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マチビト・キタヲ

マチビト・キタヲ                作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)



そう、あれはいつの異世界のことだったか。もうどうでもいいが。

夜が明けるまでにはまだ間がある・・・

朝まで小説の世界でも探索してみようか!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつもと違うホームに到着したことで、片手に携えたスーツケースのことさえも忘れてしまいそうになるほどハッとする。夕べの小説のせいで寝過ごしたようだ。


いつもよりも人影の無い静かなホーム。通勤時間はとうに過ぎている・・・

何をどうすべきか迷って動けぬままに列車は走り出す。


車窓にはいつもと違う町並みが流れている。何故だ。

何故かって?それは俺のせい。誰が起こしてくれる訳も無く唯ひたすらにむさぼり眠っていた自分のせいに他ならず・・・


「里山かな、彼方に見えるのは、いいね。」今は遅い通勤時間から離されてしまった自分を慰めてみるかの如く、そんなセリフを呟いてみる、馬鹿だね。

車窓は次々と見知らぬページをめくってゆく。俺の心も知らずに。

いつもの間にか乗員の人数は少なくなっている。休みでもないのに。


次の駅を降りる。「長坂駅」と書いてある。何処だろう・・・

不意に降りることにする。


ベンチに座る。

目の前を通りかかる一人の少女が「待ってたよ。」と何かを手渡す。

金色のバッチで「S」のロゴマークが刻印されている。

何気なくジャケットに付けてみる。


そういい残すや少女はホームの階段を上がって行く。

もはや誰の人影もなくなっていた。

休みでもないのに・・・あれっ休みだっけ?


日付を確認する。当然出勤日。


「ガタン!」という音。とともに列車が走り出す。

一瞬次元が歪んだかのような錯覚を覚える・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


暫く呆然としている自分に気付く。

時間を取り戻すことなどもう出来ないまま。


また部長にどやされるのか。

それもこれも夕べの小説のせいだ!俺のせいではない。

いや、俺のせいだ、だからどうした?

ああ、どうしようもないさ・・・


そんな事いってみても使用が無い。

さて! と、先ほどの少女の後を追うように、ホームの階段を上ってみる。

「改札口」と書かれた看板の矢印に先導されながら、唯成すべくも無くそちらへ向かって行く。

改札を抜けると、目の前に黒塗りのハイヤーが横付けられている。

扉が開き運転手がこちらに近づいてくる。何故か。


「いやいやお待ちしていましたよ。長旅お疲れ様でした。」

「あ、いや人違いですよ、誰かと間違えていません?」

「何を仰って、お坊ちゃま!間違えようが無いじゃないですか。ほら証拠にお父様の会社のバッチを胸につけていらっしゃる。ほら私のことお忘れで?」

「いや、これはさっき・・・何かの間違いですよ。」

「あぁ無理も御座いませんね、留学されてから十年も経ちますから、しかし私のバッチと、ほらねっ同じバッチ。兎に角大丈夫ですよ、誘拐はしませんから!」


運転手に急かされるまま訳も分からずにリヤシートに載せられてしまったサトル。

これは一体どういう展開だ、頬をつねってみる。痛い。夢ではなさそうな・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「大変ご迷惑をおかけしております、はぁ、電気系の故障でしょうか、今朝確認したのですがバッテリーの電圧にも異常は無かったので。――はい、今JAFがこちらに向かっています。」、


町道の路肩に止まっているハイヤー。

その傍らで向かいの山々を眺めているサトル。

何だろうこののどかな時間の流れ。

そういえば足早に駆けていた社会人の自分にとって忘れていたものの如くそれは映る。


それにしてもオレ、留学してたみたい。

別にそういう事でもいいけど。

どうせ明日には戻って部長に怒られるだけ。たまにはいいさ・・・

ぶっちょう面を引っさげてみるが景色は変わらない。


1時間ほどしてレッカーがやってきた。

バッテリーをジャンプしてみたが、どうやら充電器が故障している様子。

近くの修理工場へ運ぶ算段となる。

もはやなすがままに二人はハイヤー牽引の準備の整ったレッカートラックへと乗り込む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


