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プロローグ ver 2

 一


 今、お父様の首がバスケットにボトリと落ちた。

 次はお母様の番。


 両手首を処刑人たる大男二人に拘束され、“屈辱的にも”庶民服を着せられた貴人のお母様が壇上に姿を現した時、民衆の歓声と罵声は最高潮に達した。

 まだ、ギロチンによる無様な絶命という最高のメインディッシュが残っているというのに。

 でも、しょうがない。世の中には死んで然るべきゴミってのが少なからず存在する。

 お母様は、徹頭徹尾、正にそれだった。

 私を殺し続けた癌だった。



 二


 晩春。

 フラン・ガロ王国、首都シテ。その北部中央にあるシテの大広場。

 そこに詰めかける王国中の民草は、かつての抑圧者であった大貴族『フラン家』の面々の公開処刑を、まるでサーカスのように楽しんでいた。


 王国は、二重権力制であった。

 王家と呼ばれる『レクトル家』の当主である『国王』と、数多いる貴族の頂点に君臨するフラン家の当主である『皇』の二対が各々に権力を分割していた。

 国王は慎ましかった。国王はいつだって民草の味方で、意欲的な政治と、統治者にしては質素な生活で民草から大変好かれていた。

 対し、女皇は愚かであった。散財と男漁りにばかり執心して、庶民の不甲斐なさを嘲け笑って、いつだって民衆の目の敵だった。

 ただ、王国は人類の住まう大陸において覇権国であった。だから、女皇がいくら愚かであろうとも、民草はある程度豊かに暮らせていた。

 したがって、あの売女の存在なんて、政治上の目の上のたんこぶ程度のものだった。

 …しかし、10年前から始まった魔族との戦争に伴う戦費と被害補填の捻出をキッカケに、王国の経済は一気に冷え込んだ。

 民草は生活苦を強いられた。

 それに対し、国王はいつも以上に民草に寄り添う姿勢を示した。

 一方で、女皇は何も変わらなかった。

 悪女は、どこまでいっても悪女のままだった。

 だから、フラン家はこの結果を招いた。


 …そうして、私の家族は誰も彼もがギロチンで無様に死に晒すことになった。

 フラン家の次女である私は笑いが止まらなかった。



 三


 処刑台へ続く階段を上りたくないと、しゃがみ込んだお母様が、大男の一人に上から無理やり引っ張られ、もう一人に下から無理やり押され、まるで引っ越し時の大型家具みたいに運ばれようとしていた。

 そんな、大の大人の姿としてみっともないことこの上ない姿を晒しながら、お母様はそれでも「死ぬのは嫌だ」と醜い駄々をこねていた。


 私は、そんなお母様を、処刑の様子が正面からよく見える、広場前のホテル屋上に設置された特等席で見下ろし、鼻で嗤った。

 アレと血が繋がってると思うと怖気がする。

 罪人のくせに往生際が悪い。

 いや、罪人だからこそ往生際が悪いのか?

 …それにしてもお母様は良い顔をする。

 アレを見るほどに、なんというか、“この処刑を仕組んだ”私としては、頑張った甲斐があったなぁと感動できる。

 苦労したもんなぁ。

 この処刑のキッカケを作る工作。

 まぁ、お父様、お母様が権力で揉み消していた悪事の数々を暴くことはさほど苦労しなかったけど…。

 一番苦労したのはアレかな。

 “お母様処刑計画”に王家を巻き込むために、6ヵ月前に起きた第一王子の婚約者の行方不明事件の真犯人をお母様だと“でっち上げた”ことかな。

 …うん、あれは苦労した。だって、無から有を作るなんて根本的に不可能で、どうしたって綻びが出来てしまう。


 嘘をついてしまえば、必ずその綻びへの対応に追われる。


 それがねぇ、なんとも…。

 …でも、アレのおかげで国王と第一王子がカンカンになって、二重権力制を重んじてフラン家の問題に手を付けずにいた王家が重い腰を上げたんだから、今思えばやって良かったなぁと感慨深くなる。

