05 星組
期間空きすぎましたね…すんません!!
時間の流れというものはあっという間に過ぎ去っていく……なんてまぁ悟ってみた所で、大した理由はない。
俺が神田の家に預けられて凡そ2年と半年、要するに明日で3歳になったりする。
子供の体の素晴らしいところは日に日にできることが増えていくところだろう、なんというか…吸収力の差というのだろうか……こう、なんか、すごい(語彙力)。
驚きの吸引力ってやつだね。やったねダイ○ン。怒られそうだからやめておこう。
3歳も間近になった俺はハイハイも素通りして二足歩行猿人類のモノマネができるようになったし、舌っ足らずに違和感こそ感じるが喋ることもできるようになった。
そしてこう、子供になって良かったと思えることがもうひとつ……。何をしても褒められるのだ。立てば褒められ喋れば褒められ、物を掴んで建造すれば蝶よ花よのカーニバル……。
まぁさすがに行動ひとつで褒められたのは最初だけだが、それでも日夜かけられる賞賛の声は社会人生活の中でズタボロに傷ついた40代間近の自尊心を満たすには充分だった……。
もう大人になんてなりたくないザマス……。
なんて子供の体に甘えて現実逃避が日課になりつつある今日は、外の蝉が煩く、日差しがジリジリとアスファルトを焦がす真夏日のド定番のような日射量を誇っているので、外に出ようなんて気分はミジンコ1匹分たりと湧きやしない。
A.___そんなに引きこもってて大丈夫ですか?
Q.…………
明日から……本気出す……。
ま、まぁほら、3歳児程度の体で何ができるという話よ、ね?何をするのが正解なのかしらん……?
リビングに置かれた扇風機の前で干物と化していた俺の背後にずしずしと古い木造の階段の軋む音がした。音の方をゆるりと振り返ってみれば、予想通り雅人がのそのそと降りてきていた。
この広い家の中でリビングを見渡すような形になっている中二階とでも言うべき部屋は雅人の寝室と書斎になっている。雅人の生活圏は書斎かリビングでほぼ固定されているし、明恵は足が良くないためリビングに併設された台所を抜けたところにある和室で生活している。ちなみに俺の寝室もそこだ。
一見すれば家庭内別居でもしているのかと言ったような話だが、身体的や生活的な事を考えて各々楽な場所で寝て起きて生活をしていると言った感じなので、案外長続きの秘訣は適度な距離感なのかもしれない。
降りてきた雅人を横目に扇風機による干物乾燥法を再開し始めると、雅人は俺の背後にある木製椅子にどかっと腰掛けてECHOに火を付けた。1度大きく吸って紫煙を吐き出す。
「……副流煙」
「大丈夫や、若い体にどうこうなんぞならんわ」
「若い体だからですけども」
「可愛げのないやつやなぁ」
今の体はニコチンを必要としていない体なのだ。有害物質で肺とお財布に負担をかけさせるのはやめていただきたい。なんて思いつつ雅人に告げる。
雅人は俺にハッキリとした自我と知性がある事を認識している。というかまぁ隠し通す演技力と2歳児の普通が分からないが故にバレてしまっただけなのだが。元々俺の行動一つ一つに違和感を覚えていたらしい雅人は俺が喋れるようになってしばらくした辺りで
「なぁ琉斗よ、お前…話、分かるんか?」
と声を掛けられた。その場に明恵も居ない2人きりの状況。あばー?と適当に流そうかとも考えたが、雅人相手に通用はしないだろうと観念して「わかるよ」と答えた。
雅人は少し驚いたような顔をして、そうかと一言返しただけでそれ以上は聞いてこなかった。それ以来孫と祖父…というより悪友に近い関係性を保っている。ちなみに明恵は気づいていないので猫を被っているし、雅人も明恵に話す気は無いらしい。
「琉斗、お前明日が誕生日やったな」
「ん、あぁ8月8日だから……明日か」
「3歳…やったな?」
「3歳らしくはない3歳やけどね、誕生日プレゼント弾んでねじいちゃん」
「あほいえ………何がええんや」
きっちり冗談にも対応してくれる辺り本当に人の良いじい様である。にしても子供は誕生日プレゼントなんていう欲しいもん貰えるイベントがあるから役得なんだよなぁ……。
ん?社会人でも恋人がいりゃ貰える?
