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婚約破棄の夜






 ――どういうことなの?




 学園一の家柄と美貌で名高い、名前すらも第一級のプリメーラは、口を噤んで状況を掴もうとしていた。表情こそとりつくろっているが、頭はフル回転している。

 プリメーラの目の前には、彼女の婚約者であるアルフォンソが居る。この国の王太子であるアルフォンソ、学園一の魔法の腕を持つアルフォンソ、すらりと高い背に穏やかそうな目をしたアルフォンソ。けれど彼は、一筋縄ではいかない。婚約にこぎつけるまで、どれだけの手を講じたことか。

 なのに今、彼はいった。君との婚約を解消した、と。


 解消()()()ではない。解消()()と宣言した。


「あの……」プリメーラの傍に居た、子爵令嬢のバーバラが、おずおずといった。「申し訳ございませんが、きちんと聴こえなかったようで……あの、なんとおっしゃいましたか、殿下……?」

 アルフォンソは面倒そうにプリメーラから目を逸らし、小さく溜め息を吐いた。プリメーラや、プリメーラが親しくしているバーバラと、これ以上まともに話したくないのかもしれない。

 その傍に立つ、将来の宰相候補と噂されるボルガ卿が、窘めるようにいう。「無礼な。アルフォンソさまはすでに即位の儀を終えた、王であらせられる」

 まだお父上がご存命でらっしゃるのに? それに、結婚もせず? わたくしとの結婚はどうなったの? 結婚しないと即位できない決まりではなかった? 解消したとはどういうこと? 解消したですって? わたくしはなにも承認していないのにどうやって?


 プリメーラの疑問がわかったのだろう。ボルガ卿が鋭い目付きのまま、よく通る声で宣言した。

「先王はアルフォンソさまに位を譲り、今後は王太后さまとともに離宮にて静養にはいられる。アルフォンソさまはすでに結婚し、王位を継ぐ要項は充たしておいでだ」

 大広間に衝撃が走った。ざわざわと、学年末のパーティに集まった面々が騒ぎ出す。儀仗兵までもが驚いた顔でこちらを見ているから、本当に緊急のことだったのだ。

 高位貴族の子女がお付きに耳打ちし、耳打ちされたほうが血相かえて大広間を走り出ていったのは、急いで自領へ伝える為だろう。玉座に座る者がかわるなど、大事(おおごと)以外のなにものでもない。ほかの経路で国中にひろがる話ではあるが、はやく知るに越したことはない。情報入手がはやければ、取引やなにかで優位に立てる可能性はある。


 プリメーラの頭の隅にも、はやくお父さまに報せなければ、という言葉が点滅していた。しかしそれは、瞬く間に点滅の速度が遅くなり、ゆっくりとどこかへ消えていく。それよりも、なによりも、優先すべきことがある。何年もかけて、苦労を重ねて、血のにじむような努力をして手にいれた婚約が、王太子の婚約者という()()が、失われそうになっている。

 いや、先程のアルフォンソの言葉が本当ならば、もう失われている。

 そんなこと認めるものですか。

「ですから」

 混乱のまま叫ぶようにいい、後悔して、プリメーラは一旦口を噤んだ。みっともない姿を見せてもいいことはない。王太子の婚約者は、いつ何時も落ち着いていなくてはならない。王后陛下にも――いえ、もう王太后さまだ――にもいわれたではないか。

 王家に嫁ぐ女性は、冷静沈着、公平公正、公明正大平等無私でなくてはならない。そうして、この大国を統治する陛下と、その後を継ぐ殿下を支える。自己を滅して夫に尽くす。とりみだしたり、自己の利益を求めたり、まして生涯仕えるべき夫にたてつくようなことはあってはならない。しかし、時には諫めるべき場面もある。




 必死に、息を継ぐ。プリメーラが話すのを、周囲の人間が息をひそめてまちかまえる。興味津々、これからどんな()()()()があるのかという顔だ。表情をとりつくろいきれていない。当然である。祖父が王家出身の、公爵令嬢が、王太子に婚約を解消されたのだ。

