不覚にも彼に気付かされる
実咲が話し終えると、今まで黙って聞いていた日向が面白そうに小さく笑った。
「ったく、あおはーー」
日向の方を見る。自分にとって大事な、蒼との思い出話を聞いた日向が余裕そうに見えて実咲はむかついた。
「有峰君は話してくれないんですか? 蒼との過去を」
「いいけど、君、傷付くよ? キャンディーにまつわる思い出は俺にもあるし」
「有峰君も蒼に助けられた時に貰ったとか?」
実咲が聞くと、日向がはぐらかすような笑みを浮かべた。
話すんじゃなかった……
実咲は前に向き直った。
蒼との思い出をつい話してしまったのは、心のどこかで自慢したい気持ちがあったからだ。
日向よりも自分の方が蒼に救われたと、マウントを取りたかった。
日向は自分よりも先に蒼と出会っている。だけど自分の方が蒼との付き合いは長い。
それに日向と蒼の関係は過去のもので、自分と蒼の関係は約三年前から現在進行形で親友だ。
でも、
でも自分はーー
「……蒼のことが大事なら、何で蒼を悲しませるようなことするんですか?」
「あおを悲しませる?」
心当たりがないといった調子で聞き返した日向の方に実咲は目をやった。
「今日村西さんに呼ばれてついていきましたよね? 村西さんが蒼をいじめてるのにーー」
「へえ。あの女があおを虐めてるって、見たことでもあるのか?」
「ありませんけど…。でも蒼と一悶着あったんですよ。それはあなたも見てたでしょ? 蒼があんな風に怒るなんて…。あ、もしかして村西さんに、あの時のこと問い詰めたとか?」
「そんなことしない。好きだって言われて返事しただけだ」
「なんーー」
何て返事をしたのかと聞きそうになり、実咲は口を噤んだ。
知りたいけれど、さすがにそれを聞くのは図々しいだろう。自分と日向は少しも気安い関係じゃない。
「何て答えたか知りたいのか? いつもと同じ返事だよ」
何だか曖昧なことを日向に言われ、実咲は眉を顰めた。
「まあそのことについてはあおに何を言っても構わない。きっとあおは嫉妬なんてしないだろうし」
「別に何も言うつもりは…有峰君の今後の行動次第ではどうか分かりませんけど」
蒼と日向を関わらせないようにしようとは思っている。でも蒼を傷付けるようなことは言いたくない。
が、日向が蒼を少しでも傷付けるようなことがあれば話は別だ。
「君の好きなように言ってくれていいのに」
「……随分余裕ですね。私より自分の方が蒼との関係が深いと思ってるんですか?」
つい険のある言い方になってしまった。それなのに日向は顔色一つ変えない。
自分が日向の不利になるようなことを言っても、蒼との関係は揺るぎないとでも思っているんだろう。
その自信が鼻につく。
「そんなにあなたにとって私は何てことない存在?
私の気持ちを知ってるくせに。あなたも蒼のことが好きなんでしょ?」
「好きだよ」
躊躇いもなく堂々と言い切った日向に対して悔しい感情が湧き起こる。
「いいですよね、あなたは。自分の想いを伝えることが出来て。私には出来ないのに」
「何で?」
「何でって、分かるでしょ? あなたは男で、私は女だから……」
蒼は憧れで。
彼女のようになりたいと思っていて。
でも彼女のようにはなれなくて。
それなのに蒼と同じ『女』ということだけは余計だった。
「くだらない」
「え?」
「くだらないと言ったんだ」
「なっ…あなたに、私の気持ちなんて分からない!」
叫んでしまった後、実咲は肩で息をした。
自分の想いは誰にも知られてはいけない。
蒼には絶対に、だ。
今の関係で自分は幸せすぎで、壊したくない。
だから蒼が誰かを好きになったら応援する。
彼女の側で、親友として。
「……私が蒼を好きなこと、誰にも言わないでくれませんか…?」
「言わないよ、そんなこと」
慎重な口振りで頼んだ実咲に、日向が吐き捨てるように答えた。
「君があおに想いを伝えないなら、俺としては都合がいいからな。男とか女とかよりも、あおにとって相手がどんな存在か、相手にとってあおがどんな存在なのかが俺には問題だ。だから新田 実咲ーー」
空気が、張り詰める。
「君は十分、脅威だよ」
その言葉に、日向から向けられる真剣な眼差しに、実咲ははっと息を飲んだ。
まさか、日向がこんなにも自分をライバルとして見てくれているなんて思わなかった。
邪魔な存在だと思われているとしても、それは彼の蒼を独占したいという気持ちだけからだと。
実咲は日向から視線を逸らし、俯いた。
自分のとても狭い考え方を押し付けてしまっていた。
日向にも、蒼にもーー