せめて私に出来ることを
「…あれ……?」
四限目体育の後の昼休み、蒼が戸惑ったような声を出した。
「どしたの? 蒼。きょろきょろして」
「あ…お弁当がなくて…」
「えっ?」
蒼の机の横を見ると、確かにそこにあるはずの弁当袋がない。
「体育の授業前まではちゃんとあったんだけど…」
実咲は嫌な予感がした。
中学の時、自分にも何度かこういうことがあった。
私物がなくなる。恐らく誰かがーー
がたっ、と蒼が席を立ち、教室のゴミ箱へと行った。蒼も自分と同じ予感がしているんだろう。
実咲も蒼の側に行った。
蒼はゴミ箱の中を覗きーー
「私ちょっと探してくる。悪いけど、実咲は先にお昼食べてて」
実咲の返事も待たずに駆け足で行こうとした。
「待ってよ、蒼。私も一緒に行く」
実咲が慌てて呼び止めると、蒼は実咲の方を振り返った。
ここで一人蒼の帰りを待つことなんて出来ない。
「一人より二人で探す方が早いよ。駄目? せめて十分だけでも探させて」
「…分かった。ありがと」
校舎内の主だった所にあるゴミ箱を手分けして探していく。
どこにも思ったようなものはない。やがてーー
「外にあるのは私が見てくるから、実咲は教室に戻っててくれないかな。ごめんね、結局長いこと付き合わせて」
「いいよ、私が探したかったんだから」
「うん…ほんとにありがとね。じゃ、行ってくる」
蒼が外へと小走りで向かう。
このまま見つからない方がいいのかな…
蒼の背中を見送る実咲は複雑な思いを抱いていた。探している間中も、実咲は嫌な予感が外れることを願っていた。
見つけてしまうのが怖いようなーー
実咲は唾を呑んだ。
教室に戻ってもっとよく探してみよう。
もしかしたらちゃんとどこかにあるかもしれない。
蒼は探し物が見つかるまで一人であちこち探すだろうから、何とかして教室に連れて行こう。
そう実咲は思い、蒼の向かった方へ急いだ。
※
外に置かれているゴミ箱の側に蒼の姿があった。
「あおーー」
声をかけて近付こうとして、実咲は足を止める。
蒼はゴミ箱を見下ろしていた。固まっているような彼女は、やがてゴミ箱の中に手を入れーー
「蒼!」
実咲は蒼の側に駆け寄った。実咲の声が聞こえていないのか、蒼はそのまま手を入れていきーー何かを取り出す。
「っーー」
実咲は言葉を失った。
蒼が手にしているのは弁当箱と弁当袋だ。
それらがゴミ箱の中にあったという事実。それらの汚れた有様。そしてゴミ箱に広がる惨状ーー
「蒼っ、やめて」
実咲は蒼の腕を掴んだ。蒼はゴミ箱の中に散らばった弁当箱の中身を拾おうとしていたのだった。
「残念だけどもう食べられないーー」
「実咲……?」
ゆっくりと顔を向けた蒼は、ようやく実咲に気付いたようだった。
「どうしよ…美智江さんに、何て言えば……」
こんなに狼狽し不安そうな蒼を実咲は見たことがなかった。
多分蒼は、養母である美智江に怒られるかもしれないとは思っていない。
何があったのかと心配されることを恐れているんだろう。
「大丈夫だよ蒼。おばさんにどう説明するか、私も考えるから」
実咲は美智江に何度か会ったことがある。蒼の家に遊びに行くと、いつも彼女は優しく迎えてくれるのだ。
初めて美智江に会った時、彼女は微笑みながら言った。
「蒼ちゃんが友達を連れて来るなんて嬉しいわ」
蒼のことを大切に想っている優しい彼女を傷付けたくない。
自分だってそう思う。
「とにかくそのお弁当箱とお弁当袋を洗おう。それから教室に戻って、私のお弁当を一緒に食べよ」
実咲が促すと、蒼は力無く頷いた。