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【番外編】伯爵令嬢の探偵簿 Ⅰ 〜プロローグ〜

正直、エヴァンズ先生には残念と言わざるを得ません。


確かに画家として観察眼はおありでしょう。

鑑定士としての知識と審美眼もおありでしょう。

でも人として、思うところがあるわけです。


年頃の女の子が恋愛話しを振り、ちょっとアピールしてみても、『なんだか面白い子だなぁ』と思われるばかりです。


恋愛に興味がないのでしょう。

今は仕事が楽しいのでしょう。

それもまぁいいとしましょう。


わたしをモデルに絵を描いて下さっている時は、わたしだけを見てくださっているのですから、有意義な時間でした。


先生は決まって金曜日は軍部の用事で職場へ行かれます。

その日はわたしも別の家庭教師を呼んで朝はダンス、昼は剣を嗜みます。

それが終われば自由時間なのですが、先生は一向に帰ってきません。

いつもならレッスンが終わった時間に帰って来られるというのに。


曲がりなりにもわたしのボディーガードという任務があるはずなのに、半日以上も放ったらかしです。

もしや、誰かと会ってデートをしているのでしょうか。


あり得ます。基本、プライベートは隠す方。

自分の本名すら明かさない人ですから。


秘密にされると知りたくなるのが人間の性というもの。


「ジェイド、またお忍びに付き合ってくれませんか」

「またですか。いいですが、今度は何をするんですか?」

ジェイドは呆れたように言います。


「先生のプライベートを詮索です」

「お嬢様やめておいた方がいいですよ。嫌われます。この前も、先生をお連れして大騒ぎになったばかりです」

確かに誘拐されたと大騒ぎになってしまいました。


「先生は来週月曜日にお戻りになるそうです。本職のお仕事がたまっているそうですよ」

なぜジェイドの方が先生のスケジュールを把握しているのかともやもやしてしまいます。

「そうですか。残念です」

「お嬢様は思い立ったらすぐ行動するのは素晴らしいことです。先生がお好きなのは分かりますが、愛情表現が不器用というか、大胆すぎるというか……。もう少し相手のご迷惑を考えながら思慮深く行動された方がよろしいかと」

確かに、人にあれこれ詮索されるのは嫌でしょう。

特に職業柄もあります。

「そうですよね」

「でもそれはメイドの立場として申し上げたまでです。友人としての立場でしたら、せっかくなので王都を散策がてらエヴァンズ先生のプライベートを探ってみましょうか」

ジェイドは物心ついた時から傍にいてくれています。

わたしに姉妹はいないけれど、ジェイドはそれ位近い存在です。

「さすがジェイド!頼りになります」


ジェイドは嫁ぐまではめいいっぱい自由を楽しむべきだと応援してくれる、わたしの理解者でもあります。

なんだかんだでお忍びに付き合ってくれるのですから心強いです。


***


先生にはいつの間にか惹かれていました。

お父様は軍部の諜報機関から嫁ぎ先の情報を手に入れたと執事に話していたのを耳にしたのがきっかけです。

個展はパブに行き着いてしまい中に入る勇気がなく引き返しました。

依頼品がお父様の手元に届くと上機嫌だったので、お酒をつぎつつ、さりげなく個展の主催者を聞くと案外すんなり教えてくれました。


調べたらアトリエはすぐにわかり、諜報機関の仕事だというのに、こんなにもあっさり分かってしまって、いささか不安になった位です。


お父様絶賛の絵は嫁ぎ先の情報の中に紛れていた貴婦人の絵。模写だときいていましたが、とても繊細なタッチで再現性の高い絵だと伺わせるものでした。亡国マーテル王国の王族の女性。

