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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
17/33

恋愛くらいは遊びでいい

ホテルのスイートルームに入るなり、着ているタキシードの上着を脱いで水無瀬はベッドに倒れ込んだ。


「…やってらんねー……」


つい愚痴がこぼれる。

堅苦しくて息苦しい場所に三時間以上も拘束され、さらには理不尽に説教もされる中、愛想笑いを振りまいてきたのだ。愚痴くらい許されるはずだ。

疲労は限界まで達していた。

シャツやタキシードパンツが皺になるのも気にせず、水無瀬はそのまま眠ろうとしてーー


スマホが鳴った。


っ、あいつか…!?


起き上がり、ソファの上に投げ出したクラッチバッグのもとへ行く。

静かな部屋の中ではバイブの振動音はやけにうるさい。

バッグからスマホを出して画面を見ると、見慣れない数字が表示されていた。


違ったか……


日向からの電話ではないので水無瀬は拍子抜けしてしまった。

電話を無視しようとするが、なかなか切れない。

不意に、蒼と連絡先の交換をしていないことに水無瀬は気付いた。

そもそも蒼がすんなりとそれを教えてくれるかどうか。

それに蒼は必要最低限しかスマホを使わないらしい。日向でさえ、まだ蒼から電話番号もメアドも教えてもらっていない、と言っていたほどだ。


振動音が止む。

マナーモードを解除し、水無瀬はベッドの方へと戻ってスマホをナイトテーブルに置いた。

と、鳴り出す着信音。

眠らせてくれないことに軽く苛つきながら水無瀬は電話に出た。


「ーーはい。……ああ、君か…。ちゃんと覚えてるよ。ん…そっか。それじゃ分かった、待ってる」


電話を切ると、水無瀬はソファ近くのテーブルにあるグラスに水を注ぎ、それを(あお)った。

目が冴えてくる。

解放感のある大きな窓の外には、人工の明かりが造り出した夜景がぎらぎらと広がっており、水無瀬はそれを見るとはなしに見ていた。


それにしても日向からの連絡が来ない。

感謝や謝罪の言葉があって当然なのに。まあ、期待はしていないが。


今日は東京でパーティーがあった。それに水無瀬は日向と共に出席する予定だった。

空港まで向かうタクシーの中で日向は電話を受けーー急遽欠席すると言い出したのだ。

怒りを滲ませた険しい顔をしていた。聞こえてきた電話のやり取りから察するに、恐らく蒼に関することだろう。


日向が欠席するのは勝手にすればいい。と、いつもならばそう思う。

だが今日のパーティーだけはそういうわけにもいかなかった。

今日のパーティーは有峰 小百合(さゆり)ーー日向の母親の誕生日を祝うものだったのだから。


一人で出席することになった水無瀬は、パーティー会場に着くなり日向の兄である帝と尊に捕まった。

日向からは体調不良と連絡があったらしく、水無瀬はその真偽をしつこく聞かれーー

説明してようやく納得した二人から、あいつは自己管理が出来てない、だらしない奴だ、と日向への嫌味を聞かされ、お前はあいつの様子に気付けなかったのか、何のためにいる、と説教までされた。

知るかよ、と水無瀬は内心思いつつも顔には出さず謝った。

そしてパーティーには水無瀬の両親も来ていて、こちらは日向のことを心配している以外は帝と尊と同じで水無瀬ーー実の息子を責めた。


あんたたちのDNAが悪いんじゃない?


