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謎解きは美術品の前で  作者: 常磐 シノブ
第4章

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2 共闘を受託せよ

その日は朝から騒がしかった。


朝の病院食が配膳されていく。

パンに牛乳、サラダにスープという簡素な朝食を摂りながら窓の外を眺めていた。


病院職員がわらわらと外に出ていく。

急患でも出たのだろうか。


パンをかじりながら昨夜の事を考えていた。


昨夜、国王陛下と話しは済んだ。


影武者などわたしには務まる筈もない。


やはり上の許可がいる、考える猶予が欲しいと言って帰って頂いた。

瞳の色は違うし、声も分かる人には分かってしまう。

どう足掻いてもすぐにバレる。


戦地に出向いたとして、ドルステニア国の兵士から狙われ、ユザール国の暗殺者から狙われては身がもたない。


昨夜の内にでも出奔したかったが、脱出できそうなルート数カ所には人の気配があった。

病院から出るのに、出来れば目立たずに去りたい。

陸路の警備が厳しいとなると他に地下水路という手段になる。


怪我をして体調が万全ではない身体だ。

免疫の落ちた状態で地下水路の移動は避けたかった。

だがそうも言ってられない。

今日中に地下水路の地図を探して、夜に最短距離で行ける所まで移動するのがベストだろう。


急に廊下が騒がしくなった。

「あぁ、在室されておりました。どうぞこちらです」

看護師長が部屋の扉の前で深々と礼をとっている。

「あちらです」

そういってわたしと視線がバチリと合う。

わたしに来客だろうか。


だが、病院側には面会謝絶だとお願いしていた。

わたしの来客だとして断ってくれない所をみると、師長ではどうにもならない御仁なのだろう。

嫌な予感がする。


パンを食べきり、牛乳を一気飲みする。


窓を開け、片足を窓枠にかけた時だ。

「おい、こら待て!」

背後から先生の声がした。

後ろを振り返ると先生の他にヴィルヘルム元帥が軍服を着て扉の前に立っていた。


今会いたくないベストワン・ツーだ。

三十六計逃げるに如かず。

逃げるが勝ちというもの。


待てと静止されて待てる状況ではない。

ひらりと窓から外に出た。

が、その死角に人影が確認できた。

せめて別の窓から出れば良かったと思った時には遅かった。


「はい、お疲れさん」

待ち伏せしていたのはクバールだ。


着地と同時に剣を首に突きつけられる。

身動きがとれない。


「これはどうも、おはようございます。早朝勤務ご苦労様です」

両手を挙げ、降参の意思表示をする。

プロの暗殺者相手に抵抗する術はない。

しかもわたしは丸腰だ。体術には自信がない。


振り切って走った所で、すぐに追いつかれる。

怪我をして入院が長引くのは避けたい。


どうにも逃がしてはくれないらしい。


***


現国王は在位二年だ。

即位してようやく周りの事が分かってきたと言う状況だろう。

『無能』と評価されるのは元々身体が弱い。

昨夜、陛下に直接確認した。

無理を押してろくに休めていないようだ。

顔色も悪く話す時もしんどそうだった。

病状が悪化しているように見えた。


ジーナ嬢もそうだが、心臓の具合がよくない。

特に陛下の父君と母君は親戚関係だ。

遺伝性の心疾患があるのだろう。


無理はできない身体だ。

公務に支障が出やすいため、叔父にあたる元帥が実質公務を引き受けていた。


わたしが以前、元帥の所にいた時、代筆業を肩代わりしていた。

あの時は戦争準備で忙しいから雑務を押し付けられているのかと思ったが、単純に人手が足りなかったのだ。



緊急で病院へ元帥が来たのは早朝、王城で陛下が倒れたという。

侍医に診て貰い命に別状はないという。

いつ倒れてもおかしくない位、顔色が悪かった。


だがここに来て戦争への指揮が下がりかねない自体となっている。

わたしには願ってもないことなのだが。



