電脳の夢の中で
電脳の夢の中で
「まったく、商売あがったりだよ」
ハンバーガーとフライドポテト、おまけにコーラというあまりに不健康なランチを貪りながら、夢咲隆二は不満げに言った。
「なに、もともと売上なんてないようなものじゃないか」
ハンバーガーにがっつくのを休み、夢咲隆二は目の前の友人、寺田修に目を向ける。
「それは言わない約束だろ」
「悪い悪い。ただ、その食事を誰のおかげで食べられているか、忘れて欲しくないだけさ」
「......」
寺田修が指さした方向にある食物に目を向け、夢咲隆二はバツの悪い顔をする。
「ま、お前が嘆く気持ちも分かるよ。なんてったって、あんなのが開発されちまったんだからね」
寺田修が窓の外、遠い向こうにある巨大な機械に目を向けると、夢咲隆二もコーラを啜りながら同じ物体を見る。
「夢製造機」......インターネットを中心に、人々はそれをそう呼んだ。
1年半前日本のとある大企業が政府と協力して開発したそれの正式名称は「第4式睡眠脳波検知具現化機構E.E.M」。開発された目的や経緯は一般に説明されていないが、全国民が自由に使用することができる。
それは人の理想を「夢」として具現化する装置だった。簡単に言えば見たい夢を見ることができるのである。これは漫画家や小説家など一次創作を仕事や趣味にする者にとって大打撃であった。
他人の創作物を閲覧せずとも、自分が見たい物語や映像を簡単に作り、体験することができるのだ。現実世界に疲れた人々はこぞって夢製造機の元に集まり、それぞれが思い描く理想の夢を見た。
約半年前、夢製造機に新たな機能が追加された。自身の夢を他人に共有する機能だ。これにより他人の見た夢を見ることで疑似体験が可能となった。
「本当に憎たらしい奴だよ。あいつが現れて以来、俺らみたいな売れない漫画家は世間からの興味も期待もなくしちまった」
「もともと大してないだろう」
寺田修の言葉に言い返そうとしたが、すんでのところでコーラを飲み干し流し込めた。
次にポテトを黙々と食べ始める夢咲隆二に、寺田修はスマホの画面を見せる。
「そういえば聞いたかい、この間Twitterで話題になってた話」
「聞いてないよ、最近は締め切り間近でSNSなんか見てる暇がなかった」
夢咲隆二は不機嫌そうに返す。
「まあ見てくれよ。どうやら他人の作品を模倣する輩が現れたらしい」
スマホの画面にはTwitterのつぶやきをまとめた、ネットニュースの記事が映し出されていた。
「.....こりゃひどい」
夢製造機は人の空想を夢として具現化する。つまり他人の作風を想像すれば、その通りの夢を作れてしまうのである。それは動画投稿サイトに多くの無断転載動画が投稿されたように、金儲けの道具となった。
「これはお前も、これからについて考えないとまずいんじゃないのかな」
「まだ早計じゃないのか」
「夢製造機の成長スピードははっきり言って異常だ。すでに人間の先まで到達している」
夢咲隆二はもう半分もないハンバーガーをむしゃむしゃと食べ進めながら考える。
「人間はもういずれ自分の手で何か創作することもなくなるだろう。だってアイデアさえあれば、あとは夢製造機が勝手に考えてくれるんだもの」
「俺は自分の手で創作することこそが、価値あることだと思う」
「でもそれを生業にしている以上食っていけなきゃ、収入が無ければ意味がないでしょう。」
「創作は0から1を作る行為じゃない。体験してきた100から新たな1を作る行為だ。夢製造機に全く、同じことができるとは思えない」
「それこそあれの得意分野だと思うけどね。夢製造機は人類以上の情報処理能力で人の体験から夢を作り出す。人間が勝てる訳がない」
夢咲隆二が最後のパティを口に放り込むと、目の前に二本の指が現れた。
「お前に残された選択肢は二つだ。創作をやめるか、夢製造機に頼るか」
夢咲隆二はコーラの容器に残された氷をボリボリと歯で砕いていた。そして窓から見えた遠い向こうにある夢製造機は、今日も人々に夢を見せていた。きっと明日も、明後日も、来年も、10年後はもっと。
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