 あぁ、お母様が無実の罪で裁かれた時は嬉しかったなぁ。

 お母様、略式法廷で暗殺未遂の罪を読み上げられた時、「そんなの知らない!やってない!」って叫んでたなぁ。

 「きっとレジティが、あの忌々しい娘がでっち上げたんだわ!」って、いつもは馬鹿なくせに、あの時だけはカンを冴えさせて無実を主張してたよなぁ。

 それでも、お母様ったら普段から素行が悪すぎるから誰にも信用されなくて…。無実の罪が簡単に有罪になって、「なんで…?」って絶望してて…。

 ぷっ、くくく…。

 今思い出しても噴き出しそうになる。 

 でもいけない。

 まだ笑わない。

 …今笑うと、“私の隣で”静かに処刑を見守っている第一王子に怪しまれるかもしれない。

 それはいけない。

 そうしたら、“私がわざわざ第一王子の婚約者を殺した甲斐”が無くなる。

 だから、まだ嗤わない。

 悪女が死ぬまで嗤わない。

 お母様の言葉を思い出せ。


『ラディカとは“出来が違う”。能無し。脳無し。間抜けな娘』


 その言葉の通り、今はボケるんだ。

 私がフラン家の面々を処刑に追い込んだ事実なんて忘れるんだ。

 お母様が無事、間抜けな最期を迎えられるように。



 四


「…レジティ」

 第一王子が私に尋ねた。

「本当に良かったのかな…?君のお母様に、あんな最期を与えてしまって…」

 第一王子は私の顔色を伺って不安がった。

 私は少し寂しげな演技をしつつ言った。

「いいんですよ」

「あの人は、ああなって当然の人だった。ただ、それだけです」

 その答えを聞いて悲しんだ第一王子が、そっと私の肩を抱いた。そして「君には僕がいるから」と、慰めの言葉を私に伝えた。

 私は、別に好きでもない奴に身体を触られることをうっとおしく思いながらも、慎ましく頷いた。

 左手薬指の指輪が鈍く光った。

 その時だった。私はふと、処刑台に立ったお母様がこちらを睨んでいることに気がついた。

 憎たらしい、憎たらしい我が子に敵意を覚えるお母様の表情が、私の目に鮮明に映った。


……


『…本当に可愛くない子よね。私への誕生日に私の似顔絵?ラディカの素敵な絵ならともかく、汚らしい貴女のそれなんて受け取ると思ってるの?』


『貴女はね、産みたくて産んだわけじゃないの。だから、私からの愛なんて求めないでね?というか、目の前にいるのだって止めてくれる?私の子どもは、ラディカ一人だけだから。自分の部屋に閉じ籠もって出てこないでくれる?』


