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ヒーローには日向が似合う  作者: とこね紡
14/33

その関係の強さと脆さを、俺は知っている

放課後、水無瀬は日向と一緒に車に乗って帰路についていた。

正門前で待ち伏せされていたのだ。

高級感のある黒塗りセダンの運転席には日向の側近である高崎がいる。


「珍しいな、俺と一緒に帰りたいなんて。白石さんはどうした?」


さっきから隣で不機嫌そうにしている日向に水無瀬は聞いた。


新田 実咲(にったみさき)とお茶して帰るって」

「お前でもさすがにそれは邪魔出来なかったか」

水無瀬は笑って揶揄った。

「別に。ただお前に言いたいことがあったから」

「何だよ」


「あおのことーー可愛くないなんて二度と言うな」


日向が怒りを滲ませた声で言った。見据えてくる双眸も威圧的だ。            

水無瀬は一つため息を吐いた。

「かわいいって言ったら言ったで面白くないんだろ?」                 「………………」

「…ほんと面倒なヤツ。まーでも気をつける。そういうの彼女は平気なタイプだと思ってたけど、複雑そうな顔してたからな」 

「あおはきっと…昔のことがよぎったんだろ」顔を正面に向け直した日向が呟いた。

「昔のこと?」              

思わず水無瀬は聞き返したが、日向はまたもや無言になる。

いや、さっきよりも重い沈黙だ。

答えは得られないと悟り、水無瀬は思案した。


ま、察しはつくけど…


調べはついているはずなのに、蒼の過去について日向は水無瀬に話そうとしない。

それでも何となく分かる。


自分よりも可哀想な子供ーー


六年前、確かに水無瀬はあおいにそんな印象を抱いていた。外見もだが、それ以上に痛々しい空気をあおいは纏っていたからーー 


あおいは時折悟ったような諦観したような表情を見せた。それは全く子供らしくなくて。何となく、自分と同じ匂いがした。

自分と同じような毒親を持つ、だがこの時は甘ったれだった日向は気付いていたんだろうか。


自分はあおいよりはマシだ、と、あおいを見るたび水無瀬は優越感を持っていた。同情すらしていた。

あおいにやり込められる度、可哀想な奴だから手加減してやったと自分に言い聞かせてきた。

さすがにあおいが女だということを日向から聞いた後は、自分よりも憐れで弱いはずの人間に負け続けていたという事実により一層むかついたが。

あおいに、そして自分にーー


彼女にとってかわいくないは地雷だったか…


「ところでお前、あおが俺のヒーローだって何で知ってる」

「『ヒーロー』だって、かわいいなぁ」

茶化した水無瀬に冷たい目が向けられる。

「…お前が今より可愛げがあった時に言ってただろ。『あおちゃんはぼくのヒーローだ』って。うっれしそーに」

「ああ…そうだったかもな。何も知らずに、ただ彼女に守られることをよしとした、いやお前が言うように嬉々としていた『ひなた』は…全く愚かだ」

忌々しそうに日向が言った。 


水無瀬は察してはいるが日向から蒼の過去について聞いたわけではないので、具体的には知らない。

よほどのことがあったんだろう。日向の性格を、歪めてしまうほどに。 


「…テスト結果は失敗だったな」

不意に日向が呟いた。           

「あ? 嫌味か? 俺に勝ったくせに」

「あおが複雑そうな顔をしてた」

「それで?」               

「高崎。俺のテスト結果はもうどうだっていいだろ?」                 

「おい、有峰ーー」            

「とっくに日向様の方がどうでもいいと考えているものだと。義理堅いですね。使えなかったら切ると言った昔のあなたの言葉は、あの時はまだ単なる脅しにしか聞こえませんでしたけど、今のあなたなら簡単でしょうに」

