【短編】催眠カメアラアプリでエロいことをしようとしたら、インカメラモードで自分に催眠をかけてしまった件
俺、立花マサキは催眠アプリを手に入れた。
事の発端はついさっき届いたメール。
差出人不明。「すばらいし催眠アプリ!」という中華臭マンマンのタイトルにつられて思わず開いてみると、メール本文には……
『あなたは記念すべき1000人目の使用する人に選ばれた催眠アプリです!』
俺って催眠アプリだったんだ。知らなかった。
いかにも翻訳ソフトを通しました、みたいな文章だ。そのまま続きを読む。
『すべての女、男、パンダ、思い通り。このアプリで手に入れ放題です。』
なんでパンダ? たしかに可愛いけどさ。絶対某国じゃん発信元。
『好き放題犯せ』
いや怖いわ。いきなり豹変するなよ。
『体験版送ります。製品版はコンビニのiTunesカードで支払え下さい』
その文章の下に、怪しげなURLが添付されていた。
……明らかにウイルスメールじゃん。そう思った俺はメールを閉じようとしたが、間違えてURLをクリックしてしまった。
てっきり怪しげなサイトにでも誘導されるのかと思っていたのだが、幸か不幸か、俺のスマホには本当に催眠アプリがインストールされた。
明らかに怪しい。けど、俺は少しだけこのアプリに興味があった。
俺のスマホにウイルスを仕込みたいなら、わざわざアプリとしてインストールする必要なんてない。こうして催眠アプリなんて回りくどい形式でハッキングを行う意味がないのだ。
だとすると。もしかしたら。本物の催眠アプリなのでは?
……いや、冷静に考えれば99%催眠なんて出来るわけがない。
しかし、1%でも可能性があれば試してみたくなるのが人の性だ。
そこで俺は……
「それで、用事ってなに?」
マックのポテトを咥えながら退屈そうにそう問いかけてくるのは、幼馴染のユイだ。
「頼み事があってさ」
「それ、アタシじゃなきゃダメなの? この後クラスの子と買い物行く約束してるんだけど」
「お前にしか頼めないんだ」
「ふ、ふぅん。ま、アンタの友達ってアタシぐらいしかいないもんね」
俺は友達が少ない。というのも、ある程度仲が良くなると突然相手が俺から離れてしまうのだ。顔を合わせるだけで逃げられるので、理由を聞くことすらできない。
俗に言う蛙化現象を引き起こしやすい体質なのだろうか。
そんな訳で、高校2年にもなるが俺の友人は幼馴染のユイぐらいだ。
「それで、頼みって?」
「催眠アプリの実験台になって欲しいんだ」
「帰る。死ね」
「待て、待って!」
「何? 催眠アプリって」
「なんか、催眠できるアプリらしい」
「いやそれはわかるけど」
俺はさっきのメールについて話した。
「うわっ、そんなの信じてるの? ガキねぇ」
「別に心から信じてるわけじゃない。ただ、暇つぶしにはちょうどいいかなって」
「ふぅん。それで、アタシに催眠をかけてどうするつもりなの?」
「どうするって?」
「ほら、その、催眠っていったらさ……え、えっちなこととかするんじゃないの?」
「は? するわけないだろ」
「……」
「い、痛っ! なんで蹴るんだよ」
「……なんでエロいことしないの?」
「いや、幼馴染だし、いまさら女として見れないだろ」
「……」
「あ、俺のポテト!」
突然不機嫌になったユイが俺のポテトをひったくり、ぱくぱくと口に運ぶ。
取り返そうと手を伸ばすが、流石は運動部。ひょいひょいと俺の腕をかわし、見る見るうちにポテトの残り本数が減っていく。
そこで俺はあることを思いついた。
スマホを取り出し、例のアプリを起動する。
確か……催眠をかけるには、相手にカメラを向けて撮影ボタンを押せばいいんだ。家で見たチュートリアルにはそう書いてあった。
「<動くな!>」
俺はユイを画面に捉え、撮影ボタンを押す。
……まぁ、効果なんてあるわけ──
「っ」
「……え?」
ユイの動きが止まった。
「な、なにこれ。体、動かないんだけど……」
「えっ……」
そのまま、彼女の手にあるポテトに手を伸ばす。抵抗されることなく、袋が俺の手に戻った。
……おいおい。
その後、色々と試した結果、このアプリが本物であることがわかった。
「え、ヤバくない?」
「まさか、本当に催眠をかけられるなんて……」
アプリが本物であったことに戦慄していると……突然、めまいに襲われる。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。少しクラっとしただけだ」
貧血だろうか。ユイが心配そうにこちらを見る。
変なめまいだった。熱中症か? だが、今はそれどころじゃない。
「……それで、どうするの?」