死ねよ
おっと……私怨がキモオタと共に顔を覗かせたので、心の蓋にきっちり鍵をかけて魑魅魍魎ゾーンに封印する。危ない危ない。僕は偉い子、やればできる子、元気の子……。
「しねよ……」
「ん、なんやって?」
「あいや、一人言……あ、本が欲しいです」
「おぉ、わかった。また連れて行ったるわ」
さっきのプレゼントの話があって良かった…。イベント事にヨダレ垂らしながら集まってくるゾンビ(主に俺)に精神汚染されるとこだったぜ……。
慰める人…募集中ですッ………ぐすん。
半分冗談(八割)で頭を埋めていると、雅人はフィルターまで吸い切ったECHOを口から離してすぐさま新しいのを咥えて火を付ける。この間クールタイムは3秒。恐ろしく早い2本目である。
「肺悪くするよ」
「肺が悪くなろうと死に際だろうとタバコはワシのポリシーみたいなもんやからな。辞める気は無い」
「知ってる」
これでこの人寿命まできっちり生きたっていう話もあるが……まぁ今はそこじゃない。
今俺がこうして声をかけていることには理由がある。これに関しては実験的に聞こえて申し訳ないのだが、寿命の延長……要するに運命の変更を試しているのだ。
例えばここで雅人が少しでも健康に気を使うようになり寿命が俺の知っている雅人の命日より一日でも長くなればそれは立派な運命の書き換えである。ていうかまぁ、今俺がこうして生きていること自体運命の書き換えみたいなものだけども。
何にせよここで俺が気になっていることは一つ。歴史の強制力って言うものだ。これがもし強固に働くものなら俺が前の人生の全く真逆の道を生きたところで行き着く先を示されているのと変わらないだろう。それでは困る。
だから身近な所で運命の強制力に対抗できるかの実験を始めたというわけだ。もしも俺が特異点となって書き換えれるのなら……こういう時にどっかの夜神さんみたいな思考にならないから平凡なんですね…わかります。
だがしかし、この実験正直穴が多すぎる。第一に結果発表が遠すぎるのだ。勿論雅人に早急に死んで欲しいなんていう感情は1ピコたりと感じたりしないが、それでも俺が知っている限り雅人の寿命はあと15年だ。
雅人は俺が高校三年生、夏休みの終わりに病院で息を引き取った。その日朝からアルバイトの最中だった俺は昼休憩を貰った時にそのことを聞かされた。雅人の死に目に立ち会うことが出来なかった。
心残りが無いと言えば嘘になる。
だが結果として雅人が健康を気にし出すようにも思えないので、なんというか多分結果的に意味が無さそうと言うのが今の見解だったりする。長生きしてくれよ、じいちゃん。
何かもうちょっと手頃でわかりやすい変化を手に入れれるものは無いかしらん?と頭を捻っていると、静かに紫煙を吐き出す作業に勤しんでいた雅人がゆっくりと口を開いた。
「あぁ、そう言えば琉斗…お前来月から幼稚園通うさかいな」
「へぇ……そう……えっ!?」
扇風機の風に声を掻き乱してもらう謎行為をしながら返事をしていた頭は一転して、NERVもビックリなほど大音量の警戒アラートで埋め尽くされた。
「お、幼稚園はわからんか?」
「いや幼稚園は知ってるけど……あぁ……行ってたなぁ俺……」
「行ってた?」
「あ、いや、気にしんで、うん」
雅人相手だからこそつい緩んで口走ってしまったことを若干後悔しつつ、1人心の中で頭を抱える。
だってほら、幼稚園ってことは……アレだろ……?キャッキャウフフのガヤガヤパッパッ……あ、要するにお子様ボイスの大パレード……泣くも漏らすも気分次第な幼年幼女達に囲まれて38歳男性の頭は耐えられるのでしょうか……?答えは不可だ。というか絶対に無理だ。静寂とアニソンとAVの音しか聞こえない部屋に籠って、窓の外から聞こえてくる小学生達による通学時の騒ぎ声にすら舌打ち床ドンをセットで繰り広げていた人種なんだぞ………?
正直今一番心配なのは他の子供に我慢の限界で手を出してしまわないかと言うこと……よりかは実際めんどくさいが心の中の要因リストで8割を持っているのが現状だったりもする。
い、いきたくねぇ……。
「じいちゃん…それどうしても行かなあかんかな……?」
「なんや、行きたくないんか?」
「ん、まぁ……正直あんまり……」
「琉斗……友達できるか心配なんやろ?」
「なぁっ、ちが、違うし!」
「たまには子供らしい悩み方したらええんとちゃうか?」
「だから違うって……」
雅人は間違った推理のまま、ポスポスと肩を叩いてニヤニヤとした生暖かい目で見てくる。煙草を咥えて離さない口元にもゆるい笑みが浮かんでいてこの誤解が解けることはなさそうだと肩を落とした。そんな38にもなって友達の心配とか………心配とか……そんなもん……ねぇ?
