6 謀略を察知せよ
軍事会議の後、帰りの馬車の中では言うまでもなく反省会になった。
「普通にドルステニア国の内情を言えばいいのに、何故反戦ともとれる意見をしたんだ」
先生からは小言を言われるはめになった。
「何の準備もなくわたしに語らせたら、あぁなります」
怒るくらいならわたしに喋らせないでほしい。
「もう少し内容のあることを言うべきだろう」
「一応、ちゃんと自国が有利ですよ、戦果があがれば利益はあると、それらしいことをいいましたよ」
「それを数字で言えただろう」
それを言いたくないからぼかして言ったのだ。
一応、害はないであろう人口は数字で言った。
兵数や軍隊の規模を言えば対策されてしまう。
軍部にいたので知ってはいるが、いう気はない。
部隊の編成数や役割、特徴はもちろん各部隊の司令官まで知っている。
何せソルヴェーグ嬢の家庭教師をするかどうかで呼び出しがあった時、軍部の高官の顔と名前、役職を把握して覚えたのだから。
知っているが、言いたくないのだから仕方ない。
人間の心理はロジックのようにうまくいかないものだ。
「そもそもわたしからしたら、戦争なんて手段をとるのはやり方として下の下ですよ。力の差がある国ならば、交渉して無血で友好関係を築くのが真の軍略家じゃないんですか」
わたしで分かるくらいなのだ。
先生が分からないはずはない。
「領土拡大で得るものはある。それに血の気の多い諸侯が他国ではなく自国に目を向けたら内戦になるぞ」
「領土拡大した所で管理できないと意味がないように思うんですが」
「お前は変わっていないな」
先生はふぅっとため息をついた。
そういえば、ドルステニア国への派遣が決まった時にも同じような口喧嘩をしたことを思い出した。
あの時も戦争の必要性を感じないとかなんとか言って喧嘩したんだった。
「先生には故郷をなくした人間の気持ちはわかりませんよ」
ふいっと窓の外をみる。
先生とこれ以上話しても平行線だ。
わたしにしたら、先生から話しをふってきたのだ。
正直、それならそうと事前に言ってくれていればよかったのだ。
そうすれば、話す内容も先生が納得するものになった筈だ。
不意打ちのように会議の参加と発言を求めてきた先生にも非はある。
「そういえば、陛下はなぜわたしに『和平協定』の案を進めるよう命じられたのでしょう」
「あのような会議で『和平協定』を結ぼうなんて発議したのは後にも先にもお前だけだからな。逆に興味を持たれたんじゃないか」
今思えば、全会一致で戦争賛成派の人間ばかりの中、よく発言できたものだ。
元帥と先生の後ろに立っていなければ、後で諸侯達から呼び出しを食らっていたかもしれない。
無知というのは恐ろしい。
「ちなみに、副官として今日たまたま臨時出勤したわけですが、いつまで演じたら良いんでしょうか」
「とりあえず、この王命の件が終わるまではその肩書を使えばいい。一応、正式採用しているわけだし、演じなくてもそのまま役職を果たしてくれて構わないんだぞ」
先生は試すような目をしてにやりと笑う。
「……熟慮します……」
たまに本気か冗談か分からないから怖い。
『和平協定』の件を進めると決まったんだ。
決まったことは仕方がない。
諸侯の思惑は深く考えても無駄だ。
半ば開き直って、役割をこなすことに専念するまでだ。
***
『和平協定』を結ぶため会談の場所と日程の算段は驚くほど速やかに行われた。
戦争準備にストップがかけられたのだ。
結果次第でうまくいけば戦争はしなくて済む。
下手をすれば諸侯の望み通り戦争が起こる。
手配などは先生が全部してくれた。
「お前がでると余計な仕事が増える」
とぶつぶつ言いながら、セッティングしてくれた。
ドルステニア国に戦争をする気はない。
この会談をセッティングしてくれさえすれば戦争回避は確実にできる。
会談はユザール国の迎賓館で行われることになった。
ドルステニア国の使者として来たのはダニエルだ。
ダニエルの他に護衛が五人ほどいた。
見知った顔がいるというのは不思議と落ち着く。
ユザール国側はわたしとわたしのお目付け役に元帥からの推薦でブラックベル伯爵が出席することになった。
ブラックベル伯爵は貴族の中でも穏健派だ。
軍事会議で野次を飛ばしてきた過激派の貴族達よりは話しが通じるだろう。
