未知の海道
「ルル!素空!大丈夫だったか!?」
ヤテンさんは、俺たちを余程心配していたのか、向こうから走ってやってくる。
「なんとか大丈夫でした。」
「大丈夫だったよー!」
「よかっ……あいてっ!!」
ヤテンさんがすっ転んだ。
「や、ヤテンさん!?大丈夫ですか!?」
「ヤテン、大丈夫!?」
「あいててて、ちょっと疲れちゃったのかな。足元が少しおぼつかないみたい。」
「それじゃあ、テントでもう少し休んでから行きましょう。僕たちもすぐに出発するには、少し疲れていて……」
「わかったわ。そうしましょう。」
「うん。」
俺たちはテントに戻って、ゆっくりと休んだ。
しばらくテントの中で3人でゆっくりしていたら、なんだか少し外に出たくなってきた、
「ちょっと俺散歩に出かけてきます。」
「わかったわ。」
「いってらっしゃーい。」
俺は、テントを出る。
もう夕方で、暗くなるまでそれほど時間はないから、すぐに帰ってこよう。
俺は、そこらへんをぶらぶらしていると、
不思議な大岩を見つけた。
「なんだこれ?」
少し紫みがかかり、文字の様なものが刻まれている。
「うん。読めないな。」
俺は岩の裏にまわる。
するとそこには穴があった。
入れそうな穴である。
うずうず。
入ってみたいな。
こう言うの入ってみたくなるよな。
好奇心はなんとやらである。
万が一クマの巣穴とかでも、俺ならなんとかなるしな。いや、クマさんに大変申し訳ないんだけれども。
まずは手を突っ込んでみる。
「すごい風を感じる。」
穴の向こうにどこか繋がっているのか?
気になる。
「えい。」
俺は飛び込んだ。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
あれ?これ、死んだのでは?
底が見えない。何メートルの高さがあるんだ?
しばらくして、ようやく光が見える。
淡く差し込む光だ。
スタッ、と俺は着地する。
洞窟の様になっていて道は続いている。
そこからしばらく歩いていくと、
「な、なんだこれ。」
湖から差し込む光の柱が、白い床に差している、
夕暮れだからなのか、辺りはオレンジ色の蛍光色に包まれ、半円形にガラス張った水族館の様なその場所に、俺はしばらく呆然としていた。
魚が泳いでいるのが見える。
俺は上で泳ぐ魚を目で追っていると、
不意に目の前から声がした。
「あんた、こんなところで何してるんだい?」
びっくりして、目の前を見るとそこには眼鏡をしたおじさんがいた。
「あ、あの、落っこちてきて。」
「落っこちてって……あんたよく生きてたね!!」
どうやらあの穴から落ちてくる人の遺体処理を、担当しているらしく、間違いなく俺は一歩間違えていたら同じ道を辿っていたのだとゾッとした。
「文字、読んだかい?」
「よ、読めなかったです。」
「へぇ、あんた本当に運がいいよ。」
おじさんは言った。
「聖都へようこそ。奈落の穴を乗り越えし若者よ。あなたは選ばれしもの、それ相応の待遇を用意いたしましょう。」
「………?」
俺は訳がわからなかった。
聖都?そういえば、ヤテンさんが、オークとエルフが仲良く住んでいる村を通り過ぎた先に、聖都があるって………
「少々お待ちを。」
おじさんが指をパチンと鳴らすと、
床が空き、階段があらわれる、
「さぁ、こちらへ。」
「いや、あの!ちょっと待ってください!」
俺は、おじさんに言った。
「上に友達がいて……それに俺は、王都ランデイルの王様から魔王討伐の勇者と認められ、魔界を目指して旅するものです。」
「なっ、なな、なんと!!?」
おじさんは驚いた様子で言う。
「あなたが噂に聞く、ランデイルの英雄様でございましたか!!!あの、四天王マルギスを一撃でのしたという伝説を直々に聞いております!!!」
おじさんは興奮した様子で、俺の手を握る。
「いやぁ、お会いできまして光栄です。数々の無礼を失礼致しました。聖都ルーンの神殿に連絡を取りますので、しばらくお待ちいただけますか?」
おじさんはヘコヘコとして、階段を降りていき、話し声が聞こえる。
「なんと、勇者様がきたんですよ!!本当です!本当ですよ!!えぇ、はい!!」
「はい!存分にお持てなしさせていただく様に、えぇ、お願いします!」
すると、おじさんは階段を上がってきて、頭を下げた。
「お時間を取らせてしまいますが、地上に繋がる道がございますので、そちらから一度お出になっていただき、お仲間様と共に、聖都へ案内させていただきます。」
「い、いいんですか!?ありがとうございます!!」
正直山を降りてやっと一息ついたところで、また長旅となるとしんどいと感じていたところだ。ショートカットできるなら、願ったり叶ったりかも。
「いやぁ、まさかあの四天王マルギスを圧倒するようなお人が出てくるだなんて、本当に思ってもみませんでしたよ。」
歩きながら、おじさんは俺に話す。
「あのマルギスっていう相手は、それほど強い相手だったんですか?」
「それはもう!!マルギスが本気を出せば、国が一晩で陥落し得るかという、複数国が同盟を組んで、真正面から全勢力をぶつけてようやく互角に戦えるかどうかという相手でございます!!!」
そ、そんなに強かったの!!?