トラックを降りると修理工場の事務所にひとまず辿り着く。

奥から感じのいいお婆さんが気を利かせて三人に麦茶を持ってきてくれた。

炎天下で長時間待たされただけあって何ともありがたく戴く。

レッカーのおじさんが飲み干すや慌てて次の現場へと向かう。

暫くして車の確認をし終えた老齢のメカがこちらにやってきた。

「今日部品を発注して明日には届くと思うよ。」

どうやらこの老夫婦が工場を切り盛りしているようだ。

「代車が必要だったらこれ乗ってってもいいよ。」

傍らに昭和の白いニッサンサニーが置いてある。年代ものだがきれいにされている。

そういえばサトルの家にも小さい頃確か同じのが庭にあった。懐かしい。

「悪いですね、じゃお借りします。」

サトルと同じ「S」をかたどった金バッチの運転手が鍵を受け取る。

二人は乗り込む。

「あっ、マニュアルシフト。ヒサシブリィ!」

運転手がはしゃぐ。

キーをまわすとキャブレターのサニーは小気味良いレスポンスで始動した。

サトルにも懐かしいノートのような気がした。

「何年ぶりかなぁ、サトル君も小さい頃良くこれに載せたよね、覚えてる?懐かしいでしょ!これは僕らが乗った車をこちらでそのまま引き取ってくれたものだよ。」

サトルは動揺する・・・

「はぁ?僕ら?確かに親父もこれと同じ車に乗せてくれたと思うけど、貴方と乗った覚えは・・・」

「何を仰います、お父様は運転できないのですよ、今でも。サトルさんが小さな頃からいつもこれで送り迎えしていたのが私ではありませんか。お坊ちゃま!」


これは変てこなことになってきたなと思いながらもとりあえず運転手に調子を合わせてみることにする。

真夏の蒸し暑い空気の中、手回しのハンドルで開け放たれたウィンドゥから熱風がサトルののどを熱して行く。エアコンは付いていないようだ。


「懐かしいなぁ、あの頃はサトルさんの会社もまだ小さくて、資金繰りは大変だったから、やっとのことで新車でこの車を手に入れたお父様は運転は出来なかったけどいつも磨いていたっけ。そして従業員の僕にキーを預けてくれたんで通勤にも使わせていただいた。僕にとっても思い出の車だったなぁ!」

軽やかなハンドリングで細い峠道を右へ左へとサニーは下って行く。

間もなく二人は「白州ウイスキー」に辿り着く。


「さぁお待たせしました、何はともあれお疲れ様です。」

二人が辿り着いたのは大きなウイスキー工場であった。

サトルも良く眼にするCMの製品を作っている大手メーカーではないかっ!

え、てことはオレは此処の御曹司?そんなぁ~


運転手に案内されるままに自動ドアを抜けてロビーに入る。

受付のお姉さんに丁寧に会釈され、そこをスルーすると廊下の奥へと案内される。

「PRESIDENT」と表記されたドアをノックし、運転手はサトルを奥へと引き入れた。


「おぅ、お帰り。遅かったな?」

まるで貴賓室のような上品な大きな部屋の窓際に、やはり大きな重厚なメイプルウッドのデスクに腰掛けた、いかにも社長という風体の老紳士が立ち上がる。

ん、待てよ?何かの間違いでは?何か見覚えがあるような、アッ!


なんとそこに居たのはいつもの部長ではないか!そんなぁ~


サトルは先ほどの熱風にやられたことも手伝って、足がふらついてまともに立っていることさえままならなくなる・・・

慌てた傍らの運転手に支えられて手前のソファーへと着地する。


「おいおい、大丈夫か?君、早く水を・・・うちの「天然の水!」を持ってきてくれ。」

運転手が駆け出す。


「部長~、これは夢ですかぁ~」

「部長?――おいおい、どうやら暑さで頭をやられたな・・・まぁ無理も無い。」

社長は自分の席へと戻る。電話が鳴る。

「あぁ、例の件か。早急に頼むよ。ん?そうそうそれでよい。」


虚ろなサトル。熱中症のせいかサトルの眼にはキリッと仕立てられた容姿ではあるが、目の前の老紳士が部長に思えて仕様が無い。しかもオレの親父でPRESIDENT?いやいや。