高崎がちらりと視線を動かし後ろを確認した様子がルームミラーに映る。日向がそっちの方を見、二人の目が合う。

「今のところその必要がないからな。お前はちゃんと使えるし、俺以外の有峰の人間に付いてあおのことを喋られたら困る。家のごたごたに、あおを巻き込みたくはない」

「お前…今度のテストから手を抜くつもりか?」

水無瀬は日向を見据えて聞いた。      

「高崎にも有峰の人間にも俺の実力は見せてやった。今更いち公立高校のテスト結果なんかで、俺への評価は揺るがないはずだ」

「ふざけるなよ! 散々俺から一番を取ったくせに。誰にも負けられないんじゃないのか?」

「あおは努力家だ。勉強も部活も良い成績を残してきた。そして養父母のためにこれからもずっと頑張り続ける」

「それは知ってる。お前のあおちゃん自慢話にこっちは長いこと付き合ってきたんだぜ」

「あおを悲しませるなら一番を取っても意味がないだろ。そもそも俺は、あおにだけは負けるんだから」

言葉とは裏腹に日向の目が嬉しそうに細められる。蒼に惚れているということを暗に言っていることに、水無瀬は気付いた。


「言ってろ」 


水無瀬はヘッドレストに思い切り頭をもたれ掛からせた。


さてと、どうしたもんか…


          ※


「白石さん」


廊下を歩いている蒼を見かけ、水無瀬は声をかけた。蒼が立ち止まり訝しむように水無瀬を見る。

「そんな目で見ないでよ」

微苦笑して水無瀬が言うと、蒼は前に向き直り歩き出した。


「おい」


水無瀬は蒼の肩をぐいと掴んだ。強引に振り向かせる形になる。ほんの一瞬、蒼の目に怯えの色が浮かんだように見えた。


有峰にバレたら、殺されるな…


「……何?」

さっきのは気のせいだったのかと思えるほどの強い眼差し。水無瀬は蒼の肩から手を離した。

「テスト結果、驚いた? 有峰があんなに出来るとは思わなかっただろ? あんたが知ってるほわほわしてたあいつからは想像出来なかったんじゃないの? 実際、昔のあいつはそれほど優秀じゃなかったし」

水無瀬は早口で刺々しく言ったが、意外にも蒼は動揺する素振りを見せなかった。

「何が言いたいの?」

「あいつが手を抜くから、引かないでやって」「え?」                  

「昨日あいつの成績を知ったあんたが微妙な顔すっから、あいつ成績なんてどうでもいいとか言いやがった。それで俺が勝ってもな」

「別に…引いてなんかない」

「そう? 自分が一番よく分かってるくせに」 

蒼は言葉に詰まったようだった。やがて蒼がおもむろに口を開いた。

「ひなに対しても水無瀬くんに対してもすごいと思った。ただ…」


素直には喜べなかったってとこか。


蒼が今いる家の養子だということは、水無瀬は知っている。

蒼が養父母に負い目を感じているだろうことも想像がついた。きっと蒼は養父母に少しでもよく思われたいと思っているに違いない。

その気持ちは、水無瀬には分かる。分かってしまうのが癪だけれど。


「とにかく、あんたは笑ってあいつにスゲースゲー言ってればいいの。あんただってあいつを困らせたいわけじゃないんだろ?」

「……………」

「俺のことも助けるって思ってさ」     

「それは何かやだ」            

蒼が心底嫌そうな顔をする。水無瀬はふっと笑った。        

「あんたはそっちの方がいい。普通のいい子なんてがらじゃない」

「でも、私の反応がひなの成績に影響あるなんて、ちょっと考えすぎーー」


「分かってないなぁ。あいつはあんたのためだけに、ここまで来たんだぜ」


水無瀬の言葉に蒼が小首を傾げた。

「……? ひなが転校してきた理由は分かってるつもりだけど。そういや何で、水無瀬くんもこの学校に?」

分かってないな、と水無瀬は思う。転校のことだけじゃない。日向は蒼のためだけに、ここまで力をつけた。

弱くて泣き虫の小さな存在から、組織を動かすほどの大きな存在に。

「ある意味、俺もあんたに会いたかったからかな」

蒼が怪訝そうな顔をした。

          