「そんな相手を拳の一振りで、陥落させるとはいやはや、流石勇者様でございます!!!!」
「あ、ははっ、それはどうも。」
なんか実感が湧かないなぁ。
でも、それだけ俺がみんなの希望になれたって思っていいのかな。
「……これまで魔族にしたい放題人間はやられてきましたから。」
おじさんの声が少し震えている。
「そんな中で、やっと……やっと、光が見えた!理不尽な暴力の歴史からやっと!」
おじさんは、肩を振るわせ、立ち止まる。
「わたしはね、幼い頃魔物に両親を喰われ、必死の思いで逃げました。………戦いたかったです。私だって、戦いたかった!!!!!魔族との和平交渉?冗談じゃありませんよ!!!!!人がどれだけ理不尽にこれまで支配されてきたか、それをこともあろうに人間から謙って………」
「その辺にしときなさい、ヘンリル。」
カツ、カツと音が聞こえる。
「ようこそおいでくださいました、勇者様。わたくしは、使徒ヨハネ。以後、お見知り置きを。」
「こちらは魔物の襲来に対して、民衆が安全に逃げることのできるように長期間滞在可能なシェルターとして作られました。お魚もよく見えますし、退屈しないでしょう?」
「す、すごいですね。」
俺は上を見上げる。
日の光で影となって、魚がゆっくりと泳いでいる姿が見える。
「さぁ、ここです。」
ヨハネさんが何でもない魚の泳いでいるトンネルのガラスに手をかける。すると、ガラスが形を変え始め、水をかき分け、見事な透明な階段を作った。
「こ、これは………」
「同質変化の魔術を使っているのですよ。実は、このガラスは水でできていて、変幻自在なのです。」
「そ、そうなんですね。」
すごいな。魔法とか奇跡ってそんなこともできるんだ。
ガラスの階段を登っていくと上に出る。
そして、透明なガラスが湖の上にできていて俺たちはそこを通って地上まで戻った。
「あぁーー!!!!素空いたー!!!」
「ルル!ヤテンさん!」
「あ、あなた方は?」
ヤテンさんは、少し怪訝な表情をして話す。
「私は聖都、使徒として遣わされましたヨハネと申します。」
「しがない雇われのヘンリルです。」
「あぁ、そうでしたか。私はランデイル王国聖女ヤテンと申します。私たちにどの様なご用件で?」
「あぁ、勇者様が我々のいる第三基地にたまたま足を運んでくださったので、こちらまでご案内させていただきました。」
「……つまり、ぶらぶら歩いてたら迷い込んで、ここまで案内してもらったってわけね。素空ちょっとこっちきなさい。」
「えっ、ちょ、ちょっとヤテンさん!!」
その後俺はヤテンさんにみっちりしごかれて、ヨハネさんとヘンリルさんに謝った。
「死人のよく出る穴に落っこちて、地下の裏道に抜けたって!?あんたは……本当にちょっとは勇者の自覚を持ちなさい!!!それに、単純に好奇心でそんなところに突っ込むあなたが心配!!!」
「ご、ごめんなさい。ありがとう。」
「はぁ、それじゃあ、ヨハネさんたちにお願いしてもいいのかしら。」
「えぇ、裏道から抜ければ大分距離は縮まりますし、少しでも早い方がいい。近ごろ、魔物の動きが明らかにおかしいですから。何を企んでいるのやら。」
「そうですね。少しでもはやく魔物たちの動きを止めた方がいい。私たちが先手を仕掛けるのが、やはり1番よいでしょう。道案内をお願いできますか?」
「えぇ、今すぐに。」
ヨハネさんが、湖の上に手を翳す。
すると、いつの間にかガラスの床が張られ、俺たちはその上を歩いて、湖の真ん中まで辿り着いた。
「この湖は海に繋がっているんです。」
ヨハネさんは言った。
「そうなんですか?」
「えぇ、ですから、地形も問題ないですし」
ヨハネさんは手を上に挙げる。
「こんなこともできる訳です。」
ゴゴコゴ……と湖全体が揺れる。
すると、水位が大きく下がり、湖の下に空洞が現れた。そのまでの階段も最初からそこにあった様に、存在した。
俺たちは、その空洞に向かって階段を歩く。