やがて届いた「天然の水!」を飲み人心地着く。老紳士は忙しげに書類に眼を通している。


「お坊ちゃま、気分は如何ですか?」

傍らに座った運転手が語りかける。

「あのぉ、あの人がオレの親父?」

「はいそうですが、何か?」

「社長?」

「はい、左様で。」

「何かの間違いでは?」

「何のことでしょう?」

「じゃ、君の名前は?」

「服部剛三です。」

「え、オレの実の親父と同じ名前・・・ウソ?」

「いや、ホントゥッ!」

「こりゃだめだ・・・」

そしてサトルは気を失う。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おい、そろそろ起きんか。」

その声に起こされたサトルは先ほどのソファの上に横になっている。

寝ぼけた目の前に、やはり先ほどの部長に良く似た社長、親父だという近くにあるその顔はやはりどうしても見間違えの無い会社でいつも会う部長がそこにいる・・・

「大丈夫のようだ、服部君、じゃ後は頼んだぞ。」

そう言うとアタッシュケースをぶら下げてそそくさと戸外へと出て行く親父。


「これって、何かのゲームですよね?」

「え、何がです?」

「だから、あの人が社長で、貴方が私と同じ服部で、名前が・・・」

「お坊ちゃまの苗字は大丸ですよ、昔から・・・」


あーもういい、好きにすればいい。

行き場を失ったサトル。


よし、そっちがそうならとことん付き合ってやろうじゃないか!

そうだな、このゲーム。なかなかRPGとしては悪くない設定かもな。

どうせ昨日までの人生にしたって大して面白みは無かったもの。

そう、これは神様がくれた運命なのかも。神なんて信じてないが。

ならばこのRPGに乗っかってみようではないかな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「で、服部さん。様子は良く分かりました。それで、これからのPlanは?」

「あ、ようやくいつものお坊ちゃまに!お帰りなさいませ。」

「いいから、で、オレの今持っているスキルについて、君が知っている限り全て説明して。」

「分かりました。では端的に。幼少期からIQ120以上、エスカレーター的に私立のTK小中高、そしてTK大学院まで無事主席にてクリア。見聞を広めたいとの事でOF大学をクリアし米商社にてExecutive Managerに若くしてクリア、本日無事到着ですが何か?」

「宜しい。ではこれからの私のこちらでのPlanを。」

「はい、PRESIDENTによりますと、これらスキルを生かし、我が「白州ウイスキー」の難局を攻略するためのVisionを設定していただくとの事です。もっともPRESIDENTのご協力の下に。その暁には時期をみてわが社のPRESIDENTとなって頂くようです。」

サトルは先ほどまでの動揺とは裏腹に別人のように演じ続ける。

「う~む、よかろう。で、直近で何から始める?」

「はい、本日はお疲れでしょうから、一先ずご実家まで送らせていただきます。」

「分かった。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


先ほどのトラッドなサニーに乗り込み「白州ウイスキー」を後にする二人。


国道20号線を数分南下し「道の駅白州」の角を曲がる。

駅のある先ほどの対岸から眺めた山系が迫ってくる。

ふもとの小高い里山へ入ると暫く清清しい林道を進む。

森が茂って行く中、遠くに大きなゲートが見えてくる。

ゲートは服部持参のリモコンにて重厚に両開きの状態になる。

これまでの森林の様子と異なるレンガ敷きの庭のセンターに噴水が高く湧いている。

ああ、此処が僕の家なんだね!了解。


待ちわびたように老婦人が駆け寄ってくる。あれっ、お袋?

ちょっと気取っていたサトルの表情が一気に強張る。


「あぁ良かった、無事で。倒れたって?もう大丈夫なの?」

駆けつけた老婦人は紛れも無くサトルの母親だ。これにはたまげた!


「ああ、ご心配かけました。お久しぶり。」

「よかった・・・じゃ服部、荷物を運び入れて頂戴。よろしくね。」


服部運転手に対してはクールな様子のうちの母。さすが長女だねぇ!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