「内部分裂ですか……」

貸し切りの面会室は重苦しい空気が漂っていた。

昨日、陛下が座っていたセティにヴィルヘルム元帥が座る。

わたしは畏まった状態で向かいのセティに座る。

昨日と違うのはクバールが外の警護、先生が室内で元帥の後ろに立っている。

二人の威圧感に押し潰されながら、息をするのもやっとだ。



「今、陛下は孤立状態にある。体調不良もあり公務が滞っている。加えて根回しが下手なこともあり側近が少ない」


公務の負担だけでなく、側近が少ないことで上手く仕事を回せていないのだろう。


「この戦争をきっかけに陛下暗殺が水面下で計画されている」

そのせいで、わたしが影武者役の白羽の矢が立ったというのは聞いた。

戦場で陛下暗殺という企みがあるのだと。


「次期国王の座を狙い、わたしを擁立しようと企む輩もいるが、それ以外に自分こそ国王になろうと企む輩もいる」


つまり…………。


「ジーナを嫁にという連中だ」

分かっていたことだ。

政略結婚は貴族によくある話しだ。

自分の想い人とて例外ではない。


こればかりはわたしの介入できる余地はない。


プロポーズをしてジーナ嬢がそれを受けてくれたからといって当人同士だけの話しだ。

正式な婚約ですらない。

ジーナ嬢の父親である元帥にすら話していないのだから。


「ジーナには今婚約者がいない。くる縁談は全て断っていたからな。だが、現国王陛下に世継ぎがいない以上、王位継承権のあるジーナとの結婚は貴族の子息にしたらまたとないチャンスだ。この戦争で成果を挙げ、褒美にジーナを所望されたら、お前ならどうする?」


ジーナ嬢とわたしのことをどこまで知っているのだろう。

いや、全部知っていると思っていたほうがいいだろう。

「使用人という立場であれば、良きご縁談であるのであればまたとない話しです。ただ一個人の意見であれば…………好ましいとは思いませんけど…………」


「ジーナも同じようなことを言っていた。心に決めた人がいるんだそうだ」

そういわれると反応に困る。

「……そう……ですか…………」

立場上、否定も肯定もできない。


元帥は肩をすくめる。

ふと疑問が浮かんだ。

「閣下はジーナ嬢のことが心配ではないのですか。今どこにいるのか知らないのでは?」

そもそも不思議だった。

ジーナ嬢が国外へ出てからかなり日が経つ。

わたしが変装し撹乱していたとはいえ、家に帰ってこないとなると元帥は不信に思ったはずだ。


フレイア先輩からはドルステニア国に居ると言っていた。

帰った形跡はない。

未だ帰ってこないジーナ嬢が心配ではないのだろうか。


「最初は驚いて探したが……。執事達の説得にあったので、様子をみることにした。お前といるなら大丈夫だと思ってのことだ」

ジーナ嬢と使用人の結束が固いのか、ただジーナ嬢に甘いのか。

「聞くが、今娘はどこにいるんだ?」


執事のロレンスが口添えをしてくれたのは意外だが、助かった。

「いま、ジーナ嬢は遊学中です。信頼している人間に預けておりますので、ご安心下さい」


「ならば良い」

思ったより追求されなかった。

元帥にはジーナ嬢を連れ出した後ろめたさもあったのでホッとした。


「お前が国王として武勲を挙げ、貴族共を黙らせろ。国王に力がないと侮っている輩も多い」

元帥は厳しい口調に変わった。


わたしは無礼を承知で物申した。


「わたしは戦争が嫌いです。だからもう人を殺すのは致しかねます。ダブルスパイとなったのも戦争をしたくないからお伝えする情報に制限をかけておりました。不忠のわたしが陛下の身代わりをしてお役に立つとは思えませんが」


「この国に忠誠はないと?」

「重ねて申し上げますが、戦争をされる限りわたしに忠誠心を求められても困ります」

元帥は大きなため息をつく。


「……ただ……、昨夜陛下が来られました。陛下が倒れる程に色々悩んでおられるようでしたので、見過ごすわけには参りません。ですが戦争を起こすお考えがある限り、わたしは改悛致しません。どのような結果になっても責任は負いかねます。それでよろしいのであれば、お引き受け致しましょう」


