魔王軍
「娘は、明るい性格で、お転婆でした。みんなからとても好かれていた。自慢の娘なんです。」
オークションの主は、名をアンデルセンと言った。
アンデルセンは、不安を溢す。
「娘は、本当に無事なのでしょうか?」
「きっと大丈夫。俺が助けます。」
俺はそう言った。
「私は許されない行いをした。私はどうなってもいい。ただ、娘だけは。」
「お前も生きて、罪を償うんだ。お前が死ぬことは、私が許さん。」
ヤテンさんは、アンデルセンに言った。
「本当にすまない。」
アンデルセンは声を震わせる。
「やっぱり暗いですね。」
蝋燭の火を付けているとはいえ、日の光の差さない洞窟の深部では、そのわずかな灯りが道標になる。
「血の匂いがするな。」
ヤテンさんは鼻を撫でる臭いに、少し嫌悪感の混ざった表情をした。
目の前から俺たちとは別の灯りが見える。
剣を持った、緑の人間?
まさに、RPGに出てくるようなゴブリンといった見た目の生物が、こちらをニヤニヤと見つめている。
「ニンゲン、ミツケタ、コロス。」
3人いたゴブリンは俺たちに剣を振りかぶって、襲いかかってきた。
『アデル』
「ぷぎゃっ!?」
魔物たちは黒い球体の中に包まれ、一瞬にして塵と化した。
俺は冷や汗を浮かべながら、振り返る。
「や、ヤテンさん?」
ヤテンさんは何ともないといった様子で言った。
「さぁ、進むぞ。」
しばらく歩くと、大きな灯りの見える場所に辿り着く。
少しひらけた場所、そこには数十と言った数のゴブリンが棍棒と剣を手に抱えて、待ち構えていた。
「ニンゲン、ニガサナイ。」
ヤテンさんは少し、冷や汗をかいた様子で、
顔を顰めている。
「くっ!?この閉所でこの数。私の魔法と相性が悪い。」
ヤテンさんは俺の方を見て言った。
「素空。たのめるか?」
「任せといてください。」
俺は拳をグーとパーで突き合わせ、前に出る。
すると、素早くゴブリンたちが俺を取り囲んだ。
(この閉所、変に力を入れたら、洞窟が崩れるかもしれない。)
「ふぅ………」
俺は体から力を抜く。
そして、覚悟をして、目を見開く。
「ヤッチマエ!!!オマエラ!!!」
四方から迫り来るゴブリン。
まず俺は、自ら正面に駆けて剣を振り翳すゴブリンの腕を掴む。
そして、後ろに引っ張って投げ後方の敵の進路を塞ぎながら、そのゴブリンを引き投げたことによりできた集団の中の穴から抜け出す。
すると、ゴブリンの隊列は、俺を四方に囲んだ状態からほぼ一方からの状態に変わる。
俺は、多少下がって距離を取りながら、ゴブリンの振り翳す、棍棒や剣を腕で捌き、最低限の力の打撃で次々と、洞窟の壁へと吹っ飛ばす。
「す、すごい………」
アンデルセンはふと、感嘆の言葉を漏らしていた。
ヤテンさんは静かに顎に手を当てながら、俺の動きを見ている。
ゴブリンが最後の1人となったとき、
もはや戦意はなく、洞窟の奥へと怯えるように、
逃げて行った。
アンデルセンさんと、ヤテンさんは俺の元へと駆けてくる。
「ほ、本当にすごい!!!何者なんですか、あなたは!?」
「怪我はない?」
「えぇ、大丈夫です。行きましょう。」
しばらく歩くと、洞窟は想像以上に精緻に作り込まれた構造をしており、魔物たちが根城として扱っている拠点なのだと伺うことができた。
「想像以上に、数がいそうね。」
「どこから襲ってくるか、分からない。気をつけないと。」
「ここを右です。」
アンデルセンさんが道を指差したその瞬間、
「キシャア!」
曲がり角をまがったとき、後方からの奇襲があり、
俺は、アンデルセンさんを狙うその剣を弾いた。
「うわっ!?」
アンデルセンさんは尻餅をつく。
気づけばゴブリンは、挑発するように、
暗がりの奥へと逃げていった。
訝しむようにヤテンさんが眉を顰める。
「この先、何か罠がありそうね。」
「確かこの先は、開けた場所。」
「よっぽど注意しておいた方がよさそうだな。」
俺たちは、アンデルセンさんを真ん中に挟み、前は俺、後ろはヤテンさんという配置で前に進んだ。
開けた場所に出るなら、灯りがもっとついていて良いはずだが、段々と暗がりが増している。
そして、洞窟の下りの道が終わって、大きな広間に出た時、ガチャリと音がする。
「!!伏せろ!!!」
ヤテンさんは言う。
ボッ、と次々と灯りがともったかと思えば、そこには、幾つものバリスタ、設置型の大弓が並べられており、一斉に俺たちめがけて射出された。
俺はしゃがみ込む、2人の首根っこを掴んで、上に跳ぶ。ゴブリンは暗がりで、一瞬俺たちを見失っていたようだった。俺はその隙に壁を蹴り、ゴブリンの後ろに回り込んで、駆け抜けた。
「す、すまない。」
「素空、悪いな。」
「えぇ、追いつかれないように、しばらくこのまま走ります。」
俺は、曲がり角をいくつかまがり、何とかゴブリンの集団を巻けたようだった。
「ふぅ。」
俺はひとまず安心して、息をつく。
「ありがとう、素空。」
ヤテンさんも冷や汗をかいていた。
「あっ、あっ………!?」
アンデルセンさんは何かに怖気付いたように、尻餅をつき、後ずさっている。
「アンデルセンさん、一体………っ!?」
「よくも、私の部隊を殺ってくれたな。」
青いマントを羽織った、筋骨隆々の巨体。
ゴブリンの見た目でありながら、明らかに他の個体とは違う、知的な側面を目立たせるそれは、まさにこの洞窟の主。
「粉々にしてやる。」
ゴブリンのボスは、その拳を地面にいるアンデルセンさんに向かって振り翳す。
間一髪俺は、アンデルセンさんを抱えて、その一撃をかわした。
バコンッ!!!!
