悪夢と、恨みの紅い華
「お前が娘を殺したのだ。か、可愛い娘を…。」 〚珈琲 花 音楽〛
周りには赤黒い花が広がり、周囲からは薄らと"朱い歌"が流れている。
何を言っているかわからないのだろう。何にしても酷く恐ろしくて怖ろしい夢だった。ほぼ魘されて起きて時計に目をやると朝の4時。寅の刻と呼ばれる魔と人の世界を分け隔つ時間だ。目覚めの悪さを珈琲で流し込む。家のベランダに目を向けると外に向けて咲いている白いエリカの花が、こちらを見ていた。
「何だ、まだ寝ぼけているのか。僕は」
頭を軽く叩く。夢で聞いたあの不気味な民謡が遠くでまだ鳴っている気がするのだ。それはだんだん大きくなっていく。
意識が音に向いている時、ふと眼をベランダにあるエリカの花に向ける。
花は血の乾いた時のような朱を含んだ黒に染まっていた……。
【孤独が座して待つ未来は・・・】 〚孤独 未来 金米糖〛
「お前の未来は近い。代わりに娘の夢を…」
そう声がかかり目を開く。
ボーッとする意識の中、見渡す僕の眼に広がっていたのは一面、白い。まさに天国のような世界だった。その地一帯に広がっていたのは、黒く染められたエリカの花。
「ほう、花言葉は”孤独”か」
多分今この情景は夢なのだろう。概ね明晰夢といった所だろう。その一面を取り囲む花をなんとなしに眺めていると、その花には見覚えがあった。ベランダに咲くエリカの花だ。エリカの花の蕾から花弁を伝い、金平糖のようなキラキラ光る小さい玉が辺りに溢れ広がった。
そこからは不気味の一言だ。地に転がった玉の1つ1つが目玉に変わる、そう人の目だ。それがギョロギョロと蠢き私を見つけ迫ってくる。目玉に体が埋まり、口に入り息ができなくなる。
僕は夢で殺された。
【孤独から溺愛を、未来には惨劇を】 〚エジプト わらぶー お土産〛
さてさて物見櫓からのお立ち会い。今日も今日とて悪夢を見た僕はネットの世界を「わらぶー」と言う名前の仮面、いや御面を被り、さまよい歩くしがない社会人だ。ネットではまぁまぁ名が知れてきてはいるが。今しがた入れて半分ほど飲み干した珈琲をテーブルに置いた所だ。
「嫌な夢だ。そう・・嫌で嫌いで悪い夢だ。」
そう呟きテーブルの先に目線を投げる。そこに映るのは箱。いや此処では”匣”といったほうが些かあっているだろう。父から送られてきた不気味で不思議で不可思議なその匣は、その昔、祖父がエジプトへ旅行に行った際、お土産として持ち帰ったという。
なんとも魘魅な匣で、エジプトのファラオの棺をイメージして作られたそうだ。にしても趣味の悪い匣を送りつけてきたものだ。そう口にしながら目を擦ると匣が1人でに開くのを見た。見間違いだと思い、見直しても確かに開いている。
よく見るとそれは夢に出てきた目玉だった。2つある。1つは干からびて干し肉のようになっていたが、もう片方は違う、中々に生々しい。血や血管のような物も見受けられる。それをみると同時背中に悪寒が走り、背筋が凍る。すると、聞き慣れた聞き覚えのある声が耳元で言葉を並べる。
「返せ。のろしてやる。」
幼少に聴いた祖父の声に似ている、にしては少し若い気もするが……。その言葉に耳を奪われ、更に嫌なものが目に映る。それはベランダに咲いたエリカの華。黒に染まった白の花は何処かおかしい。目線を向けるとベランダのエリカの花芯は、無数の目玉に変わってこっちを見て異音を、鳴らしながら蠢いている。ああそうだあの夢の、いやあの悪夢に出てきた花のように……。エリカの花が血涙を流した瞬刻、匣が小刻みに揺れる。
カタカタカタカタカタ
驚き、そして怯えながら匣に視線を投げる。中に入っている2つの目玉から一本づつ青白い腕が長々と伸びていた。その腕は僕の首を、片腕は鎖骨を抑えられ、首と体が別々に引き千切られた。
僕は現に殺された。
【夢、現】 〚オリジナル〛
僕は死んだのだろう。たぶん”二人”の白い腕に殺された。
僕は「わらぶー」と言う名前でネットラジオのMCをしていた。自分で言うのもなんだが、多少名が知れてきた。そのラジオの中で人気のコーナーがある。【わらぶーの聞いてっ!のコーナー】というものだ。僕の何気ない日常を面白おかしく語るというだけだが、それがリスナーにハマったのだろう、ありがたい話だ。リスナーを含め色んな人に慕われ、愛され、敬われてきた。だが祖父だけは違った。
僕は死産だった。この世に生まれ落ちることが出来た代わりに母は亡くなった。一人娘を亡くした祖父は僕を酷く嫌悪した。
「娘を返せ」
幼少期から今に至るまで、その言葉を、その言葉だけをこの身に浴びた。浴びてきた。首と胴が離れる直前、記憶が、意思が、思念が、なだれ込んでくる。これが走馬灯という奴なのだろう。恨み顔で僕を見てくる祖父。穏やかに眠る様に病室の寝台で亡くなった母。そして泣き疲れ、項垂れる父。その父がこちらを向いて囁く。
「返せ。のろしてやる。」
ああ、そうか…………。
僕を恨んでいたのはなにも祖父だけじゃなかったのか……。父も妻を僕に殺されて憎んでいたのか。そうしてぼくの意識は亡くなった。
朧意識の中、視界が開く。あれ、確か殺されたはずなのだが、ここがあの世と言う所か。あたりを見渡すと古民家の一室のようだった。蝋燭の明かりはあるが薄暗い。隣には狼を想像させる見姿の美人が座っていた。その人が何やら言葉を紡いでいる。何を言っているかは分からないが、祝詞の様なもののように聞こえる。
――――「離れ御霊の神籬は罪、縁糾い連なるは人生」――――。
”はなれみたまのひもろぎはつみ、よすがあざないつらなるはひとき”。
それが聞こえ終わった時、意識が遠退き、気がつくと全く知らない部屋のベットで横になっていた。ボロボロのアパートのようで置いてあるパソコンからネットニュースが流れてくる。
内容は怪事件で上がった変死体についてのようだった。
「ネットラジオで有名MCだった”わらぶー”さん。遺体は酷く、首と胴が離れ、両目がくり抜かれていたそうです。」