と水無瀬は笑って言ってやりたかったが、火に油を注ぐことはしたくなかった。

水無瀬の両親は厳しいが、いい成績さえ取っていればある程度自由にしていても構わないという考えの持ち主だ。

そのため正面切って反抗でもして両親の機嫌を損ね、自由さえなくなるのだけは避けたかった。


度胸がないとも言うけどな……


水無瀬が日向の両親に挨拶に行くと、日向の父親で有峰家総帥の隆将(たかまさ) はいつも通り威厳に満ちていた。

一方日向の母親の小百合は、今日の主役であるためいつも以上に華やかな装いだった。

二人は水無瀬に日向のことを一言二言聞いてきたが、パーティーをドタキャンされたにも関わらずそれほど機嫌が悪そうではなかった。 


パーティーはさすが天下の有峰家主催だけあって、贅を尽くしたものだった。

招待客も豪華な顔ぶれで、名だたる政治家や財界人、芸能人などが四百人以上。その他友人知人関係者を合わせるとざっと千人はいた。

日向がいれば面倒ごとなどなく純粋に楽しめただろうに。


これは一つ貸しだぜ、有峰。


コンコンコン


ドアがノックされ、水無瀬は振り返った。ドアの方へ行き、開ける。


「ーーやぁ」


目の前にいる女性に水無瀬は笑みを見せた。

パーティーで話しかけてきた、二十代前半くらいの女性。他にも何人かに話しかけられたが、彼女は確か…飲食業界社長の娘だ。


「待ってた。俺さ、ちょっとヤなことあったんだけど…慰めてくれる?」


女性が微笑んで応える。水無瀬は彼女を部屋に招き入れ、ドアを閉めた。


          ※


数日東京で遊んでから水無瀬は戻ってきた。


日向と共に転校した先ーー蒼が住んでいる場所は、よく言えば静かで落ち着いたところ悪く言えば田舎で、都会生まれ都会育ちで地方に少しも興味がない水無瀬には退屈だ。

だからパーティーの後、すぐには東京から帰らなかったのだ。


違和感が、あった。

学校での日向と蒼の様子に。

二人一緒にいるところは、水無瀬にはどこかぎこちなく見えた。


「ーーよぉ、有峰」


日向が一人でいるところに水無瀬は声を掛けた。

廊下の向こうから来る日向の手にはコンビニ袋がある。今は昼休み、どうやらどこか教室以外の場所で食事をするつもりのようだ。


「お前さー、俺に何か言うことあるんじゃねぇの?」


歩みを止め日向が水無瀬を一瞥した。


「こないだ、大変だったんだけど。お前が来ないから、お前の兄貴たちに嫌味言われるわ説教されるわで」


恩着せがましく水無瀬は言ってみたが、日向は無言だ。


「ま、一応体調不良ってことになってる弟の心配を微塵もしてないとこが、らしいっちゃらしいけど。お前の両親はお前のことを少し気にしてたぜ。もっと機嫌悪いかと思ったけど、そんなこともなく」

「…本当に分かりやすい人達。兄さんたちには断りの連絡を入れただけで、父さんには頼まれた仕事を片付けておいたし、母さんには満足のいくようなプレゼントを送っておいたから」

「兄貴たちの方も手を打っておけよな…」

「……悪かった」

珍しく日向が素直に謝る。

「キレーなお姉さんに慰めてもらったから別にいいけど。ところでお前ーー蒼と何かあった?」

日向の眉がぴくりと動いた。

自分が蒼と呼ぶことをまだ認めていないか、それとも図星をついたか。多分、両方だろう。


「何だ? 手でも出した?」

「………………」


にやにや笑って聞いた水無瀬に返ってきたのは沈黙だ。

しかし水無瀬は日向が少し気まずそうにしているのを見て取った。


「ふーん、そっか。蒼はそういうのに潔癖そうだけど、避けられてるってわけじゃなくてよかったじゃん」

蒼も普通の女か、と水無瀬は思った。

顔も頭も家柄もいい日向に言い寄られればどんな女だって簡単に落ちる。

蒼はそんな女達とは違って手強いと思っていたが。

「ーーした」

「ん?」

ぼそっと呟いた日向に思わず聞き返す。


「キスした」


言いづらそうに日向が言った。さっきから日向らしくないほどはっきりしない。


この様子だとキス以上のことはしていないようだが、ずっと想っていた女にキスをしたのなら、もっと嬉しそうにしていてもいいのに。

何かヘマしたのか。もしそうなら、笑える。


「いや、あれは違う。あれはなかったことにしたから」

「童貞かよ……」

自分自身に言い聞かせるようにした日向はまとまりがつかない様子で、水無瀬は呆れてツッコミを入れた。

「何言ってるのか分かんないけど、お前さー今更キスの一つや二つでそんなウブな反応するなよ。気色悪い。今までお前と関係を持った女が可哀想だぜ」

「あおにキスはした。でもあれはなかったことにしてと頼んだ。だってあれは…あおが自分自身を(おとし)めるようなことを言って、俺はその口を塞ぎたくて咄嗟にしてしまったものだから」

