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1 ウェディングヴェールを鑑定せよ

自分の絵には絵画としての価値はない。

画家として絵を評価して貰おうとは思っていない。

でも審美眼なら誰にも負けない。

物の価値を見いだす目利きなら自信がある。

真贋・古美術・絵画査定なんでも対応。

さて、今度のご依頼品はどんな物語を抱えているのかな。

依頼は突然やってきた。

身なりのいい燕尾服の執事は大切そうにその品物を抱えていた。


「突然のご訪問をお許し下さい。あなた様なら鑑定頂けると主人より仰せつかり参った次第です」

本業の仕事は正直面白くない。だが、鑑定の仕事は別だ。たまった仕事を横目に品物を受け取る。


「承知しました。そのご依頼お引き受けいたします」

その包みの中身はウェディングヴェールだった。


「しばらくお時間頂けますか」

「もちろんでございます。一か月後にまた伺います」


執事は踵を返し、部屋をでた。

玄関口にとめられた二頭立ての馬車にその執事は乗り込んで行った。


身分や名前も名乗らずに出て行ったが、なにそんなことは問題ない。


今どき珍しい挑戦的な依頼。この依頼主はなかなか面白いお嬢様だ。


次に会う日が楽しみだ。ウェディングヴェールに視線を落とす。



***


ほぼ押しかけ同然で弟子ができた。

「先生、今日こそこのデッサンをチェックして下さい」


十五歳のジェイドという女の子は妹を連れて毎日あそびに来るようになった。妹はマーガレットといい、姉のジェイドより口数が少なく大人しい。


「先生の個展、とても素敵でした!個展の絵画はどれも繊細なタッチで」


風景画が多かったが、人物画もとてもリアルだったと熱を帯びて話してくれる。


自分の絵にさほど自信を持てないでいる自分を褒めてくれるのはお世辞でも嬉しい。

手元のルーペを視線から外す。


「ごめん、ごめん。弟子をとるつもりがなかったから、どう教えていいか分からなくて。それにジェイド、絵画教室なら他にもあるでしょう。ここよりもっといい教室を紹介してあげるから、本格的に学びたいならそちらへ行きなさい。先生は選べるなら選んだほうがいい」


「いえ、先生の絵が好きなので、先生に教わりたいんです。お邪魔になるようなことは致しません。しばらく弟子として置いて下さい」


懇願するように上目遣いで見つめる。


「仕方ないですね」

アトリエには自分一人ということもあり、誰もいないと寂しい時がある。仕事の邪魔にならなければ問題ないか。


「クレイ先生は何をしているんですか?」


「これはウェディングヴェールです。鑑定するよう頼まれたのですが、それ以外ご依頼者様のことなど何も分からないんですよ」


「じゃ何も分からないってことですか?」


「いえ、これはとある伯爵家のものとみました。情報筋によると娘様が半年後、隣国の公爵家に嫁がれるそうで。察するにこのヴェールの由来などを知りたいという意図のご依頼かと」


画家というのは絵を売るだけでは食べていけない。たくさんいい絵を描いても売れなければ赤字だ。


そのため古美術鑑定のような鑑定士もやって生計を立てているというのが建前だ。


だけど本業はこちらの鑑定士の方が性にあっている。実際、鑑定士としての仕事は毎日のようにくるので、つい本業の仕事を後回しにしてしまう。


「そのヴェール、何かわかりましたか?」


妹のマーガレットが興味津々に聞いてくる。

白い更紗模様のレースがふんだんに使われている。

一見、茶色く色褪せ、シミのある古ぼけたヴェールにしか見えない。


白い手袋をした手で口元にハンカチを当てた。作品を汚さないよう配慮する。


「そうですね、このレースは百年前に作られたものですね。絹の手触り、蚕がだす糸の細さからすると今は亡国となったマーテル王国のもの。特に上質な絹糸をふんだんにヴェールとして使われているので王族もしくはそれに近い方の持ち物とみて間違いないでしょう」 


