第14話
チキンとチックは、今回のために用意したクジャク専用部屋を前にして待機中だった。
クジャクから連絡があればこの中に突入し、超人類と戦闘をする準備は出来ている。
「あ、あの……チキン先輩……」
「……あ? なんだよ、私語は慎めよ、ミッション中だぞ」
チキンは鬱陶しそうに隣のチックを一瞥する。
「……なんだか、……とても……変な気持ちになってきました」
チックが、頬を少し赤らめながら、色っぽい声でチキンに問いかけてくる。もじもじ下半身をくねらせながら、片方の手で股間を押さえている。
「……おいおい、勘弁しろよ。ミッション中だぞ、発情した犬コロじゃねえんだから、何とかコントロールしやがれよ。この先もたねえぞ、それだと」
やれやれといった具合に顔に手を置いて、はあと溜息をつく。
「……んぅ……そうは言っても……ですね、こう、ぞくぞくするんです……よ……んっ」
少し潤んだ瞳のまま、チックは唇を指で押さえ込み、絞り出すように声を出す。
「……気持ちはわからないでもない。だが……何とかしろとしか言えねーな、先輩としては」
おそらくクジャクの能力により、性フェロモンがこの付近に充満しているせいだろう。
クジャクの『魅了蜂の甘い蜜』は、慣れ親しんだものであればある程度は軽減される。しかし、抵抗力の少ないものにとっては、クジャクの体臭や声だけでも生物が本能的に持っている欲求の一つを、大幅に刺激されてしまうのだ。
隣には今にも乙女の懐へ手を伸ばそうとしながらも、何とか理性を保ち己の腕を制止しているチックの姿。その光景を目の当たりにして、はた迷惑な能力だ、とチキンは髪を掻きむしる。
「お前もまだ若い。我慢してねえでトイレでも行ってこい。見なかったことにしといてやる」
「……デ、デリカシー……ないですね、ホント。そーいうこと女の子に言いますか」
「はぁ!? まてまて、今の俺の言動はデリカシーの塊だろうがよ!! 何言ってやがんだ、このクソビッチ! テメェが遠回しにオ●ニーしたいって言ってんだろうが! ミッションに差し支えるからさっさと済ませてこい、って言ってるだけだろうが! 俺は! 何かおかしいこと言ってるか!? オイ! 何とか言いやがれこの発情クソオナ●ー野郎!!」
「……んぅ。あ、あんまり、大きな声とか出さないでください。……余計に変な気分になりそうですぅ……ぁあ、もぅ……やだぁ」
チックは耳まで赤くさせたまま瞼を強く閉じた。長い睫毛が下を向く。もう、今にも崩れてしまいそうだ。
「……まあ……でもあれだ。お前はよく耐えてるほうだぜ。……俺なんか気がついたら野郎のケツにキスしてやがったからな。思い出しただけでもブルッちまう。悪夢だ。早く忘れたいぜ」
思えばそんなこともあった。クジャクがとても嬉しそうな顔をしていたのが、今でも忘れられない。あの頃の自分のケツを蹴りつけてやりたい。
「……な、長いです……早く出てきませんかね………………まだかな」
まるでトイレの出待ちをしている人間のセリフだった。
「あのな、お前はもういいからトイレに突っ走ってこいって言ってんだよ、見てるこっちが変な気持ちになってくるぜ」
「な、なんですか……? わたしに発情ですか? ……ひゃあ、やらひぃ……」
チックはついに舌が回らなくなってきている。
クジャクは今、専用部屋でアルマの激情を引き出すべく行為に営んでいるはずだ。おそらくはその際放出される最上の性フェロモンが、チックをこんな状態にしてしまっている。廊下に立っているだけで、この状態だ。
では、クジャクと裸体を擦り合わせているであろうアルマが、どんな風になってしまうのか、チキンには想像も付かない。
しかし、それでようやく超人類の特定をすることができる。今はクジャクにすべてを任せ、不測の事態に備えてチキンとチックは待機しているのが、一番なのだ。
チキンは耳裏に指を置き、クジャクに呼びかけてみることにした。
《……チキンだ。クジャク、調子はどうだ? エンジョイしてるか》
《……ふふ、そんなに心配かい? 丁度今ほぐし終えたところさ。これから愛の行為に入るところだ。……二分後にはフィニッシュってところかな》
《ああそうかい、幼い少女を存分に舐るのも構わねえが、できれば早くしてもらいたいもんだね、こっちの発情ガールも我慢ならねえらしいからな》
「だ、だれが……発情ガールですかぁ……」
顔を赤く染めながら、むっとした表情をチキンに注いでくる。
《はは、チックか。了解。すぐに済ませるよ。それよか君もどうだい? 一緒にやらないか》
