26.サミエルの限界
ルージュが軍の基地へと来ていた同じ頃、王宮内では…
「父上、ナール嬢の王宮への訪問をやめるよう父上からも言って頂けませんか?婚約をした訳でもないのに皇太子妃面されて困っているのです。」
サミエルが、父であるカイエルとお願いしていた。
「何を言っておる。自分がまいた種であろう。自分で何とかしろ。あの様に人が大勢いる場でルージュ嬢に婚約破棄を言い渡しナール嬢と婚約すると言ったのだ。ナール嬢がその様な態度を取るのもわかっていた事だろう。私とベリーはその様な事に構っている暇などないのだ。ダース男爵も、色々なところで自分の娘が皇太子妃になると言いふらしている様で、他の貴族達からの反発に対しての対処で手一杯なのだ。それに、ハミエルにもそなたの分の公務までこなしてもらっているのだ。ナール嬢の事など自分で対処しろ。」
カイエルは、怒りの面相でサミエルに言うと部屋から出ていった。
サミエルは、苛立ちを覚えながら執務室へと向かった。
執務室へ到着すると、側近であるアインがサミエルの元へと慌てて駆け寄ってきた。
「アイン…どうした?何かあったのか?」
サミエルが、慌てていたアインへと尋ねた。
「それが…ナール様がいらしてまして。殿下は今は居ないと申してもお聞きになられずでして…」
アインは、とても疲れた表情でサミエルに伝えた。
「またか…」
サミエルは、呆れた表情で呟いた。
そして、執務室へと入った。
サミエルが、執務室へと入ると………
「サミエル様〜。お待ちしておりました。陛下のところへ行っておられたのですか?私達の婚約のお話ですよね?ようやくサミエル様と婚約が出来るのですね…」
サミエルを見たナール嬢が、媚を売るような甘い声に満面の笑みでサミエルへと言った。
サミエルは、そんなナール嬢を見て虫唾が走る程の嫌悪を感じていた。
サミエルは、そんなナール嬢に対して限界だった…
「ナール嬢…いつも言っているが私は、君と本気で婚約をするつもりはない。だから毎日の様に王宮へ来るのはやめてくれ…」
サミエルは、怒りをなるべく抑えながらナール嬢へと言った。
「サミエル様ったら…そんな事仰って…そんな照れなくてもよろしいですわ…」
ナール嬢は、そう言うとサミエルへと近づきサミエルの腕に手を絡めてきたのだった…
サミエルは、その瞬間自分嫌悪という嫌悪を感じた。
そして、サミエルはナール嬢が今まで見たこともない様な冷たい目でナール嬢を見た…
ナール嬢は、その目に見られて背筋が凍る感覚に襲われた。
「私は、君に婚約破棄の芝居の協力をしてもらった事もあり我慢していたが…もう限界だ……私に軽々しく触るな…汚らわしい…まったく…品も何もないな…君に触れらる度に虫唾が走っていた。はっきり言っておくが君がこの先皇太子妃になれる事は一生ない。後にも先にも私が皇太子妃にと望んだのはルージュただ一人。君がどんだけ何をしようともルージュには一生敵わない…敵う訳がない。君の様な下品でけばけばしい者がルージュの足元に及ぶとでも本気で思ったのか?!馬鹿馬鹿しいにも程がある。何もかもルージュより遥かに怠っている君を愛する者などこの世にいるのかもわからない程だ…私は…ルージュを心から愛しているのだ…君が今私の目の前にいるというだけで吐き気がする…」
サミエルは、冷たい目をしたままナール嬢へと現実を分からせる為に吐き捨てる様に言った。
ナール嬢は、声も出ず心なしか小刻みに震えていた…
「さぁ…わかっただろ?君の居場所など王宮にはないのだ…それがわかったなら二度と私の前に姿を現すな…ここまで言っても姿を現す様なら……その時は、私も黙ってはいない……あぁ…ダース男爵にも一生そうなる事のない噂を流すのはやめろと言っておけ…話は以上だ…一刻も早く王宮から出ていけ…」
