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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
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最初の、そして最後になるかもしれない告白

蒼が登校してきたのは、三日後のことだった。


「おはよ。こないだはお見舞いありがとね」


まだ本調子でないのか、掠れた声で蒼が言った。

「蒼っ、ほんとにもう大丈夫なの?」

「うん、声はまだ変だけど」

蒼が苦笑する。

実咲は席を立ち、連れ立って蒼の席へと向かった。

「心配かけてごめんね。あの日もせっかく来てくれたのに会えなくて」

自身の席まで来て、蒼が机の上にリュックを置く。

「いいよ。こっちが押し掛けちゃったんだし」


そう、あの日ーー日向と共に蒼の見舞いに行った日、蒼に会うことは出来なかったのだった。

蒼は高熱が続いていて今は眠っていると、出迎えてくれた美智江が申し訳なさそうに教えてくれた。

お大事にとお伝え下さい、と言って実咲と日向はそのまま帰ることにしたが、その夜蒼からメッセージが来た。

見舞いの礼と体調の様子、そして、


『ひなと一緒に来てくれたらしいけど、どうしたの?』


蒼が驚いたことは想像に難くない。

自分と日向にとって蒼は共通の友人《以上の存在》だが、それ以外には何の接点もないのだ。

それどころかお互いに牽制し合っていた。そのことに気付いてなくても、蒼抜きで会話が成立するような関係だとは蒼も思っていなかっただろう。


成り行きで、とだけ答えると蒼はそれ以上追及してこなかった。

こういうところも蒼はさっぱりしているというかーー


「そうだ、私のでよかったらノート貸すからね」


実咲は思い出して言った。


「助かる。三日間も休んじゃったから」


この学校で実咲の成績は下の方だ。体育だけは群を抜いていい成績だが。

蒼がここを受けると知った時から実咲は猛勉強した。合格するかどうか五分五分の確率くらいで受験し、何とか合格することが出来た。

反面蒼は勉強も運動も優秀で、蒼の周りが色々ごたついている中あった中間テストも十四位と前回の実力テストより順位を上げていた。


蒼はきっと欠席した分の勉強が遅れていることを気にする。

勉強を教えることは難しいけれど、板書を写したノートを見せることくらいなら自分にも出来る。

そう思っていつもより綺麗にノートを取った。

少しでも蒼の役に立てられるなら嬉しい。


こっちは自分が何とか出来ることだけれどーー


「おはよっ、有峰くん♪」


最近聞き慣れてしまった、作った甘い声が弾む。反対に実咲は憂鬱な気分になった。


あの女ーー葵が日向の側へと行く。蒼がいない三日間でこれが当たり前のような光景になっていた。

葵と日向の二人が付き合っている、という噂まで立っているほどだ。

蒼の見舞いの際に話した程度でしか日向を知らないが、彼のことだからそれはない。

彼の蒼への想いは執着と呼べるくらいのものだ。

とはいえ彼が何を考えているのかは理解し難い。


何で私が苛々しなきゃいけないの


葵が日向にベタベタしていて、日向もさして気にしていない風だから見ていられない。

蒼には見せたくない。


日向達の方を薄目で見ていた実咲は、ぱっと蒼に視線を向けた。

とーー


「蒼…?」


蒼は一時間目の数学の教科書を開き、熱心な様子でそれに目を落としていた。

「…ん? なに?」

「あ、いや……」

「ねえ、実咲。もうここら辺まで進んだ?」

蒼が教科書を数ページ開く。こんな風に真面目な所は蒼らしい。

でも、でもーー


蒼は嫉妬なんかしない、か……


三日前、日向が言った言葉をふと思い出す。


それは何て、寂しいんだろう


          ※


あれからずっとずっと考えているーー


実咲は自分の部屋でノートを写す蒼に目をやった。

今日自分の家に来ないかと実咲が誘ったのだ。


放課後も相変わらず葵が日向に付き纏っていて、蒼と実咲は先に帰った。

実咲は気掛かりに思ったが蒼はいつも通りで。

それが決して無理をしているわけではないようだったから、何だろう、少し、日向に同情した。


分かっていた。

蒼は一線を引いている。


誰に対しても。どんなに身近な人に対しても。私に対してもーー


蒼の幼い頃の養育環境がそうさせたのだろう。これはきっと、蒼自身が傷付かないための処世術だ。

でもあの日向の蒼に対する想いすらも、蒼は他人事のように(かわ)してしまうのだろうか。


「…蒼…今日、有峰君と一緒に帰らなくてよかったの?」


実咲は思い切って聞いてみた。

「え?」

反射的に聞き返したといった感じの蒼はノートを写す手を止めない。

「もしかしたら…村西さんと帰ったかもよ」

「そうかもね」

「…気にならないの?」

「何が?」

「何がって、だって有峰君は」


蒼のことが好きなのに


思わず言いそうになって慌てて口を(つぐ)む。実咲はふうっと深く息を吐いた。


「蒼は…有峰君のこと、どう思ってるの?」


ようやく蒼が顔を上げる。

「珍しいね、実咲がそんなこと聞くなんて」