陛下に味方が少ないのであれば尚の事お辛い状況だろう。

そういう人を放っては置けない。

けれど、戦争への苦い思い出がある以上、率先して関わりたくはない。


「裏切る可能性があるということか」

元帥は少し考えてから言葉を発した。

「いいだろう。では共闘というのはどうだ?」


共闘……?とも思ったが何か考えがあるのか。

「我々は王家を害する者を排除したい。わたしは国はもちろんだが国王陛下と娘を守る義務がある。今、陛下が倒れたと知られれば王家の威信にも関わる。お前が協力してくれれば、指揮はとれるだろう」


「どうなっても知りませんよ。それに閣下が指揮をとってはいかがですか?」

わたしにその役目は厳しいだろう。


「わたしが出て討ち取られた時、お前が陛下を支えられるとは思えん」

確かにそうだ。

公務に関して実質支えているのは元帥だ。


「閣下はいずれ帝国をお造りになる野望をお持ちとか?」

「根も葉もない噂だ。実際、貴族と王族間のバランスをとるのに時間を割いている位だ。むしろ、その帝国やらをつくりたいのは好戦的な貴族達だ。代表格でいえばバルゼ要塞陥落を指揮したヴェルフォード伯爵だろう。バルゼ要塞を落とせず、今回は武功を立てようと息巻いている。年頃の息子もいてジーナとの縁談話しがあった位だ。不穏な動きもあるから注意するように」

わたしにとって憂鬱な要素しかない御仁だ。

「承知しました」


「国王陛下はどうされるおつもりですか?」

「陛下にはエドワード・クレイとして病院へ入って貰う。王城よりは安全だろう」

ということは王城で生活することになる我が身は、戦地だけでなく王城でも気を付けないといけないのか。


「しかし、どうするんです?わたしと陛下では髪型は切ればなんとかそれらしくなりますが、瞳の色や声質は全く違いますが……」


「陛下の顔をまじまじと見る人間はまずいない。気付くとしたら側近くらいだ。陛下ご自身、社交界に参加もせず、あまり人と話さなかったのが今回幸いした。声色に不信感をもつ人間はそうはいない。逆にペラペラ話している方が怪しまれる。気をつけるよう」


「なるほど…………」


「時に閣下、わたしが戦地へ立つのにお願いが二つあります」

「言ってみろ」

「ドルステニア国の大使の解放。こちらは先日、陛下からも条件として提示されていました」

「任せよう」


「二つめは奴隷兵をわたしの直属の配下に頂きたい」

「何をするつもりだ?」

「わたしに一計ありまして」

「よかろう。好きにしろ」


「先生には数人、人手をお借りしたいのですが」

先生は少し考える。

「手の空いている人間ならいいが」

「ありがとうございます」


「褒美など交渉しなくて良いのか?」

先生はすかさず聞いてくる。


「最前線へ行く人間には不要です。ただ生きて帰れましたら貰うものは貰います。よろしいですか、閣下」


「好きにするといい」

元帥は静かに言う。


「お前がドルステニア国についても国王陛下の身代わりなってもお前の不利な状況に変わりはないぞ」

先生は本当に大丈夫なのかと最終確認に聞いてくる。


「ご心配頂きありがとうございます。不利も劣勢も上等です」

わたしはセティから立ち上がる。

「それに……」

ぐっと元帥と先生を見据える。

「逆境ほど燃えるじゃないですか」


わたしの人生、いつも不利と劣勢の境遇だ。

故国では勝ち目のない戦でも最後まで戦った。

王都こそ陥落したが、バルゼ要塞は耐えきった。

国としては負けたが、わたし自身負けたとは思っていない。

何より生き抜いている。


最期まで諦めたりはしない。


「わたしは転んでもただでは起きませんから」


人生、不屈でありたい。

どんな境遇であろうとも。


「それならついでに事務作業も手伝って貰おうか」

元帥は頬杖をついてニヤリと笑う。


口は災いのもとである。


今までの話しでは、わたしの勤務は戦場であり現場の収束だ。


今それ以外に新たに陛下の事務作業を肩代わりさせようという魂胆が垣間見える。

良いように使われそうな気がしてならない…………。

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