過去と現在のはかりごと
外から戻ってきた蒼は元気がなく、おまけに蒼と一緒にいた日向が彼女の足も心配していたので、水無瀬と蒼はパーティーの途中で帰った。
蒼をホテルの部屋まで送った後、ラウンジで待ち合わせていた相手と落ち合う。
「今回は助かったよ、高崎さん」
水無瀬は先に来ていた相手ーー高崎に声を掛けた。
「恐れ入ります。こちらこそ水無瀬様には感謝しております。ところで、」
高崎がラウンジチェアに腰掛けたまま応じた。
「水無瀬様は少し、お疲れになっているのではありませんか?」
「あーマジでづかれだー」
ダルい声を上げ、水無瀬がラウンジチェアにどかっと座る。
それは座面が広くゆったりとしているが、水無瀬は今ソファやベッドに身を投げ出したい気分だった。
「あいつに説教されるのは想定内だったよ。ただ骨が折れるかと思った。物理的に」
今日の出来事は水無瀬が仕向けたことだ。
パーティーで日向と蒼を会わせるのはもちろん、麗奈のことを日向の婚約者として蒼に紹介するのも。
そしてさらには蒼のドレスの色や靴までも。
水無瀬は、ウェディングドレスを連想させるような色のドレスに、慣れない者には足を痛めそうな靴をわざと選んだのだ。
水無瀬は近頃の日向に内心苛ついていた。
日向は蒼を悲しませてしまったからか、蒼に連絡も出来ないようだった。
とんだ意気地なしだ。
ただただ時間は過ぎ、有峰の家では日向の婚約話まで進んでいきーー
さすがに水無瀬は業を煮やして、恩を売ってやることにしたのだった。
水無瀬はパーティー会場に、あのドレスを着た蒼をまるで自分の恋人のようにエスコートして行った。ーー日向を、焦らせるために。
蒼に怪我をさせ自分は気付かないふりをした。
ーー日向に、口実を作らせるために。
水無瀬の思惑通り事は進んだ。
いつもの日向なら、水無瀬が意図的にしたことには気付いただろう。
だが今回は全く気付いていないようだった。
それほどまでに、蒼から特別な関係の終わりを告げられた日向は憔悴し余裕がなかったのだ。
「ほんと蒼のこととなると、あいつは色々危なっかしいな」
水無瀬は腕をさすった。
パーティー会場で外から蒼と戻ってきた日向は、蒼がいる手前長々と説教する事はなかった。が、別れ際ーー蒼を連れて帰ろうとする水無瀬の腕を力強く掴んできたのだ。
水無瀬がさっき見てみると、腕にはあざが出来ていた。
「そうですね、お手数をおかけしました」
「……ところで高崎さんさ、」
困り笑いで礼を言った高崎に、今回の計画を打ち合わせていた時から気になっていたことを水無瀬は聞く。
「何で協力してくれたの?」
今回のことは高崎がいなければ成立しなかったところもある。
水無瀬は蒼の家族と接点がないため、このパーティーに蒼を連れてくるには彼女の家族を説得することの出来る人物が必要だった。
また、日向がパーティーに出席することを渋っていたので、彼を後押しすることの出来る人物も必要だった。
高崎のおかげで計画の条件が整えられたのだ。
「あいつが加賀美のお嬢様と結婚した方が、高崎さんにとってもいいだろうに」
昔日向から聞いたことがある。
蒼を探すのに協力してくれた人物がいる。
自分が有峰のトップになることを条件としてーー
その人物は高崎だろう。
何故彼が日向を有峰のトップにさせたいのかは分からない。
考えられるとすれば、昔の日向ははっきり言って雑魚だった。
そんな日向をトップにさせて、高崎は操るつもりだったのだろうか。
それをするなら今の日向では難しいだろうが、蒼と完全決別をすればまた日向が腑抜けに戻る可能性は大だ。
今や有峰のトップになるには十分の実績が日向にはある。
加賀美と縁を結べばより確実なのだ。
「ええ、まあ……ただ私は、日向様には幸せになってほしいのですよ」
「ふーん……」
水無瀬がラウンジに来た時に注文しておいたコーヒーが席に来る。
白い湯気を立てているそれに水無瀬は口をつけた。
高崎の前にもコーヒーがあるが、それはすでに冷めているようだ。
「日向様は私に借りがあると思っているのでしょうが、私が日向様を利用したのですから。ーー私の復讐に」
高崎の口から出てきた物騒な単語に、水無瀬は眉をぴくりと動かす。
「復讐?」
水無瀬のつい険しくなった声音に、高崎が苦笑した。
「大したことじゃありませんよ。有峰に一矢報いてやりたかったといいますか」
高崎がコーヒーカップの取っ手に触れ、コーヒーを飲むわけでもなくただそこに視線を落とす。
「取るに足らない存在、いや意識すらもしない存在に脅かされる。有峰の総帥はもちろん、上層部の人間がどんな反応をするのか見てみたかった」
「ーー何で? あんたも有峰に雇われてるんだから、有峰の上がぐらつくようなことはない方がいいんじゃないの? まあ有峰は絶対的存在だし、ちょっとのことじゃびくともしないだろうけど」
「…私の父は中小企業の経営をしていました。大企業の下請け会社です。しかしある時一方的に契約を切られ、父の会社の経営は行き詰まりーー私が小学生の頃父は自ら命を絶ちました」
「……その大企業が有峰ってわけか」
「ええまあ、よくある話です」
高崎が淡々と語った重い過去話。よくあると言えばよくあるのかもしれないがーー
「よく分からないな。それならなおのことあいつには加賀美と結ばれて欲しいもんだろ? あいつの右腕として有峰を乗っ取ればいい。蒼と一緒になるってなったら、あいつは有峰なんて簡単に捨てるぜ」
「それはそれで、有峰は大打撃を受けるんじゃありませんか?」
「ーーそれが狙い?」
「いえ…私は別に有峰の壊滅を望んでませんよ。父の死も、父自身が真面目で責任感が強すぎたせいだとも思っています」
そう言うと、高崎が小さく笑みを浮かべた。
「父のような力の弱い不器用な者達を、私の頼みで日向様には何人も救っていただきましたから。もう十分です」
日向は父親から任され、傾いた事業を立て直したり経営理念を変えたりした。
それによって今まで甘い汁を吸ってきた者達には面白くない展開になっただろうが、搾取されてきた者達にはありがたかっただろう。
「まあ日向様は私のことを調べて、父のことについても存じ上げているようですが。それでも私を切り捨てはしませんでしたし、有峰での地位なんて興味もないのに力を見せ続けて下さいました」
「それは高崎さんに口出しさせないようにするためじゃない?」
「そうでしょうね。参りました。でもあんなに非力で弱かった日向様が、ここまでご成長なさった。それが意外にも嬉しかったといいますか。日向様の強く純粋な想いを、私の邪な考えで邪魔をするわけにはいけないと思いまして」
「でもどうする? あいつら仲直り? してないってか、関係がややこしいままだけど」
パーティーの時外から戻ってきた蒼と日向の様子を見て、水無瀬はそう思った。
蒼は目が赤く化粧も崩れていた。口数が少なく、日向とも言葉を交わさない。日向も普段ならありえない水無瀬に蒼のことを託してーー
「ああそれなら、」
高崎が意味深に笑った。
「先程日向様から連絡がありまして、何かなさりたいことがあるようでしたから大丈夫でしょう」