ちょっと不安になってきたじゃないか…。
世間から隔離されたデブが川の向こうで手招きしてきたのでプルプルと頭を振って思考を切り替える。とりあえずはそう、確定事項であるこの問題への対処を考えなければ。
「まぁ、お前なら幼稚園だろうとなんだろうと上手いことやるじゃろて。心配はしとらんよ」
「買い被りにも程がある……」
「お前の歳の子供が買い被りなんて言葉を使うわけがあらへんから言うとるんやけどな」
「うぐっ」
「ま、楽しみにしとれ」
図星を突いて楽しむだけ楽しんだあと、灰皿の底で火元を押し潰して雅人は部屋に戻って行った。
残された俺はやれやれとため息をついて扇風機との睨めっこに精を出す事にした。
余談だが今の体で射精は出来ないらしい。機能として備わっていないのだろうと推測しているが勃起自体はするし快感のようなものもある。
が、しかし。ただそれがあるだけで性的興奮というか、性欲と呼ばれるものが湧いてこない。
精神は体に引っ張られているということ……なのだろうか?ま、暇な時に握るだけ握ってジャイアント計画も随時進行予定だ。
本当に余談だわ。
____
9月4日月曜日。今年の9月1日は金曜ということもあり、幼稚園側からの提案で次週の月曜日からと言われた俺たちは出直し、日を改めた今日、再度門扉を叩くことにした訳だ。
空は秋晴れ、心地よい陽気の元に次の季節を感じさせる冷めた風が頬を掠めて理解させに来る。手近な木々も緑を減らして暖色の葉を地面にカーペットとして敷き詰める作業に移行していた。
絵に書いたような秋の姿に俺の心もウキウキと………する訳がなかった。
と言うかもうそれどころじゃない。気分は極寒、真冬の寒波なんて通り越して「なるほど、シベリア送りだ」されてる気分である。正直今すぐ投げて帰りたい。誰だ幼稚園ぐらい行けらァ!って言ったやつ。死ね。
「琉斗、顔に出とるぞ」
「さぁて……なんのことでござんしょ」
「もうちっとそれらしい顔をせいな」
「いてっ」
横で呆れた顔をしている雅人に人差し指の節でコメカミを小突かれた。大して痛くはないが反射的に声が出る。おかしいな、普通の顔をしているはずなのに小突かれるなんて。
インターホン越しに入園の許可が降りて雅人と2人で園内に踏み入れる。そこら辺の公園が2つ3つは入りそうな広いグラウンドを抜けて園舎のてんとう虫を模したガラスの扉をくぐれば、いかにも保母さんと言った感じの割腹のいい初老の女性がでてきた。
「どうもぉはじめましてぇ主任保育士を務めてますぅサイトウですぅ本日はどうぞよろしくお願いしますぅ〜」
「ご丁寧にどうも、今日からお世話になります、神田です」
サイトウと名乗った女性は語尾に必ず母音の交じったような独特の緩い挨拶に雅人がかっちりとした会釈を返す。
「この子がぁ琉斗くん……でよかったですかぁ?」
「ええ、孫の琉斗です……ほれ、挨拶」
「………ども」
雅人の催促を受けて渋々と頭を下げる。すると驚いたようにサイトウは口元に手を当てて笑みを零す。
「わぁ〜すごいですねぇ〜!こんなにちゃんと挨拶の出来る子って珍しいんですよぉ〜!」
「そ、そすか………」
「すごいねぇ琉斗くん〜!よろしくねぇ〜!」
屈んで俺の身長に合わせながら頭を撫でるサイトウ。当たり前だが子供扱いの手慣れ感がすごい。柔らかキューティクルな琉斗くんヘアーが柔らかい手でごしゃごしゃとかき混ぜられていくのを感じながら俯いてじっとするしか無かった。
ちなみに社会人になってあんな挨拶したら大抵蹴られるんだけどネ……子供って楽だァ