わたしが持っている形見の品と同じ青いパールのネックレスをした人。

多分、わたしの血縁者になる人。

目元などはわたしとそっくりでした。

お父様が「すごい、すごい」と手放しで誉めているのを見てどんな人が描いているのかとアトリエに行ってみました。


どんなにすごい人なのかいたずらしてみました。

変装して名前も名乗らず、鑑定してほしいものをどう扱われるのか人となりをみてみたくなったのです。


熟練したおじいさんのような人、気難しく髪はボサボサで表情に乏しい人なのかと思っていました。

しかしそれは勝手な想像でした。


机に向かっていたのは精悍な男性がそこにいました。髪と目はグレーで整った顔立ちの、もの静かな青年でした。

丁寧にウェディングヴェールを扱う手先や眼差しがとても優雅で思わず見惚れてしまったほどです。

わたしと年齢は変わらないのに知識も鑑定も抜きん出ていました。執事の変装を見破ったり、ウェディングヴェールの由来を教えてくれたり。

きっとそこで恋に落ちたのだと思うのです。

思わず「わたし付きの絵師になって下さい」と言ってしまいました。

あれは人生で最初で最後の告白みたいなもの。

自分でもよく勇気を出して言えたと思います。


帰ってからベッドの上で自分の言動が恥ずかしいとのたうち回ってしまったくらいです。更に相手の困った顔を思い出したらしばらく身悶えしていました。

恋というものはなかなか苦しいものなのですね。

この気持ちはきっと先生には理解しては貰えないのでしょう。


***


先生の行きつけの食堂は把握していました。

偶然、ジェイドが非番の時にこの食堂に来ていたら、美術品について盛り上がっている集団がいたそうです。

その中にクレイ先生のお姿があり、わたしに報告してくれました。


金曜日以外に食堂をご利用になることはなく、軍部の敷地から出るのも金曜日以外ありませんでした。先生にお会いするなら金曜日のこの食堂と目星がついたわけです。夜はこの辺りではこの食堂しか開いていないということもあり、今日も出かけるとしたら例の食堂に行かれると思っていました。


目論見は当たったのですが、先生の隣に女性が一緒にいるではありませんか。しかも年上の美女です。

何やら楽しそうに食堂へ入って行きました。

お付き合いしている人がいたのかと思うと胸がぎゅっと押しつぶされそうでした。


次に先生に会う時、泣いてしまうかもしれません。

そんな様子をみていたジェイドは「お嬢様、何を打ちひしがれているんです!食堂に入りますよ」と言ってくる。


「もう大丈夫ですよ」

恋人がいたと分かりましたので。

「あの様子は恋人とかではないと思います」

「何でわかるんです?」

「メイドの勘です」

やたらと力強く言い切ったのが心強い。

メイドの噂話などはやたらと真意に迫った内容が多いから侮れません。

「ほら、お嬢様行きますよ」


ジェイドに連れられて食堂へ入ってみる。

大衆食堂という賑やかなお店でした。

空いている席を探しつつ、先生と女性の席を探す。

ジェイドは「こちらに」と囁いて席に誘導してくれました。


先生とお連れの女性が見える位置に座らせてくれました。

周りが騒がしいこともあり、二人の会話は聞こえません。


でも先生が百面相のようにコロコロと表情がかわり、普段見られない先生を垣間見た気がしました。

あの女性は一体何者なのでしょう。

ジェイドが頼んでくれたエールとおつまみを食べながら悶々と悩んでしまいます。


ジェイドは「大丈夫ですよ。何か悩みごとを話してらっしゃるようです」と小声で教えてくれました。

「よぉ、姉ちゃん達、二人だけならこっちで一緒に飲まねぇか」

突然、野太い声が上からしたので驚きました。見上げると全く知らない酔っ払いの中年男性が私達をじろりと見下ろしていました。グイッと私の腕を掴み、中年男性のお連れの席に引っ張られ、驚いたやら、痛いやら、怖いやらでようやく振り絞るように声が出たのは「いやです」という言葉でした。

ジェイドも別の男性に腕を掴まれ、「困ります」と抵抗していましたが、男性の力の方が強く振りほどくのは叶いませんでした。


***


「すみません、わたしの連れなので離して頂けませんか」

エヴァンズ先生はそういうや、わたしを掴んでいた中年男性の手をするりと外してくれたのです。その手際は鮮やかという他ありませんでした。

ジェイドを掴んでいた男性は先生に向かって殴りかかったかと思うと、先生はひらりとかわしその男性をポンッと突き放し相手も呆気にとられていました。

力技ではなく、本当に優しい手さばきで相手をいなしていました。


普段、絵か鑑定する姿しか見ないので、意外に武闘派だったのだと気付かされました。


「大丈夫ですか?お嬢様、ジェイド」

わたしは頷くしかありませんでした。

ジェイドも「……はっはい……」と震える声で返事をするだけでした。


先生は眼光鋭く相手を見据えると絡んできた人達はそのまま店を出て行ってしまいました。

先生の言い知れぬ威圧感がその場を支配したのが分かりました。


「二人とも大丈夫だった?」

先生のお連れの女性が優しく声をかけてくれたので、思わず泣いてしまいました。

初めてのことだったので、本当に怖かった。

泣きじゃくるわたしとジェイドを温かく見守ってくれたのはリラという方でした。

リラ様は先生の同僚であり先生の保護者なのだと話してくれました。


「え〜っと今はルイだっけ?どうして連れてきたの?」


先生はわたし達をみてちょっと困った顔をされました。


「わたしは知りませんよ。お嬢様、今日はどのようなご用向きでこちらに?」


先生の冷めた目が痛かったのは言うまでもありませんでした。


先生にはしっかり怒られ「探偵ごっこはもうやめて下さいね」と釘をさされました。

先生はそう言って頭を撫でてくれました。温かくて大きな手に触れられ不思議と安堵しました。


ジェイドは隣で「先生って素敵ですね」と頬を赤らめて言うので、思わず睨んでしまいました。


ちょっと怖い思いをしましたが、先生に彼女がいないことは分かりましたし、同僚のリラ様はいい人だったし、先生の意外な一面が見れたのは収穫でした。


唯一の誤算はライバルが身近にできたかもしれないということくらいでしょうか。

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