拳が振るわれたその場所は、大きく抉れており、軽く地面が揺れるほどに、強大な一撃。
『アデル』!!
ヤテンさんが手を前に掲げて、呪文を唱える。
しかし、一瞬でゴブリンのボスは見紛うほどのスピードで、消え、ヤテンさんの後ろに回り込む。
「死ね。」
ヤテンさんに拳が振り翳される。
ズン、と地が揺れる。
「………どけ。邪魔だ。」
ゴブリンのボスは俺を睨みつける。
ギリギリで、俺の腕が間に合った。
「覚悟しろよ。」
俺は睨み返す。
「それはこっちのセリフ………」
ガクンッ
途端、ゴブリンのボスが膝を付ける。
「ぐっ……がっ……!?」
「立てよ。まだ俺は何も力を入れちゃいないぜ。」
俺は振り下ろされた手を掴んでいた。
ゴブリンのボスは思わず手を振り払い、後ろにとび退く。
「お前、、なかなか力があるようだな。」
「ここら辺で、やめといた方がいいぜ。」
「面白い。」
ゴブリンのボスは残虐な笑みを浮かべ、筋肉は盛り上がり、体から血管が浮き上がる。
「ウヴァガッッ!!!!」
ゴブリンのボスは両手を広げ、上から覆い被さるように拳を全力で振り下ろした。
私は、見誤っていた。
違う世界から来たという、素空。
側からみるに、その実力は恐らく………
「ヤテンさん、大丈夫ですか?」
俺は、ヤテンさんに膝をつき手を差し伸べる。
「あ、いや………、そうか。」
ゴブリンの頭領は、腹を抱え、泡を吹いて、
うずくまっている。既に決着だ。
私は、素空の手を取って立つ。
その手から感じられる恐ろしい程の実力。
恐らく、素空の力は魔王に匹敵する。
「素空。」
「何ですか?ヤテンさん?」
私は正面から素空の目をまじまじと見つめた。
「私と一緒に、魔王討伐の旅に出て欲しい。」
平原、紫の稲光が鳴る。
雷光と共に、騎士が降り立つ。
洞窟の奥は平原へと繋がっていた。
頭領がやられた事を察知した、従僕は、
一目散に裏口である平原から逃げた。
しかし、こんな場所にあの方がいるとは、
思いもよらなかったのだ。
「あ、あぁっ!?!?」
目の前の騎士にゴブリンは後退りする。
「貴様、何をしている。」
鎧からくぐもるようなその声は、
ゴブリンを恐怖させた。
「ル、ルーク様っ!!?」
魔王軍第一護衛騎士団の師団長
『ルーク・マグナワルツ』
魔王軍随一の実力者である。
「そ、それが、頭領がやられまして!」
「何っ?」
「これまであんなに強い人間は見たことがありません!!どうかお助けを!!!」
ルークはゴブリンの目の前に歩み寄る。
「…………最近、あらぬ噂を聞いてな。」
「う、噂?」
「人間を奴隷として扱っている、と。」
「あ、あぁ!じ、実は資源の確保に苦労していまして、そこらの村を襲って………」
瞬間、ゴブリンの首は平原に落ちた。
「はっ?」
「近年、人間とは和平の協定を結んでいる最中だ。余計な事をするな。警戒を高めるだけだ。」
ルークは剣についた血を振り払う。
「油断した隙をつき、栄光のランバルト王国と共に、人の文明を沈める。」
洞窟の入り口に、歩み寄る。
「強者ならば、ここで潰しておこう。」
俺たちは、洞窟の最奥、襲われ、囚われた人々を牢から解放していた。
「ミーナ!!!」
「おと、うさん?」
アンデルセンは、娘を見つけ、涙して、
ひしと抱きしめた。
「すまない、すまなかった……。」
俺たちはそんな様子を見て、少しばかり顔が綻んだ。
「素空。」
「あぁ。」
囚われている人々を全て解放し、帰ろうとしたその時だった。
巨大な、邪悪なオーラが洞窟の入り口付近に立ち込める。
「逃げろ!!!!」
ガキィンッ!!!!と、
洞窟の中央、広間に音が鳴り響く。
剣の柄を何とか、振り下ろされる前に腕で受け止めた。
「ほう?」
騎士は、まるで力を入れていないかというように、
そこからさらに力を込める。
「ぐっ!?」
今までの奴とは、桁違いにつえぇ。
「ヤテンさん!!みんなを連れて、逃げてくれ!!!」
「あぁ!」
ヤテンさんはみんなを連れて、逃げる。
俺は、みんなが逃げ終えたのを確認して、
騎士の方に向き直った。
「待っててくれるんだな。」
「久方の強者でな。貴様にしか興味がない。」
黒鎧の騎士は、その鎧の隙間から鋭く光る、眼光を飛ばし、俺はそれに思わずたじろぎ、後ろに跳び退いた。
2人の間に距離がうまれ、静寂が訪れる。
黒鎧の騎士は、構えをとる。
俺も、それに呼応するように身構えた。
瞬間、騎士は俺の懐に潜り込む。
(速い!!???)
