64.歪んだ愛情
サミエルは、驚いて声を漏らしたルージュを見てフッと笑みを溢した……
「君は覚えていないと思うが私達は、七年前に一度会っているんだ…」
サミエルは、昔を思い出す様な表情でルージュへと言った。
「え?七年前にですか……?」
ルージュは、驚きながらサミエルに尋ねた。
「あぁ…君は覚えていないかもしれないが、まだルージュが九歳の頃だった。私は何もかもが嫌になり回りも見ないと馬を走らせて見知らぬ山へと入った事があったのだ。そこで君に出会ったのだ…君は私が山の上で休んでいたところ草の中から急に現れたんだ…」
サミエルは、懐かしむ様な優しい表情でルージュへと話をした。
「………。もしかして、あの時私が採ってきた実をあげたお兄さんですか…??」
ルージュは、目を細めて何かを思い出す様な表情でサミエルへと尋ねた。
「そうだ…そのお兄さんは私だ…思い出してくれたのだな。」
サミエルは、少し目を見開いて驚いた表情になったがすぐに少し微笑みながら言った。
「私、まさかお兄さんが皇太子殿下だなんて知らなくて無礼な事ばかりしましたね…毒味もなしで実を食べさせたりもしましたね…」
ルージュは、昔の事を思い出して苦笑いをしながらサミエルへと言った。
「いや…子供であるルージュの勢いに圧倒されたのもあった。それに…あの時私は君に救われたのだよ…」
サミエルは、どこか切なそうな表情を浮かべながら言った。
「私が殿下を救ったのですか?」
ルージュは、不思議そうにサミエルへと尋ねた。
「あぁ…私は一歳の時に生母を亡くした。その後、継母として今の王妃がやって来た。そしてハミエルが生まれた。義母上は私にもハミエルと同じ様に接してくれたが私はあの頃それが煩わしく感じ余計に孤独を感じていたのだ。母上が生きておられたら今頃違う状況になっていたのかと何度も思った。そんな気持ちを抱いていた私は同じく母上を亡くしたというルージュに話を聞いた。その時に君に言われた言葉で今まで悩んでいた事が嘘のようにスーっと心が軽くなったのだ。君と話したお陰で義母上との関係は良好になったんだ。あの日、まだ小さな少女だった君に救われた私は救われたと同時に君に恋に落ちてしまったんだ…」
サミエルは、どこか遠くの方を見つめながらルージュへと当時の話をした。
「その時から私の事をですか?」
ルージュは、驚いた表情で尋ねた。
「あぁ…その頃からだ…私がどれだけ君を想っているか解ってくれたか?」
サミエルは、視線をルージュへと戻して言った。
「えっ?あ…はい。殿下が私を想っていて下さる事はお話を聞いてよく分かりました…」
ルージュは、微妙な表情を浮かべながら応えた。
(ちょっと待って…ラン様の生死を左右してしまったのもあの山で私と出会った事だったのよね…まさか…殿下の流れも私と山で出会った事で変わっていたなんて。前世で杏理が読んでた小説通りに話なんて進んでなかったんだわ…だからナール嬢との婚約すらも話が進んでいなかったのね…今、腑に落ちたわ…最初から私自身が、前世の記憶通りに進める事を阻止してしまってたんだわ…何てこと…それなら前世の記憶がアテにならないのも納得だわ。)
ルージュは、サミエルの話を聞いてサミエルとの婚約破棄からの流れが何か変だった事について考えていたのだった。
結局、ルージュ自身が自分のルージュルートを変えてしまっていたのだ…
「殿下のお気持ちは分かりましたが、先程殿下からお願いされた件に関しましては了承は出来ません…」
ルージュは、真剣な表情を浮かべながらサミエルへと言った。
「何だ……と…?私の申し出を了承しないだと…?」
サミエルは、ルージュの言葉にスーっと表情を変えて言った。
そんなサミエルの表情を見て、ルージュは背中に嫌な汗が流れた。
「はい…私は、ラン様と離縁するつもりはございません…ですので、皇太子妃になる事は出来ません…」
ルージュは、それでも引き下がる事なくはっきりと応えた。
「何故だ?オパール公爵とは、私との婚約破棄があったからだろう?お互いを想い合って結婚した訳ではないではないか!」
サミエルは、少し声を張り表情を強張らせて言った。
「確かに…きっかけはそうでした。ですが、ラン様は私の事を長年想ってくださっていたのです。私も結婚して一緒に時間を過ごすうちにいつの間にかラン様に恋をしていたのです…私は…ラン様を愛しているのです。」
ルージュは、サミエルから目をそらすことなく真剣な表情で声を張って言った。
まだ、頭が朦朧としてるルージュは声を張ったことで少し頭がクラリとした。
「オパール公爵を愛しているだ……と?」
サミエルは、表情を歪ませながら呟いた。
「はい。私はラン様を愛しているのです。ですのでこれからもラン様と共に時間を過ごして行きたいのです。」
サミエルの表情を見てルージュは、グッと唇を噛んだがしっかりと自分の気持ちをサミエルへと伝えた。
「やはり…オパール公爵がいるからいけないのだな…オパール公爵さえいなければルージュは私のものになるというのに…オパール公爵よりも私の方がずっとずっとルージュを想って愛しているというのに…やはり、あの時に排除しておくべきだったな…」
サミエルは、俯き気味に低い声で言った。
「あの時……?まさか…隣国との戦いの帰りにラン様を襲ったのは…殿下……なのですか……?」
ルージュは、血の気が引いた様な表情でサミエルへと尋ねた。
「あぁ…私だ…オパール公爵さえいなければと思ったからな…オパール公爵が邪魔で仕方なかったのだよ…」
サミエルは、冷たい表情を浮かべニヤリと微笑みながら言った。
「そんな…何て事を…一歩間違えていたらラン様は命を落とされていたのですよ?!それなのに…何という恐ろしい事を…」
ルージュは、サミエルをキッと睨みながら強めの口調で言った。
「私は、オパール公爵が助かった事が残念で仕方なかったさ。」
サミエルは、更に冷たい表情で呟いた。
「………。殿下のされた事は許される事ではありません。一国の皇太子殿下が公爵の命を脅かすなど…この事は黙っている訳にはいきません。ハミエルへと報告させて頂きす。」
ルージュは、身体を震わせながら今にも爆発してしまいそうな怒りを抑えてサミエルへと言った。
そして、ハミエルへとこの事を伝えに行く為に頭が朦朧とする中身体を起こそうとした。
「いいのか…?君が私の申し出に了承しなければオパール公爵は命を落とす事になるぞ……?」
サミエルは、口元を少しだけニヤリとさせて起き上がろうとしたルージュへと言った。
「それは…どういう意味……ですか……?」
ルージュは、ゾッとした様な表情でサミエルへと尋ねた。
「そのままの意味だ…君を眠らせた男は…今頃、オパール公爵を捕らえている事だろう…私の合図を待っているのだよ。ルージュが私の申し出を了承するのであればオパール公爵を無事に開放する…もしも、了承しなければオパール公爵を殺せと…」
サミエルは、ルージュを見下ろしながら淡々と言った。
「……!そんな…」
ルージュは、サミエルの話を聞いて両手で口を多い血の気の引いた顔で呟いた……
(そんな…ラン様…ラン様…ラン様……)
ルージュは、襲ってくる恐怖を感じながら心の中でランドルの名前を呼んだ……