大扉のエントランスを抜け、大理石の廊下を通り奥へと案内される。

すでにダイニングには食器がきちんと並べられている。


「待ってたわよ、駅に着くなりトラブル続きだったわね。さぁ久しぶりに私の手料理堪能してね!」

相変わらずの母の笑顔にほっとした気分。荷物を片付け終えた服部も席に着く。

どうやら女中は居ないようだ。専業主婦であろうか、調度品も母のセンスの趣味のものが並べられている。生花も窓際に並び、なんとも居心地がいい。


「お坊ちゃま、先ほどまではどうされたのですか?やはり暑さのせいでしたか?」

「そうかもね、いや、もう気にするなよ。大丈夫!」

「ではお食事の後、もう一度先ほどのPlanについての詳細を詰めましょう。」

「ああ、今夜はゆっくりしたいので明日にしよう。」

「はい、かしこまりました。そうですよね、何しろお母様は家でのビジネスの話はお嫌いですものね・・・」


耐熱グローブで大なべを重そうに運び込む母上。

ふたを開けボルシチをスープ皿に注いで行く。

この暑いのにボルシチかよ、と思ったが、絵に描いたままの長女育ちの強気な母には父でさえ反抗など出来ない・・・


「さぁ、召し上がって!疲れたときはこれねっ!」

疲れたときはサムゲタンだと思うが・・・


遅めの昼食を終えると服部は社に帰っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


翌朝起きたのは、もう10時を回っていた。


夕べ再会した母との積もる話のせいで大分夜更かしをしてしまった。

まぁかなりフェイクでちぐはぐな会話ではあったと思うが、母がリードするいつもの体制で無事攻略となった。


既にダイニングは時計を気にする服部と冷めた朝食が佇む。

お疲れの母は部屋に帰ってしまっている。

部長、いや父上は急な出張とやらで昨夜は戻らなかった。相変わらず多忙だ。


「おはようございますお坊ちゃま。早速ですがスケジュールがぎっしりと軋んでいますので朝食をお口に運びながら耳だけこちらに願います。」

サトルはクロワッサンを頬張り頷く。


「では、始めます。」

なんだかMENUのような革張りのタブレットを取出し、洒落た鼻めがねの服部がページをスライドする。内容はこうだ。


MENU:

設問1)本日午前中の予定について次の選択肢から選べ。

① 社の現状把握のため出社し、Presentation Meetingを開始。

② 疲労回復のため自由散策。

③ 近隣の有力者とのコンタクト。

④ PRESIDENTとのテレビ会議。


サトルは①を選択。


設問2)本日午後一の予定について上記の選択肢から選べ。


サトルは④を選択。


設問3)本日15:00~の予定について上記の選択肢から選べ。


サトルは③を選択。


設問4)本日17:00~の予定について上記の選択肢から選べ。


サトルは②を選択。


服部の機の利いた計らいにより事も無く予定が決定する。

そして速やかに支度を済ませるとレンガ敷きのロータリーに佇むサニーに乗り込む。

油蝉の合唱が今日の気温を盛り上げて行く。

サトルの胸のチューナーも等しく同調する。


??????????????????????????????????


ところがだ、社に着くや大勢の人ごみが待ち受けていた。

そして門柱には貼紙が掲げてある。

内容は以下のとおり。


「創業以来長らくご愛顧いただいたわが社は、本日を持ちまして

解散の運びとなりました。

詳細につきましては各位にご連絡差し上げます。

皆さんありがとうございました!」


な、なんと!解散?

暫くサトルは正面玄関の階段で頭を抱えこむ。

想定外だ、会社がつぶれるなんて!

代々100年以上続いた今になって、というか昨日まで何事も無かったのに!


やや錯乱気味の服部が皆に自宅待機を促す。

従業員は散りじりなってゆく――

力なく二人は家路へと引き返すことにした。


途中、駅でバッチを手渡したあの不思議な少女とすれ違う・・・

咄嗟にサトルは服部に停車を命じる。


招かれるように彼女へと近づく。

「あ、お兄ちゃん!待ってたわ、はい、これ。」


何やら封筒を手渡される。

表書きには「サトルへ」、裏書には「大丸伝助」え、部長、もとい社長?

動揺するサトルから封筒を奪うや服部が読み始める。既に少女は消えていた・・・


「サトル、誠に済まぬ。会えたばかりで話せなかったが、これには深い事情がある。今から同封MAPの目的地まで来てくれ。頼む。――父・伝助」


MAPを取出す服部。

サトルも覗き込む。

「坊ちゃま、さぁ、乗った乗ったぁっ!!」

半狂乱の服部の声に驚く。


白いサニーは来た道を翻すと昨日来た長坂駅方面へと向かう。

駅の前を霞め、先へと急ぐ。

八ヶ岳清里へと登って行く古いサニー。

タイヤを軋ませながらも意外と俊足だ!

走れサニー!頑張れ服部!無事か部長!い、いや親父!

清里駅方面を突っ切り八ヶ岳のすそのR141号線を登って行く。

やがてMAPのGOAL野辺山駐車場に滑り込むNISSAN SUNNY。



??????????????????????????????????


と、二人の頭の上に大きな「?」マークが雲の如くぽっかりと浮かぶ。

あれっ、さっきの?