空洞に辿り着くと、ヨハネさんは俺たちを手で静止する。そして、服のポケットから鍵を取り出すと、透明な場所に向かって、鍵をかざし回す。
ガチャッ、と音がする。
「さぁ、こちらです。」
俺たちはその中に入る。
しばらくは普通の洞窟が続いた。
しかし、50メートルほど歩くと段々と出口の光が見えてくる。近づくにつれて、光は強くなる。
「うわぁ。マジか。」
俺は驚嘆の声をあげる。
「す、すごいね。」
ルルは口を大きく開けて呆然としている。
「……………」
ヤテンさんは何も言わずにそれを見つめている。
そこにあったのは、巨大な聖母像。
そして、ステンドグラスから光が差し、神々しく地上を照らしている。
「……どうぞ、お祈りください。」
「……申し訳ございません、ヨハネ殿。ここは行き止まりの様ですが、如何様で?」
ヤテンさんは少し怪訝な表情をして、ヨハネさんに問い詰める。
「どうぞ、お祈りください。」
ヨハネさんは、優しく柔和な笑みでそう答える。
ルルは、像の前に行き目を閉じて、両手を合わせ、祈りを捧げる。
すると、瞬きをしたその次の瞬間には、ルルはその場所から消えていた。
「えっ!?ルル!?」
「これは転移?」
ヤテンさんは尋ねる。
「そうでございます。さぁ、どうか祈りを。」
『マヘル』
ヤテンさんは、唐突にそう唱える。
「………ふむ。真実のようだ。素空、祈って大丈夫。ヨハネ殿、大変失礼を働いて申し訳ない。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私も説明不足でございました。一種の奇跡、転移を容易にする儀式の施された特別な場所でございます。」
俺は祈りを捧げる。
目を開けると、そこは聖堂だった。
聖堂といってもただの聖堂ではない。
まるで天井が、近くで東京タワーを見上げるときの様な高さであり、奥行きはどこまでも深く、ステンドグラスは大理石の床にその絵画を美しく、映していた。
「お待ちしておりました。勇者様御一行。」
気づけば、ルルとヤテンさんも隣にいた。
「長い旅の途中、疲れを癒していただきたく、この大聖堂に招待させていただきました。ぜひこちらに、お座りください。」
俺たちは木製の装飾が彩られた椅子に座る。
すると、シスターの方達が奥から現れ、胸の前に手を当て、大きく広い台上で、讃美歌を歌ってくださった。
「綺麗な曲だねぇ。」
ルルは目を輝かせて、口を大きく開け聞いている。
「とっても綺麗な曲。久しぶりに聞いたわ。」
ヤテンさんも、うっとりとした様子で、曲を聴いていた。
歌い終わると、シスターの方々は一礼をして、台の上から降りて、聖堂の横に整列した。
教父と思わしき人が俺たちのところにやってくる。
「ようこそ、おいで下さいました。お部屋を用意しておりますので、どうぞこちらへ。」
俺たちは言われるままに、荘厳な装飾と絵画の飾られた廊下を移動する。
「お部屋はお分けした方がよろしいでしょうか?」
「いえ、とりあえずは構いません。話したいこともあるので。」
ヤテンさんは言った。
「左様でございますか。それでは、こちらのお部屋にどうぞ。」
中に入ると、まるで映画で見る様なホテルのロビーかという広さの、豪華な部屋だった。
「広すぎない?」
「まぁ、こんなものだろう。」
ヤテンさんは言う。
「わ、わたしはこんな部屋初めて。」
ルルはあわあわしている。
「さて、ここからが大変だぞ。」
ヤテンさんは仕切り直しだと言うふうに、ムフー、と息を吐くと、持ってきていたカバンの中に入った地図を広げる。
「人間界と魔界とのちょうど境界。未知のエリアが広がっている。魔物は空を飛んでこちらに来れるが、人間は足を使って歩くしかない。さっきの様な転移があるわけでもないから、本当に困難な道のりになる。」
「魔法とかで空は飛べないんですか?」
「幾人もの魔術師たちが試みたが、結局それは無理だったな。一時的な浮遊は可能でも、持続的に安全にそれを行うことはまず不可能だ。」