「アンインストールするに決まってるだろ、こんなアプリ。流石に危険すぎる」
体の自由を奪える催眠アプリなんて……あまりに不気味だ。
どんな副作用があるかもわからない。それに、犯罪以外の使い道なんて思いつかない。
こんなアプリを喜んで使うヤツなんて、卑怯なクソ野郎だ。俺は善人ではないが、やっていいことといけないことの区別ぐらいついてるつもりだ。
「うん。アタシも消した方がいいと思う」
俺はその場でアプリをアンインストールする。そのまま店を出てユイと別れ、曲がり角を曲がって彼女の姿が見えないことを確認すると、俺は即座にアプリを再インストールした。
「よーし」
いや、普通に考えてアプリを使わずにアンインストールするとか製作者に失礼だろ。これだから日本はエンジニア軽視とか言われるんだよな。
さて、このアプリをどう活用するか。
別にエロいことに興味はないけど、活用方法がエロいことしか思い浮かばないからとりあえずエロいことするか。仕方ないよな。思い浮かばないんだから。
となればまずはターゲットを決めよう。
このアプリが無差別に効力を発揮するならば世界中の女が獲物なわけだけど、見知らぬ他人より知っている相手の方が興奮する。となればクラスメイトがいい。
記念すべき最初の相手は……
「それで、なんの用?」
麻布ののか。通称、2組の女王。
恵まれたスタイルと欧州生まれの親譲りの美貌。圧倒的美少女だが、彼女が女王と呼ばれる所以はその苛烈な性格にあった。
自分に少しでも逆らう相手は絶対に許さない。どんな手を使ってでも追い込む。彼女にぶつかって謝らなかったというだけで、他行の男子生徒をけしかけられ土下座と犬の鳴きマネを強要された人間がいるぐらいだ。
まぁ俺のことなんだけど。
彼女はどうにも俺への態度が異常なのだ。親でも殺されたんじゃないかってぐらい俺に嫌がらせをしてくる。ほとんどイジメだ。
放課後。空き教室に呼び出された麻布は不機嫌そうに俺を睨んできた。
「少し用事があってね。すぐに済むよ」
「早くしてくんない? あとしゃべり方キモいんだけど」
「……」
「よく見ると顔もキモいし。帰っていい?」
これまでの俺なら、この時点でビビッて逃げ出していたかもしれない。
「ふ……ふふっ」
「……は? 何笑ってんの」
でも──今の俺には催眠アプリがある。彼女の強気な発言も、今の俺には赤ん坊の泣き声程度にしか思えなかった。愉快愉快。
「はははっ。いや。これからお前が受ける仕打ちを想像すると、笑わずにはいられないんだよ」
「うわ口クサっ」
この女……!
初めてだし軽めの催眠にしてやろうと思っていたが、気が変わった。
コイツの尊厳を踏みにじり、二度と生意気なことが言えなくなるほど強力な催眠をかけてやる。
そうだな……まずは服を脱がす。それから、屈辱を味わわせるために犬のように四つん這いにさせよう。
次々と彼女を嬲るアイデアが浮かび、思わず笑みがこぼれる。
これまで虐げる対象だった相手に屈服させられた彼女はどんな顔をするのだろう。見ものだ。
「なぁ麻布。女王だなんだとか言われてるけど、たまには虐げられる相手の気持ちも味わったほうがいいんじゃないか?」
「え──」
突如として反抗的な目線を向けてきた俺に不穏なものを感じたのか、麻布の表情が固まる。
「これまでの自分の行いを後悔するんだな! 『全裸で四つん這いになって俺の乳首を舐めろ!』」
俺はそう叫び、催眠カメラアプリの撮影ボタンを押した。
──カメラがインカメラモードになっていることに気づいたのは、ボタンを押した後だった。
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1時間後、俺は生徒指導室にいた。
「事実確認をしてもいいですか」
「……」
「放課後、アナタは麻布さんを呼び出した」
「……」
「要件を聞く彼女に、キミはスマホを向け」
「……」
「突然、服を脱ぎ」
「……」
「四つん這いになって自分の乳首を舐め始めた」
「……」
「間違いないですね?」
「……はい」
間違いない。俺は全裸で四つん這いになり、1時間もの間自分の乳首を舐め続けた。
視線が自分の乳首で固定されている上に四つん這いの体制ではスマホを操作することは困難で、手探りでアプリを動かして解除するまでかなりの時間が必要だったのだ。
偶然俺たちのいる教室に入った生徒があまりのショックに泣きじゃくる麻布と真っ赤な乳首を晒したまま呆然としている全裸の俺を発見・通報し、現在、俺は風紀委員長の西沢かれんと、副委員長の剛力の2人に生徒指導室で事情聴取を受けている。
