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転生者(ユーザー)の回想








 なにかが間違っている気がするけれど、ツアリーヌはアルフォンソに、思わず微笑みかける。

「アル、それではうまくいかないと思う」

「そうかな。このままこちらに魔力を移動させて、炎をつくれば、問題ないよきっと」

 アルフォンソはうわずったはやくちでいい、魔法を何度もためしている。天井を焦がすなと侍従長に叱られたばかりなのに、懲りずに炎をつくっていた。

「ほら!」

 ぼんと音をたてて炎が弾け、アルフォンソは嬉しそうににっこりして、ソファに座るツアリーヌを振り向いた。「うまくいった。君の負けだ」

「はいはい」

「君は十回負けてる。僕はなにかうけとるべきだと思う」

「なあに?」

「一緒に競馬を見に行こう。君を見せびらかしたい」

 夫は屈託なく笑い、ツアリーヌは呆れた。このひとと来たら、二言目にはこうなんだから。


 アルフォンソは、ゲームでもこんな感じだった。とにかく甘ったるいのだ。主人公を好きになったら一直線で、デートでも街中のひとに「未来の王后」と自慢する。

 プリメーラのやったことがどう波及したのか知らないが、アルフォンソの両親の隠居がはやまってしまった。本当は、Ⅱで隠居するしないといいだし、アルフォンソが苦悩する一連のイベントがあるのだが……王太子のままよりも王になったほうが、異国人であるツアリーヌとの結婚に障害が減ると、のりのりで禅譲を受け容れてしまった。


 そもそも、アルフォンソがツアリーヌにこうやってくっついてきたのは、ツアリーヌが魔法理論を理解しているからだ。ゲームでは、ミニゲームで魔法を組み合わせ、あたらしいものをつくる。そのパターンは183。だが、転生してみたら、ほんの少しの魔力量の差やタイミングの差で、もっとバリエーションが豊かだった。

 アルフォンソは魔法の扱いだけでなく、その構成においても天才と称されている。試験でぽんぽんあたらしい魔法をつくったツアリーヌにシンパシーを感じ、はじめは「魔法オタク同士」の付き合いだった。

 それが、ツアリーヌしか魔法について深く話せる相手は居ないとまでいいだし、プリメーラとの婚約は解消するといいだした。そこに、婚約相手がプリメーラにいじめられたと、ゲームには出てこない侯爵令息から訴えがあったのだ。

 調べてみたら出るわ出るわ、プリメーラの疑惑は枚挙にいとまがなかった。女たらしで顔がいい上に非常に賢いボルガ卿が裏をとり、前王に調査結果をつきつけたところ、アルフォンソに任せるとおっしゃって、そのタイミングで禅譲が決まってしまった。






 早速侍女を呼びつけ、競馬観戦に行く際の衣装について相談しているアルフォンソを見て、ツアリーヌは苦笑いになる。こんなことをする予定じゃなかったのに。


 ツアリーヌはそこまで深くはないが浅くもないゲームオタクで、乙女ゲームもたしなんでいた。このゲームもやっているし、乙女ゲームにしてはめずらしくはまりこんでしまい、漫画も揃えたしアニメも見た。ゲームをアニメ化して更にコミックになったので、それぞれ話に幾らか差異がある。

 しかしどのパターンでも、アルフォンソは誰とも結婚しないのだ。結婚しないと王位を継げない法律を特例的にかえて王位を継いだ、と語られるくらいである。それが、バーバラやプリメーラよりも先に、結婚してしまった。


 このゲームのことは本当に大好きだった。転生先にあって喜んだ。

 けれど、名のあるキャラクターになるつもりはない。漫画版が好きだったから、バーバラにはバーバラのまま、ルシアンとカップルになってほしかった。プリメーラも、ショタから美青年に成長するワードとくっつくいてほしかった。

 ところが、知らぬ間にプリメーラはアルフォンソと婚約し、おかしなことになっている。正直、ショックだったし、はらがたった。プリメーラとアルフォンソだけは、ユーザー的にありえない組み合わせだからだ。

 イベントで、アルフォンソがプリメーラのことを悪くいう場面がある。アルフォンソはそのひとつのイベントで、メインヒーローから失墜した。人気のあるプリメーラを、頭でっかちでこうるさい魅力のない女などとこきおろしたのだ。ルシアンやチャーリーにバーバラをかっさらわれるのは当然である。漫画版でもアニメ版でも、ふたりは徹底的に相性が悪い。こうやって現実として目の前にあらわれても、それはあまりかわらない。

 二次創作でも、アルプリは滅多に見かけなかった。あるとしたら、アルフォンソがプリメーラを粗雑に扱い、ワードが颯爽とあらわれて助ける、というような筋立てで、アルフォンソは完全に当て馬扱いである。




