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観測不能

『このボタンをつかうときには覚えていて、死の決断を迫られることを』

その男がボタンを渡されたのは数日前、調理の専門学校の学生で、成績にも進路にも悩んでいたころだった。


数か月前、そのボタンは突然彼あてに送られてきた、送り主をみても、心当たりがない。

『このボタンはあなたが幸福になるボタン、でも代償がある、このボタンを使うと質問をされる、それにこたえて、もしこたえなければあなたは死ぬし、こたえても新しい困難が訪れることもある、困難をとめたければこの決断を誰かにまかせるべき、送り主に送り返せばいい、代償はその時になればわかるはずよ』

手紙にはそう書かれていた。


内容物は説明書、手紙、木箱だけだ。箱の中に黒いボタンがひとつある。しかし奇妙なのは箱をあけるたびにそのボタンは色をかえる。赤、黄色、黒、ランダムに色を変えた。


男は意を決して、数週間前、そのボタンをおした。質問はこうだった。

『愛、それは、“平等”に訪れるもの?』

男は答えた。

『平等に訪れるものだ』

それに回答があった。木箱の横にスピーカーの穴がありそこから質問と答えがあたえられた。

『本当にそうかな』

その日から異変はあらわれた。



 まずは夢に自分が調理した食品、魚や、鳥、豚などの家畜が現れるようになった。ただの悪夢ならいいものの、うなされ、あまりにリアルなので気味が悪い。たまらず男は例の奇妙なボタンの説明書を読み返すことになる。

『もし質問への回答の結果が気に入らなければ、別の回答をすること、別の回答をすると、あなたは幸福になる権利を失い、この幸福のボタンの選択権は別の人間にパスされる』

その日から男はそのボタンと木箱を持ち歩くことになった。

 だが異変はおわらなかった、男が普通に生活していると、男の周囲の人間が、男がその日その時その場所にいなかったであろう時に、別々の場所で目撃されるのだ。いわゆるドッペルゲンガーのようなものである。それくらいならまだ許容はできた。


 ある日、男が学校につかれ帰宅していると男の背後からつけている人間がいる、その姿、形、をみたわけではないがその歩幅や歩くリズム、呼吸、かすかにきこえた声、それらが自分そっくりだたのだ。


男はたまらず帰宅したあと、例の説明書を再びひらいてあの木箱をとりだしボタンをみる。黄色く光っている。

『赤になったら、どうなるんだ!?』

そこに意味があるのか、ないのか、わかりはしないが、男はもうすぐそばにまで自分の身に危険がせまっていることを感じた。男の勘違いであればいいが、男は、背後の男は自分がふりかえったとき姿を隠したが、その手に、きらりと光る刃物のようなものを手に持っていた気がしたのだ。


男が準備をしていると玄関で呼び鈴がなる。

『居留守をしよう』

そうしてしばらく説明書をよんでいる、とつぎはおもむろにドアがガチャリ、がたがたとなる。

『よかった、ロックしておいて』

ロックしていなければ、もしかしたら先ほどの男が家の中に入ってくるのかと思うと男はぞっとした。


説明書をよみおえ、ボタンを二度推すと再び以前の質問がくりかえされたのだった。

『愛、それは“平等”に訪れるもの?』

男は勘づいてこたえた。最近彼女とわかれ、不幸だ不幸だと考えすぎていたからこそこんな奇妙なボタンがおくられ、もしかしたらだれかの画策したドッキリにまきこまれたのかもしれない。男はそこでオチを作るために正直に答えた。

『俺は最近ふられたんだ、平等ではない、愛、それは、自分のすぐそばになければ理解することができないもの、今の俺にはない』

男は答えた、その瞬間、玄関の音はきえた。男が玄関から外へでてあたりを見ると人影はなく、ただ、薄黒い液体が、玄関の直ぐ傍にばらまかれていた。


そこでボタンを次の人におくる決意をしたのだった。

説明書に、ボタンは送り主に送り返せば次の人にわたるとかかれていた。

そこで男は安堵して次の日、その手順を実行することに決めた。


男がボタンを送り主に返したその日、男がその日眠りにつき朝、目を覚ますと、部屋の隅にある手紙がおかれていた。

『実験に参加してくれてありがとう、これは観測の矛盾を“正す”実験だった、君たちの次元にも存在するだろう、幽霊なるものが、あれは人の死後、死んだ人の記憶を持っている人々がいるはずのないその人の“影”を想像することでうまれる、シュレディンガーの実験とそれらは関係があるように思う、その亡霊があふれすぎて私たちの次元は混乱に陥った、だからこのボタンをおくり、その亡霊の“処理”を頼む事になった、亡霊の消去法がたったひとつあることに我々は気づいたのだ、“ドッペルゲンガー”同じ次元に同じ人が存在できない、その理屈を使い、我々は亡霊を別次元に送り込むことにした、その方法がこの“幸福の贈り物”という方法だったのだ』


 男は不可解なその手紙に納得しつつも疑問が芽生えた。あの男は自分によく似た男は、別次元に送られたのだろうか。そして、“幸福の贈り物”というのは本当だったのだろうか。ただわかることは、“愛が平等”であるという性善説に基づいて生きているのでは、今回のように人にだまされることも多いだろうという教訓だけだった。

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