不愉快な成り行き
高そうなセダンの後部座席に座り、実咲は頭を抱えたい気分になった。
何でこんなことに……
隣から、ふっと鼻で笑う声が聞こえた。
「あからさまだな。そんなに嫌か? 俺が」
「まぁ……そうです」
それなのに日向の家の車に並んで座って帰る羽目になっているのだ。
運転している青年男性がいるので二人きりではないが、何とも気まずい。
「俺も君が嫌だから。お互い様。だから変な誤解をされたり噂を立てられないようにしたつもりだけど」
実咲は納得がいった。
それでみんなの前でわざと目立つように言ったのか。
「じゃあお見舞い、一人で行けばいいのに…」
「さっきも言ったけど、君と一緒の方があおも喜ぶ。それに君とは一度、二人で話したいこともあったし」
「私は別にあなたと話したくは……」
いや、言っておかなければいけないことはある。
本当は彼に聞きたいこともたくさんあるのだ。
「有峰君は昨日、蒼の調子が悪いことに気付いてたんですか?」
「気付いてたよ。あおはしんどそうだったけど、最後までそう言わなかったから困ったもんだ」
「最後まで…?」
「ああ、昨日俺の前で倒れた」
「え!? それでどうしたんですか?」
「俺があおを抱えて家まで運んだよ。そんなに遠くなかったし、それが一番いい方法だった」
いくら蒼の家が学校から遠くて同じ高校の生徒に見られる可能性はほぼないとは言え、よくもまあそんな目立つことをする。
と、心の内が表情に出ていたのだろう。
「あおの前ではそんな顔をするな」
「……それがあなたの本性?」
日向に命令口調で言われ、疑わしい眼差しで実咲は聞いた。
学校のみんなの前で日向の口から『俺』とか『あお』とか今まで聞いたことはなかった気がするが。
「蒼の前では優しく振る舞ってるんですか? まさか蒼を騙してるんじゃーー」
「心外だな。どっちも自分だ」
実咲は素直には信じられなかった。蒼の前の日向と今の日向は違い過ぎる。
言動もそうだが、蒼のいる時は他の女なんて目に入らないといった感じなのに、蒼のいない時に他の女にほいほいついていくような男だ。
「もう、蒼に近付かないでくれますか?」
「何で君にそんなこと言われなきゃいけない」
日向がため息をついて言った。
「君も俺に、あおに近付くなって言われたら近付かないのか?」
「それは……」
萎縮してしまう。蒼が側にいなければ自分は弱い。周りは自分のことを強いと誤解しているけれど、本当は弱いのだ。
蒼だけがーー
「蒼を困らせないで」
実咲はぐっと両手を強く握って言った。
「お願いだから、蒼を困らせないで。あなたが蒼に関わるせいで蒼は嫌がらせをされてる。気付いてるんでしょ? 違う? あなたは蒼を助けないの?」
「助ける、か……」
そう呟いた後、日向が実咲を見据えた。
「どうやって助ければいい? 俺たちのヒーローを」
「ーーっ、なん、で……」
日向は今『俺たちの』と言った。
何で分かる。
何で自分の何もかもを見透かす。
「言っただろ? 君は俺と同類だって」
分かり切っていることだとでもいうように日向が答えた。
実咲はしばしの間黙り込み、やがて重い口を開いた。
「そう、私にとって蒼はーー」