【番外編】伯爵令嬢の探偵簿 Ⅲ 〜怪盗『夜王の騎士』後編〜
モルガン大公の屋敷は王城のすぐ近くにありました。
わたしの家からでも馬車で二十分の距離です。
それでも新月の前だというのに警備は物々しく、検問まで敷かれるようになりました。
エヴァンズ先生は何か収穫があったのでしょうか。
わたしはさっぱりです。
怪盗から寄付された乳児院や病院、学校へ聞き込み調査をしますが、共通するのは誰もお金や物資を置いていった人をみていないのです。
しかも置いてあったのは玄関のエントランスです。
どこも鍵がかかっており、人が侵入した形跡はありません。
手紙が置いてあり『みんなの為に使って下さい。怪盗 夜王の騎士』と書いてあったそうです。
その手紙は軍部が持って行ったというので、きっとエヴァンズ先生が鑑定しているのでしょう。
しかし、義賊というだけあり、怪盗のお話しは美談のように語られているのは驚きです。
盗品とは言え、その価値と同じ位の寄付ができるのです。
正体は財力ある貴族だろうと専らの噂です。
公では裁けない貴族に引導を渡している。
民衆の味方だともてはやされていました。
怪盗の正体、拠点など全くもって手がかりがありません。
貴族が裏で暗躍しているとはいえ、盗品の流出や転売などはしていないようです。
そのルートが割り出せれば、早く怪盗に辿り着けるというのに。
軍部が数年取り逃がしている位ですから、それだけ手強い相手……ということでしょう。
現行犯逮捕が一番確実なのかもしれません。
***
「お嬢様はなぜこちらに?」
背後から声がかかり、焦りました。
ゆっくり後ろを振り向くと、腕組みしちょっとムスッとした表情の先生がいました。
「これはエヴァンズ先生、ご機嫌よう」
ここはにっこり笑顔でごまかします。
今朝の聞き込みはいたって順調でした。
しかし、逆に謎が深まった気がします。
休憩をしようと街の広場へ来た時です。
エヴァンズ先生は噴水の前で小さな子どもと何やら話していました。
エヴァンズ先生は帽子をかぶりラフな私服姿でしたが間違いありません。
見つかってはまずいと踵を返して、もと来た道を戻ろうとしましたら、エヴァンズ先生に声をかけられてしまいました。
普段なら嬉しいはずですが、しまったという心の声を聞かれたような気がしました。
早々に見つかってしまいました。
「何をしているんですか?」
声からして威圧感があります。
「お散歩です」
「課題は?」
「……まだです……」
エヴァンズ先生は大きくため息をついて一言。
「探偵ごっこはおやめ下さい」
やや呆れられています。
ただお役に立ちたかっただけなのですが。
「違います。散歩をしながら社会見学です。先生こそ、こちらで何を?」
「わたしは仕事です」
もしや聞き込み中だったのでしょうか。
「何か収穫はありましたか」
思わず好奇心できいたのですが、対応は冷ややかです。
「お嬢様、課題が全部終わりましたら、教えて差し上げます」
あんな大量の課題、終わるはずありません。
また前みたいにはぐらかすおつもりなのでしょう。
「分かりました」
ここはエヴァンズ先生の気分を害さないよう、素直に帰ることにします。
エヴァンズ先生は若干いぶかしんでらっしゃいましたが、何も言わず見送ってくださいました。
***
「さすがお父様です!」
持つべき者はやはり父。
ほろ酔い加減の父は饒舌です。
「いやなに、貴族院での噂でしかないがな。モルガン大公と軍部で司法取引があったらしいぞ」
「それはいつの話しですか?」
「ついさっきだ。我々もびっくりだよ」
軍部の情報を知っているお父様は偉大です。
わたしに大切な情報を言って下さり、今後のお立場が心配ではありますが。
「どうもモルガン大公は陛下には報告せずに武器の大量生産をしていたらしい。軍部がそれらを全て差し押さえ、陛下に報告すると言いだした。モルガン大公は陛下の叔父君だ。武器の大量生産を相談もせずにつくっていたともなれば、謀反の疑いで幽閉か国外追放になる。それだけは避けたいと大公自ら司法取引の提案をされたそうだ」
王位継承権にご不満があったのでしょうか。
「どんな取り引きだったんですか?」
「陛下には不問となるよう取り計らって貰うかわりに、武器の差し押さえと今回の怪盗『夜王の騎士』の手先の身柄を引き渡すことになったようだ」
「えっでは怪盗を捕まえたのですか?」
「いや、その手先だ。実はモルガン大公の所に怪盗『夜王の騎士』の手駒の者がいたらしい。武器の事といい、あのピジョンブラッドの指輪は知る人ぞ知る名品だったからな。なぜどこぞの者とも知れぬ怪盗がそんな宝を知っているのかと、屋敷の者を調査したらしい」
「なるほど、内通者がいたのですね」
「そうだ。内通者は執事だったそうだ。荷物から怪盗『夜王の騎士』の指示書があり、日時の詳細や犯行当日の鍵の開閉、宝石の場所への案内を頼むという内容だ。暗号化されていたから油断したのだろう。手紙を手元に置いてあったのが運のつきだったようだ亅
きっとエヴァンズ先生が解読したのでしょう。
「それは決定的な証拠ですね」
「しかもその執事は怪盗『夜王の騎士』の拠点の地図を持っていたそうだ」
「では黒幕の逮捕もできるのですね!」
これで未解決事件とは言わせませんね。
先生がお戻りになるのも近いということ。
「それが地図だというんだが、絵なんだそうだ」
「地図が絵とはどういうことですか?」
絵のような地図ということでしょうか。
だったら何も問題なさそうに聞こえるのですが。
「わたしも実物を見ていないから分からないんだが、地図のようで地図でない、変な絵らしい」
変な絵……。
拠点がすぐばれないよう、言い逃れができるように細工がしてあるのでしょう。
でもそれを地図だと言わせたあたり、執事への事情聴取はかなり厳しいものだったのでしょう。
前に先生がされていたようなメッセージを絵に描き込んだり仕掛けがあったりする絵ということでしょうか。
これはきっとエヴァンズ先生が呼ばれていそうな気がします。
いえ、絶対ふられる案件ですね。
「何にせよ今まで何の手がかりもなかったからな。軍部にしたら、怪盗の手がかりは喉から手がでるほどほしかっただろう。身柄を引き渡して貰えたら捜査が進むからな」
「ではそれで司法取り引きは成立ですね」
先生ならすぐ解読して根城を一網打尽でしょう。
早く課題を終わらせて、先生からもお話しを聞きたいところです。
後日、新月の日に怪盗を捕まえようと、おとり作戦が行われました。
更にエヴァンズ先生の解読により、怪盗『夜王の騎士』の拠点と正体が分かったのです。
しかし、これが時代の流れを大きく変えようとは夢にも思いませんでした。