サミエルは、表情を一切変えることなくナール嬢へと言った。
ナール嬢は、震えがおさまらないままサミエルから手を離して急いで部屋から飛び出した。
ナール嬢が、凄い勢いで部屋を飛び出したので外にいたアインは驚いた。
「殿下…今しがた、ナール嬢が物凄い勢いで部屋から出てこられたしたが…何かありましたか?」
アインは、心配そうな表情でサミエルへと尋ねた。
「あぁ…問題ない。これでナール嬢が王宮へ来ることはなくなるだろう…本当に図々しい下品な令嬢だったな…」
サミエルは、冷たい目と表情から普通の表情へと戻して心配するアインへと言った。
「左様ですか…」
アインは、サミエルの言った言葉に「何かされたのですか?」と聞こうと思ったが何となくそれは聞くべきではないと思い聞かずにそう応えたのだった…
サミエルから、冷たくあしらわれて王宮を急いで出たナール嬢は急ぎ馬車に乗り男爵邸へと帰った。
邸へ到着するなり、ナール嬢は自室へと籠もった。
そして、着替えも済まさぬままベッドへと潜り込んだ。
「サミエル様のあんなに冷たい目…初めて見たわ…それに…あんな事を言われたことも……ルージュ様との婚約破棄をする協力を持ちかけられた時は、天にも昇る程嬉しかったのに…ルージュ様の代わりに皇太子妃の座もサミエルの愛も私の物になると思ったのに……サミエルは、ルージュ様を愛してるですって?冗談じゃないわ……」
ナール嬢は、ベッド中に潜り込み一人呟いていた…
「ルージュ様…あなたの存在がある限り私はサミエル様から愛されないし、皇太子妃にもなれない…あなた程邪魔な存在はいないわ…邪魔…邪魔…邪魔……………………そうよ…邪魔なら排除してしまえばいいんだわ…ふふふ…私って何て賢いのかしら…最初からそうしておけば良かったのよ…ふふ…」
ナール嬢は、急に怪しい笑みを浮かべながら呟いたのだった……
笑みを浮かべていたが、その目には尋常ではない殺意が込められていたのだった………
そして、ナール嬢は父親であるダース男爵の元を訪れて自分の考えを話したのだった…
「ほぅ…そんな事があったのか…殿下もお人が悪いな…うちの娘をこんな気持ちにさせるなど…しかし…ナールの言う通りルージュ嬢は邪魔な存在だな…しかし、ルージュ嬢は確か殿下との婚約破棄後はオパール公爵の元へと嫁いだと聞いたが…」
ダース男爵は、ふむふむといった表情でナール嬢の話を聞きながら言った。
「ええ…その様ですわね…ですから、なかなかルージュ様一人になる機会がないのでどうしようかと思いお父様に相談したのです。」
ナール嬢は、いき詰まった様な表情で言った。
「ん〜…そうだな…ん?待てよ…確かオパール公爵は数週間後に近隣国との戦いが控えているから当分の間はほとんど毎日軍の基地にいるはずだ…その間はルージュ嬢からオパール公爵が離れる事が多くなる…その時を狙えば良いのではないか?こっそり尾行をつけさせておけばルージュ嬢の動きも掴めるはずだ。」
ダース男爵は、いい案を思いついたと言わんばかりにナール嬢へと言った。
「それは、いい案ですわ。お父様…その期を狙いますわ…その手の使える者などの知り合いはいますか?」
ナール嬢は、ダース男爵へと尋ねた。
「あぁ…それは私に任せておきなさい…」
ダース男爵は、ニヤりと怪しい笑みを浮かべながら言った。
「ふふ…さすがですわ。お父様…ありがとうございます…」
ナールも、ニヤり笑みを浮かべながら言った。
「いいんだよ。ナールが幸せになる為だ…それに…パトリック辺境伯の娘を亡くした時の絶望する顔が見れるなど傑作だからな…パトリック辺境伯家を潰すチャンスにもなるかもしれんからな…」
ダース男爵は、再びニヤりとした表情を浮かべて言った。
こうして、ルージュやランドセルが知らない間に恐ろしい計画が立てられていたのだった…




