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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
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寒さと想いが身に沁みる

蒼は一人、外に出た。


幻想的で美しいライトアップされた庭園。寒さのせいもあってか人はほとんどいない。

蒼は景色を何気なく見つつ、少し先にガーデンベンチがあるのを見つけた。

そちらに向かって、ゆっくりとした足取りで歩く。


「ふう……」


ベンチに腰掛けると同時に、ため息が出た。


パーティー会場の雰囲気に酔った。

そのため蒼は、外の風に当たりたいと言ってパーティー会場を抜けてきたのだった。


「くっそ寒いのに? まあいいけど。それより一人で迷子にならない? ついていこうか?」


笑ってそう言ってきた水無瀬に対し、蒼は即座に断っていた。

彼は自分とは違ってこの場に知り合いも多いようだし、パーティーも慣れた様子だ。

わざわざ寒い中を付き合わせるつもりはない。


何よりーーひとりになりたかった。


蒼は夜空を見上げた。

月も星も見えない。ただ暗い闇が広がっている。吸い込まれそうなほどの黒い世界。

蒼は何だかほっとした。

パーティー会場は目が痛くなる程に眩しくて、落ち着かなかった。

自分はひどく場違いでーー


「ーー風邪引くよ、」


蒼は視線を落とした。


「こんな寒い中にいつまでもいると」


ふわりとジャケットをかけられる。蒼はそれを掴んだ。


「……いらない」


上がワイシャツとベストを着ただけの格好になっている相手に対して蒼は言い放った。

自分よりもそっちの方が風邪を引きそうだ。


「ふーん」


ジャケットを突き返す蒼に、相手は微笑む。


「僕はいいけど。もし今あおちゃんが具合悪くなったとして、前の時みたいに抱えていってもいいなら」


それを聞いて、蒼は数ヶ月前に彼ーー日向の前で倒れてしまったことを思い出した。

あの時気付くと自分は自室のベッドの上で寝ていた。記憶が曖昧で混乱している蒼に美智江が、日向が運んできてくれたのだと教えてくれたのだった。


「………………」


決まりが悪くなり、結局蒼は着ているボレロの上から日向のジャケットを羽織った。

薄着になってしまった日向をちらりと見る。寒そうな姿に罪悪感が湧くが、蒼はすぐには動けなかった。

そして蒼は、日向が何故か小さなビニール袋を持っていることに気付いた。


「綺麗だね」


不意に、しみじみとした口調で日向が言った。


「……そうだね。月も星も出てないけど、ここのライトアップは綺麗だと思う」


辺りに目をやって蒼が言うと、一瞬の間の後日向が笑った。


「違うよ、あおちゃんがだよ」


「どこが……服に着られてるのに」


衣装は綺麗だろう。自分の人生でこんなにきらびやかに着飾ったことはない。

だが着慣れていないから、そして自分の身の丈に合っていないから、自分はパーティー会場でひどく浮いていた。


「すごく綺麗だけど……ね、今日のあおちゃんのコーディネートは、水無瀬がした?」

「ん、まあ…」


今着ているドレスも靴もアクセサリーも、全て水無瀬が選んだものだ。

彼は蒼に意見を求めることなく勝手に決めていった。

試着に疲れた蒼は、水無瀬が早く決めてくれればそれでよかった。

お洒落になんて興味ない。初めて着るドレスに心躍ることもない。

流行りの服も知らない蒼は、私服もシンプルで無難なものだ。可愛さやブランドも必要ない。ただ季節に合ってさえいればよかった。


「……こんな色のドレスを選ぶなんて、俺への当てつけか……?」


すぐ側まで近付いてきた日向が、不機嫌そうに薄目になって呟いた。

蒼が着ているアイボリーのドレスは、夜空の下ぼんやりと白く浮かんでいる。


「靴も……あいつは馬鹿か。少し考えれば分かりそうなものを……」


日向が蒼の足元でしゃがんだ。


「あおちゃん、足痛くない?」

「え?」


思わず蒼は足を引っ込めた。


「ごめん、見せて」

「ちょっーー」


日向に足を掴まれる。さらに履いていたパンプスを脱がされる。


「やっぱり……」


蒼の足の甲はむくんでいた。親指と小指の付け根と踵には靴擦れも出来ている。

蒼は足の痛みをずっと我慢していたのだった。


「応急処置しか出来ないけど、じっとしてて」


日向がズボンのポケットから数枚の絆創膏を手にした。靴擦れした場所にそれを貼っていく。

ストッキングの上に貼られているので変な感じだが、さすがにここでストッキングを脱ぐわけにもいかない。

再びパンプスを履くことを考えても、この応急処置は有り難かった。


「たくさん貰っといてよかった。剥がれたりしたらこれ使って」


恐らくホテルで貰ったのだろう、日向が蒼に残りの絆創膏を手渡す。


「……ありがとーーって、ひなっ」


蒼は素っ頓狂な声を上げた。日向が蒼の足の甲をマッサージし出したのだ。


「気休め程度だけど、少しはむくみが取れるはずだよ」

「いいよ、やめてったらーー」

「靴が履けなくて足も痛くてあおちゃんが歩けなかったら、結局僕が抱えていくことになるけど、それでもいいなら」

「………………」


蒼は大人しく受け入れることにした。

黙ってマッサージを受けながら、日向のやけに準備がいい理由について考える。

日向は、いつから自分が足が痛いことに気付いたんだろう。