『…チッ。殴っても殴ってもムカつく顔してるわね。貴女。はぁ…、貴女の顔が私に似てなければねぇ…。やっぱり貴女なんか生むんじゃなかったなぁ…』


……


「…ッ!」

 悪寒。

 ずっと家族の顔色を伺って生きてきたから、お母様のあの顔には敏感に反応してしまう。

 反射的に、辛い日々の痛みが蘇った。

 「…?レジティ皇女?…失礼しました。レジティ“女皇”、いかがなされましたか?」

 急に身体をビクッとさせて、過呼吸になり始めた私に、従者が尋ねた。

 「いえ…、何でもありません…。お気遣いありがとう…」

 数度、静かに深呼吸をする。

「…まだ、母親の毒が抜けないか?」と心配した第一王子が私の背中をさすった。

 …いくらコイツに身体を触られるのが嫌でも、今ばっかりは凄く助かる。

 落ち着く。

 けど、涙がポロポロ落ちる。

 なんで…。

 今は、私の方が立場が上なのに。

 …やっぱり、まだトラウマが身体に残っている。

 お母様という毒。

 いや、毒どころの話ではない。

 私の身体、右目元から頬、首、そして右肩まで指でなぞると、やっぱりザラザラしている。

 まだ残っている。

 火傷痕。

 『生意気に、整った顔立ちがイライラする』と、アルコールを混ぜて煮立てたコップ一杯の熱湯をかけられて出来た、私に対する、お母様という呪縛の痕。

 …この傷は一生消えない。

 私の傷は、身体に、心に、過去に刻まれ続ける。

 私は永遠にお母様に苦しめられ続ける。


 けど、少しくらいは報われる。


 …だって、ちょうど今、首がスッポリと処刑台の中に収まったお母様を見て、私はつい、ほくそ笑んでしまったのだから。

 お母様、いつの間にか恐怖に歪んだ顔に変わってる。

 まぁ、そうだろうね。

 だって、眼前に置かれたバスケットの中に、もぎたての大粒のリンゴみたいに自分の夫の首が転がってるんだから。

 お母様の無様な顔を見て、元気が出てきた。

 …あぁ、やっぱり、目隠しをあえて外させたのは正解だったな。

 頬が緩む。

 口角が上がる。

 微量ながら涎が垂れる。

 私ったらはしたない。

 これじゃあ、せっかく作った夫に嫌われちゃうかもしれない。


 でもまぁ、いいだろう。

 家族の旅立ちなんだ。

 特別な日なんだ。

 最後くらい、“笑顔”で見送ってあげることが筋だろう。


 (肉と骨が立ち切れた音、それに続く、表現しようのない程に湧き上がる人々の歓声)



 五


 …これで、お母様への復讐は終わった。

 最後に、ラディカお姉様。

 お母様と同様、私にとっては傷口に群がるウジのようにウザい人。

 でも、そんなゲロカスももうすぐ死ぬ。

 これで、王国内の害虫駆除は終わる。

 これからは、私の思い通りの世界だけが始まる。

 苦しみから解放されて、自由になれる。

 好きな時に、好きなことができる。

 思う存分笑うことができる。

 もしかしたら、本当の恋だって出来るかもしれない。

 あぁ、嬉しい。

 やっと、やっとだ。

 私の、私だけの幸せが、いよいよ始まる。


 …


 …


 …?


 …ってか、あれ?あんまり盛り上がってないな。みんな、お母様の死が嬉し過ぎて、今から死ぬお姉様に目なんかくれちゃいない。

 民衆の一人が壇上に上がり、バスケットの中からお母様の髪を、まるでニンジンの葉を握るように掴んで、生首を持ち上げて皆に見せて回っている。

 お母様の生首めがけて、靴や帽子が飛ぶ。その光景の背後で、お姉様がトボトボと死へ進んでいる。

 

 順番間違えたな、コレ。

 私としては、お母様の腰巾着で、同じくらい私をいじめて無下にしてくれたお姉様の処刑は、お母様の後に続く形が良いと思ったんだけどな。

 でもまぁ、そうか。劣化版お母様みたいな存在のお姉様が、お母様以上の醜態を晒して、嗤い物にされて、民衆を盛り上げるなんて無理か。私ったら家族の死に舞い上がっちゃって、正確な判断が出来ずにいたのかな。反省。永遠に活かし得ないであろう反省。だってお母様の命も、お姉様の命も、一度しか奪えないもんね。


 …。


 ちょっと待って。


 …死へ“進んでいる”?


 …やけに静かだと思ったら、お姉様、処刑人に引っ張られることも、背を押されることもなく、“自発的に”足を進めている。

 自ら、進んで処刑台に向かっている?

 喜んで死に前進している?

 …何で?

 何で?

 何で…?