 アルフォンソがいうのが事実なら、これは解消ではなく破棄である。プリメーラはまったく承知していない。

 だが……王位を継ぐには、結婚している必要がある。

 公爵令嬢のプリメーラがアルフォンソの婚約者となり、その傍で睨みをきかせているこの情況では、誰もアルフォンソに近寄ろうとはしない。まして、色目をつかうことなどありえない。公爵家と矛をかまえる気で居るのなら話は別だが、そんなばかな貴族は居ないし、その娘が独断専行することもあるまい。

 仮に誰かがプリメーラからアルフォンソを盗もうとしても、王家がそれをゆるす筈はない。公爵家としっかりと結ばれた婚約を突然反故にするなど、()()以外の何物でもないし、王太子であるアルフォンソにそんなことでけちがつくのは避けたいだろう。アルフォンソは次代の国王、ほかの王子と比べても群をぬいて優秀なのだ。


 これは、アルフォンソの言葉が拙かっただけかもしれない。

 プリメーラは急速に、心臓が静かになっていくのを感じた。成程、殿下は――陛下は、言葉をとりちがえられただけだ。婚約を解消したのではなくて、婚約を終わらせて結婚にしたとおっしゃいたかったに違いない。

 それならば筋は……通らないでもない。プリメーラの与りしらぬところで婚約が結婚に昇華するというのは妙な話だが、わからないでもないことではあった。そもそも婚約、ひいては結婚というものは、個人の思惑よりも家の事情が左右するのは、上流階級での常識だ。そこには当然、結婚する当人同士のお互いへの思慕の情などというものは、存在しない。


 プリメーラの両親も、親同士が決めた結婚である。それでもそれなりに、夫婦として形成されているし、家族の絆も感じられる。愛情というのは徐々にわいてくるものだと聴いた。

 あまりにも利益重視の、年齢差を考慮しない結婚は減ったものの、なにも知らず諒承もせぬうちに、見たことも聴いたこともない男性と婚約させられた、というご令嬢は、今でも少なくない。あまりにも年齢差があればどちらかが訴え出て結婚を無効にもできるのだが、申し立てる女性は少なかった。やけに幼い少女がやってきて、騙されたと憤慨する貴族男性はたまにあらわれるし、そういう訴えはすぐに通って、結婚はとりけされる。


 あっという間に結婚させられ、ふっと消えるように学園から居なくなってしまう女生徒は、この三年でふたりほど知っている。父親と同じくらいの男性へ嫁いだ子も居た。それらすべて、彼女らの与りしらぬところで婚約がすすんでいたのだ。結婚の直前に報され、断る時間も手段もなく学園からつれだされてそのまま結婚の誓いを立てた、と、聴いている。

 そんな事柄を思い出したプリメーラは、声を震わせつつも、随分落ち着いて訊いた。「もしかして、わたくしと結婚されたということですか?」

「違う」

 アルフォンソはごくつめたく、素っ気なくいいはなつ。プリメーラはまた、思考をしばらくとめる。アルフォンソの唇が動いているし、言葉も聴こえるが、なにもかもが妙にゆっくりしている。

「君のご家族にはきちんと伝えた。君は王后に相応しくないから、婚約を解消してほしいと」


 王后に相応しくない、ですって。なにをいっているのこの男は。

 アルフォンソとの婚約にこぎつけたのが三年前。それから一緒に、王立研究院付属学園へはいり、その際にはそれぞれ新入生男子代表女子代表として演壇に上がり、プリメーラのスピーチは新聞で大々的に報道もされた。将来の王后に相応の聡明で理知的な女性だと、どの新聞もプリメーラを持ち上げたし、周囲の評判もいい。プリメーラなら、王后の重責を担えると、誰もが思っている。


 なにをいわれたのかわからないまま、プリメーラはつい先程まで婚約者だと信じて疑わなかった男が示したほうを向いた。そこには、綺麗なピンクブロンドを腰まで垂らし、黄金色の瞳でプリメーラを見る女生徒が居た。