俺よりも遥かに大きい体躯で、この身のこなしとスピード。俺は、咄嗟に下からの切り払いを読んで、上に避ける。
「甘い!!!」
騎士は、一振り目に大して力を入れていなかった。
すぐさまの2連撃目が、俺の喉元に迫る。
「くっ!?」
俺は上体を逸らして、間一髪でそれをかわす。
そして、そのまま両の手で後ろに手をつき、宙返りの要領で、後ろの地面に着地する。
「………やるな。」
「ふぅ。」
こんな馬鹿げた身体能力がなきゃ、確実にやられていた。でも、体が軽い。やれる!!
「受けてみよ。」
黒いオーラが騎士に立ち込める。
ガラガラと、小さな瓦礫が音を立てて、崩れ始める。
ま、まさか!?
こいつは、洞窟が崩れても、何も気にしちゃいねぇ!!!まだ、みんなが逃げ切れてない!!!
俺は、咄嗟に洞窟の来た道とは反対側、平原の見える出口の方に跳んだ。
「こっちだ!!!」
「ふむ、馬鹿を踏んだな。」
騎士は、強烈で巨大な斬撃を放つ。
それは跳んだ俺の身体を直撃し、洞窟の壁一面を大きく破壊し、ガラガラと崩れ落ちた。
「これで終わりか。」
黒い鎧の騎士は剣を鞘に納めた。
平原の上、仰向けで曇り空を見上げる。
(生きてる………。)
不思議だ。体にとてつもない衝撃が来たことは、
分かる。でも、少しも痛みを感じちゃいねぇ。
見ると、服は斜めに大きく破けていたけど、
体に傷はひとつも付いていない。
(まだ、やれる。)
俺は、立ち上がった。
黒の騎士は驚愕する。
(直撃したはず!?馬鹿な!?)
渾身の一撃を、傷一つなく受け止めたその身体に、畏怖を覚えるとともに、すぐさま追撃の構えを取る、その時だった。
一匹の蝙蝠が、空からやってきて、黒の騎士に何かを伝える。
「何!?」
騎士は驚いたように声を上げて、剣を鞘に収めた。
「用ができた。またの機会だ。」
マントを翻すと、騎士はその姿を消した。
「一体、何だったんだ?」
突然姿を消した、黒い騎士に不思議に思いつつも、ドサっと身を落とし、両手を後ろについて、空を見上げ、ふぅーっと息をつく。
「とりあえず、何とかなったかぁ。」
そう思うと、急に眠気が襲ってきた。
ずっと動きっぱなしだったからなぁ。
仕方が、ないか。
恋焦がれた少女は、暗い空を駆ける。
あぁ、やっと会える。
道中、気分がいい私は、魔物を次々と殺戮していた。あぁ、待ち焦がれた。愛する人。
私は、この日のために生きてきた。
大丈夫。あなたは、私が守ってあげる。
「……そ…ろ………、そぞ………素空!!!」
「うわぁ!?」
俺は思わず飛び起きる。
平原に寝転んでいた俺の目の前には、
ヤテンさんがいた。
「敵地で、寝るなんて、度胸あるわね!!」
「あ、あの………」
周囲には、剣を持ったゴブリンが数人倒れている。
「私が、あと少し遅かったら、間に合わなかったんだから、もう。」
ヤテンさんは泣きそうな顔をしている。
「ご、ごめん、ヤテンさん。」
その時不意に、
ひしと、抱きしめた。
ヤテンさんが、俺を。
「えっ、……あ、あの………っ!?」
俺は顔が赤くなる。
「もう私の前から、いなくならないで。」
ヤテンさんは、声を震わせて、言った。
きっと、過去に何かあったのだろう。
俺はヤテンさんの体を抱きしめ返そうと………
ズドンッ!!!!と、
その瞬間、
少女が飛来する。
大地が大きく揺れ、地が裂ける。
「メス猫が。殺す。」