「で、自分の思ってたシチュエーションじゃなかったから、なしだって?」

「あおは無表情だったんだ。何の感情も見えなかった。あれが俺とあおの初めてのキスなんて、そんなのはダメだ」


こんなに弱音のようなものを吐く日向を見るのは、何年振りだろう。

前言撤回、と水無瀬は思った。


やっぱり蒼は普通の女じゃない。

シンデレラストーリーの主人公になれるはずなのに、それに甘んじない。


どんな女に対しても淡々と、或いは必要に応じて仮面を被って接してきた日向だ。

女の方が縋ることはあっても日向はあっさりとしていたし、女に何を言われても気にもしていないようだった。

それが今の日向は蒼とのやり取りに一喜一憂している。


「それは蒼に失礼だろ」


水無瀬は上から目線で言った。日向が少しはっとした顔を向けてくる。いい気になって水無瀬は続けた。


「お前が一方的にキスしておいて、なかったことにしてくれだぁ? すげーな、お前。蒼にだけは誠実だと思ったのに。大概だな」

「俺、は……」

「蒼からしてみれば、お前とのって言うかキス自体初めてだろ? トラウマになってなきゃいいけど」

心配する言葉とは反対に水無瀬は軽く笑った。

「…………………」

何も言えない日向を見て、水無瀬はそれ以上追及するのはやめた。話題を変える。

「で? あの日のドタキャンは蒼絡みだったんだろ? そっちはどうだった」

「…解決はした。でも…あおは俺に助けられたくないみたいだ」

「何? 蒼がそう言ったの?」

「俺は…どうすればよかった? どうすればあおは… 」

日向が上の空で呟く。拗れてるなと水無瀬は思った。

余裕で何でもこなす日向が狼狽えている。好きな女のことで、人間はこうもなるのか。水無瀬はそんな思いをしたことがなかった。


本気の恋愛なんて面倒だ。家が厳しく人生が縛られてる分、恋愛まで本気でやりたくない。


「あのっ」

不意に、声を掛けられた。


我に返った水無瀬が見ると、それぞれ髪型やメイクなどをばっちり決めた三人の女子生徒がいる。

真ん中にいる低めツインテールの女子が口を開いた。

「お二人とも白石さんと仲いいんですね」

「え? 俺が蒼と仲良いように見える?」

水無瀬が聞き返すと、彼女は一瞬驚いたような顔をしてからくすっと笑った。

「ほらだって呼び捨て…」

「だからって特別仲良いわけじゃないよ」

「そーなんですかぁ? でも有峰くんは違いますよね?」

女子生徒に話を振られたが、日向は無関心そうに彼女を一瞥しただけだ。

それでも彼女は日向にぐいぐいと行く。

「白石さんには親近感を持ってるんです。あたし、白石さんと同じでーー」

ツインテールの女子が話し続ける中、日向が小さく笑った。

彼女はそれを見て嬉しそうな表情になったが、水無瀬は違った。


やな笑い方……


今の日向の顔を見てそう思うのは、長年の付き合いがある水無瀬くらいだろう。

多分蒼も気付かない。

蒼の前で日向が分かりやすく腹黒さを出すとも思えないし。


そして、食事をしたいからと日向がその場を切り上げた。


日向と並んで廊下を歩きながら、水無瀬は聞いた。


「何笑ってるんだ?」


日向の口元には(うっす)らと笑みが浮かんでいる。

「…面白いなと思って」

「へえ、何、さっきの子気に入った?」

水無瀬の冗談半分の問いに、日向は笑みを深めて答えた。


「笑える」


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