西沢は低めの身長に黒髪ロングという可憐な外見だが、剛力は柔道部で部長を張っているガチムチ男なので圧迫感がある。
俺が罪を認めると、西沢は軽蔑のまなざしを向けてきた。
「せっかく定時で帰れると思ったのに、あなたのせいで居残りです。不愉快です」
「す、すみません」
催眠アプリのせいと言い訳をしたかったが、そんなことを口にしたところで生徒指導室から病院に送られるだけなので平謝りをするしかない。
「で、どうするんですか?」
「どうするって、どういう意味ですか」
「このままじゃ停学ですよ」
「えっ……こ、困ります!」
ガチで困る。ただの停学ならまだしも、今回は理由が理由だ。全裸で乳首を舐め続けて停学なんてことが皆に知られたら、俺の学校生活は終わりだ。
「お、お願いです! 助けてください!」
乳首と瞳を真っ赤にしながら、俺は風紀委員長の西沢に頼み込む。
「そうですねぇ……」
彼女は口の端を吊り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、少しゲームに付き合ってくれませんか?」
「ゲーム、ですか?」
「えぇ、簡単なものです。ルールを説明しますね。これから10分間、あなたは喋ってはいけません。一言もです」
「それだけ、ですか」
「はい、それだけです」
堅物だと思っていたが、そんなゲームで見逃してくれるのか。案外融通が利くタイプなのかもしれない。
……というか、この2人に催眠をかければ別にゲームなんかやらなくても見逃してもらえるんだよな。
まぁ、あのアプリでかけた催眠がどれだけ効果があるのかわかっていない以上、下手に使いたくはない。「俺の問題行動を忘れてくれ」と催眠をかけても、それが永遠に続くのか不明だからだ。翌日になったら効果が切れてました、なんてことになったら目も当てられない。
「わかりました。やります、そのゲーム」
俺は彼女の誘いに乗ることにした。俺の返事を聞くと、西沢は微笑んだ。
「ふふ。それじゃあスタートです。──剛力くん」
「オス。なんですか委員長」
「この男を殴りなさい」
「了解です」
「ぇ──」
ごっ、と、頭に鈍い衝撃。少し遅れてズキズキと痛みがやってくる。
殴られた? 誰に。西沢の横に立っていた、副委員長の剛力にだ。
「く、くふふっ。あー面白い」
「喋ったら停学ですからね。どれだけ痛くってもしゃべっちゃダメですよ。私が満足するまで、黙って殴られててください」
「風紀委員長なんて退屈でつまらない役職だと思っていましたが、たまーにこういうストレス解消ができるからたまらないんですよね。あぁー面白い」
「なんだか最近、もの凄くストレスが溜まっていたんです。まるで頭の中身をいじくられて勝手に体を操られているみたいな感覚がして」
「だから今日はとことん付き合ってもらいますよ」
西沢はけたけた笑い、剛力に俺をいたぶるように指示を出す。
この女。風紀委員という役職を利用して、抵抗できない生徒をいたぶって楽しんでいたのか。
許せない。
「おい、西沢」
「あら、喋っちゃダメですよ。普通はゲームオーバーですが……そうですねぇ。ここは温情で、ちょっとのペナルティで許しましょう。剛力くん」
「オス」
「彼の小指を折りなさい」
剛力の巨体が迫る。俺はスマホを取り出し──
「『全裸で四つん這いになって自分の乳首を舐めろ』」
カシャリ。カメラ音の後、柔道部のガチムチ男は突如として全裸になり自分の乳首をしゃぶり始めた。
「か、会長! 助けてください! 体が勝手に!」
「え、なに。は? どういうこと。えっ」
西沢は突然の事態に困惑しているようだ。無理もない。自分の側近が突然四つん這いになって乳首を舐め始めたら、アメリカ第44代大統領:バラク・オバマでも驚くだろうよ。
俺は剛力の痴態を撮影し、西沢に向き直った。
「なぁ風紀委員長」
「な、なんですかっ」
「副委員長がセルフ乳首攻めしている写真。校内にバラまかれたらどうなるかなぁ?」
「……わ、私には関係ありません」
「本当にそうか? 副委員長がいなくなったら、お前を守ってくれる手先はいないんじゃないか? そうなったら、これまで虐げてきた奴らは復讐してくるよな。それに、風紀委員会の存亡そのものにもかかわってくる重大な問題だと思うが……」
「ぐっ……」
「まぁ、この写真は消してやってもいい。その代わり、ゲームをしよう」
突然の提案に、西沢は疑わし気な目を向けてくる。
気にせず言葉を続ける。
「ルールは簡単。お前が尻を出して、腰振りダンスを踊ったら負けだ」
「は……? あなた、頭がおかしいんですか?」
「お前よりはマシだよ。どうする? やらないのか?」
「……ルールを確認させてください。私が尻を出して、腰振りダンスをしたら負け?」
