1 春なのに、わたしの心は秋。
病弱な妹がいる婚約者の話って書いたことないなぁ。と思って挑戦してみました。
季節は春である。
春はどこか心が浮き立つステキな季節だ。そのはずだ。
だけど、わたしの心は秋。
秋のさびしさ、というより。
葉っぱが全部落ちちゃった落葉樹って感じ。
「はぁぁ……お貴族様ばっかりが通う学園なんてロクなもんじゃないわ」
と愚痴ると、
テーブルを挟んで、向かい側に座った親友が、
「そういう貴女も私も貴族なのだけど」
わたしは男爵令嬢。親友は伯爵令嬢。
「わたしはサラと違って、貴族っていっても、親父が爵位を金で買ったようなもんだし」
親父は、王都の不動産業で、がばがば稼いで、
破産した貴族の株を買って(下級だと売ったり買ったりできるんだよね)
10年前にお貴族様になりあがった。
つまり、わたし。キャリー・バンダルバンダは成金の娘である。
バンダルバンダってなんだよ。我が名字ながら笑える。
それに引き換え、親友――サランドラ・モンテローザは由緒あるモンテローザ伯爵家の次女。
「確かに、私の家は、由緒正しいわ。315年の歴史もある……」
けだるげな溜息をつくと、頬杖をついて、校舎の方を見た。
そんな仕草さえも、いちいち決まっていて、見惚れそうになる。
波打つ金髪が、ふうわりと風になびく。
「でも、キャル。貴女のいう事には、全面的に同意……ロクなものではないですわね」
サラの成績は、跡取り息子の兄より圧倒的に上。
優秀過ぎて、両親と兄に疎まれている。
愛想がなくて頭がいい女は嫌われる。そういうことだ。
彼女の視線の先には、建ち並ぶレンガ造りの校舎群。
緑色に生い茂るツタさえもが、きれいに整えられ、一幅の絵画のようなその光景。
傍から見れば美しいが、一歩踏み入れれば、とんだ魔境。
人外魔境ならぬ人内魔境だ。
生徒の背中には、古い建物にからまったツタのように、びっしりとしがらみがこびりついている。
話しかけるだけでも、
相手と自分の家格の上下だの、
家同士の関係だの、
あれやこれやと考えることが多すぎる。息がつまる。
それを呼吸するように自然にこなす貴族様ってこわい。
1年をなんとか過ごし、2年目に突入しても、慣れない。
「サラと出会えなかったら。わたし、どうかなってたかもしれない」
詰め込み教育の甲斐もなく……
っていうか『さぼれば入学できないんじゃないか、しなくて済むんじゃないか』という、一縷の望み、希望的な観測にかけて勉学をさぼるほうに頑張っていたのだけど。
親父は、寄付金を積んで、わたしをここへ放り込みやがった。
放校か退学にでもなればお先真っ暗な立場。
親父がわたしをどうするか判ったもんじゃない。
礼儀作法は、なるべく会話せず、ニコニコして曖昧にしてることで辛うじてやりすごしていたけど。
その戦法は成績には通用しない。、
なんとかしないと、とすがった相手が、同じクラスで一番成績のいいサラ(学年トップ)だった。
こうしてつきあいが始まったら、予想外。
サラは、成績優秀品行方正で、絵に描いたようなお嬢様で不愛想で孤高に見えたけど。
なぜか、わたしと気があった。
彼女に勉強だけでなく、接するうちに、さりげなく礼儀作法も教えてもらって、なんとかなっている。
「奇遇ね。私もですわ」
「またまたぁ」
わたしが親友に教えたようなことは何もない。
あ、ひとつだけあったかも――、
「気楽に話せる相手なんか、キャル以外いませんもの」
わたしのうちは、由緒も背景もしがらみもない。
なにも考えずに話せるもんね。
しかも、爵位もこっちが下だし……まぁそういう意識はサラにはないだろうから失礼だね。
「それに、ここを見つけたのだって貴女ですわよ」
このアジトは学園の敷地のはずれにある廃屋だ。
学園の息苦しさの余り、どっかひとりになれる所でもないかなぁ、と思って、うろついていたら、ここを見つけたのだ。
校舎とは結構距離がある上に、うまい具合に生い茂った常緑樹の木立が、校舎からの視線を遮っている。
おそらく、わたしと親友以外は、ここの存在を知らないだろう。
廃屋と言っても、作りはしっかりしている。
レンガ造りの2階建て。
1階は4部屋。2階は2部屋。そして広々としたベランダがある。
サラが調べてくれたところでは、
30年ばかり前、どこだかの大貴族の子弟が、私費で建てさせたんだそうだ。
学園の敷地内に許可なくこんなものを建てちゃいけないはずなのだけど、親の寄付金のおかげが権力のせいか、その両方か、認められたらしい。
わたしたちは、ここにお菓子だのティセットだのを持ち込んで。
ベランダでお茶したり、おしゃべりしたりする。
勉強を教えてもらうこともある。
はぁ……ここは天国。
親友は、いきなり、こちらへ振り返ると、
「で。キャル。もしかして、またですの?」
「また、ってなにがよ」
ちょっと、ドキッとしたけど。
何でもありません、というのを取り繕ったつもり。
「ビントン卿のドラ息子のクソ野郎がすっぽかしましたの?」
「サラ……口調」
わたしが親友に教えた、というか教えてしまった唯一のもの、それがこの言葉遣い。
「ふふ。キャルの口調が移ったのかもしれませんわね。で、どうですの?」
バーナード・ビントン。
ビントン侯爵の三男坊。わたしと同い年の男子。
そしてわたしの婚約者。
金髪碧眼の美男。王子様みたいに思えた相手。
「いや、なんで、そう思ったの?」
「だって、ここがロクなもんじゃないなんて、わかりきったことを改めてわざわざ言うんですもの。
ロクでもないことがあったのかなと思うのが当然だと思いますわ」
わたしは、仕方なくうなずいた。
そもそも、記憶力と観察力に富む親友に、隠し事なんて無理なのだ。
「理由も、また?」
「そう、また」
病弱な妹が体調を悪くしたので、行けなくなった。だってさ(投げ遣り)。




