新たな旅へ
「あのね、ほんとうにごめんなさい。私がこうなっちゃったのには、理由があるの。実はね……」
女性は胸を押さえる。
「無理して、話さなくていい。また、気持ちが落ち着いて、余裕のできたときに少しずつ話してくれ。」
「……うん。分かった!」
「よしよし。」
俺は、女性の頭を撫でる。
なんか、昔にもこんなことがあったような……
「おい、素空、大丈夫か。」
穴の上からヤテンさんが、ジっとした目で俺のことを見ている。
「ええ、なんとか。」
俺はヤテンさんににっこりとした、安堵の笑顔を向けた。
「くっ、バカもの!!早くいくぞ!!」
ヤテンさんは降りてきて俺の袖を引っ張った。
ぎゅっ、と反対側からも袖を引っ張る強すぎる力が………
「わたしの素空。」
女性は涙を浮かべて、頬を膨らませていた。
「まだ友達だろう?恋仲というわけではあるまい。ならば、私と対等だ。」
あ、聞いてたんですね。
というか、なんかヤテンさんまで俺のことを好きかのような……
「聞くに、お前たちはおなじ世界から来たようだが、しかし素空がこの世界から出られない以上、私にもチャンスがあるというわけだ。」
「それは………」
俺は、女性のほうを見る。
「言ったでしょう。私はこの世界を作った。だから、このゲームの仕様にも干渉できる……はずだったんだけど。」
「……はずだった?」
「魔王に権限を剥奪されてしまいました。てへ。」
「け、権限を剥奪って?」
「現代では私以外絶対に作れない、超絶優秀なスーパーコンピューターが魔王に乗っ取られてしまいました。世界の危機です。」
「な、なな、なんだってーー!!!????」
「も、もしかして、俺たち一生ここから出られない?」
「出られないのならいいではないか。ここで一生を過ごせばいい。わたしと。」
「そ、そそ、そういう問題じゃなくて、俺の、現実での、か、体とかどうなってるんだ??」
「一応手を回しておいたので、お母様と超一流の病院に連絡はいっています。意識はありませんが、全く問題はないという状態でしょう。原因不明ということで、少し戸惑われてはいますし、お母様も悲しませてしまっているとは思いますが……本当に申し訳ない。」
「な、なるほどな。それで、ここから出る方法は……」
「魔王を倒すことです。」
「そんな現実とリンクした王道ストーリーみたいなことに実際になるんすね……」
「そうですね。私もびっくりです。」
「……なるほどね。なら、魔王を倒す旅にこれから出るというわけかしら。」
「えぇ、そうなりますね。」
「なるほどな。分かりやすくていいじゃねぇか。それじゃあ、さっそく、勇者みたく冒険の旅に出かける………か……」
バタッ
「「素空!!!」」
意識がだんだんと手放されていく。
それにしても、ちょっと疲れたなぁ。
「魔王様、こちらへ。」
「ふむ、ご機嫌よう。異世界を代表するものたちよ。」
『き、貴様か!?我々の国の、インフラをめちゃくちゃにしたのは!!!』
『居場所が分かれば、そちらを一瞬で破壊できますが、それは分かっておいでで?』
「居場所が特定された瞬間に、そちらの世界を滅ぼすことなど容易。もはや、我々の力は貴様らの文明をはるかに凌駕している。我々のこの世界こそが現実、我々こそが文明、世界の主たる存在なのだ。」
『ば、馬鹿な。本当に、こんなことが……』
「これから人類選別を行う。安心しろ、こちらの世界に来るモノであれば、あたたかく迎え入れよう。ただし、奴隷としてな。」
「う、うぅん………」
目が覚める。ベッドの上。
日の光が差し込む。ここはどこだろうか?
「おはよう。」
まだ眠い目を擦ると、そこにはあの女性がいた。
よく見てみると、とても綺麗な女性だ。
白髪に、青と橙のオッドアイの瞳、まるで物語に出てくるお姫様のような出立ちに、俺は見惚れてしまっていた。
「名前。」
「えっ?」
「名前を呼んでほしいの。」
「名前……そういえば聞いてなかった。」
「凍原ルル。本名。」
「凍原……ルル……。ルルさんでいいかな?」
「さんはいらないわ。ルルって呼んで。」
「ルル……。これからよろしくね。」
「やっと名前、呼んでもらえた。10年越し。」
「……そっか。」
「嬉しい。」
彼女の笑顔は、とても純粋で、見ている俺も、とても嬉しい気持ちになった。
「あっ!やっと起きたのね!」
扉越しから、ヤテンさんの声が聞こえた。
「あれから、大変だったのよ。エルフの村の復興と、あなたたちの世界からやってきたという人々が
増えて来て、なかなかに不味いことになってるわ。」
「本来なら、オフラインで各々プレイヤーの世界は隔たれているのだけれども、魔王の意向で、世界が繋がってしまったみたい。そして、現実世界から来た人々は次々と捉えられて、奴隷のように扱われている。」
「なっ!?そ、そんなことが……」
「もう時間に猶予はない。一刻も早く、魔王を倒す旅に、そして、人々を救いに出かけなければならない。ヤテンさん、素空。協力をお願いできますか?」
「えぇ、もちろん。」
「あぁ、もちろんだ。」
「すべて私の責任です。来るべきところで、罪は償おうと思っています。」
「罪って……そんなら俺も一緒だぜ。10年前、お前の気持ちにちゃんと気づいてやれなかった。」
「そんな……実は会ったのも数度であなたに気持ちを伝えられなかった、私が、前に進めていたら、勇気を持ってあなたにもっと接していられたら、悩みを打ち明けていたら、私は変われていた気がする。」
「会ったのは数度……おかしいな。覚えていてもおかしくはないと思うんだけど….。」
「あなたは直に引っ越してしまったみたいだけど、引っ越す直前、あなたは何があったのか酷く狼狽していた。きっとショックなことがあって、その時の記憶が思い出せないのだと思うわ。」
「うぅん……10年前のこと、俺よりもルルの方が詳しそうだな。そういえば、昔の記憶って、不思議なくらい抜け落ちてんだよな。まぁ、でも小学生くらいだから、そんなもんなのかな?」
「私からすれば10年なんて、つい最近のことに感じるんだけど、あなたたちは人間だから、やはり異なる世界といえど、寿命は短いのね。」
「ヤテンさんは、どれくらい……いや、やっぱりやめとくか。」
ヤテンさんがジッと目を細めて、俺を見てくる。
女性にそういうのはよくないっすよね……。
「私、こう見えてもエルフ族ではかなり若いのよ。人間でいう、若者という分類にはしっかり入っていると思うわ。」
「そうね、エルフの寿命は1400年前後だから、確か200歳のあなたは十分若者という分類に入ると思うわ。」
「はっ?」
ヤテンさんは、驚愕と般若の形相を俺たちに向ける。
「年齢……知られた……コロス。」
「わっ、わわっ、ごめんなさい!!!!」
「な、俺は関係ないぞ!!!」
「問答無用………わぁーん!!知られたくなかったのにぃーー!!!!」
ヤテンさんは何処からか取り出した斧を振り回して、俺に向かってくる。
「いや、俺じゃねぇだろ!!!なんでだよ!!!」
「うるさい!!!うわーん!!!!」
「私、ずっと1人でいたから、コミュニケーションが苦手なんだ。……へへへ。」
斧を振り回すひとと、逃げ回る俺。
そして、部屋の隅で人差し指で床をなぞり、ドヨンとしたオーラを纏っているひと。
俺たちはこんなパーティで魔王討伐の旅へと、出かけることになった。まぁ、なんとかなるだろ!