パーティー会場で会った時、自分はよっぽどみっともない歩き方をしていたんだろうか。

水無瀬は何も言わなかったのに。


しばらくして、日向が蒼の足から手を離した。


「隣座っていい?」

「どうぞ」


つっけんどんに蒼は答えた。気にした風でもなく日向がベンチに腰掛ける。


「あおちゃん、お腹空いてない?」


突然の問いかけに蒼は怪訝な目を向けた。


「何で? いっぱい料理あったじゃない」

「何か気に入った料理はあった?」

「え…と…エビが入ったサラダ、とか……」


蒼は水無瀬を真似して皿に取った料理を思い出しつつ答える。


「生焼けっぽい肉、とか……?」


間が悪いことに蒼の腹がぐぅー、と鳴った。忘れていたが、ここではろくに食べていない。

見てきたいろんな料理を脳裏に浮かべる内、自分が空腹だということを身体が訴えてきたのだ。


「あんまり食べてないんでしょ。じゃあこれーー」


日向が持っているビニール袋から何かを取り出す。


「なっ……」


思いもしないものを差し出され、蒼は瞠目した。


なぜ今ここに、これが、

こんなものがーー


「近くにコンビニがあってよかった。もう冷めちゃったけどーー食べない? 肉まん」


思わず日向を見据える。

なかなか受け取らない蒼に、日向が微笑んだ。


「半分こしようか」

「…何でひなが、こんなもの……」

「こんなものってひどいな。僕の大好物だよ」

「そんなわけ……」


言って蒼は理解した。


ああ、そうか

ひなは優しいから私に合わせてくれるんだ


日向には豪華な料理がふさわしい。蒼は全く詳しくないが、フランス料理とかそういうの。

コンビニで売ってる一個二百円くらいの肉まんを、日向が好きなわけがない。


日向が肉まんを半分に割る。大きい方を蒼にくれる優しささえも、今の蒼には捻くれて捉えてしまう。


昔のひなにはおいしいと感じたかもしれないけど、

それはでもーー


あの時初めて食べる日向には物珍しくてそう感じただけだ。

今は、分かる。

これは昔自分にとってのささやかなご馳走だった。

これは今自分にとって安心する食べ物だ。

パーティー会場にあった料理には気後れしていたのだから。


冷めた肉まんの半分を受け取り、蒼は食べ始めた。

昔もこうして一緒に食べた思い出が蘇る。ほのかに、切なく。


「……あおちゃん、元気だった? ごめんね、長いこと学校休んで」


言いづらそうに日向が口を開いた。


「実家でちょっとごたついてて……連絡も出来なくてごめん」


多分日向の婚約のことでだろう。

連絡が出来ないのも当然だ。あんなに素敵な婚約者がいるのに、自分なんかと関わっている場合じゃない。


「こんなところにいていいの? 有峰君。婚約者を一人にしちゃダメなんじゃない?」


何気なさを装って蒼は聞いた。さっきから失敗ばかりだったが、『ひな』と呼ばないことにも成功した。

日向が少しムッとした表情をする。


「だから彼女はそんなんじゃないって」

「そ」


二人の間に沈黙が流れる。

蒼は肉まんの最後の一口を食べてしまう。


あれ……? こんなに…味気ないものだったっけ…?


「……ねぇ、あおちゃん。あおちゃんは僕のこと、本当はどう思ってるの?」


やがて、蒼よりも遅く食べ終えた日向が聞いた。

彼の方からそんなことを聞いておいて、答えを聞くのが怖いような目をしている。


「好きだよ」


蒼は優しく、だがはっきりと言った。自分でも驚くくらい自然と言葉が出てきた。

一方で、日向がきょとんとした顔をした。


「それは……友達として?」


さらに聞いてきた日向に、首を横に振る。

美智江や俊昭や実咲に水無瀬、そして、日向によって大切に育まれてきた感情を蒼は(こぼ)した。


「愛してる」


日向が呆然とした顔になった。それから嬉しそうに照れくさそうにする彼の表情は忙しい。


「ちゃんと自分の想いを伝えようと思って。今まで私、素直じゃなかったから。有峰君ーーひなは、いつも真っ直ぐ真剣に伝えてくれてたのにね」

「あおちゃん、僕はーー」

「でも分かったの」


喜びの色を滲ませた声で日向が何か言おうとするのを、蒼はピシャリと遮った。


「麗奈さんと一緒にいるひなを見て。…お似合いだった。すごくしっくりきた。嫉妬も湧かない。これでいいんだって」


今の生活は幸せそのものだ。家族がいて、親友がいて。愛し愛されて。

おまけに日向が六年の時を経て会いに来てくれた。約束を守ってくれた。

これ以上望むわけにはいかない。

それに自分は、慣れている。期待することを諦めることにーー


「あお、俺のことを諦めるな」


自分の心の内を読まれたかと思った。日向の目も口調も厳しく、逃れられない。


「俺は俺だ。あおが諦めてきた奴らとは違う」


自分を憎んでくる母親だった人、友達になってくれない同級生達ーー

そんな人達との関係は諦めてしまった方が楽だった。愛されようなどとは、好かれようなどとは、思わない。

期待はしない。

それが、自分が傷付くことを和らげる方法で、自分の生き方だ。


自分には不釣り合いでもったいない日向。彼との関係も自分は諦められる。これまでのように、これからのようにーー


日向が蒼の頬に触れる。日向の指が蒼の目元をなぞる。


「あおは今泣いてるだけじゃない。きっと諦めることを受け入れた。そうされると俺はーー」


辺りの光と空の闇。その間にいる二人を、どこまでも静かで冷たい空気が包んでいた。

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