第30話
落下した穴から這い上がるようにして帰還した先は、地獄のような場所だった。
「おいおい、こいつはひでえや……」
切り捨てられた血肉から滴る汁が部屋のど真ん中の大穴に注がれ、滝のようになっていた。
「あー、チキン、チック、オウルってば、おっそーい!」
パッセルは頬に真っ赤なものをこびりつかせながら、黄色い声を投げかけてくる。
そこには、擬人類らしき集団と戦闘を行うクロウと、死んだはずのクジャクもいた。
――そうか、お前だったんだな。
チキンは、このとき自らを取り巻く現状のすべてを理解した。
パッセルが拳を向ける先に、指弾を飛ばす。
「サンキュー!」とパッセル。
かなり加減をしたが、擬人類はそのままチキンの石つぶてに吹っ飛ばされて、壁へ叩きつけられる。少し胸が痛んだが、こうして枷を外してやらないと、後々困るのは自分だ。
「おらてめえら! よく聞け! 一度しか言わねえからなあ! 野放しになってる擬人類をすべて確保しろ! クロノライトグラフの捕獲機能は生きてる! 正真正銘最後のミッションだ!」
オウルの激昂が、周囲のメンバーに伝染する。こういったわかりやすい展開は、チキンも燃えるものがある。パラディット映画のように、単純明快。
チキンは、バードのみんなのクロノライトグラフの索敵機能のみを破壊していた。なので捕獲機能はオウルの言うとおり生きている。もしかすると、チックを通して、嗅ぎつかれていたのかも知れない。どうやら、まだまだ自分もエージェントとしては半人前らしい。
「ははッ、パーティーの始まりのようだぜ。今夜は楽しもうぜ、ブラザー! 武器を捨ててかかってこい!」
「武器なんて何ももってないわよ、目まで腐ってるのかしら、あなた」
隣で戦闘準備をしているチックが憎らしい一言をぼやいた。
「おっと、こいつはまいったね、こんなイカレ女に先手を許しちまったぜ。なら俺はこう言ってやる。…………ファック・ユー!!」
チキンは正面から襲いかかってくる肉の大セールを刃で裁きながら、調理してやった。
「最高に美味い肉ってヤツを知ってるか? フライドチキンっていうんだ」
小粒の弾丸を擬人類の四躯へめり込ませながら、鞭のようにしなる腕を切り落とす。
――心を無にしないといけない。
「今度アンタと一緒に喰えたら最高だね」
切り捨てた肉塊を一瞥してから、腕に嵌められたクロノライトグラフのリューズを回す。
針が回転を初めて、チキンの時計盤が青白く光り輝く。
生命力の弱った擬人類に、針がぐるぐると動き始めた時計盤を見せつけることで、徐々に対象の身体が時計へと吸い込まれていく。
「捕獲完了」
塵一つ残さずチキンの腕の中へと、擬人類は引きずり込まれた。
これがエージェントの超人類の捕獲方法である。擬人類でも同様方法で対処できるらしい。
大柄な体躯でチキンの横にオウルが立ち、チキンを眺める。
「相変わらず天才的だな。超人類の取扱に関しては」
「超人類じゃねえ、擬人類だろ」
オウルはチキンの横を通り過ぎる。片手で戦闘中のパッセルを持ち上げて、肩に乗せた。
「おう、ちびも頑張ってるな」
「ちびじゃないわ! オトナのレディよ! あたしはもう!」
その横にはクロウとクジャク。
擬人類の数は残り三体だった。エージェント六人に対し、擬人類が三体。
超人類だったらこうも簡単にはいかなかったろうが、人工物が入り交じった擬人類であるなら、何も問題ないはずだ。むしろ相手の方が既に疲れ始めているらしかった。
擬人類の肉体は、既に死んでしまっている人間のものだ。いくら超常的な能力に目覚めたからと言って、そう簡単に操れる物ではないし、行動を起こせばその分身体を痛めつけている。
「よし、チック、ここはコンビネーションといこうぜ」
チキンの目前で奇声を喚きながら、今にも襲いかかってきそうな擬人類を凝視する。
「冗談じゃないわ、誰があなたなんかと」
「オーケイ、わかった。じゃあこうしよう。俺はヤツをおびき寄せて牽制する。テメェは注意が俺に向いている間に例のドンパチでヤツの生命力を弱らせてくれればいい。それでいいな?」
「よくないわ。最後にあなたをミンチにするのを付け忘れないで欲しいわね」
