべきか。
「……ってことは、病弱って言うのは」
「そのありさまから判断するに、真っ赤なうそということになりますわね」
「もしかして日付は?」
「残念。貴女がすっぽかされた日ではありませんわ」
「くっ……」
だけど黒だ。我が婚約者は黒!
そして、自称病弱もやっぱり黒だった!