「あ、お兄ちゃん!待ってたわ。」

え、デジャヴ?

いや、確か服と、髪のリボンの色が違う

さっきの子はピンク色、こちらの子は空色の服とリボン。

そうか、もしや双子かな?


「ええと、さっき会わなかったっけ?」

「いいえ、それよりこっちこっち!」

いきなり駆け出す少女。


真っ青の空と澄み切った緑のコントラストがくっきりと爽快な風を運ぶ大地。


少女に促されるまま駆け出す二人。

まるで蝶を追いかける少年のように何故か心が弾む・・・

いや、親父は無事なのか――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


運動不足がたたってか、いくら走っても彼女に全く追いつけないでいる。

草原の歩道は延々と続いている――

やがて草原の丘の向こう側へと駆け上がってゆく少女。

そして姿が見えなくなった。

丘の向こうに辿り着くと、何やら怪しげな男が一人立っている。

確かに親父ではない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


男の身なりは黒いサングラスに黒いハット、黒い上下スーツに黒ネクタイ。

何か映画で見たようないでたち・・・


先ほどまでの快晴がウソのように向こう側から凄まじい勢いで真っ黒い雲が押し寄せてくる。山の天気は変わりやすいとは言うものの、これは尋常ではない。

二人は目の前の怪人にマジックでもかけられた様にそこに立ちすくむ。

先ほどの少女の姿はもう居ない。

目の前にこちらをジッと見据える男のみ。

二人は殺気を憶える――


頭上まで黒雲が押し寄せた頃、いきなり轟音と共に稲妻がピシャリ!と男の後ろで地面を叩きつけるや、僕らの背後の八ヶ岳山麓に向かって轟音が轟きわたる。

ああ、世も末か・・・と思ったのも束の間、スコールのように大粒の雨が一斉に遥か頭上から僕ら目掛けて叩きつける。

オレ、何か悪い事したっけ。少年のように不貞腐れるサトル~

隣に首を向けると服部も口をつんと前に突き出しているようだ。

又首をもとの正面に戻すと、え、目の前に怪人が。

30m向こうだったがワープでもしたというのか。


「これを貴方たちに渡すようにと仰せつかって参った次第です。」


ずぶ濡れの黒服の男は先ほど服部が持っていたMENU型タブレット同様の、今度は赤茶の革表紙のMENU帖であるが、サトルに手渡す。だが4桁のダイヤルキーが掛けてある。


「キーナンバーはまた後ほど連絡します。」


そう告げると背後からアップのヘッドライトで猛スピードで迫る4X4ピックアップの荷台に、まるで鷹の如く舞い乗った。

ずぶ濡れの二人は唖然と立ち尽くす。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


土砂降りの視界の聞かぬ中、暗いヘッドライトの明かりを頼りにサニーで帰路に向かう。


「いらっしゃいませ。コーヒー暖まってますよ。」

途中清里のR141号線の脇に見つけた喫茶店のおばさんがテーブルに招く。


「あらずぶ濡れで・・・こちらへどうぞ。はい、コーヒー召し上がれ。」


頼みもしないのにコーヒーが出てきた。

冷え切った震える指でカップを掴み、少し熱めのコーヒーを啜る二人。


他にMENUはケーキが何種類かある。

サトルはチーズケーキを二つ頼む。

先ほど受け取った革張りのMENU帖を持ち込んだサトル。

先ほどの土砂降りの中では気付かなかったが背表紙に型押しで「1985」と書かれている。

サニーの年式とも合致するが、まさか・・・

服部が上ずった声で

「こ、これですよ、キーナンバー!もしや――」


試しにラインのところにダイヤルを回転し合わせてみる。

「カチッ」と小気味良く一致し、扉が放たれた。

これって、コーヒーの湯気?と思ったのも束の間、二人の目の前が真っ白になる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あ~ら、お目覚めのようね。」