____
書類的な手続きは前回に雅人が終わらせていたらしく、サイトウとの話が終わるまでの間談話スペースのような場所で待機との命令が下された。
この談話スペースには絵本や飛び出す絵本、間違い探しのように色々なものの散らばった写真の中から指令のものを見つけ出すかくれんぼ絵本に至るまで様々な種類の児童文学が揃っていた。流石に全編平仮名で描かれているような読み聞かせ絵本に興味は湧かないが、かくれんぼ絵本やキツネとイノシシの悪巧みトリオが活躍する漫画なんかは今の歳になっても面白かったりする。
気づけば割と夢中で読み進めており、呼びに来ていたサイトウに肩を優しく叩かれるまで近づかれていたことにすら気づかなかった。
「琉斗くん…絵本好き?」
なにか悪いことをしたわけでもないのだが何となく詰められているような気がして小さく首を縦に振る。するとサイトウはニコニコとした顔を一層釣り上げて満面の笑みと言っても過言じゃない表情で俺の頭を撫でた。
「やっぱり偉いねぇ琉斗くん!うちはぁいっぱい本があるからぁ沢山読んで賢くなってねぇ〜!」
「あ、はい…ども…」
されるがままに頭を揺さぶられながら妖怪頭撫でババアと化したサイトウが落ち着くのを待つ。
幼い頃の記憶は既に霞の奥に消えてしまっているから実際のところは分からないが、幼少期からこの手の大人には虐げられていたような覚えもないので、おそらくは似たような可愛がられ方をしていたのだろうと思う。
出来てすごいからできて当たり前と言われるようになるのは一体いつ頃からだろうか…。何となく現実的なことを考えてしまって遠い目になってしまったような気がする。
涙が出ちゃう。だって男の子だもン。
一頻り撫で終わって何だかツヤツヤと肌を若返らせたように見えるサイトウを尻目に読書を再開して数分、お手洗いを済ませてきたのだろう雅人が戻ってきた。
読書タイムの終了になんとも言えない寂寥感を感じたものの、よくよく考えてみれば今日から俺はここの児童で毎日ここに通う、つまりはここにある本全てが読み放題だ。読み切ってしまえば家にあるものを持ち出せばいいだけだし、今までいい感情を持っちゃァ居なかったがこれはどうして悪くないのでは…?
勝ったな……
「それじゃあ琉斗くん、今日から君のお友達になるぅ星組さんの皆に挨拶しに行こっかぁ〜!」
周りから見えない角度で某夜の神みたいな顔をしていたのがそのまま冷凍されたのかのようにガッチガチに固まった。氷の彫像と化した俺を、ニッコニコ笑顔で叩き潰すサイトウまで想像が広がったところでハッと我に返る。すると途端に顔から血の気が引いてカタカタしていくのが分かった。
「琉斗くん…ご挨拶苦手?」
顎をカタカタと鳴らしながらコクコクコクと素早く頷く。一刻も早くこのイベントをスキップしなければ生命に関わる。考えてみろ。転入生最初の挨拶、つまりそれは運命の分かれ道に等しい。ここで失敗すれば平穏な日々など夢のまた夢、待っているのは強烈な圧力と特有の排除だ。経験に基づいているんだからまず間違いない。
「んん〜じゃあ私と一緒にご挨拶しよぅ?さっきしてくれたみたいにペコってしてくれたら他の子も喜んでくれると思うなぁ〜!」
だがそんな俺の考えを知る由もなく、悪魔の使いサイトウは菩薩の皮かぶった堕天使スマイルで俺の逃げ道を塞いできた。
人の皮を被った悪魔とはまさにこいつだろう。間違いない。
「それじゃあいこっ!」
俺の意思を聞くまでもなく柔らかい手で俺の手を取って部屋まで導かれる。正直言って絶望感しか湧いちゃいないがここで全力抵抗して雅人を困らせる訳にも行かない。こうなってしまえばどうにか……どうにか失敗しない方法を…………!!!
