第9話
「……奴らの戦闘能力はどれほどのものなんですか、実戦経験がないので情報が欲しいです」
「地球上最強の生物だよ。人間の身体能力を優に超越してる。エージェントが四人がかりでやっと一体と対等に戦えるくらいだと思っていい。まだ新人の君はそこまで気負うことはない」
「そんな……このエージェントスーツや、タイロープブレードを持ってしてもですか?」
チックは驚いた顔で自らの黒ネクタイに親指を当てる。
エージェントは人間を超越した最強の強化人間であるが、それでも超人類には敵わない。
静戦のために強化人間を創り出した企業は秘密結社と連携し、その名を“超人類研究所”へと変えた。元より研究志向の高かったマッドサイエンティストたちは、自らが住む星が侵略されるようと、たとえ破壊されることになったとしても、未知の生命体の存在意義や生態に興味を持った。
秘密結社へ超人類の捕獲を依頼する代わりに、様々な強力な装備を開発しエージェントたちへ譲り渡した。これにより、エージェントは超人類と対等に戦うことができるというわけだ。
「もちろん僕らが装備するエージェント・アイテムはいずれもとても強力なものばかりだが、装備の力に驕るのはやめたほうがいい。きっと痛い目を見ることになるだろうからね。つまり僕が言いたいのは、戦うこと自体を避けたほうがいいということ。超人類はいくら殺そうが決して死なない。リスクを冒してまで死の概念を持たない彼らと戦ったところでなにも生まないってことさ。捕獲して超人類研究所に引き渡しさえしてしまえばいいわけだからね。君のその腕時計はそのためのものだろう?」
クジャクはチックの腕で光るシルバーの腕時計を指差した。
「クロノライトグラフ……ですか」
見かけだけなら、ビジネスマンが所有するものとなんら変わらない銀色の腕時計。
しかしこの腕時計は、半径百メートル以内の超人類の方向を検知することができるうえに、生命力の弱まった超人類を捕獲することができるエージェントの唯一の網でもある。
エージェントが捕らえた超人類は、超人類研究所に引き渡すことになっている。
研究所には超人類を保管、管理することのできる専用の保護カプセルがあり、死の概念を持たない超人類たちは、永遠にそこに保管されるという話だ。この事実は超特殊機密情報カテゴリ5にあたるため、口外したならコードネームと共に世界的に抹消されるだろう。
つまり、地球を害悪とされる超人類から守るため静戦に扮して世界中の超人類を捕獲を目的とする秘密結社と、未知の生命体の生態の研究を目的とする超人類研究所は、互いにwin-winの関係にあるということである。
「ハイパーグローブにしてもパーフェクトシューズにしてもそう。これらは強化人間である僕たちエージェントの素質をさらに強化し、地上生命体の限界まで高めあげてくれる。けれど、上には上が居るってことさ。……まあ、あまり気張らないでいこうよ。まだ超人類はその数が圧倒的に少ないのだから。人間社会に上手に溶け込んで、静かに人間を喰らっているとは言うけれど、その被害は現在の世界にはなんの影響も与えないレベルだ。年間の自殺者数のほうが数十倍は多いくらいだ。そんなことより君は初ミッションなんだから、もっと気をつけるべきことが他にたくさんあると僕は思うな」
クジャクが後輩を労るようににこりと笑う。
「……きっと、クジャク先輩は普通にしてれば素でモテるんでしょうね」
「ふふ、モテなかったことがないから、初めて言われたなあ」
「誰かさんとは大違いですね」
チックはチラリとチキンに横目を向ける。
「おい、言われてるぞ、クロウ」
「……明らかにお前な件」
クロウのぼやきを上書きするようにオウルが手を叩くと、再びブリーフィングが再会する。
「……というわけで、実はクジャクは既に先行して現地への単独で潜入を開始しているんだ、現状の状況報告を頼む」
クジャクはオウルの視線を受け取ると、すくりと立ち上がった。
「……僕は現地の新任教師として、既に三日間潜入している。そこで得られたものは一つだけ。今回のミッションのターゲットとされる超人類の少女が、超人類保護研究所の何者かと密会しているのを目撃することに成功したんだ」
「密会だって? 研究所の奴らは超人類の存在に気が付いているっていうのか?」
チキンが大げさに両手を開く。
「……わからない。だが、お互いになにかを企んでるらしい雰囲気はむんむんとしていたよ」
「……ふぅむ、となると…………超人類の狙いは……」
唸り始めるオウルにクジャクが指をパチンと鳴らす。
「そう。おそらくは超人類研究所で保管状態になってる超人類たちの解放だと僕は睨んでる」
「……捕らえられてる同族たちを助けようってことですか?」チックが質問する。
「だろうね、でも研究所の人間と密会する理由がよくわからないんだ。あれほどの戦闘力を持った生物であるなら、そんなまどろっこしいことはしないで正面突破で研究所もろとも破壊してしまえばいい、それで仲間を解放。そうは思わないかい?」
何故か視線の先はチキンである。
「俺が知るか、こっちを見るんじゃねえ、ゲイ野郎。その緩んだ頭吹っ飛ばすぞ」