日向の中心に居続ける蒼にもう一度会ってみたかった。蒼に再会した日向がどうなるか見てみたかった。

自分は面白がっているだけだ。でももしかしたら、認めたくはないがーー少し、羨ましいのかもしれない。


「それにしても…あいつとの関係を聞かれて『同級生』はないだろ」

水無瀬はその時のことを思い出し笑った。

「幼馴染とかさ」

「昔一緒にいたのは短い間だったから」

「まあそうだけど」

それでも有峰にとってはその短い間がどれだけ大事だったか。


「あんたはもっと自惚れてもいいよ、あいつのことに関しては」

言うと、水無瀬は意地悪く笑った。

「それとも余裕? 自分は特別だって。言っとくけど、あいつは女を知ってるから。あんたの友達の…実咲ちゃんだっけ? 彼女クラスの女と何人か関係持ってた」


蒼の表情が固まった。


さすがにショックだったか…


「何で実咲の名前が出てくるの。軽い気持ちで実咲には近付かないで」

蒼に怒ったように言われ、水無瀬は思わずきょとんとした。

「そっち? 有峰の女関係は興味ないの?」

蒼が呆れたように息をついた。

「もう高校生なんだし、今まで誰かと付き合ってたことくらいあるでしょ。女子達の反応見てれば、モテるんだろうなってことくらい分かるし」

そう言った後、蒼の表情が柔らかくなる。

「やっぱりひなは愛されてるんだね。ひなはそう、優しいから…。ひな自身もひなと付き合ってた人も、幸せだったんだろうな…」

呟くように言った蒼のどこにも負の感情は見当たらなかった。

日向のことにおいて蒼は誰よりも優位に立っているのに、そのことに余裕でいるどころか自覚がない。

いい気味だ、と水無瀬は思った。同時に、あんまりだと思った。

身を砕いてきた日向のこれまでをよく知っているから、日向のことは好きではないが同情する。あんなに想っているのに気付かれていないなんて。


水無瀬は両目を細めて蒼を見た。

蒼だって相変わらず可哀想な奴だ。こんなに想われているのに気付けないなんて。


蒼のことは六年前の少しの間のことしか知らないが、どんな時もためらうことなく日向を守っていた。

蒼も日向に対して強い想いを抱いているだろうに。


「で、話は終わり? じゃ」

「あー待った待った」

振り返って去ろうとする蒼を水無瀬は引き留めた。

「いい事教えたげる。俺、あいつが付き合ってた、なんて言ってないよ。あいつの女関係は、遊びでもない。踏み台だよ」

「…何それ」               

「べーつに」


昔から日向のことも蒼のこともいけ好かないと思っている。

だからこの二人の関係がどうなろうと知った事じゃない。

だが、ただの傍観者になるつもりはない。

日向にも蒼にも敵わないなら、せめてこの二人の関係を自分の手のひらで転がそうじゃないか。


「…水無瀬くんって、ほんとに私のこと嫌いだよね」                  

「ああ、それ。あんたに聞いとかなきゃいけないことがあるんだった。これはお互いのためだとも思うんだけどーー」


眉をしかめる蒼に、水無瀬はある提案をした。


          ※


少しして、日向がやって来た。


「ーー二人で何話してるの?」


日向は微笑みを湛えているが、目の奥は笑っていない。

                    

「大した話じゃないよ。じゃあ俺、お邪魔したくないから行くわ」

そう言ってその場を去ろうとし、ふと水無瀬は悪戯を思い付いた。軽く片手を上げる。


「じゃあねー蒼」

「ああ、うん、蓮」


水無瀬はくるりと身体の向きを変えーー

「ーー待てよ、水無瀬」

日向に低い声で呼び止められた。口の端が吊り上がる。水無瀬は二人の方に向き直った。


「お前、いつからあおのこと『蒼』って呼んでる」

蒼の前だというのに日向は取り繕う余裕もないらしい。

「あお?」

挑発するように水無瀬が言うと、自分の失態に気付いたのか日向が大きく息をはいた。


「…名前を呼び捨てし合うほど、あおちゃんと仲良かったっけ?」

日向の無理している言葉遣いを聞いて、水無瀬は鼻で笑った。

「仲良くないよ。逆だ逆。お前のこと『日向』って呼んでた時、お前と仲良かった覚えはないけど。大体、俺達の呼び合い方にお前が口出す筋合いない。お互い了承済みなんだし」

日向が問いかけるような眼差しで蒼を見た。

「あー…うん。『さん』とか『君』を付けて呼び合うの、気持ち悪いねって話になって」

「だからってーー」

「…ひな?」               

納得いかなそうな日向を蒼が不思議そうに見る。水無瀬は可笑しくて仕方なかった。


「…そろそろ休み時間が終わるから。教室へ戻ろう、あおちゃん」

「ちょっ、ひなっ」


日向が蒼の腕を掴み、引っ張って歩いていく。そんな二人の背中に向かって水無瀬はひらひらと手を振った。

「ばいばい」

日向が振り返ることはなく、蒼も軽く見やってきただけだ。

それでも水無瀬は満足だった。

日向と蒼の関係が自分の手のひらでころころと転がっていることにーー


「馬鹿だな、あいつら……」

水無瀬は呟いた。

           

日向と蒼の想いは、それぞれ強く固い。二人の関係も同じだ。

だが、固いものと固いものがぶつかると壊れてしまうように、二人の関係は脆くもある。

そのことに二人は気付いているのかいないのか知らないが、自身の想いを柔らかくすることなく強く固いまま、必死に相手にぶつけ続けている。


そんな二人の愚かさを、水無瀬は憐れに思った。







   




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