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コメディ系短編小説

ビリッとするキーボード

作者: 有嶋俊成

  ーーとあるサラリーマンたちの話…なのだが…



「はい、その件についてはまた折り返しますので。はい、失礼します。」

 伊達は携帯電話の通話を切るとポケットにしまった。

「そろそろ昼休みか。」

 壁に掛けられた時計を見ると時刻は12時26分を指している。伊達は昼食を何にしようかと考えた。

 ーカタカタカタカタカタカタ…

 伊達の近くでは最近この会社に中途採用で入ってきた石橋がノートパソコンに向かって作業していた。

「よぉ伊達。」伊達のもとにやってきたのは同期である豊島。「誰と電話してたんだ?」

「ああ、経理課長。この前、金庫の金が足りなかったってことあったじゃん? その件で今、経理課が動いてるの。」

「あ~あったな~聞いたよそれ。」別部署の豊島の耳にも経理課の金庫に関する情報が入っていたらしい。「それより伊達、昼飯はどうする?」

「あ~今考えてた。」

「俺はどこかに買いに行こうと思うんだけど…」

「あそう、どうしよっかな~」

 ーカタカタカタ、いてっ、カタカタカタ…

 ノートパソコンのキーボードをタイピングしていた石橋から声がした。伊達は少し振り向くが、特に問題なさそうなので気にしなかった。

「近くにパン屋あるよね。」

「あ~最近できたところ?」

「そう。あそこ気になってるんだよね~」

 ーカタカタカタ、あいてっ、カタカタカタ…

 またしても石橋から声がした。しかし、振り返ると何事もなかったようにキーボードを操作し続けている。資料を作っているのだろうか?