「ここだよぉ〜!」
「はやっ!」
「ちかいからねぇ」
全く考えられる時間も取れずに目的地である大きな扉の前に立たされてしまう。大きな磨りガラスのはめ込まれたドアにはデカデカとわかりやすい星の絵が書かれており、さっきサイトウが星組の皆と言っていたことを思い出した。
「それじゃあ私は先に入って皆に新しいお友達ができるってお話してくるからぁ、私が呼んだら入ってきてくれるかなぁ〜?」
「……ハイ」
残念ながら全くもって逃げられそうになかった。喉元から心臓にかけて続いている道がどんどん狭くなっていくような感覚が続いて、自然とブルりとした寒気が出てくる。
喉の奥に無理やり氷を詰め込まれた様な内側からの冷えに、奥歯がカチカチと音を鳴らし始めたところで俺の頭の上に暖かい手が乗せられた。
「琉斗、胸を張れ」
頭の上から発せられた短い一言は、暖かい優しさと背中を押す強さがあって、俺の胸の内をガチガチと固めていた冷気がスンと引いていくのがわかった。
「…ありがとう」
感謝の気持ちを呟いても雅人からの返事はない。でもしっかり伝わったのだろう、載せていた手が緩く頭を撫でた。
それから物の数秒と待たないうちにドアが開いて、中からひょっこりとサイトウが頭を出した。
暖かかった手のひらが頭を離れて行くのがわかって一抹の寂しさを覚えたことは誰にも言わない。
「入ってきていいよぉ」
「ん、いってこい琉斗」
「……うん」
たかが幼稚園じゃないか。怖がることなんてない。10年も人を遠ざけてきた。もう今更じゃないか。
俺はこの1歩に人生の時間と同じものを感じた。
そして
「今日からお友達になる、神田琉斗くんでぇす!皆仲良くしてあげてねぇ!」
サイトウの明るい声と共に迎えられた部屋は随分と広々していて、どう数えても頭数が少ない。
要するに。この部屋には俺とサイトウを省けばたった二人しかいなかった。
「わぁ〜!」
1人は明るい顔で手をぱちぱちと叩く男の子。優しそうな顔つきが転べばすぐ泣きそうな儚さと、どんな悪意でもすり抜けられそうなやわらかさを感じさせる。
「……」
もう1人は無言ですんとしている女の子……だろうか?赤みがかった茶髪をちょんまげのようにヘアゴムで括ってつるつるとした可愛いおでこを出している。こっちはさっきの男の子とは違った儚さと、それでいて芯の強そうな印象を与えてくれた。
「琉斗くん、この子達が今日から君のお友達になるぅ彰宏くんと美貴ちゃんだよぉ〜!」
サイトウが2人を軽く撫でながら紹介する。だがそれよりも、そんなことよりだ。俺の中にとてつもない違和感が渦巻いていた。
____誰なんだこいつらは。
ここはかつて前世の俺が幼児の頃通っていた幼稚園に違いはない。記憶は断片的だがサイトウという保母が居たこともなんとなしに記憶にある。だがしかし。
俺の記憶の中にこの2人の存在は欠片と残っていない。見る限りこの二人の容姿は幼い姿からでも将来美男美女となる事が約束されている程に、ハッキリとした目鼻立ちをしている。激太りや余程の姿にでもならない限りモテモテ街道まっしぐらだと思わせてくれるほどだ。わかりやすくスター性がある。
ならどうして記憶にない。この幼稚園に入園した児童は98%と言っていい程近くにある同じ小学校に入学している。俺もそこだった。
ならこの2人は奇跡的に別の学校に行った残り2%?確率が無いとは言わないがこの2人の名前を聞いたことは1度たりと無い。
つまり。
俺の出生からの生活が変化したが故に本来出会う事のなかったこの2人が俺の人生に干渉してきた……ということなのだろうか。ひょっとしてだが、これはすごく大きなことなのかもしれない。
「え…と、よろしく」
とりあえず手を差し出して握手を試みたが、良く考えれば精神年齢は2人とも共に3歳。俺とは35歳離れているのだ。挨拶くらいはわかっても握手を理解しているとは思えない。すごくポンコツっぽいな今の俺。
そこまで考えた所でふともう1つの違和感に気づいた。そうだ。おかしい。全く知らない出会いに気を取られていたが明らかな違和感がもうひとつ。
ハッとなって扉の外にいる雅人を見やると随分と楽しそうにニヤニヤとしていた。……この男、ハメやがった。
「入園式がまだだから星組さんは君たち3人だけなの〜君たちみたいに先に入ってくる子はいるから次に来てくれる子がいるまではずっとこのままかなぁ〜!」
よく良く考えれば当たり前だ。世の中の入学入社なんてものは4月のものだと決まっている。何も考えずに入園に来てしまったが本来こんな時期から入るものじゃないのだ。
つまるところ雅人はこの事を黙ってあたふたする俺を見て楽しんでいたことになる。
さっきの俺の気持ちを返せコノヤロウ。
色々思う所と考える所はあったがこうして俺の入園は幕を閉じた。
幼稚園児に戻りたい…