 ツアリーヌ。

「わたしは彼女を妻に迎えた」






 同学年に居る、他国からの留学生だ。

 ピンクブロンドは絵のように綺麗だし、瞳はかわった黄金色だが、目が細い上に大体いつでも顔を伏せているので、それはほとんど見えない。「アル……」

「君は喋らなくていい」

 不安げ、というよりは不満げな声をもらすツアリーヌに、アルフォンソは思いのほか優しい声を出した。プリメーラが聴いたことがない類の、少々うわずった、子どもっぽい声である。そのことにプリメーラは衝撃をうける。自分が知らないアルフォンソの一面を見せつけられた。ツアリーヌが居ることで、アルフォンソは自然に微笑んでいる。プリメーラには見せてくれなかった表情をしている。

 ツアリーヌはしかし、迷惑そうだった。やはり顔を伏せるようにして、小さく溜め息を吐いている。


 ツアリーヌは女にしては背が高く、長い手足を持て余すようにだらしなく座っている姿が、書庫でよく見られた。

 そんなひまなどないだろうに、書庫にいりびたり、授業をすっぽかすこともある。試験で落第こそしていないが、かといって優秀だとして目立つ訳でもない。試験でトップをとったことはなく、成績表のまんなかよりも上辺りをふらふらと上下しているのだ。よい時にはトップから五番目につけることもあるが、悪ければまんなか辺りまで落ちる。異国ふうの名前が目につくだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 やる気に乏しい不真面目な生徒、やればできるのにやらない意欲のない生徒、一緒に居たら堕落しそうな生徒……と捉えられていて、だからアルフォンソの発言は、大広間に劇的な効果をもたらしていた。成績優秀で家柄も完璧なプリメーラを王后に相応でないと断じ、かと思ったら異国人のツアリーヌをひっぱりだして、結婚したと宣言したのだ。なにかしら異常な出来事が進行していると、多くの生徒が気付いた。


 ボルガ卿が促し、ツアリーヌはおずおずと、アルフォンソに並んだ。この女がわたくしをおいおとしたの? この女が?

 顔立ちは凡庸、見目麗しいとは決していえず、醜くないのが救いといった程度。表情はかすかなもので、仮面を被っているみたいだ。その辺で猫でも拾ってくれば、そのほうが可愛らしいと感じるかもしれない。

 あまりにも真顔なので、本当に仮面なのではとプリメーラは疑ったが、すぐに考えなおした。ツアリーヌはそばかすが酷い。そのことは度々、生徒達の口の端にのぼっていた。ツアリーヌが不真面目なのは、そばかすがはずかしくて教室に来られないからか、それとも不真面目だから天が罰を与えてあのようなみっともないそばかすをつくったのか、どちらだ、という冗談が。あんな仮面をつくる訳もないから、素顔だろう。

 それから、ツアリーヌがそばかすを気にして化粧をしている様子もないことに、プリメーラは愕然とする。このようなみすぼらしい、みっともないそばかす娘が、王后。なにかの間違いか、酷い悪夢ではないだろうか。


 おまけに彼女は、貴族階級の人間ではない。

 幾らか遡れば祖先がこの国の貴族につながるといいはっているらしいが、眉唾ものだ。現にツアリーヌは、入学直後、同級生に訊ねられても、どの祖先がどの貴族とつながるのか、明確にいわなかった。覚えていませんと素っ気なくつっぱねたらしい。そのような話は通らない。自身の祖先を忘れる訳がない。

 そのような――祖先に貴族が居る、祖先に他国の王族が居るなど――あやふやな理屈で、どこからか突然、最上位クラスにこういう異分子がはいりこんでくることは、この学園ではめずらしくはなかった。




 それそのものが仕方のないことであるのは、プリメーラも理解している。

 この学園は、近代の官僚のレベル低下、魔法研究の行き詰まりをどうにかしようと、ほんの百年程前に当時の王后主導でつくられたものだ。王立研究院の優秀な研究員を教師に据え、将来有望な子ども達を集めて教育を施せば、そのなかから素晴らしい官僚や大臣が出てくるのではないか、というのが狙いだった。