「そんなことが分かるんですか」


「それにこれは職人の手によるものではなさそうです」


「どうしてわかるんですか」

「ほら、ここに文字があるでしょう。『愛する我が娘へ』と読めます」


一部文字が潰れているが、全体の文字からみて確かにそう読める。


「なるほど」


「職人であればデザインを重視するでしょうから、このように文字が潰れたものを結婚衣装に依頼主に献上しないでしょう。レースを編むにも時間がかかります。王族の女性が作ったとして健康な女性であれば公務との両立があったでしょうから、作るとしてもハンカチサイズにしたでしょう。大作を作るほどものづくりの好きな方か。もしくは病気で伏せっておられたか……」


「クレイ先生はヴェールという物の情報だけで、よくそんなに推理ができるんですね」


マーガレットは不思議そうに目を丸くする。

「このレースのデザインは何か由来があるのですか?」


いつも寡黙な子が珍しい。


「レースの模様もその王家の紋章、ほらここに二又のオリーブの木が編み上げられています。今や亡国となった紋章なので、歴史的な価値もあり大変貴重なお品です。しかし保管が悪い。湿気の多い所に置かれていたのでしょう。これほどのシミを完全にとりきるのは難しい。物としては素晴らしい婚礼衣装なのに、大変もったいないことです」


本当に残念だと本音をもらす。

しかし、この依頼主はやはり挑戦的だ。

明らかに自分を試す意図がある。

こちらも不意打ちで仕掛けてみるか。


「それでは、これを依頼主の君に返すとしましょう。さぁどうぞ。ソルヴェーグ クライシス嬢」


姉のジェイドはハッとして妹の方に目をやる。


「先生、人違いです。この……この子は……」


「このご依頼を持ってきたのは執事の方でしたが、ソルヴェーグ嬢の変装だったのではないですか」


マーガレットは表情を変えずに首をかしげる。


「どうしてですか」


特に焦る様子もない。

正体がばれると分かっていたのだろう。

ジェイドのようにおろおろした様子を全くみせない。


「執事といえど主人を乗せていない二頭立ての馬車を使うのは贅沢でしょう。それに執事の格好も肩幅のサイズがあっていませんでした。ジェイド、あなた本来はメイドではないですか。姉というのは偽り。マーガレットとは主従関係でしょう」


ジェイドの顔は真っ青になっていた。


「ソルヴェーグ嬢、あなたはなぜわたしを試したのですか」


問い詰めるように聞くが、マーガレットは考えこんでいる。


このまま正体を隠し切るか、正体を明かしてしまうか迷っているのだろう。


「先生、すみません。妹は気分が悪いようで。わたし達はただ先生の個展をみて……。ただそれだけで……。」


ジェイドは諦めずに庇おうとする。


「では、ジェイド。君がわたしの個展にきたのはたまたま通りがかったのだと言っていましたね」


「はっはい……。」


「ソルヴェーグ嬢から個展がよかったと言うように言われていただけで、実際には行っていませんよね?わたしの個展は特別な人に特別お渡ししている絵画なのですよ。あえて探そうと思わないとわたしの個展には辿りつけない。たまに本当に道に迷って個展に顔をだす人はいますが、すぐに帰ってしまう人ばかりです。たまたま通りがかった人がわたしの絵に執着する方が正直珍しい。ということで最初から怪しんでいたというのがネタバレです」


実はわたしの絵は絵画としての価値を持っていない。


「きっとその個展でソルヴェーグ嬢は気づいたのではないですか。わたしの正体を。ご存知なのでしょう」


マーガレットと名乗る女の子はは観念したという顔で見返した。


「このウェディングヴェールを使ってわたしを試した理由をお聞かせ下さい。あなたは別の依頼を持っているはずです。その内容を教えてくれますか」


「参りました」


小さな吐息まじりの声だった。


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