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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
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かけがえのない愛情を汚した者を私は決して、

実咲が側にいてくれたおかげで、動けた。


教室に戻り、蒼の席でお弁当を広げる実咲を見ながら蒼は思った。

「ほら、何でも好きなの取って」

ふりかけが混ぜられた小ぶりのおにぎりやミートボール、卵焼きにブロッコリーなど彩り鮮やかなおかずがお弁当に詰められている。

「…食べたいもの、ない?」

蒼がなかなかおかずを取らないためか、少し気遣わしげに実咲が聞いた。

「ううん、そんなことは…」

実咲のお弁当はとても美味しそうだし、実際今までに何度か食べたことがあるから味は間違いない。

だが、今は食欲がなかった。


外にある水飲み場で洗った弁当箱と弁当袋は、持ってきていたタオルで水気を出来る限り落として、今は机の横にかけてある。

汚れは大分落ちたが湿った弁当袋を見て、蒼は胸が痛んだ。


高校に入学する際に、必要な物を色々と買い揃えた。

蒼は使えるものは新しく買う必要はないと思い、弁当箱や弁当袋は中学時代に大会で使用していた物を高校でも使おうとしていた。

そんな蒼に、美智江が新しく買ってきてくれた弁当箱と手作りの弁当袋をプレゼントしてくれたのだった。


白石の家に引き取られてから、必要なものはちゃんと与えられた。その中には、俊昭が日曜大工をしたり美智江が裁縫をしたりした手作りの物もたくさんある。

多分蒼が何かを欲しいと言えば出来る限り叶えてくれるだろう。

でも必要最低限のもので十分だった。

蒼に物欲がないというのもあるが、今の生活を与えられたことが贅沢で、それ以上望むことはいけないことのように思えたのだ。


毎日美智江は、定年後も再就職して働く俊昭と蒼の分の弁当を作ってくれている。

そして、

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

と、朝それを手渡して笑顔で見送ってくれる。


手作りや手料理の温もりは、美智江と俊昭が教えてくれた。

二人から与えられるものは何でも嬉しかった。

だってそれは、自分の心を愛で満たしてくれるものばかりだったからだ。

憎悪や孤独、傷しか与えてくれなかったあの人とは違う。

そう、あの人ーー恭子から愛情を受けたことは、一度もなかった。


美智江が作ってくれたものを台無しにされて、蒼のショックは大きかった。

嫌がらせをされて辛いというよりも、美智江に対する申し訳なさで。


「…実咲のお母さん、ほんと可愛いお弁当作るね。料理上手だし」

「ありがと。まあ、これでも落ち着いた方だよね。覚えてる? うちのお弁当、入学してしばらくキャラ弁だったでしょ。子供じゃないんだからって言ったら、『パパはちゃんと持って行ってくれるのにー』だって。うちのお父さん、いまだにというかずっとキャラ弁なんだよ」

実咲が軽く口を尖らせ、蒼は笑った。


蒼は陸上の大会や実咲の家で彼女の両親と何度か会ったことがある。

実咲の母親は小柄でおっとりした人だ。ふんわりと柔らかい雰囲気で、小動物のような愛らしさがあった。

父親の方は背が高く手足も長くて、精悍な顔立ちをしていた。落ち着いた大人の雰囲気を漂わせていて、寡黙な印象がある。

実咲が両親と一緒にいるところを見たり実咲の話を聞くと、家族仲のよいことが分かる。

実咲は一人っ子で甘やかされてきたようだが、母親が天然で危なっかしいため実咲はしっかりした性格になったらしかった。


「そんなことより、ほら、おにぎり。ミートボールも。米と肉食って力つけて」


実咲がお弁当を蒼の方へすっと押した。


「ん、ありがと」


蒼はおにぎりを手に取り、一口食べる。

「…おいしい」

「よかったー」

蒼と実咲の間に笑顔が溢れる。

その後、少しずつ元気を取り戻した蒼が実咲と喋っているとーー


「ーーくさ」


不意に、そう言った小さな声が聞こえた。

蒼はその声のした方に反射的に顔を向ける。


「ここ、おばあちゃんくさーい」


そこにいた女子生徒がわざとらしく言った。


この人……


その女子はこのクラスの生徒ではないが、蒼は彼女を知っていた。

「何なの? また私に言ってる?」

怪訝な顔の実咲が呟くように言った。


そう、この女子生徒には前科がある。

彼女は自分の容姿に自信があるらしく、勝手に実咲を敵視して悪口を言っていた。

蒼にも、

「新田さんの引き立て役じゃん。かわいそー」

と言ってきたことがある。

「実咲のよさを目立たせることが出来てるってこと? それは光栄」

そう蒼が答えると、女子生徒は悔しそうな顔をしていたが。

この女子生徒の名はーーー


「感謝して欲しいよねー。あんなババくさいものじゃなくて、マシなもの食べれるようになったんだから」


と、女子生徒が蒼の席の横を通っていく際、呟いた。実咲が小首を傾げているところを見ると、彼女にははっきりと聞き取れなかったらしい。

しかしその言葉は、蒼の耳についた。


「ーーあ、やば。早く食べないと休み時間終わっちゃう」

教室にある時計を見て実咲が焦り出す。

さっきの女子生徒に気を取られ、蒼も実咲も手が止まっていた。

「蒼も食べるよ」

ぱくぱくと食べる実咲に、蒼はとろとろと食べる。

蒼は女子生徒が気になっていた。


女子生徒は今、他の三人の女子が集まっている席にいる。そして蒼の方をちらちらと見ながら何やら話していた。

人を馬鹿にするような彼女達の不快な笑い顔。

蒼の席から彼女達のいるところまでは離れているが、嘲笑がやけに聞こえてくる気がする。

自然に蒼は耳をそばだてた。

たくさんの生徒の声や様々な音で騒がしい教室内。だが、蒼の耳には聞こえた。


「笑えたよねー。だって、煮豆とかひじきとかきんぴらとかさー。うちのおばあちゃんが作るようなものばっかで」

「すごいよね。私だったら、あんなの恥ずかしくて学校に持ってこられなーい」

「それなー」


キャハハ、と耳障りな笑いが起こる。


……こいつらか……


「…蒼……?」

静かに、蒼は席を立った。







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