第20話
ボスから下された追加ミッションはこうだ。
超人類研究所の研究員クロウと、最高責任者ティーチャーの厳重監視、また諜報活動を行いつつ、黒であれば捕獲するというものだった。
研究所のマッドサイエンティストたちの夢想が世界に公にでもされれば、それこそ世界恐慌になり得る。奴らは人間的な思考を持ち合わせていないため、何をするのか本当にわかったものではない。
擬人類などという、未だ正体不明で非人道的な人工生命体で一体何を企んでいるというのか、それも諜報活動の重要な項目の一つである。
「クロウの重要監視の担当だけれど、僕に任せてくれないかな」
僅か二日足らずで、負傷した部位を自慢そうにチラ見せさせながらクジャクがそう言った。
「構わないが、ペアはどうする、俺とパッセル、お前でデコボコ三人トリオにしようと思っていたんだが」
「ありがたい話だけど、僕一人で十分。既に一度潜入には成功しているし、何かと一人のほうが行動しやすいんだ、あそこ」
「諜報ミッションのエキスパートであるお前のことは信頼しているが……この状況下での単独行動は、悪いが許容できない」
「これは手厳しい」
くすりと微笑みつつ、参ったように両手をあげる。
「――と、言いたいところなんだが、お前が言ったようにペア行動によるリスク、ということも現場によっては多々ある。ここは実際に現場を見てきたお前の意図を汲んでやることにする。だが無線連絡は忘れるなよ。何かあれば直ぐに連絡を入れるんだ。それなら許可する」
オウルが思慮深い表情で了承すると、クジャクはまたも微笑を浮かべて高貴な令嬢がするみたいに、ジャケットの裾を持ち上げて一礼し、超人類研究所への潜入を開始した。
「現状の最善策として、クロウの監視にクジャク、チキンとチックで従来通り超人類の少女の捜索、オレとパッセルでティーチャーの監視でいこうと思う、異論はあるか。イルカだけに」
《チキン、チックと共にクジャクを尾行しろ。アイツ何かを隠している》
オウルは口で今後の作戦の概要を説明しながら、チキン単体に無線連絡を飛ばしてきた。器用な奴だ。趣味で腹話術か何かやっているのかもしれない。
《ベテランの勘ってわけか? 実に羨ましい観察眼だね。二ドルでどうだ?》
《売りもんじゃないんでね、悪いが他を当たってくれ。……いいかチキン、何かあればすぐに連絡するんだ、今起こりうる最悪のパターンは、チームの分裂だ。不確定要素が多い中で、そういった内部のごたごたや、虚像でも何でも他勢力の存在が明確になっちまった今、状況はすこぶる悪い方向に向いちまってる。こんな不安要素だらけの現場で、仲間を信用できなくなるのはもう最悪だ。できる限りの信頼関係は作っていきたい》
《光栄だね、つまり俺はアンタに気に入られてるってわけだ、ああ、本当に最高だね》
《おいおい、何を今更言ってるんだ、俺はこれでもお前のことをかなり気に入っているんだぜ、ミッションであろうと、この前の飲み会でも感じたが、面白い奴だと思っている》
《そいつはありがたいね、わかったよ。引き受けよう》
チキンがそう言うと無線通信は途切れた。
「――ではそういうことで、諸君の検討を祈る」
オウルが総括すると、その日の定時連絡ブリーフィングは終了となった。
「クジャク先輩が怪しいのは最初からじゃないですか。今に始まったことじゃないと、わたし思うんです。オウル先輩ほどになると、細かな変化にも過敏に反応できるんですか」
「そんなこと俺が知るかよ。奴から漂うあの禍々しいオーラを理解なんて未来永劫したくもないぜ。そこら辺のクソッタレ野郎の鼻につく匂いの方がマシだぜ」
「それってチキン先輩のことですよね。そういう匂いに関しては一級品ですから」
「おい、お前は俺を怒らせて何がしたいんだ? いい加減にしてくれ、はっ倒すぞ」
「きゃあ、またセクハラ的発言を……」
わざとらしくおどけるが、声に表情はない。
チキンはふざけるチックを横目に髪を掻きむしって手を組んだ。
「ああ、神様……どうかこいつにロクでもないことの一つでも起こしてくれ。頼む。誓うよ」
「どういうロクでもなさなんですか。レ●プ関連ですか」
「こ、このクソッタレビッチが! 間違っても自分からそういうことは言わないでおくことだな、自らの品を落とすことになるぜ、テメェは……その、一応……女だろうが」
少し言葉を濁しながら、言う。チックは面白い物を見つけた猫のような顔で目尻を曲げた。
「ここであえて女性扱いしてくるなんて、チキン先輩は罪作りな人です。それで、もし…………わたしが本当に惚れちゃったら、どうするんです」
チラッとチキンを上目に見る。この表情は、明らかにチキンで遊んでいるときの顔である。
「あー、そのときはあれだ、俺はきっとこう言うだろうな。テメェと昼下がりのテラスで並んでバーガーもぐつくのはゴメンだね、目の前から消え失せな」
「…………ピー! 今、あなたの視界からわたしは消えました。もう視認することはおろか、まともに喋りかけることすらできなくなってしまいました。さて、どうしますか?」
「あぁ!? 突然何言ってやがるんだ!? どうもしねえよ! このイカレ女! なにがピー! だ! お前は目覚まし時計か!」
「魅惑的な女時計ですが、何か?」
たわいないやりとりを進めながら、チキンとチックは要請学校の校舎を抜け、超人類保護研究所へ続く中庭に差し掛かった。
とても広大な広さを持った中庭だ。養成学校と、研究所までの距離は、一キロメートル以上は離れている。噴水や、白の花壇、草花で綺麗に彩られていた。それらの障害物のおかげで身を隠すには持ってこいの場所と言える。
視界の中でクジャクが豆粒ほどのサイズで確認できる。おそらく尾行には気付かれてはいないはずだ。
向かう先は研究所。白い建物で造られたとても質素なものだった。地下に超人類を保管するカプセルが大量にあると聞く。クジャクは今その階段に、革靴を乗っけた。
超人類研究所に入るためには、専用のIDが必要である。既に潜入実績のあるクジャクは、IDを現地調達、もしくは潜入ルートを握っている可能性が高い。
「入り口付近で張るぞ」
クジャクは、研究所へ堂々と正面から入って行った。壁に取りつけられている自動認証機にIDをかざして、防弾ガラスを滑らせると中へ入っていった。
チキンとチックは、入り口の全貌がしっかりと見える茂みに隠れ、声を漏らす。
「……尾行できるのはここまでだな。中まで潜入するなら、IDが必要だ」
「待機ですかね」
「待機も重要なミッションの一つだ……わかってるとは思うが、お前余計なことをするなよ」
「……なんか、わたしトラブルメーカーみたいに思われてます?」
「いや、ウルトラクレイジービッチマンだと認識してるぜ」
ふんと鼻を鳴らしそっぽを向くチックを横目に見つつ、チキンはそのときを待った。




