02 35歳の新生児
廃校になった校舎の屋上から飛び降りて(突き落とされて)身体がトマトペースト(優しい言い方)になったかと思えば、内側から冷え込むような真っ暗闇に閉じ込められた挙句、今度は微かな胎動の聞こえる暖かな空間に出ました。
文章だけ読めば奇怪極まりないと思う。
俺もそう思う。
だがまぁなんと言おうが、それが今俺の身に起きている現状なのでこれ以上の説明のしようがないのだ。
相変わらず目を開くことは出来ないが、腹の底に溜まるような暗闇から穏やかな南国のビーチのような暗闇に移ったことは体感で分かる。
まぁ暗闇に違いは無いのだが。
そこで俺は俺が誇る最高スペックの頭脳(主にゲーム○ーイに近い)を用いて弾き出した推測で現状を言い当てよう。
これはリアリティの高い夢なのではなく、俺の身に起きた現実で、今おそらく俺はどこかの母親の腹の中にいるのでは無いだろうか。
本来であれば夢を疑うし、眠っていたにせよどこか病院のベッドだろうと考えるのが普通だとは思うが、あの死に方で生き長らえて居るとは到底思えないし、夢だとしてもあんなに詳細に記憶されるような死に方の夢なんて全くもって御免である。
このように考えている理由が、前世にしがみつく事を意図的に拒否してると言われればそれが正しい気もするが。
なんにせよこの鼓動がある穏やかな場所を母の体内であると想定して、神様かなんかが俺に第2の人生を用意してくれた。そう考えるのが自分にとって1番都合がいいのだ。
現実逃避?やかましいわ。
俺はこの人生で勝ち組ライフを作り上げて前世の未練とおさらばしてやる!!
これが俺の考えるやり直しだッ!!
と、言うわけでお母さん。早く僕を産んでください。
生まれる時のスペックは初期値MAXのイケメン属性と人気者属性と天才属性、とりあえず生きてく上で困らないスペックを付与して産んでください。
実際暖かい空間に来て時間こそ分からないもののそれなりに長い期間がすぎているように思う。
というのも、最初は前世のことを考えたり現状の想定を行ったり、トラウマを思い出したり、最後に見たAVを思い出したりと潰せる限りの時間を潰し倒した挙句の今なのだ。
そろそろ別の景色を見たいと思うのは間違いなのだろうか。
最近の思考はもっぱらこれである。早く外に出たい。
今の生活自体は基本的に快適だ。温度は適応というか熱くない風呂に揺られるように入っている感覚だし、肺はやけに重くて息苦しいと思う感じなのだがどうにも呼吸困難になるようなことも無い。
昔の体は部屋から出て風呂やトイレに向かうだけで息が苦しくなっていたというのに。今では呼吸すら要らないらしい。便利なものだ。
まぁ部屋から出た時の息苦しさの半分は罪悪感によるものという話もあるにはあるが。
あと最近はなんとなく自分から見て薄めの壁1枚越しに緩く叩くような音が聞こえるようになってきた。
この感覚は学校の掃除ロッカーに隠れている間に誰かが俺の入った掃除ロッカーを叩くような感覚に似ている。
______よく入れられてたなぁ…俺……
外に出てると臭いからとか言われてロッカーに閉じ込められて体格の大きかったヤツに外から抑え込まれてたんだった…。
嫌なことを思い出したので頭を振って思考を追い出す。
実際には頭を振ることは出来ないのだが。
とりあえず俺はそう言う音が聞こえるようになると、見えない手足を精一杯ばたつかせるようにしている。
柔らかな壁のような所に足が当たると、外側からさっきより優しめで少し量の増えたノックが聞こえるようになる。
感覚は順番待ちの大便である。アレトッテモスキジャナイ。
とりあえずこれが今の俺の日常である。俺氏の次の活躍に乞うご期待!
