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事件は一日一つまで

「またLINEするから、無視しないでよね」

「わかったってば。じゃ、気を付けてね」

 ドキンちゃんと駅で別れて、俺は夜道を一人歩く。

 気付けばまた河川敷に向かっていた。

 年下の可愛い女の子と喋って火照った頭を少し冷やしたくなったのかもしれない。

 街灯の光がさみしく地面を照らしている。冷たく白い光が熱くなっていた脳の回転を遅くさせる。

 ゆったりと不規則に動く川の流れを眺める。秋の虫の鳴き声以外に何も聞こえない静かな夜であった。

 ぼんやりとしていると、胸に火がともったように暖かくなった。

 そのぬくもりは次第に熱をおびていく。

「熱っつううぅ!?」

 火!?

 胸ポケットのライターから火が出ていた。何故? 何故? 何故?

 火に手を叩きつけて消そうと試みるが消えない。

「そうだ! 手品! 消えろ! 移動! あれ? なんで!」

 パチン、パチン、パチン! 狂ったように指を鳴らし続ける。

 いつもの煙草でやっているようにライターを別の場所に移動させようと思ったが、肝心な時に限ってなぜか発動しない。

「くそがっ!」

 仕方なくヤケド覚悟で直接ライターをつかみ放り投げた。

 緑の100円ライターが安っぽい音を立ててアスファルトを転がる。

 まだ火がついていた。

 Zippoライターとは違い、指を離すと火は消えるはずだ。いや、そもそも着火操作をしていないのになぜ勝手に火がついた? 最近どこかで同じようなことがあった気が……。

「あ"ああああああああぁぁぁ!!」

「……っ!?」

 突然の大声に思わず硬直する。

 声のしたほうを見ると、男がこちらに向かって走り始めていた。

 誰だ? どこにいた? 男の向こうに背の高い草の生えているしげみがある。そこか。

 男は手に何か持っている。鈍く光る何か……? ナイフ!?

「うぅ」

 いよいよ俺は何も考えられなくなっていた。叫び声すらあげることが出来ない。

 手品でナイフを移動させられるかもしれないと頭によぎったが、先ほどの失敗もある。何より今の精神状態で成功イメージがつかない。

 ある種あきらめの境地にいたって、「刺されても急所さえはずせば死なないかなぁ」とのんきなことを考えはじめ、いよいよあと一歩となった時、ブオンッと重さを感じる風音が俺の横を通り過ぎた。

「うぎぃっ」

 バシャン! と音を立てて何かが突撃し、男が後ろにふっ飛んだ。かなりの衝撃だったようで、倒れたまま動かない。気を失ってしまったのだろうか。

「な……んだ? 水?」

 男のまわりが水浸しになっている。血ではない、おそらく水。他に固形物は見当たらなかった。

 水そのものがぶつかったとでもいうのか?


「無事かい?」

 またしても不意打ち。

 後ろから声をかけられ、反射的に振り向き身構える。が、その台詞と声音にこもる優しさに気付き、すぐ体から力を抜いた。

 そういえば暴漢を吹き飛ばした水の塊はいったい誰がもたらしたものかという疑問が解決していなかったが、この人がその答えであろう。

 四十代くらいの柔和な雰囲気を持つおじさんがのそのそと歩きながら近寄ってくる。

 背は俺よりも低く、年とともに勝手に太ってしまったというような小太りで、例え敵であったとしても脅威は感じなさそうな雰囲気をかもし出している。

「は、はい、大丈夫です。あの、あなたは――」

「失礼。先に奴を確保しますね」

「確保? はぁ……警察、ですか?」

 何も答えなかったが、事実、おじさんは懐から手錠のようなものを取り出し、暴漢の手にかけた。

 手錠は、テレビなどで見る手錠とは少しデザインが異なり、プラスチックのような材質で、少しチープに見えた。警察ではないのだろうか……。なんだかこのおじさんも怪しい気がしてきた。

 おじさんは手錠をかけた後、スマホを取り出してどこかへ電話をかけ始めた。この暴漢を連行する車を回すように指示している。

 おじさんは一通り作業が終わったようでこちらに振り向きなおした。

「あらためて、僕はこういうものです」

 名刺を渡された。

「伊藤さんですか。ん? 統一魔法協会?」

 なんだそれは。やっぱり怪しい、というか変なおじさんだこの人。眉間にしわが寄るのに気付きながらもそのまま彼の顔を見返す。

「まぁ、そうなりますよね……。さっき奴にぶつけたの見たでしょ? あれ、お茶なんですよ」

 お茶? あの水の塊が? 確かに水の種類まではわからなかったからお茶の可能性もあっただろうが……。ますます困惑する俺を置いてけぼりに彼は続ける。

「ほらこの通り」

 そういいながら、彼は手のひらを下に向け、手のひらから水――いや、おそらくお茶を出した。ふんわりといい匂いがした。まさに緑茶の匂いだった。

「はぁ!?」

「いや、君がそんなに驚くんですか? まいったな。使えるって聞いたんだけど、君も、魔法を」

「あぁ……あぁ! あれ、魔法なの? ってそんなアホな」

「はっはっは。まぁそうなるかぁ。でも、魔法だとでも言われないと理解できない現象が起こせるでしょう? それ魔法って定義されてるんです、この世界では。その魔法を調査したり魔法使いを管理したりしているのが統一魔法協会なんですよねぇ」

 確かに俺の手品は意味不明だった。種も仕掛けも仕込んでいないのに成功してしまう。魔法と言われてどこかすっきりした気もする。しかし、それにしても唐突すぎやしないだろうか? なんせ二十年生きてきて、魔法や魔法使いなんて単語を聞いたのはフィクションの中だけである。現実にあると言われても……。

「僕の魔法を見ても、自分の魔法を体験してもまだ疑いますか? あぁ、それと、奴も魔法使いです。さっきの勝手に火がついたライター。きっと彼の魔法によるものですね」

 そういって伊藤さんは未だに地面に転がされている暴漢を指さした。

 そういえば、あの時はパニクってあまり頭が回らなかったが、改めて考えると勝手に火がついたこともそうだし、そのまま火がつき続けていたこともおかしい。

 魔法、なのだろうか。

「ま、今日は奴の確保がメインでしてね、君への挨拶はついでだったんです。君が襲われちゃったから君の目の前で緊急対応せざるを得なくなったけど、本当は声かけるつもりなかったんだよねぇ……あとで怒られるかも。まぁいいや。とにかく! 君のほうには後日協会から案内人が派遣されるから、詳しくはその人に聞いてください」

 どうやら時間のようだ。俺たちのいる場所に車が到着した。

「わかりました。連絡先教えたほうがいいっすかね?」

「いえ、それも不要です。実は既に以前から君のことは監視対象でしてね、君のいる場所に、案内人は現れるでしょう」

 監視対象? 全然気付かなかった。というか怖いな。協会から目を付けられていたということはつまり俺が魔法使いかもしれないと把握されていたということだ。ただのお遊びではない巨大な影が社会の裏に存在していたのだと気付かされ、うすら寒い思いがした。

 伊藤さん達は暴漢を車に詰め込み、そのままあっさりと去っていった。


 河川敷には再び静寂が訪れ、虫の鳴き声が戻ってきた。

 焦げたような臭いと、緑茶の匂いが、まだその場には漂っていた。


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