「そんじゃ、そこにする?」

「おう、そうしよう。」伊達は立ち上がろうとする。

 ーカタカタカタ、いっつー

 伊達は再三、石橋に顔を向ける。石橋は右手の中指の腹と親指の腹をこすり合わせながら顔をしかめていた。

「なになに? どうした?」伊達は我慢できずに声をかける。

「なんか、このキーボード痛いんですよ。」

「痛い?」伊達は目を見開く。

「タイピングしてるとたまに強い静電気みたいなのが流れて…」

 その言葉に伊達は驚いた。

「え! いや、今すぐ使うのやめろよ。」

 当然、伊達はそのノートパソコンの使用を止めさせようとする。電気が流れている機械だ。漏電しているのかもしれない。感電したら一大事だ。

「え~なにそれ~」豊島が石橋のノートパソコンに顔を近づける。「ちょっと良い?」

「あ、はい。」

 石橋の許諾を得て、豊島はキーボードに指を近づける。

「ちょいちょい、やめろって!」伊達は当然止める。

 伊達の制止を聞かず、豊島は《A》のキーを押した。しかし、何も起きない。

「あれ? こなかったな~」豊島は呑気に言う。

「こなくて良かっただろ、これ。」伊達は正論を言う。

「よし、それじゃぁ…」石橋がキーボードの上に手を掲げる。

「ちょいちょい、何やってんの?」

「どのキーがくるかな~と。」

「ど、どうしちゃったの二人?」

 ノートパソコンのキーボードから静電気が流れているという異常な出来事を何故か楽しんでいる二人にドン引きする伊達。

「いてっ、うわーきた。」石橋の人差し指の腹に電流が流れた。

「もうやめろって…」

「よーし次は…」豊島がキーボードに手を近づける。

「本当にどうしちゃったの?」伊達はもう訳が分からない。

 《Z》のキーを押す豊島。

「おーし、セーフ。」腕を広げる豊島。「いやーこれロシアンルーレット出来るじゃん。」

 豊島の言葉に呆気にとられる伊達。

「お~それいいですね~」

 同調する石橋にも驚きを隠せない。

「あ、それじゃぁさ、昼飯のパン買いに行く人これで決めようよ。」キーボードを指差す豊島。

「何言ってんのお前?」豊島の提案に戦慄する伊達。

「あ、良いですね~」同調する石橋。

 ただでさえとんでもない状況にさらにとんでもない展開が押し寄せ、伊達はもう付いていけない。

「よーし、一番最初に三回ビリッときた人が負けな。」

「豊島…」豊島を見る伊達の目は鬼気迫っていた。

「そんじゃ、順番決めまーす。負けた人から順番に押しまーす。」

 豊島は拳を突き上げ、じゃんけんの合図をした。

「「最初はグー、ジャンケン…」」

 二人の勢いに伊達は流されるしかなかった。

「「ポン!」」

 豊島・パー

 伊達・パー

 石橋・グー

「よーし、石橋君が最初ね。それじゃ次。」

 豊島と伊達が拳を準備し、向き合う。

「最初はグー、ジャンケンポン!」

 豊島・グー

 伊達・パー

「うーわ、二番目か…」

 伊達は一番最後の順になったことに安堵も危惧もできなかった。

「それじゃ、行きまーす。」

 一番目の石橋が指をキーボードに近付ける。ゆっくりと《J》のキーに人差し指を近づけていく。

「……セーフ!」石橋には電流が流れなかった。

「よーし、それじゃぁ…」

 二番目の豊島がキーボードを選ぶ。

「ほっ、セーフ!」

 《7》のキーを押した豊島は電流を回避した。

「じゃ次、伊達。」

 異様な光景をただ黙って見つめていた伊達はもう何が何だかわからなかった。なぜ自分はこんな奇怪で危険なことに参加しているのだろう。

 伊達は静かに手をキーボードに近付けていく。石橋が所有する普通のノートパソコン、ただなぜかキーボードからたまに電流が流れる、異常な状態のノートパソコン。

「ゔっ!」

 弾き飛ばされるように伊達の手はキーボードから素早く離れた。

「嘘! きた⁉」豊島は嬉々として伊達に聞く。

「きたよ…」

 伊達の押した《D》のキーからは静電気のようなピリッとした感覚が飛び出してきた。

「よし、それじゃ伊達さん一回目。」石橋も楽しそうにカウントする。

「いや、待て待て待て、本当にヤバいってこのノートパソコン。」正論を吐く伊達。

「でももう勝負は始まってるから。」豊島は伊達の言葉をするりと流した。

「え、これ罰ゲーム用品?」

「普通のノートパソコンです。」石橋が答える。

「だよね? え、二人共、それわかった上…?」

「「もちろん。」」

 伊達は思った。ーこの二人は狂っている。

「それじゃ次いきまーす。」

 四番目・二回目の石橋がキーボードを探る。

「あ、そうだ。」豊島が言う。「同じキーボードを押すっていうのは無しにしよう。」

「あっ、それいいですね。」石橋も言う。「それじゃ…これでもいいかな。」

 石橋が選んだのは《Shift》キーだ。

「セーフ。」

「おぉ。そこもありだな。」

 まるでオセロや将棋を楽しむような二人。伊達は二人が別次元の人間に見えてきた。

「よし! 俺の小指の力、見せてやる。」豊島が気合いを入れて小指で左矢印キーを押す。「よっしゃ、セーフ!」

 伊達は思った。ー押す指を変えることに一体、何の意味があるのだろうか…。

「さぁ次、伊達!」

「ああ…」急かされる伊達は押すしかなかった。

「お、人差し指で良いのか?」

 豊島にそう言われると、伊達はグーサインの形にし親指で《E》のキーを押す。

「ゔおぉ~っ!」伊達の親指に強い衝撃が走った。

「マジで⁉」「リーチじゃないすか~」

 豊島と石橋は歓喜している。

「え~、もうなんでだよ~」伊達は親指を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。

「伊達、次でもう負けじゃん。」嬉々とする豊島。「さ、もうさっさと終わらせちゃおう!」

「待て待て待て、マジでやんの? 今、結構きたよ。」

「二回目だから強くなったんでしょ。」

「強くなるとかあんの?」

「ないです。」石橋が無表情で答える。

「ほら無いって、もう無理もう無理。」

「え、じゃぁパンは伊達に買ってきてもらおうかな~」伊達を見る豊島。

「……わかったよ。」

「それじゃ、石橋くーん。」

 七番目・三回目の石橋。《Ctrl》キーを押す。

「セーフ。」

「よし、それじゃ…」

 中指を立てる豊島。まるでノートパソコンに喧嘩を売っているようだ。

「ほらっ、セーフ!」

 スペースキーの中心を押した豊島は電流を回避。ノートパソコンに中指を立て、余裕の表情を浮かべる。

 いよいよ伊達の番だ。これで電流が流れれば、伊達の敗北が決定し、パン買いのパシリが決定する。

「よし。そんじゃ、いくぞ。」伊達は最後の最後で気合いを入れる。

「ついに本気になってきたな。」

「もういくっきゃないだろ。こうなったら。」伊達は両手の平をこすり合わせる。「俺、ぜってぇ勝つからな。パシリはごめんだ。」

 伊達は右手に念を入れるかのように力を入れる。そしてゆっくりと右手の中指を《F》のキーへと近づける。

(豊島と石橋が流れないのに俺だけ三連続流れることは無い…)

 そう願い伊達は《F》キーを…

「あぁーいてぇー!」伊達の断末魔が響く。

「「よっしゃぁー!」」豊島と石橋は思わずハイタッチする。

「くっそ…」

「さぁ、行ってもらおうか。」豊島は財布の中身を取り出す。「チョココロネ頼む。」

「じゃぁ、僕は、メロンパンで。」石橋も財布から札を出し、伊達に渡す。

「ああ…お前ら覚えとけよ。次は無いからな。豊島ぁ、お前に行かせるからな! そのノートパソコンまた準備しとけ!」

 そう吐き散らしながら伊達はパン屋へと走って行った。

 伊達が見えなくなると、石橋が口を開いた。

「ありがとうございます。」

 石橋はノートパソコンを閉じ立ち上がる。

「これで大丈夫ですか?」

 豊島が暗い顔で言う。

「ええ、これで伊達さんの指紋を採取出来ました。」

「あいつ、本当に注意深い奴だけど、こういうのに引っ掛かっちゃうとは…」

「金庫の仕組みは見破れても、僕らの思惑は見破れなかった。」石橋は電話を取り出す。「あ、被疑者の指紋取れました。すぐ鑑識へ持って行きます。」

 石橋はそれだけ言うと携帯をポケットにしまった。

「石橋さんが刑事であることも見抜けないなんて、泥棒のくせに爪が甘いな。」

「経理課の部屋に防犯カメラがあることもあの人は見落としていた。どこか抜けているんでしょうね。」

 パシリ決定戦を行う前、豊島と伊達の間で話題に上がっていた経理課の金庫の金が不足していた事件。経理課に防犯のため仕掛けられていたカメラには伊達が金庫を開け、札束の一部を持ち去る様子が映っていた。

「それじゃ、戻ってきたらいつも通りに。」

 石橋にそう言われると豊島は小刻みに首を縦に振った。



  ーー終わり

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