___
さて、またあれから体感で数日がたった。
今日も今日とて浮かぶような日々……だと思っていたのだが。今日はどうやら事情が違うらしい。
どうにも自分のいる環境が安定していない……といえば正しいのだろうか。
完全に体感の問題なのでうまく説明は出来ないが何せなんだか感覚が違う。
風呂の中で浮かんでてら風呂の栓が抜け始めたようなどんどん減っていくものにしがみつくような感覚。
それになんだか周りの壁のようなものが少しづつだが迫ってきている気がする。
自分の体にフィットしてきている……と言うよりかは自分がクリーム絞りの先端側へ押さえ込んで行かれると言った方が正しい。
本能的に察する。
もしかしてこれ、俺、誕生!じゃね?
確証があるわけではないが自分は今誰かの腹の中にいるという仮説でここ数ヶ月(体感)を過ごしていたので自然と思考はそういうふうに向かっていった。
いよいよ俺の第2の人生が始まる…
前世で出来なかったことに人生を費やせる日々が来る…
自分に見つけることの出来なかった才能という恵みを受けられる人間になれる。
新しい人生への不安ももちろんある。だがそれ以上に俺がかつて無駄に消費した人生という名の片道切符を運よければ新幹線切符を手に入れられるかもしれないチャンスだ。
前の人生なんて言うなれば地方の30分に一本あるかないかのような古びた線路の切符だったんだ。
新幹線じゃなくてもいい。せめて新快速くらい人生を楽しめる切符であって欲しい。
そう切に願う。そうじゃないと簡単に不安で埋まって潰れてしまいそうだ。
そうこう考えている間にも周りの水は抜けてゆき、壁もどんどん俺を押し出そうとしてくる。
まさかこうも意識がある中で見ず知らずの奥様から捻り出される日が来るとは思わなかった。
ひっひっふー、ひっひっふー。
あ、これ俺がやっても意味無いか。
押し出される形で流れに任せていると、俺の頭の先がなにやら硬いところに押し当てられる。あれ?なんかここかたすぎませぇん…?
絶対に頭を通らない硬いシャンプーハットのような形状にぶち当たって自分の体は止まる。完全にヘッドロックも入っているからここから進めるとはちっとも思えない。だが周りの壁は依然として押し出そうとしてくるので逃げ場もない。
___あれ?詰んでね?
やばいやばいやばい。なにがやばいってかなりやばい。新たな僕ちんストーリー開幕✰なキラやば〜✰な展開かと思ったらガッツリ圧殺しにきてるんだけど。何ここ処刑部屋だったの?
このままじゃ普通に死ぬ。余裕で死ぬ。壁がどこまで迫ってくるかは不明だが今でだいぶ体にフィットちゃんしちゃうぐらいまで縮んでいるのだ。
背中にピッタリ✰どころか体をグッシャリ✰
キラやば〜✰(絶望)
いやほんとにシャレにならない。あまりの絶望感にランドセルの怪物に体を丸められる想像をしてしまった。恐怖以外の何物でもない。
とりあえず実際問題はこの頭の上の方にある硬い円形のものについてだ。この穴さえ通れれば……と、前世の知識をフルスロットルで現状の解決に望む。
自分よりも狭い穴を通るには……通るには……一体どうすればいいのかと考えたところで作戦を思いついた。
世間にはねじ込むという概念があるのだ。ワンチャン回れば行けるんじゃないか?体を回すことが出来ればドリル的な感じで進むことが出来るのでは……???
他を試す時間も無さそうなのでこれに賭けるしかない。
俺たちは、1分前の俺たちよりも進化する
1回転すればほんの少しだが前に進む!
それが…ドリルなんだよ!!
某胸熱アニメのセリフを思い出しながら感覚で体を回す。自分の頭をこの穴にねじ込む……!!