さきほどのコーヒーおばさんが、ガラッと態度を翻し、魔法使いの面相に変わってこちらをあざ笑うかのごとくタバコをふかす。

「こんなところにこんな古い店があったなんておかしいと思わなかったの?何だか不思議ね。」

これはどうしたことか、そうか、先ほどの煙のせいでどうやら気を失ったようだ。向かいの服部はまだソファーに凭れたまま気を失っている。

「私は60年近くここに居ますよ。パラレルではね。」

「そうですか、こちらはなんてパラレルの町ですか。」

もうサトルお得意のお家芸と化したクールな口調で、さも何事も無かったように魔法おばさんに対峙する。

「火野原町ですよ。あらご存じない?」

「はぁ、知っているに決まってるじゃないですか、ハハッ!」

ふと、その名前になんとなく聞き覚えがあるような気がしたが後回しにする。


「ここはこの間の台風で結構な被害でしたので、皆復旧作業に追われているのです。川が氾濫したおかげで今までに無く時間がかかりそうですが。」


「そうですか、私に手助けができればいいのですが・・・」

サトルはあまり心にも無かった言葉が口をついて出たことに驚く。

しかし先ほどの大雨は台風だったのか、いや、あの雨がパラレルの抜け道となってこちらのパラレルに捩れて歪んだのだろう。確かそんなストーリーの異世界ものは過去に読んだ記憶がある。またもや変てこなことになったぞ、今度は服部さん付き?


「まぁ何を仰います、貴方はSホールディングスの方ですよね!そのバッチ!」

バッチに気づいたおばあさんが、急にかしこまった態度になった。


「いぇ、これはふとしたことで貰っただけで・・・」

というや否や、店の前に黒塗りの車が現れた。そして運転手が駆け寄ってくるや

「さぁ、早くお乗りくださいっ!もう時間がありません!!」

そう告げるとサトルを後席へと押し込んだ。車は急加速する。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「これはいったいどういうことなんだ!私をどうしようというのだ!」

「状況については後で申し上げます。貴方はただ従ってください!」


運転手はそう告げるとハンドルを右へ左へと忙しく操作する。

やがて大きいビルヂングへと車は滑り込んだ。


待ちかねたように従業員らしき若い女性二人に引きづられるようにエレベーターへ連れて行かれる。これではまるで誘拐では無いかいっ!


「さぁ、こちらへ。」


サトルは二人の従業員に引きづられるがままに、奥の小部屋へと案内される。取調室のような殺風景な部屋の中で5分ほど待たされたであろう、と、扉が開く。


入ってきた若いメガネの男が席に着くと、黙って持っていた手帳をペラペラとめくっている。サトルは無言でその様子を伺っていた。


先ほどの女性の一人がコーヒーをテーブルに置く。

メガネの男が一口すすると、「どうぞ。」とサトルにもすすめる。

またコーヒーか、と思いつつサトルも一口すする。メガネはやっと口を開く。


「今までどちらにお出でだったのですか、サトルさん!何年も帰って来ないで!」


「えっ、何のことでしょうか?何で私の名前をご存知で?」


「マッタク!とぼけないでくださいよ!社長のご意向でせっかく海外経験を積んでわが社に貢献していただくよう計画していたのに。その話を聞いて依頼、行方を晦ますなんて!」


「な、何か勘違いされているようですが・・・全く理解できませんが?」


「またまた~サトルさんらしい嘘はお辞めください。しかしちょうど良いことに我がSホールディングスがM&Aの買収候補に挙がっているので、サトルさん次第ですが。社長もだいぶ病状がよくないので、このままうちの社を引継いで立て直してくれれば良いので。」


「余計わからなくなってきましたが、何か大変なことが起きているような。」


「うちで開発中の「次元移転装置」は世界中で注目を集めているのはニュースでもご存知でしょう。このパテント欲しさに関連企業が乗っ取りを企てているのです。A社は結構気前のよい提示額で言い寄って来ていますが、タイムリミットは明日までとなっているのです。

明日の電話会議で結論を言い渡さなければなりませんが、社長は躊躇しています。ご子息の貴方が後押ししてくだされば、社長も喜んで引き受けるのではないでしょうか。」


サトルの混乱はもはやピークを迎えていた。「次元移転装置」とは?ご子息?ということは私はこの会社のあととりになるということか?何故私が?会社が倒産し路頭に迷ったばかりなのに!


