水蛇の魔法使い
「おーい、エルフの勇士は居らぬかぁー?」
木陰で寛いでいると、何処ぞの化け蟹がのしのしとデカい図体を揺らしてやってきた。
周りは何事かと驚き、立ち尽くしている。
「アンタが呼んでいるのはこの私かい?」
姿勢も態度も改めず、木の根の側で腕を組みながら答える。
「おぉ、そこに居たかシカシック」
蟹は私の姿を認めると、のしのしとこちらに近づいてくる。
「どうした蟹の王?悪いが用件は短めにしてくれ、磯臭くて敵わん」
「しょうがないのだシカシック、山の毒気が消えた今、あそこにいる理由も無くなったのだ」
「今は海の中でゆっくり余生を過ごしとるんじゃ」
周りからは怯えながらコソコソと〝海と陸の王だ〟と聞こえる。
無理もない、そんな大物を前にタメ口で受け答えしているのだから、バチが当たるのではないかと思ってるのだろう。
「…早く用件を言え、匂いでどうにかなりそうだ」
「おっとすまんの、実はなシカシック…」
「エメの居場所がわかったんじゃ」
「…して場所は」
「驚いた、てっきり取り乱すのかと思ったのじゃがな」
…確かに驚いている。
驚きすぎて取り乱しそうな感情をグッと堪え、報告を聞く。
「…場所は〝魔法都市〟ヒドラからそれを聞いた」
「今はヒドラの契約主が彼女を育てているらしい…様子を見に行くか?」
「無論だ、貴様のミスで私も色々と忙しくしてたからな」
エメが消えた。
そう聞かされた時、かつてなく焦った。
狂ったように探し回り、叫び回った。
たった5日間、長いように感じたその時間は、今ようやく終わる。
「では行こうか、エメの元へ」
ヒドラの巣を越えて、魔法都市近辺へ。
途中で、エメが可愛がっていたカーバンクルを見つけた。
「…魔法都市に入れなかったのか」
「無理もないな、魔物除けの結界が張られておる。それも強力なやつがな」
化け蟹は都市を見ながらそう言った。
手を近づけると、静電気のような衝撃と共に弾かれる。
「亜人も例外ではないぞ、儂等はどう足掻いても入れん」
そう言って蟹は、デカい体を翻して反対へ歩き出す。
「エメ…」
…その日、エメの顔を見ることはなかった。
「『花も振り向く燦々たる光』!」
呪文と共に眩い光が周りを包み込む。
「流石キヤラさん、キラキラしてて好きだなぁ」
思わず見惚れていると、もう順番も近くなってきた。
「エメ、頑張るんだぞ」
お父さ…ハイドラ先生に背中を押される。
今日は第一過程卒業実技試験。
これに受かれば、無事に第一過程は修了する。
「次、ムーテラ・フォン・アレス」
…鼓動が早くなる。
次は私の番。
前に人がいない、垂れ幕の内側で胸を押さえる。
「…あれ、ちょっと大きくなったかしら」
冗談を言い聞かせて、心を紛らわせる。
ーー外では緑色の光が見える。
ムアちゃんの回復魔法だ。
そして光が消えると同時に、ムアちゃんが戻ってくる。
何も言わずに肩をポンと叩き、私を鼓舞する。
そして私は頬を叩く。
「…よしッ!」
「次、エメ・ピスナ」
そう呼ばれ、垂幕の外にゆっくりと歩みを進める。
ーードーム状の施設に、沢山の魔法使いさん達。
「それでは、始め!」
一人が片手を上に掲げた。
合図だ。
私は深く深呼吸をし、唱えるべき魔法を口に出す。
この三年で私は色々なことを学んだ。
あの時の光魔法、あのことをずっと考えていた。
もしかして、種類があるのかもしれない。
それを研究して研究して、そして辿り着いた、確実に次へ進む魔法。
「神様、今一度私に力を貸してください」
私は両手を握り、祈るような形で唱える。
〝たった3つの言葉でも、その意味はきっと美しい〟
ハイドラ先生、この言葉は、魔法は、人の心に届くのでしょうか。
「『天上の使いよ此処に來れ、汝ら人を裁定せし者なれば、其の御業をもって世を駆けん』」
ーー魔法に応えて現れた光を纏いし4人の使徒は、きっとこの世を嫌うだろう。
魔法学校も3年を経て、一過程が修了した。
試験は無事合格。
それから誕生日を経て、そして第二過程へ進む。
魔法学校はそういうシステムらしい。
だから誕生日までの間は、自分が得意とする魔法の研究をするのだ。
「とりあえず、このくらいかな」
今日までに聞いた限りの〝光〟の魔法をノートにメモしていき、その種類を把握する。
「皆はきちんと、同じ光の魔法を唱えているって言ってたけど…」
私が聞いた限り、その同じだと言っていた呪文は多岐に渡る。