「ワーオ、そいつは魅力的だ……だが違う」
「違わない」
「いいや違う」
「違わないのよ」
「ああ、もうわかったわかった、俺が悪かった」
疲弊したチキンが最後に付け加える。
「ミンチにでも何でもすればいい。ただし俺が死んだ場合だ」
言い切った刹那、チキンの頬を鋭利な物が横切った。
口笛を吹いて、寸前で躱す。
「クソ女にミンチにされる前にミンチにされちゃ、俺が浮かばれないぜ、この俺がな」
チキンは宙で身体をよじらせながら、手持ちの弾丸を足下へプレゼントした。
擬人類は、素早く身を引かせてこちらを睨み付ける。
「よーし、いい子だ……ああ、大丈夫。きっと大丈夫さ」
チキンは忍び足のまま、獣じみた相手をなだめる。
次の瞬間、チキンは頬に打撃攻撃を喰らった。
「こりゃあ一本取られたね、最高だぜアンタ」
擬人類は、気付かれないように床に忍ばせたミミズのような肉片をチキンに叩きつけた。
体勢を崩したチキンは、気がつくと宙に投げ出されていた。どうやら背中を蹴られたらしく、擬人類の方へと突っ込んでいく。
背面を振り返るように身体を回すと、金の髪を揺らしたチックが見えた。
「なんでテメェはいつも俺ごと――」
「~爆発ゥ!!」
飲み会の席で散々聞かされた爆発のイントネーションの違いが、チキンにはもう聞き分けられるようになっていた。
このイントネーションは――彼女本人が高ぶりたいときに使用するときのものである。
次の瞬間、チキンと擬人類を巻き込んでの小爆発が巻き起こった。
間一髪で緊急回避を行う。何で意味もなくお前は俺を巻き込ませるんだ、と文句を付けてやろうと思った矢先、擬人類の身体が破裂し、意思を持った破片たちが雨のように降り注いできた。
「なっ……」
肉片は身体に吸い付くヒルのように身体に張り付いた。
一切被害を受けなかったチックが、下半身だけになった擬人類の肉体を蹴り倒してこちらへ寄ってくる。
「そうよ、いいことを思いついたわ」
「イカレ女のくだらない提案とやらをご教授願いたいね」
「あなたごと吹っ飛ばすのよ、わたしの能力で。きっと気持ちはずよ、ゾクゾクしちゃうっ」
「よせ……やめるんだ。このクソアマ、いいか? やったらただじゃおかねえ……」
「これが本当のわたしなの。超ドS。これでも貴方は後輩として可愛がってくれる?」
チックは歓喜の表情に満ちていた。赤みの差した頬からは、とんでもない狂気を感じる。
「ああ、頼むよ神様。どうかこの俺に祝福を……」
「大丈夫、すべてうまくいくわ」
チックはできる限り落ち着いた口調でそう告げて、握った拳に息吹を吹き込んだ。
「……冗談はパジャマの柄だけにしてくれよ」
見たこともないチックのパジャマ姿を想像しながらジョークと共にチキンは直接爆風に飲まれた。皮膚がひりひりと焼けるような匂いが鼻腔を刺激する。
爆発が終わり、風邪と共に黒煙が消え失せると身体に付着していた擬人類は消え去っていた。
「……はい、捕獲完了よ。あなたってホント最高」
チックは、煌々と輝くクロノライトグラフをチキンに見せつけながら、にこりと微笑む。
「……あー、爆炎の中は何ていうか、んー、最高だった。お前完全にどうかしてるぜ」
「あなたわたしのパジャマの柄なんてみたことないのに、なにテキトーなこと言ってるのよ。一緒に寝たことなんてあったかしら?」
「お前と、俺が? オイオイ~、またこれはジョークが上手くなったもんだぜ。……ちなみに……何柄なんだ?」
「やだ、キャミソールに決まってるじゃない」
「おう、そいつは……刺激的だ、是非とも拝みたいもんだね」
「あら、じゃあ今度わたしと寝てみる?」
「おっとそれは言わない約束だぜ、ハニー!」
よくわからないキャッチボールを繰り広げていると、オウルが大きく手を叩いた。
「よしみんなお疲れさん! 全員捕獲完了したみたいだな」
辺りを見渡すと、他の二グループも無事戦闘を終えていたらしい。
クロウが空っぽの亡骸となったコバトを抱いて、おやすみとだけ言った。
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