第15話:深淵の激闘、魔王の咆哮
洞窟のような空間。 異界の門が開いていた。 無数の魔物が蠢く。 新宿地下の巣窟。
泥魔。影のような存在。 その他、見たことのない異形が満ちる。 禍々しい魔力が渦巻く。 その中心に一際巨大な影。
「マラだ……」 サラが息をのんだ。 マラは門の前に立っていた。 その全身から瘴気が噴き出す。
「よく来たな。愚かな人間ども」 マラの声が空間に響く。 地を這うような重低音。 殺意が剥き出しだ。
「貴様らを始末し、魔核への道を開く」 マラは嗤った。 同時に、周囲の魔物たちが一斉に動き出す。 地響き。
「散開しろ!」 高橋が叫んだ。 彼の手に持つ金属製の棒が光る。 戦闘開始の合図。
泥魔が複数体、俺たちに迫る。 粘液を滴らせる醜悪な姿。 腐臭が鼻を突く。 数は圧倒的だ。
俺は躊躇わない。 右手に魔力を集中する。 漆黒の光が掌に凝縮される。 闇の波動。
「滅びろ」 短く呟く。 光の塊を放った。 それは直線を描き、泥魔の群れを貫いた。
一瞬の静寂。 泥魔の体が爆ぜる。 黒い液体が飛び散り、空間に悪臭が満ちる。 複数の泥魔が同時に消滅した。
サラの目が驚きに見開かれる。 高橋も一瞬、動きを止めた。 ユウキは震えながらも、俺の放った力に畏怖していた。 この力が、魔王の力だ。
「あの泥魔、まだ奥にもいる!」 ユウキが叫んだ。 彼の感知能力が、新たな敵の出現を告げる。 無尽蔵の湧き出し方だ。
高橋が素早く動いた。 残る泥魔の群れへと突進する。 彼の棒が閃光を放ち、泥魔の体を寸断する。 熟練の技だ。
「サラ!援護を!」 高橋が叫んだ。 サラは白い光を放ち、高橋の周囲の泥魔を足止めする。 聖なる光が魔物を怯ませる。
その隙に、俺はマラへと視線を向けた。 マラは俺の力を見ていた。 その目はない顔に、微かな動揺が見える。 驚愕。
「その力……まさか」 マラが呟いた。 「人間が、これほどの魔力を」 愚かな魔物だ。
「貴様の知る人間ではない」 俺は言い放った。 「俺は魔王レグナだ」 声が空間に響き渡る。
マラが激昂した。 「魔王だと?そんな戯言!」 全身から瘴気を噴き出し、マラがこちらへ向かってくる。 速い。
マラは掌を俺に向けた。 灰色の靄が凝縮される。 以前の竜巻とは比較にならないほどの質量。 空間が歪む。
「レグナ!」 サラが叫んだ。 俺は冷静にその攻撃を見据える。 逃げない。
俺は両腕を広げた。 全身の魔力を解放する。 体から漆黒のオーラが噴き出す。 魔王の威圧感。
「魔王の力、見せてやる」 俺は咆哮した。 全身の魔力が、凝縮され、掌に収束していく。 黒い光が脈動する。
マラの攻撃が迫る。 灰色の濁流。 俺はそれを正面から受け止めた。 衝撃波が空間を震わせる。
ガガガガン! 骨が軋む音。 肉体が悲鳴を上げる。 だが俺は耐え抜いた。
マラの顔に驚きと怒りの色が混じる。 「な……なぜだ!」 信じられないという表情。 愚か者め。
「魔王は、貴様のような下位の存在には屈しない」 俺は言った。 そして、掌に凝縮された漆黒の光を、マラへと放った。 それは竜巻となり、マラを飲み込む。
マラは咆哮した。 灰色の体が黒い竜巻に飲み込まれる。 凄まじい衝撃音が響き渡る。 空間が震動する。
竜巻が収束する。 マラはそこに立っていた。 だが、その体は深く抉られている。 再生能力が追いついていない。
「貴様……この世界で力を取り戻したのか!」 マラは呻いた。 「不可能だ!魔核はまだ目覚めていない!」 彼の計算外の事態だ。
俺の力はまだ完全ではない。 だが、あの結晶を吸収したことで、確実に進化している。 「貴様らの生気が、俺の糧となる」 俺は告げた。
マラの顔に恐怖の色が浮かんだ。 目はないが、その感情が伝わる。 「まさか……」 彼は後退した。
「逃がすか」 俺は言った。 再び魔力を集中させる。 今度はより早く。
マラは異界の門へと逃げようとする。 だが俺はそれを許さない。 漆黒の光がマラの背を襲った。 門の前で、マラの体が爆ぜた。
灰色の瘴気が空間に拡散し、やがて消え去る。 マラは消滅した。 その場には、何も残らない。 激しい戦いの終わり。
周囲の魔物たちが動きを止めた。 親玉を失い、混乱している。 「今だ!一掃しろ!」 高橋が叫んだ。
サラが白い光を放つ。 魔物たちが聖なる光に怯え、消滅していく。 高橋も棒を振るい、残る魔物を確実に仕留めていく。 ユウキの感知が、隠れた敵を見つけ出す。
戦いは短時間で終わった。 空間は静まり返る。 異界の門はまだ開いている。 しかし、魔物の出現は止まった。
俺は息を整える。 体の消耗は激しい。 だが、充足感がある。 魔王としての力が、確かに戻りつつある。
高橋は俺を見た。 その瞳には、警戒と、そして畏敬の念が見えた。 「君は……本当に」 言葉にならないようだ。
サラは俺に駆け寄った。 「レグナ!大丈夫!?」 その顔は心配で歪んでいる。 無用な心配だ。
ユウキも近づいてきた。 顔色はまだ悪いが、恐怖は薄れている。 「すごい……黒須さん、まるで……」 言葉を詰まらせる。
「これが、俺の真の力だ」 俺は言った。 東京の地下。 深淵の底。 魔王の咆哮が、新たな支配の狼煙を上げた。