01 暗闇の中で
__やけに寒い。
真冬に裸で投げ出された寒さというより体の中の隙間という隙間、胃袋や腸、心臓の中に無理やり氷をパンパンに詰め込んだような、内側から冷えていく寒さ。
ここは何処だ……?
意識はある。思考もある。でもただそれだけ。
一面が真っ暗な一筋の光も漏れない暗闇に俺はいた。
自分の肉体の感覚がない。生きていれば感じる自分の呼吸、脈、手足の重さ、自分自身を何気なく実感する全てを一切感じないのだ。
これは夢だろうか、と考えたところでなぜ自分がここに居るのかを思い出した。
俺は死んだんだった。
自分の手のひらがあったであろう場所に視点を落とす。真っ暗なところにいると思っていたがこの感じは恐らく目がないのだろう。
なら今物事を考えているこの頭は一体なんだろうとも考えたが考えたところで結論は出ないであろうことが理解出来たので諦めた。
頭が冴えてきた事で自分がこうなった経緯をそして死の瞬間も思い出した。
地面に触れた所から骨に亀裂が生じて砕け散る。圧力に耐えきれなかった血管が裂けて体内に血液が滲む。避けた皮膚からは血液と砕けた骨の破片。穴という穴から逃げ出すように体液が漏れてへしゃげた頭蓋からなにか大切なものが抜け落ちた。
幼い頃好奇心旺盛だった頃の自分が、身長より高い位置にあった台所のまな板からトマトを盗もうとして手を滑らせて落としてしまったことがあった。
よく熟れていたであろうそのトマトは、中身のジェル状の身を撒き散らしながら台所の床に潰れて落ちていた。落ちた自分の姿というのは似たようなものだったのだろうか。
第三者の視点で眺めることは到底叶わないがためただの憶測ではあるがなんとなく嫌なイメージが溢れた。
あの時俺の背中を押した誰かは死んだ俺の姿を見ていたのだろうか。誰だったのかというのはもちろん気になるが死んだ自分の身ではどうしようも無いことだ。
___幾分か時間が過ぎたように思う。
それにしても俺はいつまでこの暗い場所にいればいいのだろうか。死後の世界っていうのは永久的にここに押し込まれるものなのか…。
理解の得ない暗闇というのは死んでも精神を蝕むようで、焦燥に似た何かを感じるようになった。
なにごとかを考えていないと耐えれそうにないと、死の間際で聞かれた質問を思い出す。
「やり直したくないか?」
やり直したい、そんなことが出来るのならと答えた直後に突き落とされた訳だが……やはり人生をやり直すなんてできるわけが無いか……。
これが例えばアニメや漫画の世界なら、都合よく神様が現れたりケモ耳美少女が現れて、異世界の最強勇者として生まれ変わったり美少女達とのハーレムライフが始まったり…とかなんとかそういうのも期待できるのだが…
長い引きこもり生活で手に入れた、創作物の世界を頭に思い浮かべてみる。が、もちろんそれで何が起きるわけでもなく時間(?)だけが過ぎていった。
一人きりの思考だけが許された暗闇は嫌でも昔の自分を思い出させる。
無駄に才能だけはあった。だがその才能はやれば大抵人並み程度にできると言うだけ。特別悪くもないが良くもない。得てして一般的。スペックは平均値。ルックスも特別良くもないが見れないほど酷くもない……はずだったと思う。
強いて言うなら、友達としては仲良くできるが付き合うとしてはタイプじゃない…といった所か。
そこらの人が聞けば何を困ることがあるのだと口々に言うだろう。俺でも言う。
だがしかし、だからこそだった。
自分自身になんの熱も持てなかったのだ。
なんだかんだできると思っていた。だからやりたいことが見つけられなかった。
やりたいことを見つけてもどこか冷静な自分が自分の実力じゃ結局光ることはできないと告げていた。だから諦めた。
努力ができなかった。やればできるがそれ以上は出来ないことを知っていたから。本物の才能と呼ばれるものに勝つことは出来ないと理解していたから。
自分の人生に価値を見いだせなかった。モブで終わりたくないと思う心があってもモブからは抜け出せないと周りが、自分自身が理解させてくれた。
そして失敗したのだ。勝てないと理解している自分より上の人間に、自分の中に残る安っぽいプライドを武器に噛み付こうとして見事に叩き折られた。
もしやり直せるなら。自分に目標を持って、目標のために努力する。自分自身に生きてていいんだと誇れる人生にする。
だから
やり直したい。初めから。
自分の意志を強く願った、その時だった。
内側に氷を詰められたような寒さが一転して、ジワジワとぬるま湯に浸されるような優しい温もりに変わってゆく。
微かではあるが2つの鼓動を感じるようになった。
強い鼓動が1つ。そして消え去りそうな弱い鼓動が1つ。
目は依然として見えないが自分が今どこかに居るという実感だけが湧いてきた。そしてそれと同時に強い眠気を感じた。
抗おうにも抗えない。暴れようにも身体がない。為す術なく俺は眠りの渦に吸い込まれた。
懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。