「闇の方も、一度聞いてみようかしら」
そう考えていると、お父さんに準備ができたと告げられる。
そう、今日は私の13歳の誕生日。
正確な日付はわからないけど、シカシックさんはこの日付が私の産まれた日だと言っていた。
じゃあ、合ってるのだろう。
ペンをカランと机に置き、食卓へ向かう。
「エメ、誕生日おめでとう」
お父さんはそう言うと、どこからか大きな包みを出してくる。
「これって…プレゼント?」
「まぁ開けてみな」
そう言われて、少々乱暴に包みを破く。
ーーあれから少しずつ、ちょっとずつお父さんを理解してきた。
もう寂しい思いなんてさせないように。
自分が苦しくならないように。
いなくなってしまえばいいと、思わないように。
ちょっとずつ、着実に仲を取り戻し、こうして普通に喋り合うことができる。
…包みの中から、大きな箱が現れる。
箱を開けると。
「…なにこれ、制服?」
紺色をした海兵さんの服に、羽がついたベレー帽。
茶色い手提げカバンに、革の靴。
「第二過程は各々指定の制服で教育を受けるんだ。第一過程を越えた証明として、気品ある姿を、立派になる一歩手前だと周囲にアピールするためにね」
「お父さん!早速だけど、着替えてもいいかしら?」
了承を得て、自室へ着替えに戻る。
「そういえば、誕生日プレゼントは2回目か…」
1回目は誕生日を知らず、2回目は竜のぬいぐるみをあげて渋い顔をされ、3回目は必要ないと言われ。
そして、13歳となる今日。
明らかに嬉しいという表情をされ。
「いやはや、わからんな」
やれやれと首を振っていると、キィ…とドアが鳴る。
「お父さん!どう?似合ってる?」
ーーわざわざバッグを両手に持ち、帽子を被り。
スカートの裾を揺らしながら、エメは現れた。
まるで別人のように見える彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
「エメちゃん!進級おめでとう!」
「あ、ありがとうキヤラさん…」
すごい勢いで抱きついてくるキヤラさん。
「キヤラさんも、進級おめでとう」
向こうのキヤラさんも試験に合格することができた、それに。
「おはようございます、エメさん」
「ムアちゃんも、おめでとう」
ムアちゃんもこうして合格できた。
仲の良い友人達は、全員無事に合格できていた。
フレアさんにオンヨウちゃん、ワリルさんにペクトルくん、それに云々。
「クラス分けなんだけど、今期の試験合格者全員がどうやら同じクラスらしいの…どれだけ大きい教室なのかしら」
教室に向かう道中、ムアちゃんがクラス分けについて説明してくれる。
合格者全員って…3桁くらい行ってるわよね?
「今回の合格者は85人、教室はこの学園の最上階のガラスドームで行われるみたいだね」
「っ!?ど、どちら様で…?」
後ろから急に向かってきたその人は、どうやら私達の会話を盗み聞きしていたらしい。
「ごめんね急に声をかけて…ボクはズクンフト・プラグナーズ、先読みの魔法を極めようとする生徒です。よろしく、エー…エメさん?」
「ホントだ…空が見える…」
光が部屋に満ちるその教室、中央に教台が、それを取り囲むように机が設置されている。
それに、綺麗な蝶々や桜が教室中に舞っていて…。
「あ!ヨウちゃんの魔法だ!じゃあきっとこの近くにぃ…」
…キヤラさんが大きな声でネタばらしをすると、机の下からニョキッとオンヨウちゃんが現れる。
「あらあら、バレてしもうた…キヤラさんはほんと、ぺけぽんどすなぁ」
言葉の雰囲気に似合わない、私達と同じ制服で彼女はそう言う。
「ウチはあの装いで十分って言うたんに、ほんま堪忍やわぁ」
ゆるりゆるりとそう言いながら席につく彼女は、どこか掴めない感じで。
「オンヨウさん…あ!あのオンヨウ家の!」
横にプラグくんが座ると、驚きながらそう言う。
「そうよ、サクラさんは魔法論理学の重鎮、ハレアカ・オンヨウさんの娘さんですものね」
得意げにムアちゃんがそう説明すると、興味深そうにプラグくんは頷く。
「…てか、本来私達がエメちゃんの横に座るはずだったのに、なんでアンタが座ってるワケ?」
キヤラさんが上の席で突っ伏してぶうたれる。
そういえば、何故か自然に私の横にはオンヨウちゃんとプラグくんが座っている。
あまり話さない…片や今日知り合ったばかりの人。
席順などないはずなのに、何故私の横にこの二人が…?
