15
寄宿舎へ戻る日がやってきた。
私は周りに止められながらも新しい服を身にまとう。
茶色のスラックスパンツは、もちろん私のデザインだ。両サイドのズボンの裾の外側は膝下まで切られ、同色のすけたレース布が付けられている。そこから白い足がすけて見えるが、けしていやらしくなく、どちらかというとスマートさを演出していた。歩くたびにレースがひらひらと揺れる。
上には私の髪と同色の淡い紫のタートルネック。そこにオットベストとボタンのたくさんついたジャケットをかっちりと羽織っている。これは、先日頼んだメンズ服に少しアレンジを加えたものだ。ジャケットには襟はなく、鎖骨あたりまでしっかりとボタンを止めた。肩と腕の接続部分には緑色の装飾が施されている。
向こうでは、ヴィンテージと呼ばれる服をイメージしたが、あまりの出来栄えに満足している。
母は私のこの姿を見て、目眩をおこし倒れた。父も言葉を失ったものの、私の目を見ると何かを悟ったかのように
「気をつけて」と私を送り出してくれた。
思わず、父を抱きしめる。
「それでは」
私は、シーアをつれノアの迎えの馬車へと向かった。
私が乗り込むと、ノアは驚いたように私を見つめる。彼の口は開き、目は丸い。美形の顔が崩れたと思い、私は得意になった。
「お久しぶり」
「あ・・・あぁ」
ノアは動揺を隠すゆに微笑むが、その笑顔は引きつっている。
「何か?」
「その・・・その衣装は向こうのものか?」
彼は、少し硬い声で言った。私の真意を探っているらしい。
「私の生きていた世界では50年前くらいに、他国で流行っていた服。女性ももちろん、このような衣装をきてたけど、私が生きてた時も私は着てた。少し目立ってたけど、やな目立ち方ではなかった。」
私は、足を組んだ。
ノアはさらに目をむく。パンツのレースが透けていることに気づいたらしい。
彼の表情が曇る。
「君の生きていた世界では、足もそんなに見せるのか?」
そう聞いた彼の声は硬く、尖っている。
怒っているな。と直感で感じた。びびるな。と己に言い聞かせる。
「私の生きた世界では、ズボンが短くても許された。私のこのレースは許容範囲。それより、この世界のコルセットの方が揉んだと思うけど。体が悪くなる。」
私は、彼と同じ格好をした。それは足を組み、腕を組む。そして挑戦的な目で目の前お相手を挑発する。私は彼を。彼は私を。
「男性に何かをされても、君は何も言えないよ?」
「いいえ。言う。確かに、裸やそれに近い服を着てたら、文句は言えない。けど、女性が男性に服を合わせる必要もない。」
私の言葉に、彼は目をつむり深呼吸をした。
もう一度開いた瞳は怒りに燃えていた。初めて、彼の感情を読み取る。新鮮な感情が広がる。
「君はもっと聡明かと思っていたよ。」
「それは残念。・・・男性に2回も振られてるから。あなたの言う聡明さならいらない。」
私はにっこりと笑う。自分の心臓の音が頭まで響く。視線の席の彼は依然として表情は曇ったままだ。
緊迫した空気が私たちを包み込む。
「学園についてからは、僕と2人きり以外は敬語を。」
「了解した・・・わかリました。」
気を抜いた私を彼は人睨みする。洋服の件は許しが出た。その許しでさえ、ありがたいが違和感は拭えない。
敬語を使うことに関しては、彼の要求を飲むことにした。
「・・・で、その服は誰が?」
幾分か表情は柔らかくなった彼は、品定めをするかのように聞く。
「デザインは私が。作ったのは秘密。」
「・・・なぜ?」
「あなたにわざわざ教える義理はないから。」
私の言葉に、少しムッとした顔をする。
「僕たちは『婚約者』なのに?」
「なら、調べたら?」
そう私が言うと同時に馬車が止まる。”寄宿舎”と呼ばれる『学園』についたようだった。
ノアが突然私に覆いかぶさった。私の体は固まる。
「ねぇ。おねいさん。君のその反抗的なところも好きだよ。」
彼は低くそして、甘く囁いた。
彼の息がかかり、耳からスッとくすぐったさが全身に広がる。
男性にしては珍しい、花のような甘い香りが香った。
ノアは私の顔を一度覗き込み、声には出さず「真っ赤」と意地悪く微笑んだ。
私は、下唇を軽く噛む。
ドアが開き、ノアは何もなかったかのように馬車を降りた。私が降りるのをエスコートするように待っている。
「あんた、18歳のくせに言うことがおっさんくさいよ」
私は小さな声で呟くと、彼はニコニコと笑う。
「一緒に行こう。」
そういって、この男は私の手をとるのだった。