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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
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寒い冬に連れ去られる

それから日向と蓮は学校に来なくなった。

二人から連絡が来ることもなく、蒼もまた二人に連絡することもなくーー


そして、冬を迎えてから時が経った。


もう二人がこっちに来ることはないんだろう。

なんてことはない、数ヶ月前の生活に戻っただけーー


授業中、窓の外の薄暗く寒々しい景色を見ながら蒼は思った。


          ※


冷たい風が吹き、横断歩道で信号待ちをしている蒼は、マフラーに軽く顎を(うず)めた。


凍てついた空気はきん、と澄んでいて吐く息が白い。

息を吸うと内臓が綺麗に冷えてしまいそうだ。

制服の上にコートを着ているとはいえ、二月上旬の今は寒い。

何にも覆われていない頬や耳が痛くて、蒼は手袋をした両手で(さす)った。


ベージュ色のマフラーも手袋も美智江の手編みだ。

小学生の頃にはピンク色のを、中学生の頃には赤色のを、それぞれ蒼は美智江から貰っていた。

どれも模様が入っていて丁寧に作られていて、蒼が大切に使っていたのもあって全然現役だ。

子供は風の子だからというより、ただまともに服を与えられなかっただけの昔では味わえなかった温かさを、今は感じることが出来る。


歩行者用の信号機が青に変わる。

蒼は足早に歩き始めた。


           ※


あと三、四分で家に着くといったところで、後ろから来た車が蒼を抜かしーー止まった。

蒼はその車の横を通り過ぎようとして、


「よ、久しぶり」


「…れん…?」


開いた窓の向こう、車の後部座席には水無瀬がいた。

「元気だった?」

「……もうこっちには、来ないと思ってた」

「何で?」


こっちに来る理由がないからーー

『ヒーローごっこはおしまい』といったあの瞬間、自分と日向の関係は終わったのだ。


「そうだ……これ、ひなーー有峰君に渡してくれる?」


リュックを片方の肩だけ下ろし、中をごそごそと(あさ)った蒼はそう言って手にした物を差し出した。


「何? 今時ラブレター? しかも蒼が?」


水無瀬が蒼の持っている物を見て小馬鹿にしたように言った。

宛名も差出人の名前もない、白い無地の封筒。

こんな可愛げのないものがラブレターなわけがないし、自分がそんなものを書くわけもない。

まあもし自分がラブレターを書くとしたら、この素っ気ない出来はおあつらえ向きだが。

そんなふうにいつもの蒼なら水無瀬に対して小憎らしい返事をするところだが、蒼は何も答えず、ただ真剣な眼差しで彼を見ていた。

水無瀬も拍子抜けしたのだろう、封筒を受け取った。


「で、何これ?」

「冬休みにバイトしたお金。三万円入ってる。まだ全然足りないけど…有峰君に返さなくちゃいけないから」

水無瀬が薄目で蒼を見る。

当然の反応だと蒼は思った。


水無瀬は自分と日向の間のお金のやり取りについて恐らく知っている。

そのお金は返さなくていいものだと日向が思っていることも。

自分から関係を終わらせておいてまだ繋がろうとしている、と水無瀬には自分が無様に見えているだろう。

でもこれだけは、ちゃんとしておきたかった。


蒼は、お金を渡す手段をどうしようかと探していたところだった。

思い切って日向に連絡するしかないと考えてもいたが、こうして水無瀬が来たことは都合がよかった。


「はした金かもしれないけど、有峰君に受け取ってもらって。あと、ちゃんと全部返すって言ってーー」

「何で俺が。自分で言えよ」


そう言うと、水無瀬が車のドアを開けた。


「えっ、ちょっーー」


水無瀬に腕を引っ張られ、強引に車に乗せられる。そして車は走り出した。


「何すんの!? 降ろしてよ!」

「ーー付き合って」


叫ぶ蒼とは対照的に静かに水無瀬が言った。


「…またそんな冗談を……」

「今日と明日の二日間、俺とデートしよ」


笑みを浮かべる水無瀬を、蒼は困惑しながら見ることしか出来なかった。


「ーー大丈夫です、蒼様のご家族様には私がご連絡致しました」


蒼を助けるかのように、車を運転している男性が言った。


「美智江さん達に? …何て言ったんですか?」

「事情をお話しました。明日東京で開かれるーー」

「お宅のかわいい娘さん借りますねーって言ったんだよ、な?」

「蓮、話の邪魔しないで」


赤信号で車が止まる。運転手が後部座席を振り返った。


「ご家族様からの了承はいただいております。ですからどうか、二日間蒼様のお時間を下さい」


蒼は運転手の顔に見覚えがあった。

確かーー久し振りに恭子と会った時に日向と一緒にいた男性だ。

だが何故今ここに、その彼が水無瀬といるのかーー

蒼が怪訝な顔をしているのに気付いたのか、男性が続ける。


「挨拶が遅れてしまい失礼致しました。お久し振りです、蒼様。日向様の側近の高崎です」

蒼は黙って会釈した。

「今はちょっと協力してもらってる」

水無瀬の言葉に高崎は微笑むと、前に向き直った。


「というわけで、遠慮なく俺とデート出来るってわけだ」


そう言った水無瀬を蒼はジト目で見た。

一体高崎が美智江達に何を言ったのか分からない。美智江達がそう簡単に了承するとも思えない。

思いつくことはないが、それなりの理由があるんだろう。


再び車が走り出す。車はどんどん家から遠ざかり、蒼は降参するしかなかった。

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