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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode2.ハイスクールでの俺の日常が世界に一体なんの意味をもたらすって?

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第11話

「……そんなに近くを歩かないでくださいよ、腐敗臭が鼻につきます」

「ああ!? なんだお前、遠回しに俺がくせえって言いたいのか! なあそうなのか!」

「あの……遠回しじゃなくて直球のつもりなんですけど、理解できませんでしたか」

「このクソアマッ……!!」

「全体的にアレです、暑苦しいんですよ、言動も匂いも……うわっ、くっさ」


 チキンはこめかみに血管を浮かべながら、苦しそうに鼻を摘まむチックと廊下を進む。


「こらこら、君たち。今日からは二人とも僕の生徒なんだから、仲良しなのはいいけど、あんまり派手な喧嘩はしないでくれよ」


 だて眼鏡をかけたクジャクがわざとらしく、くいっと指であげる。


「あー、淫乱ティーチャー、是非教えてくれよ。一体俺はなにをすればいいんだ」

「ふむ、君でもそんなに尻込みすることがあるだなんて、意外だったな。てっきり声高らかに教室に突っ込んでいくものかと思っていたよ」

「チキン野郎なんですよ、チキン先輩は」


 チックが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「チキンチキンってうるせーな、この雛女! 気安くその名を呼ぶんじゃねえ! 俺はジェームズ・エドワーズ、お前はクラリス・コルケットだろうがよ!」

「名前じゃないでしょう、コードネームですよ」

「こまけぇこたぁいいんだよ!! 口を慎め、クソッタレ!!」

「じゃあジェームズ・エドワード君。……とりあえず、ゴーだ」

「なっ、ぉ、おい! 押すんじゃない! クソッ、何をしやがるこの変態鬼畜教師が! それに偽名間違えるとはどーゆーこった! 俺はエドワーズだろうがよ!」


 チキンことジェームズ・エドワーズは、クジャクに背を押され、未踏の部屋へ足を踏み入れた。


 賑やかに談笑を交わし合う黒スーツたちの視線が、一度にチキンへと集まる。続いてクジャクとチックも教室に入ると、クジャクが黒板にチキンとチックの偽名を書き連ねた。


「はい、みんな聞いてくれ。今日から新入りがやってくることになったんだ。名前は……」


 クジャクはチキンを一瞥し、妙な表情でにやりと笑う。


「……あー、ジェームズ・エドワーズだ。趣味はアクション映画鑑賞。あー……そうだな、『メン・イン・ブラック』って映画を知ってるか? 最高にイカした九八分を満喫できることを保証するぜ」

「…………」


 教室の空気は冷たくチキンを迎えた。まるでアイスクリームを素足で踏みつぶした感触だ。


「あー…………そうだな、ついでに一つ話をしよう。ちなみに、ノンフィクションだ。……最近、俺の目の前にムカつく野郎が表れたんだ。そいつは俺の大好物のフライドチキンを地面に落としてダメにしやがった。なあ、許せないだろ? だからそのとき俺はこう言ってやったんだ。その場でシェケナベイベーするのと、頭ブチ抜かれるのと、どっちがいい? ってな」

「…………」


 相も変わらず教室の反応は冷たい。黒のスーツに身を包んだ幼顔の少年少女はぱちくりとさせた瞳を純真にチキンへと向けたまま言葉を失ったままだった。


「……シェケナベイベーしてるのはあなたの頭ですよ、フライドチキンで死に男さん」


 冷えた教室に、ぼそり。聞き慣れたくもない嫌みったらしい声がチキンの耳に入る。カチンとくる気持ちをなんとか抑え込んで、つんとした表情のチックを一瞥する。


「……テメェ、いい加減下らないことを言ってないで、さっさと名を名乗りやがれっていうんだ! ここは自己紹介の場所だぜ、フライドチキン殺し」


 チキンがそう言い返すと、途端にチックは焦った表情でグリーンの瞳をきょろきょろさせる。


「………………」

「ああ? なんだ、どうしたんだよ」


 いぶかしげな表情を浮かべながら、チックを凝視する。チックは少し頬を強張らせながら、チキンの腕をぐいと引く。


 色艶のよい薄桃の唇から彼女の吐息を聞く。甘い香りがほわりと香った。


「…………あの、名前……なんでしたっけ」

「は? なんだって?」

「だからっ……今回のわたしのミッションで使う偽名……なんでしたっけ」

「お前は何を言っているんだ」


 そんなもの……さっき俺たちの担任教師が黒板に書いていただろう、というかお前は鳩か何かなのか? 記憶障害か? と言いかけて、チキンは思いとどまった。


「……何だよ、忘れちまったのか」

「…………はい、あの……はい。……クラクラ・コルセットでしたっけ」

「……ふっ」


 チキンはその偽名に、つい吹き出しそうになる。

 チックはチキンにすがるように腕をぎゅっと柔らかな身体へ寄せたまま、頬を染める。


 二人で身体を寄せ合いながら、内緒話を繰り広げる光景はとても歪ではある。周囲の目も、一体この新入生二人は何をしているんだ、という雰囲気へと変わりつつある。


 だがここぞとばかりに、チキンは頬がにやけそうになるのを懸命に堪えて、真剣な眼差しをチックに贈る。


「…………マザー・ファカー」


 突然下劣な言葉をチックに浴びせかける。


「…………は?」

「お前の偽名は……確かマザー・ファカーだ」

「ほんと、フライドチキンにしますよ、チキン先輩」

「すまん、お前に似合った名前がそれしか思い浮かばない。ピッタリだと思うんだが、ダメかマザー・ファカー」

「……もう、いいっ!」


 チックはちっと舌打ちをしてから、はっと背後の黒板に気がつくと、余計に顔を赤くさせた。どうやら、生意気な女にも恥じらいという概念は存在するらしい。


「……名前は、クラリス・コルケット……趣味は……そこのゲス野郎をからかってオモチャにすることです」


 少し頬を膨らませながら投げやりな自己紹介が終わった。その滑稽な光景を目の当たりにしたチキンは脇腹が痛くて仕方なかった。

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