 これって悪役令嬢じゃないの、へえー、と暢気に喋っていた女神の顔がちらついた。女神もよくわからず、更に上の神さまの指示で案内をしているだけらしい。プリメーラがもう少し賢明だったら、こんなばかげた騒ぎにはならなかっただろうに。


 バーバラとルシアンはこの間、結婚した。ルシアンがバーバラの家に婿入りし、田舎でしあわせに暮らしているという。主人公のその後は気になるので、ツアリーヌはバーバラについて、定期的に動向を知らせてほしいと、侍女に頼んであった。

 攻略対象であるザザ先生やソノラ卿、チャーリー、ボルガ卿は、ほとんどかわりなし。ザザ先生は相変わらず魔法理論を教えているし、ソノラ卿は念願叶って楽隊の指揮者になった。チャーリーは学園に残って演劇の専門的な勉強をしていて、ボルガ卿は次期ではなく現宰相をしている。


 プリメーラは、まだ謹慎中というか、隠遁生活中である。だが、ワードがしつこく、絵画の展覧会や散策などに誘っているらしい。


 最近、面白い話を耳にした。プリメーラが裁縫をしているというのだ。型紙を手にいれ、こういうのは慣れていないといいながら、楽しそうに。

 もしかしたら、中身の人物の趣味かもしれない。プリメーラは優等生だが家庭的なことが苦手な女性として描かれていた。裁縫をしようとして指に針を刺し、バーバラとエバ嬢で治療するイベントもある。

 プリメーラの裁縫の腕は凄まじい上に、かわった道具で布をひっぱり、まっすぐ縫う時に縫いやすいような工夫をしている。できあがったドレスやコートは、とても令嬢のつくったものとは思えない素晴らしいものだそうだ。そのうちの幾つかは、有名な商会が買いとり、公爵令嬢が縫ったものとして売り出している。

 プリメーラは親から、裁縫などしてはずかしいと叱られているらしいが、着るものを縫うののなにがはずかしいのかわからないとつっぱねていて、使用人達はプリメーラの味方をしている。

 これらの情報は、ワードから伝えられた。可哀相に、プリメーラが振り向いてくれないとすねて留学していたおぼっちゃんは、自分の気持ちがまったく届いていなかったことに思い至り、今ではなりふりかまわずプリメーラの上邸に通い詰めている。






「ツアリーヌ?」

「なあに、アルフォンソ」

 ぼんやりしていたツアリーヌは顔を上げる。女神の要らない配慮で、ゲームでの主人公のパラメータの一部を移植された為に、魔力のコントロールがだるい。日常生活を無理なくおくれるようになったのは、ここ一年くらいの話だ。その為に、授業も休みがちだった。学園の生徒達には、相当に不真面目な生徒だと思われていただろう。

 ツアリーヌは、夫の楽しげな笑顔を見た。「ねえ、僕は意地の悪い女性は苦手なんだ」

「……わたしが意地悪をしているっていいたいの?」

「そうじゃない。君は僕みたいなのに根気強く付き合ってくれて、優しいよ」

 アルフォンソはすたすたと歩いてくると、ツアリーヌの隣に腰掛けた。「それに、君に()()をかかせようとした女性にも優しいじゃないか。ずっと気にかけていて」

「それは……」

「そこでだ、ツアリーヌ。僕はこの際、プリメーラをゆるそうと思う。君が競馬を見に行く時に着るドレスは、プリメーラに縫ってもらう」

 ツアリーヌは驚いて夫を見、夫はにんまり笑う。

「君を驚かせたのはいつ振りだろう。気分がいい」

「……貴族令嬢に縫いものをさせるの?」

「君は知らないらしいが、彼女は堂々と名前を出して服を縫っている。それも、売っている。一国の王がドレスを買ってはならんという決まりはない」

「彼女へ意趣返ししていると思われるのではない?」

「だがツアリーヌ、彼女はそれで()()()

 夫は平然としている。ツアリーヌは呆れたが、いいかえす言葉もなく、頭を振った。「どうぞ、ご自由に」

 夫は満足げに頷いた。




 十日後、ツアリーヌは豪華だがけばけばしくはないドレスを身にまとい、競馬を見た。夫だけでなく、しばらくぶりに外に出たというプリメーラと、彼女をひっぱりだせてご機嫌のワードも一緒に。











 そうそう、エバ嬢は最上級生になり、進路でなやんでいるそうだ。もし彼女が商売をしたいのなら、いい営業の仕事があるのではと、ツアリーヌは考えている。






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― 新着の感想 ―
[一言] アルフォンソがクズだけど王侯貴族ってこうだな。 ツアリーヌは結局、乙女ゲームオタクで特定の推しがいたわけではなさそう。生前は結構イタいタイプのオタクだな。カプがどうとかネットで語ってそう。 …
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