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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
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キャンディーは思い出風味

時々、お母さんのことを思い出す。

与えられた憎悪の眼差しや罵声。

お母さんとはもう何年も会ってないのに、それらは余りにも鮮明に思い出されて。

おかしくなってしまいそうなほど、苦しい。

それでも何とか生きてこられたのは、私を引き取り可愛がってくれたおじさんとおばさんのおかげ。


そして、ある女の子との宝物のような思い出が、私を支えてくれたからーー


           ※


口の中にあるキャンディーを、蒼は窓の外を見ながらころんと舌で転がした。

夏休みが終わって数日後の晴れた朝。

気のせいか、今日の教室はいつもより騒々しい。


「蒼、おはよう」


不意に呼びかけられ、蒼は声のした方を見た。


「おはよ、実咲」


蒼の席の前に立っているのは、長身でロングヘアの少女。

モデルのようなスタイルのよさと目力の強さが、近寄りがたい印象を与えている。

実際彼女ーー実咲は、女子特有の仲良しグループに所属することを苦手としていた。

それは蒼も同じだ。


元々二人は中学は違うが、陸上部に所属していたため、大会でお互い見かけることがあった。

言葉を交わしたことはほとんどなかったのだが。

とある大会後の出来事をきっかけに親しくなった。


実咲は蒼に微笑みかけた後、周りを軽く見回した。

「予想はしてたけど、やっぱり今日はみんなそわそわしてるね」

「あ、気のせいじゃなかったんだ…。何か抜き打ちのテストとか持ち物検査の噂でもあるの?」

「蒼…本気で言ってる…?」

実咲は呆れた様子だ。

「今日、私達一年の学年に転校生が来るって言われてたじゃない。しかも二人も。そのうちの一人がこのクラスじゃないかって」

「あー…そんな話も聞いたような…」

「びっくりするくらい興味なさそう」

「いやいや、そういう実咲だって」

「それでも私はちゃんと覚えてました」

実咲がそう言った後、二人は互いに小さく笑った。


そしてクラスメートの大多数が転校生について盛り上がっている一方で、蒼と実咲は話題を変えた。


やがてチャイムが鳴った。

みんながそれぞれ自分の席に着く中、中年の男性ーー担任がやって来た。彼が連れて来た少年が転校生だろう。

教室の中がざわつく。特に女子の声が抑えられていない。

蒼は窓の外に目をやった。

昔自分が転校生だった時のことを思い出すと、何となく転校生の方を見づらかった。

見知らぬ人たちからの遠慮のない視線を浴びるのは、あまり気分がいいものじゃない。


「今日からこのクラスの仲間になる『有峰ありみね 日向ひなた』くんだ。皆んな仲良くするように」


担任が簡単に転校生を紹介する。蒼はぴくっと反応した。


「有峰 日向です。よろしくお願いします」


少年の落ち着いた声。


ひなた、かぁ…


外を眺めたままの蒼は目を細め、遠くを見るようにした。

『ひなた』という名前は珍しくない。

実際中学の時、蒼の同級生に男女共にいた。漢字までは知らないが。

その名前を耳にするたびに、蒼は穏やかで切ない気持ちになる。


元気にしてるかな…

私と友達になってくれた、私のことをヒーローと慕ってくれた、あの可愛らしい女の子はーー


今もまだ蒼はひなたのことを覚えている。

今のひなたは蒼のことを忘れているかもしれない。

それでもひなたが元気で笑っていてくれるなら。

幸せでいてくれるなら、それでよかった。

心の底からそう思えるほどに、蒼は大人になった。


           ※


朝のホームルームが終わった後、教室の一角に人が集まっていた。

一時間目の授業が始まる前の五分間というわずかな時間なのに、みんな居ても立っても居られなかったのだろう。

主に女子達が転校生を質問攻めにしていた。

そしてそんな状況でもまだ蒼は転校生の方を特に見ようとはせず、授業の準備をしているのだった。


やがて、蒼の席の前に誰かが来た。

視界の隅でそれを捉え、少し不思議に思いながら蒼は顔を上げる。


「会いたかった……」


優しい声音の中にどこか嬉しさを滲ませて言った、端正な顔立ちの少年。


「ーー迎えに来たよ、あおちゃん」


柔らかく微笑んだ少年に、懐かしい面影を見た。


「……ひ、な……?」


蒼は掠れた声でそう言うのがやっとだった。少年が蒼の言葉に答えるように頷く。


蒼は唾を飲み込んだ。

初めてひなたに出会った日、ひなたから貰って以来、蒼の大好物となったキャンディー。

口の中にあるキャンディーはあの日の物とは違うのに、何故か懐かしい味がした。












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