「私できるよ。」
「「…………あっ。」」
そういえばやってたじゃん。
『1人までなら飛ばせるよ。』
「しかし、1人までか。それに未知のエリアで、その先は魔界。あまりに危険だ。」
「私知ってるよ。」
「「………………」」
「私魔界にいたもの。」
ヤテンさんはルルの首をチョークして、頭に怒りマークを浮かべる。
「そんなに大切なことをどうして言わないの?」
グリグリと頭をされるルルは、うへ〜と涙目を浮かべている。
「正直、ここからなら魔界まで飛ばせるから、素空の力だけで見たら、1人で充分に魔界を制圧できるよ。」
ルルは一転、真剣な眼差しで言う。
グリグリされながら。
「ただもう分かってると思うけど、魔物は狡猾なんだ。頭のいい個体も多い。私たちがいないと、ころっと罠に嵌められたり、騙されたりして、予想外の攻撃にあうに違いないよ。」
ヤテンさんは言う。
「魔界に突入すると言うことは、相手の本陣が迎撃の充分な準備が整った上で、そこに乗り込むと言うことだからな、当然どれだけ強かろうが一筋縄ではいかないだろう。特に、代償さえ払えればどこまでも強化できる呪文や、毒、さらに精神系の攻撃もまともに受けてしまえば、ひとたまりもないだろう。」
「うん。だから、私たち3人でしっかり役割分担して、乗り込まないと、きっと魔王城までは辿り着けない。辿り着いたとしても、分断させられたり、封印の呪文で閉じ込められたり、ヤテンが言ってるみたいにまともにやり合ってくれる敵ばかりじゃないんだよ。」
「そ、そうか。じゃあ、俺だけ飛ばされてもまぁ無理だな。」
確信がもてる。
食べ物に釣られて毒にあたったり、精神系で恥ずかしいトラウマを思い出させられたり、甘い誘惑に釣られたり、俺1人ではどう考えてもやられる自信しかない。
「………順番に飛んでいくって言うのはどうなんだ?」
「言ったでしょ?1人までなの。ヤテンが言ってた通り、歴史の中で誰も成し得ないくらいの超特大魔術なの。私がくわしかったから、原始の時代、先人が先に大きな代償を支払ってくれたことで、縛りをつけて使えるこの魔法は、本当にすごいんだよ。」
「な、なるほどな。そりゃ、じゃあ無理だな。」
「うん。私の負担的にも無理。」
「そのわりには俺を飛ばして遊んでたけどな。」
「うっ……すいません。」
「はい!それじゃあ、仕切り直しよ!」
ヤテンさんは地図を大きく広げて、それを俺たちに見せる。
「まずはここ!」
ヤテンさんが指差したのは谷だった。
「『虚谷』よ。ここが、人が魔界に行けない最大の理由。底がどこまであるかもわからない。探検家によると、『底はない』そうよ。逆にいえば、魔物が安易に人間世界にこれない理由もここにある。ここさえ乗り越えれば、きっとなんとかなるわ。」
「虚谷、なんか怖そうですね。」
ルルは顔に手を当て、考える表情をしている。
「素空の身体能力なら、谷くらい頑張ればひょひょいといけちゃうと思うんだけど、問題は向こうに魔物が待ち構えていたり、罠があった場合よね。いくら、素空とはいえ底も見えないような高所から、敵の不意打ちを喰らって落下したら無事でいられる保障なんてないし。」
「ルルが1人を谷の向こうに飛ばした場合も然りね。こういう場所でズルをしたら碌なことにならないわ。」
「俺が1人抱えて、1人はルルが飛ばしてなんて、そんな感じで越えられたら1番楽なんだけどなぁ。」
「まぁ、探検家の人たちが拠点をある程度作ってくれているから、とりあえずはそこを目指して行きましょう。」
「わかった。」
「はーい。」
探検家は拠点から下を覗く。
「本当に不気味な場所だ。」
谷底に響くような、神秘的な鳴き声が聞こえる。
「クジラの鳴き声だ。」
観測された鳴き声はこれまで300にも昇る。
そのどれもが同じ生息地にいるはずのない、
でたらめな生態系を持っている。
「クジラに、オオカミ、ドラゴン、雷鳥、そして、人の声も。一体どうなっているんだ。」