 当時王国は、官僚にしても大臣にしても軍にしても、ほぼ世襲制のような悪習がはびこっていた。大臣の子どもであれば大臣になれるし、宰相の子どもが宰相になり、将軍の子どもが将軍になる。

 子どもが優秀であればうまくいったが、そう何代も傑物が続く訳はない。戦争どころか軍隊というものをどうにも御しきれない将軍や、法令について異常に物覚えの悪い宰相、それぞれの担当している事柄がなんであるかさえわかっていない大臣達など、宮廷が混乱するような人事が相次いだ。


 一方で、優秀であるが家格が低い、もしくは「しかるべく家系では()()」為に、何年も望まぬ地位に甘んじていた者達も居る。下級の役人などはこれがほとんどであり、一般市民出身者も含まれる。そのなかには、耐えきれずに隠居して領地でひっそりと暮らすことを選んだ者、悪習をあらためようと主張してバッシングされ精神を病んだ者、黙々と職務をこなしていたのに突然命を絶った者なども居た。

 優秀な人材が失われるのは、国家の不利益である。そのことに遅ればせながら王后が気付き、王立研究院と対話を重ね、学園ができた。


 それは大変な英断であったと、今の時代の人間は賞賛する。血縁を重視してほぼ無審査で玉座を譲ってきている王家がそれをするのは、勇気の要ることだからだ。愚昧な王なら玉座に座る価値なしと、貴族や民衆が蜂起する理由を与える。

 当然だが、王家だけ学園から遠ざかっておく訳にもいかない。貴族に、考えなしに長男に跡を継がせるのは()しなさい、といっているのに、自分達はそれから逃れるのかと逆ねじをくわされる。

 王后は賢明な人物で、自らの子どもを学園の第一番の生徒とした。そうなれば、貴族は従うほかない。各地から子女が集い、学園で学んだ。




 それ以来、この学園での成績に応じ、卒業後に役職が与えられた(勿論、成績如何では役職は与えられなかった)。貴族であっても、そうでなくとも。

 それは、王の子ども達であってもかわりない。ここでの成績が悪かった為に、廃嫡された王子も居る。成績がよかった為に、他国へ嫁がせてもはずかしくないと判断され、同盟国の王妃になった王家の末席の姫も居る。

 王家ですら、年功序列ではなく実力で玉座の持ち主を決めるのは、貴族達へのよい見本になった。


 初めは貴族や大商人の子どもだけが通っていたが、七十年ほど前に一般市民へも門戸を開いた。学費を免除することで、試験に通りさえすればなんの心配もなく勉強できるようになったのだ。

 創立者の考えは()()()、優秀な官僚が誕生した為に、王国の経済は急速に上向いていた。学園へ注ぎ込む金ができた、ということである。相変わらず血縁を重視する考えはあるものの、そういう主義の貴族であっても結局は優秀な一般市民をとりたてて、秘書であるとかなにかしらの肩書きを与え、自分の仕事の大半を肩代わりさせている。一般市民の入学を制限せよというのなら一般市民が作成に関わった書類は一切正式なものとは認めない、と当時の王にいわれ、その手の貴族は口を噤んだ。

 それ以来、学園には一般市民が大挙しておしよせている。






 当然の話だが、貴族は少なく、一般市民は多い。となれば子どもの数にも違いがある。今では、生徒の六割程度が一般市民出身だった。残りの四割のうち半分がこの国の王侯貴族、もう半分が他国からの留学生だ。教師はもっと貴族出身者が少なく、一般市民がほとんどである。

 官僚にしてもなんにしても、一代限りのものとするのが、そもそもこの国の法典で決まっていることである。今では法典には但し書きがつけられ、学園の成績如何で決めるとある。出身階級も血縁も関係ない。


