庭園の特等席
いじっぱりの彼女に
負けず嫌いの彼のとある一日。
どこからか歌声が聞こえてくる。
それもよくよく耳を澄まさないと聞き逃してしまうような、微かな風に乗る歌声。
その聞き覚えのある歌声の主に心当たりがあるというよりも、一人しかいない。
それを頼りに目当ての人影を探す。
いつもの事だ。
歌声に導かれるように、誘われるように祖母の家の庭を進む。
よく手入れされた庭園は祖母が先祖代々護り、大切に慈しんできた庭だ。
ここで僕やいとこ達は大きくなったように思う。
いつも遊んだり、時にはケンカをしたり。悲喜こもごも。
そんな言葉がぴったりくるような日々を、この庭で過ごした。
四季折々に咲き乱れる花に囲まれながら。
木立の、木漏れ日にいつくしまれながら。
ここには幼い頃のままの自分が今でも自由に遊んでいる。そんな気さえしてくる。
だが、せっかくの花たちを横目に僕は歌の主だけを探す。
歌だけに頼らずとも、彼女のお気に入りの場所を目指せば済むのも経験上わかってはいる。
「リルム」
「ヴィル」
呼びかけるとすかさず呼び返された。
「何やってるの」
「寝転んでるの」
「見ればわかる」
この少し年上の従姉と来たら、そう片手を上げて返事をした。
ゴキゲンな、歌う調子はそのままで。
「ふふふ~お花見てるのよ!ヴィルもどうぞ?」
「僕にも横になれって?」
「そう。お花はこうやって見るのが一番。ここは特等席」
眩しそう両手を天に向けて伸びをして、降りそそぐ陽射しと花びらとを一挙にその両手に受け止めようとするかのようだ。
彼女はこういった事には全力を掲げる。
こう言っては何だが、この従姉は死に掛けたというのにまるで頓着していない気がしてしまう。
人の目とか。(僕から)小言をくらうとか。
服が汚れるだの、身体を冷やすだのといった後の事に関してわ。
大げさにため息付いて見せながら、彼女の横に膝折った。
「そんな風に言うけど。どうせ、また転んだんだろう?」
「なぁに!おかげでこうして特等席も見つけたし!」
「転んだんだな」
彼女の側に投げ出される格好で転がる杖に目をやる。
子供の頃に患ったポリオが原因だった。
その後遺症が残る今も、リルムの右足はあまり歩行に向いていない。
力も弱い。
自分の身体を支えるのも実は大変である事は周知の事実だ。
(本人はいたって平静を装い、悟られまいとしているので皆気付かないフリをしているのも事実だ。)
だからいったん転んでしまうと、起き上がるのもなかなか一人では出来ない。
「出歩くなとは言わない。だけどもしもの時を考えて、一人では出歩くなと何度言わせ・・・!」
「はいはい、すみませんでした。今度から気をつけます」
リルムと来たらいつもの調子で僕の言葉を遮った。
その様子からも、反省の色が薄いのが丸わかりなほど棒読みだ。
どうせ聞く気は無いのだから、お説教は無駄だとはかねてから宣告されている。
それでも。
「リルム!」
思わず声を荒げて叱った。
彼女はふてくされた表情をした後、身体をまるめて僕に背を向けた。
「転んで!また怪我をして誰にも気付かれなかったら、どうするつもりなんだ!」
「それはもうだいぶ昔の話!そんなヘマはもうしないもの!私、転ぶの上手なんだから。こなしてきた数が、そんじょそこらの人とは違うんだから」
「いばるな!」
「それくらいしか、いばるところが無いもの」
リルムは、ぽつりと呟いたまま黙った。
その小さな頭に手を添えてやった。
指の間をさらさらと流れる黒髪が心地よい。
「せっかく、天気も良くて風も申し分なくて、お花も見ごろなのに。何しに来たのよ。ヴィルのばーか」
「決まっているだろう。迎えに来た」
僕にばかと言うのは彼女くらいだ。
「間に合ってます。自分で帰りたいときに帰ります」
「リルム。君の事だから放っておいても何だかんだで大丈夫な気がするのは、僕も認める。こうやってごろごろして、いつまでも庭を楽しむだろうけど。
それじゃあいつまでたっても、僕が報われない。だから迎えに来た」
口先だけは減らない彼女だが、そろそろ体力的にも限界なのは明らかだった。
一気に言い切るとその身体をすくい上げる。
「ちゃんとつかまって」
「私の返事は聞かないの?」
「もう決まってることでしょう。往生際が悪いなぁ。もう、諦めなよ」
「だって。正気とは思えない。こんな身体の私を、だなんて」
「それ以上言ったら怒るから」
「もう怒ってるじゃない。ヴィルの怒りんぼ。いつからそんなに短気になったのよ」
「リルムが無理難題を押し付けて僕を遠ざけようとするから悪い」
そう。
「私より背が高くなったらね。そうしたら一緒に遊んであげる」
から始まり、彼女との競争というか張り合いは続いてきた。
「私よりも勉強が出来たらね」
「私よりも歌が上手になったらね」
「私よりもたくさん花の名前を言えたらね」
難なくとは言わないが、次々と突きつけられる問題に僕は答えて行く。
そうするうちに単に追いつきたいだけだった、この年上の従姉に対する気持ちも徐々に変わって行く。
そしてまた彼女の出す問題も。
「学校を主席で卒業したらね」
「うちの兄さまよりも上手に馬に乗れるようになったらね」
「うちの父さまよりもお仕事出来るようになったらね」
主席で卒業したついでに馬術大会で優勝した。
医師としても軌道に乗り始めた頃には、自信を持ってプロポーズした。
それなのに彼女の返事と来たら「いいかげんにした方がヴィルのためじゃない?」だった。
だからこう切り返してやったのも記憶に新しい。
「いいかげんに諦めるのは君のほうなんじゃないのか?」
そんな風にもはや勝ち目は無いと悟ったらしい、彼女の最後の抵抗とも言えるとどめの問題は
「私よりも年が上だったらね」だった。
「そんなのとうの昔から僕の方が精神的に大人だから上に決まっている」
と、一蹴してやる頃には僕はあらゆる面で彼女よりも秀でていた。
もちろん、弁が立つという面においても。
そして現在に至る。
こうして彼女を見下ろすようになったはずの今も、視線は気持ち見上げるようなあの頃のままだった。
「おばあ様たちを待たせているんだから、もう戻るよ」
「はい」
「ちゃんと着替えて、ご挨拶するんだよ」
「はい」
「リルム」
「なに?」
「そんなに嫌?僕の花嫁になるのが」
「嫌・・・じゃないよ。嬉しいよ」
ただ、ちょっと、照れくさいだけで。
そう口ごもる彼女に満足した。
「そう。だったらずっと、ふてくされていてくれてもいいよ」
言いながら彼女の額に唇を押し当てた。
今こうして抱え上げている婚約者は、六月の花嫁となる。
その頃は庭園のバラも見ごろだろう。
そう想いを馳せながらゆっくりと、まだ固く小さな蕾の間を進んだ。
え~と・・・何の事やらかもしれませんが、書きかけ連載中の霧とか闇とかがふり払われた後、400年後くらい?
現代にまで続くのか!BA★のつく、カップル遺伝子よ!
そんなツッコミはとうに自分で済ませています。
す み ま せ ん 。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
(そして続きません。多分。)