そしてサトルは頭を抱えたまま目を瞑った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


気がついたらS社の入り口ロビーの階段にサトルはたどり着いていた。

多分呆然としたまま歩いてきたのであろう。居ても経ってもいられない面持ちでサトルは会社を後にすると、そそくさと今まで来た道を引き返すことにした。


どれくらい歩いてきたのだろう、私の20年間の会社人間生活からすればちっぽけな時間に過ぎないのだが、と、そんな心境になったサトルの頭上には青い空、そして白い雲がぽっかりと浮かんでいる。まるで現実の中にも異世界があるような気さえする。


あぁ、澄み切った秋の空の青さも忘れていたのかなと。そして目の前にポツンと小さな駅が現れた。たて看板には「日野春駅」と書いてある。そうだ、電車に乗ってみよう。


改札を抜けたサトルの手にはプリカではなく懐かしい切手が握り締められている。片道切符だ。明日から会社にも行かなくていいし、あても無いたびに出るのもいいかなと。


ちょうど到着した列車に飛び乗る。走り出す頃、S社のメガネが駆け寄りながら列車の窓にすがりつく。


「サトルさん待ってください、どちらへお出でですか!貴方には、もう時間がないのですよっ!」


そのひどく汗だくで慌てた様子のメガネにおもいきりベロを出してやった。


列車が走り出すと、車窓の秋空に人心地着いたサトルは、疲れも手伝って眠ってしまった。


zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz


気がつけばあたりはすっかり真っ暗闇になっていた。車掌からアナウンスが客席に流れる。

「次の駅は終点の、Sホールディングス前に到着です。」


なっ、何ということかっ、また戻されてしまったのか??


やがて列車は大きなホームへと滑り込んでゆく。ホームにはメガネ筆頭に大勢の従業員が待ち構えていた。もはや逃げ場はない。


「世話をかけますねぇ~サトルさん!もう覚悟してください、貴方が次期社長なのですから。さぁ、来なさいっ!」

サトルは従業員たちに又も引きづられるようにして会社へと連れて行かれる。


正面玄関には黒塗りの車が止まっている。駄菓子屋の前から俺を運んだ運転手が急に降りてくるや、いきなりサトルを後部座席に押し込めた。どうなっているんだこの展開は?

もうわけ解らん!もはや成すがままやればいいさ!


運転手は急発進すると夜の町へとひたすら右へ左へとハンドルで交わして行く。

やがて今朝の駄菓子屋の前に停車し、サトルに語りかける。


「さぁ、貴方には選ぶ権利が二つある。どちらの道を選ぶかは貴方次第だ。サトル君、実は私はSホールディングスの社長の息子でね、数年前に整形して運転手に成りすましたのだよ。


仕事に嫌気が差してね。親父の経営するSホールディングスは「次元移転装置」を開発するために工場排水を垂れ流し続けて、このきれいな里山が残る日の春の町を汚染してきたのだよ。


それにどうしても納得ができなくてね。自然が壊れてゆく・・・


そしてある日、私そっくりのサトル君を山の向こうの会社で見つけたのだ!

そしてこの計画のために、貴方の会社の社長にもかけあって、こちらへ招き入れたのさ。


会社の張り紙の「解散」もみんな嘘なのだよ。さぁどうする?」


サトルはふらふらと車のドアを開け、呆然とベンチに腰を下ろし頭を抱え込む。


辺りは既に真っ暗闇で人っ子一人居ない。店もとっくに閉まっている。さてどうしたものか・・・と、車が急に走り去った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「サトル君!起きたまえ!」


何か聞き覚えのある声にサトルは目をこすると、そこにはメガネのスーツ姿の部長が私に声をかけていた。何故か私は電車の中で寝ていたようだ・・・


「さては、また異世界小説の読みすぎだな、マッタク!さぁ降りよう、仕事仕事!」


納得の行かぬままのサトルはいつもの部長の後を着いてゆく。

何も変わらない朝の出勤となっている。時空の揺らぎか?


いつも通り会社に到着すると正面玄関には既に貼り紙は無く、いつもの面子がそそくさと出社している。何も変わったことはない様子で。


サトルは自分の席に着くと、頭を抱えて昨日?までの出来事を振り返ってみる。

そうか、部長の言うように異世界小説の読みすぎでそちらの世界に入り込んでしまっただけなのか?全て電車の中でのうたた寝の夢物語というわけか?それにしても妙にリアルなのだが・・・


ふと机の上に封筒があることに気がつく。差出人はSホールディングスとかいてあるが、はぁ!「Sホールディングス」??

慌てて封筒を開くと「次元移転装置のご紹介」と、そして、あのメガネの写真が写っているではないか!なんと!!なぜか部長がこちらを見て「クスッ!」と笑っているのが妙な気がしないでもないが・・・あいつ、誰の親父?


////////////////////////////////////////////////////// To Be Continued /////////////////////////////////////////////////////////////



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