狭くなる壁が首から下を生クリームを絞るように完全に押し出す形になった。完全に後戻りは出来ない。ろくに動かしたことも無い体を動かすのは大変だったがなんとかねじ込みには成功したようで少しづつだが穴が開いてきた。
そこからは完全に勢い任せで、ねじ込みの形だけ作った俺はケーキに盛り付けられるクリームの如く硬い穴を広げて絞り出された。そして次に待っていたのは柔らかいながらも密着する肉。これがまたなんとも苦しい。ただでさえも硬い穴から捻り出された所なのに今度は密着してくる肉の壁。気分は腸に詰められるソーセージそのもの。息苦しいことはないが圧倒的なまでの密着による不快感。
満員電車で太ったおじさんにサンドされた時の暑さと不快さである。生前の体は太ったおじさん側であったが。
一刻も早くここから出たい!早く終わってくれ!と考えているうちに光が見えた気がした。
「オギャァァァァォアァァア!!」
初めて酸素を取り入れた35歳のおじさんから捻り出された最初の言葉は不快感と潰される恐怖心から来る赤子のような悲鳴であった。
__
さてさて、今は肉壁の不快感が無くなり生暖かいお湯で体を洗われている。顔も拭ってもらったのでもう目を開いても大丈夫だろう。耳の方はまだ水でも詰まってるのかぼんやりとしか聞こえないがこっちもゆくゆくだろうと大人しく身体を拭かれる。
いい歳したおっさんが泣き喚いたなんて笑い話にもならん……。と、思っていたのだが予想通り体は赤子のようなので恥ずかしいことは無いだろう。
ここから俺の第2の物語が始まるのだ。
まずは手始めにママンの顔でも拝もうかしらぁん?顔次第ではおっぱいに吸い付く時も風呂に入れてもらう時も幸せというものだ。
何となく目を開けてみたところ若干のボヤけと遠くの見えずらさがあるが一応は見える。部屋は大きめの病室のような所で世にいう分娩室と言った所だろうか。誰かを孕ませた経験がないので入ったことは無かったが自分の状況を考えるとそれが正しいと思う。
横に顔を傾けると病院着で分娩台に横たわる人が見えた。恐らくは俺の母になる人だろう。少し自分の寝かされているベッドの方が高い位置にあるようで顔が見えずらい。体の自由が完全じゃないのも原因だろう。
母の顔を拝もうとしている姿に気づいたのか助産師であろう30〜くらいの女性が俺を抱えて母の手に渡した。
__そして俺は絶句した。
前世に俺の母と呼べる人は自分の認識では居なかった。俺の父は高校生のうちに他校の生徒である母に子を拵えてしまった。
生まれこそしたものの母は俺の面倒を見ることに嫌気が差して消えていったと聞いた。
父は俺を育てようと学校にも行かずアルバイトに明け暮れたが、やはりきつくなり父の母つまり祖母に俺を預けた。その祖母もタイミング悪く引き取りきれずに曾祖父母の家に預けた。
それが俺の出生から物心着くまでの生活だったらしい。
もちろん覚えてなんか居なかったし母の顔も知らなかった。父のことも10歳になった時に初めて聞かされたのだ。その時に母の写真も見せてもらった。
時代のギャルという風貌でもなかったが大人しい子でもないような、友達の多そうな女が映っていた。それを見て俺はこれが母かと考え、そして母だとは思えないと認識した。
今俺の前にはその写真で見た女がいる。
名は高嶺 麗奈と言った。
「あっ……あぅ……あ……」
「お母さんだよ…わかる…?」
声帯が確立してないであろう俺の喉からは何でという言葉の代わりに言葉にならない音が漏れる。それに反応するように出産直後の涙の跡が残る麗奈が自分は母だと言った。
やり直す。新たな人生で自分を作り直すのだと思っていた。飛んだ認識違いだった。あの時どこぞの神様が聞き入れたやり直しはもう一度俺に同じ人生を歩ませることだったらしい。
「そりゃぁねぇぜ…」
声に出ないぶん心の中で盛大にため息をつきながらボヤいた。
「お父さんはね、今お仕事をしてるから来られなかったけどすぐ会いに来てくれるよ。」
麗奈は分からないだろうけどと付け足しながら俺を抱く。