ユザール国の護衛兵は物々しい雰囲気を醸し出していた。クバールをはじめ二十人ほどいた。
ダニエルとわたしはお互いが『初めまして』と挨拶し握手をする。
ダニエルはわたしの顔を見て『今度は何をやっているんだ!』と目で語りかけてくる。
わたしは苦笑いするしかなかった。
正直わたしも『こんなはずではなかった』と言いたい。
しかし考えようによっては、僥倖だ。
ダニエルとわたしの交渉の場だと思えばスムーズな会談となる。
これで戦争が回避できれば、めでたしだ。
ダニエルにはわたしから軍事会議での出来事を会談で話した。
それで国王陛下より『和平協定』を託されたのだと伝える。
「それはドルステニア国としてもありがたいお話しです。戦争を回避できれば我が国王陛下もさぞお喜びになることでしょう」
ダニエルの返事から、これで交渉成立だ。
ドルステニア国にしたら断る理由はない。
和やかな雰囲気の中、終始滞りなく進められて安堵した。
書類にダニエルとブラックベル伯爵のサインを書いて貰う。
これで戦争回避のミッションは果たせた。
ダニエルとブラックベル伯爵が握手し、最後にわたしも握手した時だった。
緊張が緩んだ一瞬の出来事だった。
突然背後から突き飛ばされるような衝撃と共に左脇腹に異様な激痛が走った。
「おい、大丈夫か!?」
ダニエルが青ざめた顔でわたしの身体を支える。
脇腹を刺されたのだ。
左脇腹に剣の切先が見えている。
ゆっくり後ろを振り返ると刺したのはドルステニア国の軍服を着たロバートだ。
髪型を変えていたが、容貌から分かった。
ロバートが兵士に紛れこんでいたとは。
剣先が抜けるのと同時に痛みが走り、傷口の周りが熱くなった。
足に力が入らず、立っていられなくなり倒れこんだ。
あまりの痛みから苛立ちが募った。
プロの暗殺家なら丸腰相手の人間には急所を狙ってできるだけ苦しませないで貰いたいものだ。
脇腹からじわじわと失血していく。
呼吸が段々浅く速くなる。
心臓の鼓動が耳にまで鳴り響く。
ロバートはわたしにもう一太刀浴びせようとした時、クバールが遮りロバートの剣を叩き落とした。
すぐに首元を狙って手刀を打ち込み、動きをとめた。
正直、思わぬ人物が出てきたと思った。
なんだ…………。
この違和感は…………。
ドルステニア国の人間ではないロバートがドルステニア国の軍服を着る理由はなんだ。
ロバートが気に入らないわたしを斬りつけたのは分からなくもない。
だがクバールなら、襲ってきた犯人がロバートだと気付いたはずだ。
躊躇わずに昏倒させたあたり、予想していたのか?
まるでドルステニア国がユザール国に敵意があるというパフォーマンスを見ているかのようだ。
ブラックベル伯爵からは、この場面だけをみればドルステニア国に敵意ありと判断されてしまう。
まとまった『和平協定』が無駄になる。
……まずい…………。
これはロバートとクバールの共通の指示役の仕業だ。
会談は仕組まれていた。
そもそもこの会談をセッティングしたのは先生だ。
わたしの知らない所で、別の作戦が動いていてもおかしくはない。
先生はやはり一枚も二枚も上手をいく。
国全体としては領土拡大が第一方針ということか。
国王の意志も尊重されてはいないのだろう。
会談の場をうまく利用されてしまった。
先読みできず、しくじった自分に腹が立つ。
つくづく、先生には踊らされている。
そう気付いた時には遅かった。
ユザール国側は殺気だった。
「こちらが和平協定を結ぼうと平和的解決に尽力しようというのに、交渉人を斬り伏せたのか。元よりドルステニア国こそ、戦争をする気でいたのだ。これはユザール国に対する宣戦布告ですぞ!クレイ殿を斬りつけた犯人の身柄はこちらで拘束させて頂く」
ブラックベル伯爵は声を荒げた。
護衛兵までもが戦闘態勢になっていた。
ダニエルはわたしから引きはがされ拘束された。
ロバートは拘束され部屋から連れ出されていった。
「いや、待て。これは……」
わたしは痛みを堪えながら言葉を発するが、クバールに阻まれた。
「悪いな。これも仕事なんで」
脇腹の刺し傷の止血をしてくれたのと同時に鼻と口をハンカチで覆ってきた。
パブで連れ去られた時の同じ薬品の臭いがする。
意識が朦朧とした。
「お前はもう少し上手く立ち回らないとな」
そう聞こえたが、反論することもできず意識が遠のいていった。




