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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode1.フライドチキンが死ねば、俺だってきっと死ぬだろう。
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第3話

 受信した通信にチキンは罵倒を飛ばした。


《今なんて言った!? おいクジャク、テメェが失敗してどうするんだ!》

《君は手厳しいな、人間たまには失敗くらいするさ。相手のマダムが上手だっただけだよ。まあ、厳密にはマダムだった男だが》

《ああっ、本当にお前ってヤツは最高にクールだ、ファック!!》

《すまないが忙しい状況でね、罵倒なら後でいくらでも聞こうじゃないか。ファックでも何でも受け入れるよ。君の家ででも》

《……テメェ、いい加減その口引き裂いてオンボロのブタ小屋ブチ込むぞ!! ゲイ野郎!》

《ハハ、怖い怖い。しかし勘違いしないで欲しいのは、僕は生粋のゲイではないということだ。どっちでもイケるってだけさ。女性も男性も平等に愛しているからね》

《~~ッ!! 消えろ! この変態野郎!》


 チキンは全身に鳥肌が立つのを必死で抑えて、会場を走り出す。

 ブラックリーを控え室まで届けた後、パーティー会場で待機していた。


 今回のミッションは、クジャクの『魅了蜂の甘いハニー・ハニーチャーム』の能力を使い、ブラックリーの行動の自由を奪うことが目的だった。


 そのため人目のつかないところでブラックリーを誘惑する必要があったのだが、どうやら別の秘密結社のエージェントがこの映画祭に乗り込んでいるらしい。


 おそらくはブラックリー・ファミリーの存在を煙たく思う何者かの差し金だろう。

 せっかく足が着かないよう遠回しにした作戦だったのに、早速壁にぶち当たった。


 チキンはシルバーの腕時計を一瞥する。

 既にネオ・ゴールデン・サテライトの授賞式開催まで、もう時間は五分とない。


 ――ブラックリーはどこだ。こうなったら受賞の瞬間を狙うしかない。


《チキン、焦るな。まだ策はある。どちらのミッションもこなさなくちゃならない。確実に、一つひとつだ。トップシークレット・ミッションの方は是非ともウチで成し遂げたいからな》


 焦るチキンをあやすように無線通信が飛んでくる。言葉を綴るのはオウルだ。


《なら尚更だろ? じっと待ってたってみんなの幸せなハッピーエンドはやってこないぜ》


 そう返答したとき、突然周囲が暗闇に包まれた。

 途端に辺り一面を包み込む拍手鳴り響く。三五〇〇を超えるセレブたちが一斉に歓喜に満ち足りた声援をステージへ投げかける。


「チクショウ、クソッタレが!」


 つい舌打ちをする。チキンは己のミッションを遂行する為、ステージへ注目する群衆へと紛れ込む。


 喝采のなか、黒スーツに身を包んだ大柄の男がステージ上にあがった。


《……オウル!? なんでアンタがステージに上がってやがるんだ?》

《チキン、黙って見てろ、ここは年長者に任せておけ》


 オウルはにこやかな笑みを浮かべながら、マイクへ切り傷のついた分厚い唇を近づける。


『さあ、紳士淑女のみなさん、今宵は平凡な毎日を忘れて朝まで騒ごうではありませんか。ネオ・ゴールデン・サテライト授賞式、開催いたします!』


 落ち着いた美声が会場内へと響く。オーケストラ会場で流れる優雅な協奏曲のように、会場全体の耳がうっとりと傾く。


 オウルの能力『変幻自在の言霊ヘルツ・ザ・ゴーストボイス』は高音と低音、二つの音声波の周波数を変更し、掛け合わせることでどんな声色でも創り出すことが可能である。


 声色ごとに特殊な能力を持っている場合もあり、たったいま発動したのは、声が届いたの生命体の注目を集める『たった一人だけの指揮者コンダクターズ・プライド』だろう。


 ラングルージュ映画祭では、毎年人気俳優やスターが司会を行う。しかし、ときおりおかしな人材になることもあるという。しかし何故お前が。チキンは戸惑いを隠せない。


「だれだい? ありゃ。とんでもない美声だね。よくわからないけれど目が離せないよ」

「なんだ、お前知らないのか。ジャポンで活躍してる人気声優だよ」

「ジャポン? ああ、あのちっこい島国の。連邦国家も数が多すぎると覚えることもままならないね。熊みたいな顔してとんでもないギャップだね、彼」

「なんでも幼女の声だろうが老婆の声だろうがイケるらしい。何でもとあるポルノゲームでの熱演には世界が震えたって話だぜ。俺は詳しくないが、ジャポンじゃヒーローのようだよ」


 チキンは聞き耳を立てて周囲のセレブたちの声を聞いた。


《チームメイトながら恐ろしいね、オウル。アンタの知られざる一面が頭のネジ緩そうな腑抜けセレブマンの口から耳に入るなんてな。ポルノ俳優さんよ》

《失敬な、意外と本気で活動してるんだぞ。今度俺のあえぎ声でも聞くかい? お前さんが好きな具合の声音に調整してアンアン泣いてやる。チンポおっ立たせてやるよ》

《今の俺の気持ちを一言で表現してやろうか? くそったれ野良猫の気分さ!》


 音声通信が切れるとステージ上でマイク片手に司会進行を努めるオウルに鳥肌が立つ。


 ――器用なヤツめ。


 基本的に音声通信中は普通には喋れない。だがオウルは違う。能力なのか舌が回るからなのかは知らないが……。


 世界中で効率よく暗躍するためエージェントは都合上いくつもの顔と名前を持っている。オウルの声優という肩書きも、おそらくはその中の一つなのだろう。いったいどれほどの表面を持っているかは同じ秘密結社バードに所属するチキンでさえ知らない。


「さて……」


 チキンは黒いネクタイを引き締め、標的がさっさとやってこないかと待ち侘びていた。


 少しずつ心音が高ぶっていくのが自分でもわかる。失敗は絶対にできない。


「イカした夜の始まりだ」


 自身を安堵させるためにそう言い聞かせる。少し長めの前髪が揺れた。

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