「おやおや、君好みの意見だと思ったから、同調を求めたんだが……どうやらフラれてしまったらしいね、実に悲しいよ。しくしく……」
顔を両手で覆ってからチラリとクジャクはチキンを見つめる。気味が悪い光景にチキンは肝を冷やした顔で腕をさすり、そそくさと話を続ける。
「で、身なりは? わかってるのは女ってことだけか?」
「そうだね、背は低かったけど、顔まではわからなかったよ。密会現場を目撃したとき、絶対に見つからない距離からクロノライトグラフで超人類の反応を確認しただけに過ぎない。まだまだミッションはこれからってところさ」
にこりと笑うクジャクをよそに、オウルが神妙な顔持ちで言った。
「もし……現在超人類研究所で保管されてるであろう数百体の超人類が世界に解き放たれでもしたら、世界中が一瞬で恐慌へと陥るだろう。それに超人類研究所の連中の企みも気になるところだ。くれぐれも足が着かないように、極力目立った行動は避けること。現地での諸君らの活躍に期待する。んじゃあ、いっちょ俺から実際の潜入行程を伝える……皇帝だけに」
「…………」
「えー、まず第一に学校への潜入方法だが、チキンとクロウ、それからチック。お前らをエージェント候補生の新入生として潜入させる。クジャクと俺は教師に扮して超人類保護課の動向を探る。既にクジャクが内部から手配をかけてくれている。堂々と真っ正面からの潜入で構わない。学校内部のどこかにいる超人類の少女をあぶりだせ」
「おいおい待ってくれ。……冗談だろ? こいつらはいいかもしれないが俺は一九だぞ。パンケーキ食って喜んでるようなガキどもと一緒にスクールライフを満喫しろっていうのかよ!」
「お前は……そこそこ童顔だからなんとかなるだろ。ほら、チェリーボーイだしさ」
「ナマ言ってんじゃねえ! 泥くせえベースボールキャップで顔面ぶったたかれた気分だ!」
「はあ、いちいちうるさいヤツだなぁ……まったく。まあ、とりあえずよろしく頼んだぞ、チック。お前はチキンとペア行動だ。うるさくて面倒くさい先輩かもしれんが、なかなかどうしてかわいいヤツだぞ。愛着が湧くとな。いい感じにエスコートしてやってくれ」
「……っ」
チックは予想外なのか、まるで稲妻が体内を迸ったあとのような顔で、チキンを一瞥する。
「…………おい、なんだその顔。なんとか言ったらどうなんだこの野郎」
「……はあ、先が思いやられます。よろしくしてやってやりますよ、ミッションですからね」
投げやりな声でチックはふうと溜息をついた。どうにも生意気な新人だ。
「……あー、本当に最高の反応だね、先輩として光栄だよ」
チキンも皮肉っぽい返しでなんとか怒りを静めた。
「……超人類の少女を特定することができたら、次に超人類研究所とのパイプを探すんだ。研究員と少女の密会現場を押さえて即俺へ連絡だ。場合によっちゃ、そのまま超人類の少女を確保して、超人類保護研究所を摘発するかもしれん、まあこればっかりは現場合わせだな」
オウルはメンバー中でもっとも実戦経験豊富であり、機転が利くエージェントだ。
「老婆心ながら一つ言わせてもらうぜ。……現場では、いつ、なにが起こるかわからない。だが、どんな状況にでも対応してこそのエージェントだ。あまり偏った固定概念や、決めつけは持つな。いつも選択肢は二つ以上は持つことだ」
そして今回のミッションを行う上で、起こりうる危険源の思索を行った。各メンバーからあげられたリスクを元に、どうすれば未然に防ぐことができるのか、また、実際に起きてしまったときの対処法などをメンバーで討論を繰り広げていく。各々が、目前の世界規模の命運が掛かったミッションに、真っ直ぐに向き合うことで、ミッション成功の確率はぐんと跳ね上がる。いや、失敗は決してできない。……エージェントとして。
「…………大体こんなもんか、いい感じじゃねえか。よし、まとめよう」
オウルはにっこり笑って、満足そうに目の前のホワイトボードにあがった危険源を書き込んでいく。チックはそれをじいっと見つめたまま、顎に手を乗せた。
「……こんなこともしなくちゃいけないんですね。正直甘く見てました。ターゲットの性別も背丈もわかってるから、それっぽい人を一人ひとり検証していけばいいと思ってました」
「言ったろ、現場ではなにが起こるかわからねえんだ、どんな状況にも対応できるようこうして危険源の洗い出しをメンバーで共有しておく必要がある。予想外なことが現場に起きたとき、ある程度は柔軟に行動しやすくなる。なにも予想してないよりはマシってもんだろ」
オウルはメンバーに背を向けながら、キュッキュと楽しそうにペンを白い板へ走らせる。
オウルは、こうしてメンバーでブリーフィングをしているときが一番活き活きとしているように思う。特にリスクの洗い出しと、その対策案をメンバーで思索し、口論するときが一番楽しそうだ。不器用な年長者の、後輩とのコミュニケーションの取り方なのかもしれない。
チキンはホワイトボードを見据えた。毎度毎度よくもまあ書くな、とチキンは思う。
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