「あぁ。1時間たってもお前がそれをしなかったら俺の負けでいい」
「あっははは! そんなの、私が勝つに決まってるじゃないですか!」
「フン、どうかな」
「やります、やりますよ。負けたら絶対にデータは消してくださいね」
西沢は自信満々だ。自分がそんな意味不明なことをするはずがないと思っているんだろう。
バカが。
こっちには催眠アプリがあるんだよ。俺がちょっと命令すればお前はケツ出しダンスを踊り始める。死の舞踏だ。せいぜい踊り狂え。
「それじゃ、ゲーム開始だ」
俺はニヒルな笑みを浮かべると、スマホを彼女に向ける。問題ない。画面には西沢が映っている。
「『自分のケツに油性マッキーで「風紀」と書いて、全裸で腰フリダンスをしながら校内を一周しろ!』」
俺はそう叫び、撮影ボタンを押す──その瞬間。
「!?」
突如として俺の指はスライドし、カメラをインカメラに切り替えた。そして、俺の意思に反したまま撮影ボタンを押した。
全裸で腰フリダンスをしながら校内を一周した俺は、無事に停学となった。
あの後、あまりのショックに荒んだ心を癒そうと街中の女に催眠をかけようとしたが、どういうわけか上手くいかない。撮影ボタンを押す寸前で指が妙な動きをし、自分に催眠をかけてしまうのだ。そのせいで俺の体はめちゃくちゃだ。警察にも追われた。
ボロボロになりながら家に戻ると……
「ユイ?」
「あ、マサキ……」
玄関の前にユイがいた。
「ねぇマサキ、大丈夫……?」
彼女が心配そうに俺を見てくる。なんだよ鬱陶しい。今の俺にユイと話す気力はなかった。
「ほっといてくれ」
「ほっとけないよ。私、学校で……その、マサキの変な話聞いちゃって」
どっちだ? 乳首の方か腰振りダンスの方か。この際どちらでも関係ないな。
長年一緒にいた幼馴染に痴態を知られた。そのショックが俺の心をさらに痛めつける。
「う、嘘よね! アンタがあんなことするはず──」
「ほっといてくれって言っただろ!!」
「イヤだよ! 幼馴染だもん!」
「幼馴染? ちょっと長く一緒にいたぐらいで、偉そうなこと言うなよ」
「っ……なんでそんな酷いこと言うの!? アタシ、マサキのこと──」
ユイが俺の肩を掴む。
ずるっ。俺のコートがずり落ち、マイクロビキニの上から両胸を洗濯バサミで挟み、ケツに「風紀」の2文字が刻まれた俺の体が露になる。
「え、キモっ……」
「<黙れ!>」
俺は怒りのまま、無意識にアプリを使っていた。
ユイの表情が突如として抜け落ち、言葉も発しなくなる。
……効いた?
なんで。
他の女子では、全部失敗したのに。
思い返せば、初めてこのアプリのテストした時もユイには効果があった。
どうやらユイにだけ、この催眠アプリは効くらしい。その理由はわからない。
……ただ一つだけ、わかることがあるとすれば。
はちみつを溶かしたような、ブロンドのウェーブがかかった髪。柔らかそうな唇。服の上からでもわかる、形の良い胸。
今なら、それを好き放題できる……?
いや、相手はユイだ。幼馴染だ。俺はコイツを女子として見てない。……そのはずなのに、辛いことの連続で心の痛んでいる今、やけに魅力的に見えてきた。
なんか疲れてると熟女モノで抜きたくなるやつ。アレみたいな感じだね。
「<服を……脱げ>」
俺の声が、やけに大きく響いた。
ユイは虚ろな目のまま、ブラウスのボタンに指をかける。
ぷち、と、ボタンを外していく。
ばくばくと、鼓動が早鐘を打つ。夢にまで見た女の体だ。
ユイは俺のいいなりだ。
どんな命令であっても、逆らうことはない。
あれだけしたかったエロいこともやりたい放題だ。
四つん這いになって犬の真似をさせることもできる。口にするのもはばかられるようなアブノーマルなプレイも、喜んで実行してくれるだろう。
だから。だから俺は、スマホを取り出して──
「<……命令、取り消しだ>」
ユイの瞳に光が戻る。
「あれ、私……」
「帰ってくれ」
「でも」
「お願いだ、帰ってくれ。……明日になったら全部話すから」
ユイは俺の態度から何かを感じ取ったのか、小さくうなずき、帰っていった。
俺はぼんやりと、これまでにあったことを思い出していた。
自分の意思に反したまま、泣きながら四つん這いで乳首を舐めた。腰をヘコヘコさせたまま校内を踊り歩いた。ケツに刻まれた「風紀」の二文字は、当分の間消えることはないだろう。
最悪だった。どれだけ抵抗しても、自分の意思とは無関係に体が動く感覚。
フィクションなんかじゃ面白おかしく書かれているが、あれは拷問だ。いや、拷問と呼ぶことすら生易しい。魂の殺人だ。
あんな辛い思いを、幼馴染に味わわせる?