 

 「なん…」

 「あ…」


 ずっと、家族の顔色を窺って生きてきたツケが、ここに来て回った。

 気づいた時には、もう遅かった。

 私は、お姉様を理解してしまった。

 それと同時に、私の胸が苦しく締め付けられた。目が見開いて、乾き出す。息が苦しい。お姉様の行動と、その意図を理解するほどに、私から笑みが消えていく。

「まさか…」

 いや…。

 ありえない、ありえないけど、私の脳に愚かな直感が過ぎってしまう。


「もしかして…」

「私のことを、愛していた…?」


「いや…、違う…。お姉様は私のことなんか愛してるはずがない…」

「でも、なら、このお姉様は何…?」

「違わない…?そんな…、でも、なんで…?」

 動揺する私に、第一王子と従者らが驚き、どうしたんだと宥めようとする。

 でも、私の焦りは止まらない。


 もしかしたら、今のマツリゴトが間違いだとしたら。


 だとしたら、だとしたら…

「何で…、何で…、何で…!お姉様…!!いつもみたいに“悪女らしく”あってよ…!!」

「『死にたくない』とか、私への恨み言とか、“そこ”で喋れる話題はいっぱいあるでしょ…!!?」 

「お姉様…、なんか言って…!言ってよ…!!」

「待ってよ…!何でそんなに従順なの…!?断罪に、死に、私に、どうして抗おうとしないのよ…!!」

「貴女なんて、お母様と同じで、私を傷つけることしか出来ない、私に愛のない人のはずでしょ…!?」

「それなのに、なんで、そんな…、しょぼくれた顔をして処刑台に頭を突っ込んでるの…?」

「なんで…?」

「罪を…、受け入れてるの…?」

 

 違う。

 お姉様に限って、そんなわけはない。

 思い込みたい。


 そうだ。

 そうだよ。傷はまだ残ってるんだ。


 私と友達になった相手が何されるか分からないからって、本当は仲良くなりたかった人と友達になれなかったのも。


 自分の本を持っていたら、「つけあがるな」って、全部取り上げられるか、破り捨てられるから、本当は欲しかった小説の一冊すら、碌に買うことが出来なかったのも。


 私の髪。本当は可愛く伸ばしたい、けど肩ほどの長さしかない、この髪だって、目立たないように、女性らしくならないように、お姉様の癪に障らないように、皇女なのに、侍女のように振る舞うことが、今でも私のトラウマとして心と体に染みついているからで。


 …私が“私らしい幸せ”の全てを失い続けてきたのは、お母様と、お姉様のせいで。

 お姉様は、私の不幸を心の底から嗤った“お母様と同じ人間”で…、だから…。


……


『レジティ…、ごめん…、ごめんね…!お母様に逆らえない、不甲斐ないお姉ちゃんで本当にごめんね…!』


『でも…、忘れないでね…?私はどんなに醜くなろうとも、レジティのことが大好きだからね…?』


……


 「あ…」


 「おねえさ…」


 つい、手を伸ばした。処刑台の方へ、お姉様の方へ。何を望んだ手なのかは分からないけど、伸ばしたくて、伸ばした。


 …それでも、私のことなんて全く待たずに、お姉様を地獄へと誘う刃が重力に引きずり込まれようとした。

 その時、お姉様は一言、ただ一言、自分への悲哀でも、私への恨み言でも、なんでもなく。

 

 「ごめんなさい」と、焦燥した私の目を見つめて呟いた。

【人物紹介】


『レジティ・ソロリス・セヴァディオス・フラン』

17歳。身長160cm。体重34kg。

肩より少し下程の長さしかない短髪の銀髪、一本一本が細く、引っ張ると簡単に抜けてしまう。排水が流入した川のように濁った碧の目、猛禽類のように鋭い。

嫌な言葉が聞こえないように折り畳まれた耳。自己主張を閉ざすことに慣れ過ぎた口。長年の家庭内暴力とストレス性の拒食により極度のやせ型。凹凸が少なく、シルエットだけでは男か女か分からない。

少し黄みがかった白肌には決して消えない大きな火傷痕と、いくつもの打撲痕が刻まれている。

ですます口調。焦ると酷く崩れる。

猫が嫌い。犬も子犬は嫌い。何か知らんけどチューリップを見ると無性に腹立つ。くすぐったいのに弱い。

第一王子の“ペニー”と、その婚約者の“ナパレ”は、お母様とお姉様の魔の手を退けられた、生涯唯一の友人。信心深く、勉強熱心。

理想主義者。

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