《はは、最高のお誘いだぜ。このミッションが終わったら絶対にぶっ殺してやる、ゲイ野郎》
通信を切ってから二分後、ようやく扉が開いた。
「お待たせ。待ったかい?」
整いすぎた顔で涼しげな微笑を浮かべながら片手をあげるクジャク。
「コイツを見ろ」
チキンが呆れた表情でチックを指差す。既に地べたに倒れ込んでいて、耳を赤くしながら、憔悴しきった顔で壁にもたれ掛かっている。
「やあ、すまないねチック。今度必ず埋め合わせをするよ、下は今グチョグチョかい?」
「涼しい顔で聞く内容じゃねえぞ、変態鬼畜教師。さっさと結果を教えろ」
チキンが苛立った様子でクジャクを問い詰める。
「……どうやら、ターゲットは彼女ではなかったらしいね。普通の人間だよ」
綺麗に手入れが施された眉を少し下げながら、クジャクは困ったように両手をあげた。
クジャクの脇から瞳の中までハートにさせた少女が、頬から一滴の汗を零しつつ出現する。どうやら回りすら周囲が見えていないらしく、たどたどしい足取りでゆらゆらと廊下を歩いて行く。
「マジか? クロノライトグラフは反応があったんだ、絶対にヤツで間違いないはずだぜ」
「壊れてるんじゃないのかい? 君の。最近僕のもどうも調子が悪くてね。まったく反応しないんだが……なぜだろう」
クジャクは苦笑を浮かべながらチキンを見据える。なにかに気がついているような表情。
「知るか、それよかヤツで間違いないのは確定的だ。俺のが反応したときはアイツしかいなかったんだぜ」
「さあ、マッドサイエンティストたちが作ったエージェント・アイテムに僕は絶対的信頼感を持っているわけでもないからね、でも、感情値が一〇〇のときにしっかりネオ・サングラスで確認したから間違いはないはずだよ、彼女は普通の人間だ。まあ……そう気張らないで、気楽にやってこう。まだ初日さ。これからチャンスはいくらでもあるさ。じゃあ僕はこれで……レディのアフターサービスも忘れてはいけないからね」
クジャクはそう言うと微笑を浮かべて、廊下で蛇行するように進むアルマの背を追いかける。
「……一つ聞いていいか。お前、彼女にどんなことをしたんだ」
「気になるかい? ふふ、君にそこまで教える義理はないんだけどね。君が僕にイイコトをしてくれるっていうんなら考えるけどね……僕、受けも攻めもイケるから、よければ君のお好みで調整するよ」
「黙れ鬼畜。いい加減その腑抜け顔ブッ飛ばすぞ」
「あらそれは残念だ。それよりチックのこと、頼んだよ。僕が離れればそのうち調子もよくなるとは思うけど、ちゃんと着いててあげてね」
「けっ、お前が言うか。とっとと行きやがれ。クソ野郎。二度とそのツラ見せるんじゃねえ」
吐き捨てるようなチキンの言葉を受けてから、クジャクは寄り添うようにしてアルマと二人で歩いて行った。
チキンはもう一度クロノライトグラフのプッシュボタンを押す。
やはり、反応は強い。明らかにあの少女のものであることは間違いようがない。
――クジャク、お前なにを隠している。
明らかにクジャクは何かを隠している。あの薄笑いの向こう側には一体何がある。
「……おい」
廊下に倒れたまま、上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる。
「……ふぇ?」
「……マジで頼むぜ、相棒」
せめてアイコンタクトで俺の意思を読んで先回りするくらいの行動力をつけてくれよ、と無理難題を突き付けてやろうとしたが、今のチックに何を伝えても無駄なような気がしたので飲み込むことにした。
チックを寮に送るため、肩を担ぐと、嗅ぎ慣れない甘い香りがして、余計にチキンを変な気持ちにさせた。
* * *
《……断言はできませんが、おそらく黒ですね……彼は》
寮に戻った少女は黒のスーツを脱ぎながら、無線通信を開始した。
《何者かと小まめに連絡を取っているようです。机で突っ伏したふりしてナノマシンで連絡しているような姿目撃しました。おそらくメンバーのクロノライトグラフもミッション前に彼に壊されましたね、メンバー分全員です。ほぼ間違いないとみていいでしょう》
通信を切ると、美しいセミロングの金髪を靡かせつつ、シャワールームで汗を流す。
「……はあ、彼って最高にセクシーでキュートだわ。怯えた仔犬みたいでとっても可愛らしいのよ。ふふ、超絶わたし好み!! 絶対にものにしてみせるわッ!」
金髪少女は微笑を浮かべ、柔らかそうな身体からは水滴が落ち、足下で渦を作っていた。
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