そんなことできるわけがない。
俺はスマホを取り出すと、アプリをアンインストールしようと指を動かし──動きを止めた。
そして腕を振り上げ
「アンインストールなんかじゃ足りねぇよっ!」
床めがけて思いっきり投げつけた。割れた液晶が地面に散らばる。しかし、俺の心は晴れやかだった。
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マサキの家を出て、私は帰路についていた。
「ほんと、意気地なしなんだから……」
小さく嘆息する。
あいつはいつもそうだ。私がどれだけ好意を示しても、まったく気づかない。
今回もあれだけお膳立てしてあげたのに、肝心なところで逃げ出すなんて。
私は今朝、マックで起きたことを思い出す。
「催眠アプリの実験台になって欲しいんだ」
彼からそう聞いた時、驚いた。というのも、私も催眠アプリを使っていたからだ。1年前に怪しいメールが送られてきて、興味本位でインストールしたのだ。
「まさか、本当に催眠をかけられるなんて……」
目の前ではアプリが本物であることに気が付いたマサキが驚愕に目を見開いている。
焦る。マサキはあのアプリが本物であると知ったら悪用するに決まっている。幼馴染なのだから、彼のしそうなことは大体予想がついた。
そうなったら。彼の心は私から離れてしまうかもしれない。
気が付いたら、私は彼にスマホを向けていた。
『ねぇマサキ』
『ん、なに? どうしてスマホを俺に──』
『<私以外の女の子に触らないで。
私以外の女の子と仲良くしないで。
私以外の女の子と同じ空気を吸わないで。
私以外の女の子と連絡を取らないで。
私以外の女の子に笑顔を見せないで。
私のこと、女の子として見れないなんて言わないで。ずっと私だけを見て>』
『はっ……?』
これでマサキは私だけのものになる。
私の言うことをなんでも聞いてくれる。私だけを好きでいてくれる。私を幼馴染としてじゃなく、恋人として──
『……。<今かけた催眠、全部取り消し>』
私は催眠を解除していた。
いけないいけない! 焦って催眠をかけてしまったが、それは私のポリシーに反する。これまでの積み重ねを無下にする行為だ。
どれだけ催眠で言うことを聞かせても、それはマサキが私を愛したことにならない。そんなのは偽物だ。
私は、マサキに心の底から愛してもらいたいのだ。
これまでもずっとそうしてきた。私は誓って、彼に催眠をかけて思い通りにしようだなんて卑怯なこと考えたことはない。
催眠アプリを手に入れてからの1年間、私はマサキが幸せに暮らせるよう努力をしてきた。
悪い虫が近づかないよう、マサキと交友を持とうとする相手には彼を嫌いになるよう催眠をかけた。
それでも不安だったから、クラスで一番権力のある麻布さんに催眠をかけ、マサキをイジメるように催眠をかけた。そうすれば彼と仲良くなろうなんて考えるクラスメイトは現れないから。
麻布さんを風紀委員長が指導しようとしたが、騒がれても面倒なので「学校で起こる問題を見過ごせ」と催眠をかけたら解決した。風紀を重んじる彼女は催眠によって自己矛盾を起こして性格が歪んでしまったみたいだが、別に大した問題じゃない。
私はマサキを心の底から愛している。好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでたまらない。けど、同時に尊重もしている。だから彼を思い通りにしようと催眠をかけたことはなかったし、これからもそのつもりはない。
私がスマホをしまおうとすると……
『いや、幼馴染だし、いまさら女として見れないだろ』
……ふと、さっき言われた言葉が脳裏をよぎった。思い出したらむかむかしてきて、私は思わず口にしていた。
『< わ、私以外の女の子に催眠アプリを使っちゃダメなんだからね >』
……これぐらいの催眠なら許されるよね?
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