__あぁ…貴方達がずっと愛情を持って俺を育ててくれていたら、物語の結末は変わったのだろうか。
自分を母だと言ったこの女が私は母じゃないとヒステリックな思考に陥らなければ。
一時の過ちで俺を作ったことを後悔しなければ。
思っても仕方の無い思考が次々と溢れかえる。
ぁあ…結局そうか…。
俺は人生から逃げることをついぞ許されなかったらしい。
__
あれから数時間が経った。麗奈も落ち着いたのか寝息を立てたし、俺も起きていられるような気分じゃない。というか赤子の睡眠欲に抗えない。てなワケで眠りこけていた。
騒がしさに目が覚めて父、丸山 悠貴の到着に気づいた。
本来であれば悠貴もその場にいたかったようだが子供もできて財布もどんどん冷え込む中で、定職も無く安定もない悠貴はわがままも言えず働いて日銭を稼ぐ他無かったようだ。
祖母は苦労の人だと言っていたし事実そう思う。父であった事を話してからはできる限り父らしくと俺を愛してくれていた。
それでも俺はこの人を心の底から父だとは思えなかったのだが。申し訳なくも思うがこればかりはどうしようも無かった。
悠貴は麗奈に声をかけてから俺を抱き上げる許可を貰って俺を抱えた。
目の前にいる悠貴は幼い頃に見た悠貴よりももっと若く、学生らしい幼さの残る顔立ちだった。だがそこに滲む疲労の跡が幼さを打ち消してしまっているような印象を受ける。
俺の前世で彼の歳と並んだ時に昔の話を多くしてくれた。父としての時間を取り戻すように俺との会話を大切にしようとする姿はとても尊いものなのだろうが、それを素直に受け入れることは一度と無かった。
後悔している。もっと父だと受け止めて接すれば今目の前にいる彼の気持ちを救えたのかもしれない。彼の取り戻したかった親子の時間を大切にしてやれたのかもしれない。
産まれたばかりの息子が今より先の未来について考えているなど1ミリも考えついていないであろう悠貴は思い出したとばかりに麗奈に声をかける。
「なぁ……こいつの名前俺考えてたやつがあるんやけど……」
悠貴が恐る恐ると言った感覚で麗奈に許可を取ろうとする。麗奈はしばしきょとんとしたような表情を浮かべてやがて緩く微笑む。
「それじゃあ…悠ちゃんがつけてあげて」
「まじで…?つけてもいいん…?」
「悠ちゃん色々案だして考えてたん知ってるもん」
麗奈が思い出したようにくすくすと笑う。悠貴はバツが悪いのか困ったように首の裏を掻く。余談だがこれは悠貴が困った時の癖で、俺も同じ癖を持っている。
悠貴はよしと考えをまとめたように薄く息を吐き出して俺と向き合った。そして言葉を選ぶように口を開く。
「こいつの名前…北斗七星の斗を付けたかったんよ。それで夏に産まれる予定だったからさ…海とか夏っぽいもので考えて…」
悠貴はそこまで言いきって一度咳払いをした。そして意を決して続きを口にする。
「だから…夏みたいに暑くてそれが変わんない沖縄みたいな、誰かの太陽になれるやつって意味を込めて…
琉斗って名前にしようと思ったんだ。」
「琉球からとって琉斗?」
「そう」
「そっか…琉斗…琉斗か…いい子になりそうな名前」
「そう…かな…それならええけど…」
悠貴は照れ臭そうに俺の名前を語った。名前の由来についてはでかくなった時に聞いていたがこういう場面で聞くのはまたなんと言うかゾワゾワとした感じになる。
堪らず腕をぶんぶんと振り回して抗議の言葉(実際にはあっあぅぁ的な感じ)を発すると気に入ってくれたんかー?とどことなく嬉しそうな返事が来てしまったので諦めた。
俺は知っている。この幸せに見える2人がもう長く続かないことを。
俺は知っている。これから来る自分の人生を。
俺は知っている。この先腐っていく自分自身を。
また同じ人生なんて絶対に御免だ。だから今度は出来ることに全部ぶつかってやる。前の俺が捨ててしまったものを1つずつ全部拾ってやる。
2週目のRPGはアイテムコンプや薬草コンプが定番なのと同じように。2週目の人生をパーフェクトゲームにしてやる。
神田 琉斗 享年35歳。無職。ヒキニート。
自分の人生文字通りゼロからのリスタートが始まった。