少し棘のある言い方に、実咲は一瞬怯んだ。

「…あ、おいは昔の有峰君を知ってるんだし…有峰君は蒼のこと、何だか特別に思ってるみたいだし…」

視線を泳がせて実咲が言うと、少し間を置いた後蒼が答えた。

「すごい人だなぁと思うよ。頭も運動神経も育ちもいい。みんなほっとかないでしょ」

「それだけ?」

「うん」


実咲は怖くなった。

自分と蒼の関係は強いと思っていたが、本当はーー脆いのかもしれない。


実咲は蒼に自分の小中学時代の友人関係のつまずきを話している。

だから自分が高校に入って蒼以外との友人関係を築けていないことも、蒼は理解してくれているのだろう。

だけどもし、もし自分に親しい人間が出来たなら、蒼は自身を邪魔者だと感じ、自分と距離を取るかもしれない。

蒼なりの気遣い。自分はそんな残酷で余計な優しさは、いらない。


実咲は視線を動かした。チェストの上の写真立てに目を留める。

そこにあるのは中学時代の写真。実咲と蒼が笑顔で写っている。陸上の大会で二人がそれぞれの種目で一位を取ったときのものだ。

蒼の隣にいる実咲は自分でも、そしてこの写真を撮ってくれた父親も思うくらいのいい表情をしている。

実咲の隣にいる蒼もまたーー


この笑顔を自分にはもう見せてくれなくなるかもしれない。

隣にいられなくなるかもしれない。

でも、このままではいつかなくなってしまいそうな蒼との関係に、足掻(あが)きたくなった。


あの日向が自分のことを脅威だと言ってくれたのだ。

自分の蒼への想いを茶化すことなく。

こんなこと悔しくて認めたくはないが、嬉しかったし心強かった。

日向が蒼にどこまで彼自身の想いを伝えているのかは知らない。

だけど、負けたくない。…逃げたくない。


「……私…」


実咲の思い詰めた声音に気付いたのか、再びノートを写し始めていた蒼が上目遣いで実咲を見る。


「私……蒼のこと、好きだよ」

「なに? どうしたの? 突然。照れるな…私も実咲が好きだよ」


蒼が小さく笑って言った。

心臓の音がうるさい。実咲は緊張のあまり吐きそうだった。


「…蒼のは、親友としてでしょ? 私のはーー」


実咲は蒼ににじり寄った。少し身を退()いた蒼が、とん、と背後のベッドにもたれかかる形になる。


「恋愛的な好き、だよ」


蒼が目を見開いたのが分かった。

「……みさーー」

「大会で初めて蒼を見た時からずっと憧れてる。蒼はかっこよくて眩しくて」

蒼に何か言う隙さえ与えずに、実咲は言葉を続ける。


「蒼が初めて私を助けてくれた時、ヒーローだと思った。蒼と仲良くなれたことは、親友になれたことは、私には奇跡で。一緒にいるうちに友情以上の感情を持った」


勢いに、任せ続ける。


「恋愛なんて友人関係をややこしくする厄介なものだと思ってたのに。蒼だから好きになった」


ここまで一気に言い切ると、実咲は俯き荒い呼吸をした。

段々呼吸が整ってきた時、急に不安に襲われる。

うまく伝わっただろうか。自分が何を言ったのかも分からない。

伝わっていたとして、蒼はどう思っただろうか。

蒼の顔が見られない。


沈黙が、重い。


「そっか……そうだね、多分私のは実咲と同じ『好き』じゃない」


今までずっと黙っていた蒼が言った。


「だから実咲の想いには応えられない。けどーー」

「ごめん、今の忘れて」


実咲はぱっと顔を上げ、無理に笑顔を作った。蒼は実咲の目を真剣な表情で見つめている。


「って、忘れられないよね…」


実咲は目を伏せた。


「ほんとごめん、蒼。困らせるようなこと言って…。嫌だよね、私のこと。…もう蒼から離れるようにするから…」


蒼から離れられるより、自分から離れた方がマシだ。

激しい後悔が襲ってくる頭の中でそれだけは考えることが出来た。

実咲はさっきまで自分が座っていた位置へと膝行(いざ)って戻ろうとしてーー


「ーーっ」


腕を掴まれた。


「待って、実咲。聞いて。私は実咲の想いには応えられない」


分かったから、そう何度も言わないで

これ以上蒼に拒絶されるのは耐えられないーー


「でも嬉しかった。ほんとに嬉しかったよ。私のこと、『好き』って言ってくれてありがとう」


はっとして実咲は蒼を見た。彼女の目はいつもと同じで優しいのに凛として、そこに嫌悪や侮蔑の色はない。


「怖かったよね? ちゃんと自分の想いを伝えるのは。私には…出来ない。それが出来る実咲の方が、かっこよくて眩しいよ」


蒼のことだから、きっとその言葉に嘘も偽りもない。


「……親友のままでいていいの…? …気持ち悪くない…?」

「何言ってるの、気持ち悪いわけないじゃない。実咲は実咲でしょ。実咲さえよければこれからも私の親友でいて欲しいし、私は実咲の親友でいたい」


実咲は無言でこくこくと頷いた。


「私はね、実咲が好きになってくれた私でずっといたいと思うよ」

 

蒼が微笑む。


ああ…蒼を好きになってよかった。

自分にとって蒼以上の人なんてこの先現れないかもしれない。

現れなくても、別にいい。


でもいつかまた誰かをこんな風に好きになることが出来たらーー


一番に、蒼に言おう。











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