 一般市民に、大臣やなにかの席をとられるのは面白くない。だから貴族達も、頭が悪くても長男だから、だとか、この子が一番可愛いから、なんて理由で跡継ぎを決めることはなくなった。子どもが生まれれば家庭教師をつけて勉学をさせ、魔法の訓練をし、弓や剣を練習させて、学園へ送り込むようになった。貴族でありながらなんの役職も戴けないなど、はずかしくてたまらないからだ。

 おかげで貴族の学力も上がっている。その点において、一般市民に門戸を開いたのは成功であった、と、一部の貴族は考えていた。一般市民は石ころだが、自分達貴族という宝石を磨くのに必要である、という考えかただ。




 クラスは成績でわけられ、一年ごとにいれかわる。プリメーラはあたりまえに最上位のクラスに、アルフォンソも当然同じクラスに在籍している。子爵令嬢のバーバラも、ボルガ卿も、バーバラの婚約者のルシアンも。

 そして何故だか、不真面目でおなじみのツアリーヌも、三年間同じクラスに居た。進級試験の時だけ力をいれているのだろう。

 最上位クラスの生徒ならば、いろいろと便利だ。それを理由に金をかりることさえできた。ツアリーヌは親が商人をしているらしいから、娘が学園の最上位クラスに居るというのが取引相手への殺し文句になっているのかもしれない。


 ツアリーヌは今にも帰りたそうだ。落ち着いた色合いの上品(しかしありきたり)な型のドレスも、垂らした髪に飾られた古くさいヘアピンも、真珠のラリエットも、あまりにも似合っているのに、化粧はしていないのが異様に見える。

 ツアリーヌはドレスをほとんど持っておらず、数枚を着回していた筈だ。おそらくこれらは、アルフォンソが用意したのだろう。もしくは、ボルガ卿が。或いは、宮廷が。

 王太子の婚約者の体裁を整えようと、宮廷の誰かが手をまわしたのは、想像に難くない。

 プリメーラは近場のテーブルに手を伸ばし、ゴブレットを掴んだ。バーバラがはっと息をのむ。

「プリメーラさま」

 彼女がなにをいいたいのかはわかったのだが、この期に及んで自分は無関係のような顔をしているツアリーヌに、プリメーラはどうしようもなくはらがたった。

 ゴブレットの中身は上等なクラレットだった。それはツアリーヌのドレスにぶちまけられ、ボルガ卿が叫んで儀仗兵を呼び、プリメーラはあっという間に儀仗兵にとりかこまれた。

 儀仗兵達の向こうに、アルフォンソに庇われながら、やはり不満げなツアリーヌが見える。王太子の、いや王の妻になって、なにが不満なのか。

「はじしらず」

 プリメーラが思わずそう罵ると、ツアリーヌがすいっとこちらを向いた。

 はじめて、その顔が、嘘くさい微笑みとかすかな不満以外の表情を帯びる。

 鋭い眼差しに、プリメーラは小さくしゃっくりした。


 公爵令嬢として、多くの式典に参加したし、緊張する、恐怖する場面は経験している。婚約してからは、アルフォンソの傍で将来の妻として責務をこなすこともあった。それだって相当な緊張と不安、恐怖をもたらす。

 だが、ツアリーヌのひと睨みは、それらをうわまわる恐怖をプリメーラに与えた。野生のドラゴンに不意に遭遇したような、咽の奥から悲鳴がせりあがってくるのを無理にのみこむ感覚がある。

 ツアリーヌはプリメーラから目を逸らさない。発した声は小さく不明瞭だが、唇が動くのは目に焼き付いた。「()()を知るべきなのはあなたでは? プリメーラ。乙女ゲームをなんだと思っているの」

 耳の奥でざあっと音がした、気がする。視野がほのぐらくなる。

 ()()()()こいつが乙女ゲームのことを知ってるの。ヒロインのバーバラはおさえておいたのに。

 四肢が不気味に痺れ、その場にくずおれた。酷い眩暈がして、そのまま、プリメーラは気を失った。恐怖の為に。






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