第2話
いつしか世界からは戦争がなくなり、全ての国々を結合した連邦国家となった。
かつての“戦争”とは、国盗りや宗教対立などによって行われた。
それは弱く暴慢な人間らしさの象徴で、なにかを得るための手段として至極当然の行為であり、古代より最も愛された暴力という名の絶対的支配欲の表れだ。
まるで先駆者たちの鎮魂歌が聞こえてくようだ。
太古の昔から飽きることなく繰り返されてきた出来事だ。現代人の我々が思慮深く考察したところで大した意味はないし、後からであればなんとでも言える。とはいえ、それでもえげつないことだとクジャクは思う。
――人間という名の同じ生命体だというのに。
何故最初から共存しあい、共に生きていける道を探そうともしなかったのか。
国を奪い、経済力や軍事力を存分に得たなら、それらを戦争を有利にするものへと変換させていくその行為に一体なんの意味があるというのだろうか。
お互いを本気で殴ってはいても、何故相手をここまでして痛めつけなければいけないのか、その本質的な部分を双方見落としている。それを知るのはいつも後世の人々だ。
行く末に残るのは、同じ“平和”という理想を願った国民の断末魔の叫びと、虚しく生き延びた、光を失った蝋人形だけである。まったくもって馬鹿馬鹿しい。
しかし、方法論として、ついに戦争は流行らない時代となった。
時代が進むたび、国盗りによるメリットよりもデメリットのほうが大きくなることに気がついたのだろう。
大量の資源消費、莫大な国税の消費、また貴重な国民の消費、技術力が向上するたびに地球環境は汚染されていった。
そして、遂には誰も得をしなくなった。国からは軍隊や義勇兵は姿を消すこととなり、世界には平和が訪れたかと思われた。
強化人間であるエージェントを用いた『静戦』を除いては……。
世界的に存在しない強化人間、それが『エージェント』である。
彼らは世界中で起こる事件のすべての事象に精通しているとされ、彼らの所属する秘密結社は世界各地に蔓延り、水面下で誰に知られることなく活動している。
大統領のボディーガードから、悪徳政治家の密偵、内紛状態に陥ったテロリズムに至るまで。
しかし、連邦国家となったことで新たに生まれる内紛もあったのだ。
世界は広い。人の生き方や考え方も千差万別だった。
静戦は、そんな世界に暗躍する政治や宗教などの争いごとの発端となる問題の解決手段として、秘密結社の力に頼り、エージェントを起用した。
――だが、彼らにはもう一つの顔が合った。それを世界はまだ知らない。
クジャクは琥珀のように艶やかな肌を撫でながら、美しいドレスに身を包んだ有名女優との距離を詰めた。
「やあ、楽しんでる?」
「あら、どちら様?」
クジャクはにこりと返し、ハスキーボイスの彼女の横に立ち、グラスを揺すった。
「……この葡萄酒のように魅力的な君の瞳を奪いに来たんだよ」
「ふふ、おかしな人」
女優は盛り上がった胸元で光るネックレスに触れながら少し照れ笑いを浮かべ、もう一度視線をクジャクへと向ける。その瞳がハート色に染まるのも、あと少しだろう。
「ここに居るってことはあなたもネオ・ゴールデン・サテライトに? ここに来るような人なら私が知っていないはずはないんですけれど」
「……実はまだ駆けだしの俳優なんだ。今日は僕が参加させてもらった作品の主役が来これなくなってしまってね、何故か今日はここに居るってわけだよ。自分でもビックリだ」
「あなたならすぐにでも人気者になれるわよ。だって……とても素敵ですもの」
そう言ってライトの光を反射させたピアスを揺らしながら、女優はクジャクの手の甲にゆっくり手を重ねる。
クジャクは女優の目を見て憂いの瞳で見つめる。
「綺麗な瞳だ」
「ああ、そんな、ダメよ。私には既に愛した人がいるの」
クジャクは指を交差させて、既に落ちきっている麗しのトップ女優に顔を近づける。
「実は……今日のネオ・ゴールデン・サテライトの受賞発表だけど、どうやら出来レースらしいんだ」
「……なんですって? いったいどういうことなの?」
「僕も人伝に聞いた話だから事実かどうかはわからないけど、受賞するのはブラックリー主演の『クライム・デストロイヤー』だって話だ」
「そんな……アラスターが? そんなの……嘘だわ……だって彼は私の……」
女優は複雑な表情を浮かべながら、ちらちらとクジャクと、とある方向へと視線を投げる。
この女優はブラックリーの数いる愛人の一人だ。きっと好き勝手弄ばれて、挙げ句に使い捨てられる運命なのだろう。
クジャクは女優の困惑した表情を横目につくづく思う。男と女という性別に縛られてしまうことが、どんなに愚かしいことなのかということに。
女優から聞いたブラックリー専用の控え室への道なりを進む。
扉を目前にして二人の黒服ガードマンがクジャクの前に立ちふさがった。
「友人に会いたくてね」
困ったようにライトブラウンのウェーブ髪を触りながらクジャクは言う。
「聞いていない」
「……ぜひ、通してくれないか」
クジャクはグッと眦に力を入れ、長い睫毛を瞬かせて片目を閉じた。
「……ぐっ……す、少しだけだぞ」
頬を朱色に染めたスキンヘッドの男たちは、追っかけをしているアイドルに突然道ばたで出会ってしまったかのような慌てぶりで、クジャクにチラチラと視線を送る。
「うん、いい髪型だと思う。とてもチャーミングだ」
クジャクは二人のスキンヘッドに軽くキスをして、扉をあけた。
「おや……君は」
驚いた表情のクジャクが、再び笑顔を取り戻そうとしたとき――視界に黒い影が映り込んだ。
影は弧を描くようにそのままクジャクの脳天に高速で迫る。
クジャクはぎりぎりで躱してから、くすりと微笑む。
「なかなか活発的だったんだね。麗しのレディ」
煌びやかなドレスをふわりとさせて宙で身を翻したのは、先ほどまで手を重ね合った相手。
今度は敵意がむき出しになった瞳を、もう一度真正面から浴びる。
「……ちっ、どこの秘密結社だ。それに、お前の近くに居ると変な気持ちになりやがる」
女優は男言葉で顔を歪める。そのまま顔を揉みくちゃにすると、顔の形が変形した。
「……おや、面白い能力だね」
「お互い様にな。そっちのミッションはブラックリーの警護か? なら、敵だな」
「どうも性フェロモンが強すぎてね。是非ブラックリーさんを落としてたかったんだけど」
「変態が。悪気はないがミッションの妨げは除外する。死ね」
クジャクはにこりと対向先に余裕の表情を向けると、耳裏に指を当てた。
《すまない。どうやらブラックリーを取り逃がしたらしい。してやられたよ》
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