「ペルソンは分かるわ、彼はアナタに興味があるから座ったんだってね」
「ゲスタは分かるぞ、彼女はお前に興味があるから座ったんだとな」
キヤラさんを挟むように座った、これまた名の知らない誰か…あ、言ってたか。
「急に話すとビックリするからやめてよね!…パイソンとえっと…パスタ?」
「ペルソン!」「パスタ…ゲスタだ!」
キヤラさんが上でボコボコとやられている間に、こちらの話は進む。
「あ、あのなエメさん!?興味ってのは決してラブの方じゃなくてその…あーもう言葉が出ない!」
「あらあらプラグはんそんなに取り乱して…ウチはエメちゃん好きやえ?なんなら接吻も…」
…あの二人のせいでどんちゃん騒ぎになってしまった。
オンヨウちゃんに至っては満更でもないような。
「煩いわねアナタ達、神聖な場所では静かにしているのが礼儀でしょう?アレスさんを見なさい、こんなにも大人しいと言うのに…」
斜め下からまた声をかけてきたなの知らない人。
「…ごめんなさいねエメちゃん、彼女はオルデラ・スピッカさん。私達がまだ進級してない時に風紀委員長だった子なのだけど、容赦がないって言うか…」
ああ、既視感があるなぁって思ったけど、去年くらいに態度が悪いわグチグチーって言ってた子か。
「…ていうかムアちゃん、お知り合いなの?」
「まぁ一応は…無理やり風紀委員に入れさせられたっていう思い出があってね…」
押しが強いというか強引というか、しっかりしすぎて割と怖い人なんだなって。
「…この流れだと私も話さなきゃ、だよね…?」
…何かボソッと聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
ーーチャイムが鳴った、第1回目の授業が始まる。
「終わったんだけどなぁ…」
前より長い長い授業が終わり、いざ帰宅ーと思っていた。
帰ろうとしたらハイドラ先生が、『教頭先生が話がしたいらしい』って言ってきて今に至る。
はぁ、とため息を吐きながら廊下をボチボチと歩いていると。
「あ、あの!」
廊下に響き渡る声、教頭先生ではない、若い女の子のような声。
後ろを振り向くと、銀髪の髪の少女が居て。
「あれ、同じ制服…」
だとしたら、あの教室に居たのかしら。
「…私の声が、聴こえてるの?」
不思議な質問に、思わず首を傾げる。
「聴こえるも何も喋っていれば声が出るのは当たり前でしょ?」
私はそう言うと、目の前の彼女は顔を覆って泣き始めた。
「え?!な、なんかごめんね!ほら!私のハンカチ使っていいから…!」
ハンカチを渡そうとすると、首を横に振って彼女は要らないと抗議する。
「違うの…んッ…同じ人と…生物とお話できるなんて初めてで…ご、ごめんなさい…グスッ!」
彼女が涙を手で拭うとき、手首に同じ模様があるのを認めた。
「…もしかしてアナタ、このマークがあったりする?」
同じく手首の模様を彼女に見せると、彼女は目を丸くする。
「ウソ…同じ模様…アナタもあの〝欠片〟を…」
…欠片、バベルの欠片のこと?
「多分そうだと思うけど…あ、ごめん!私、用事があるから!この話はまた明日!」
「あ…」
手を伸ばす彼女を尻目に、私は教頭先生の所へ急ぐ。
「…エメちゃん、か」
私の人生は〝無視〟に満ちていた。
あの欠片を飲んで、あの痣ができて。
私の言葉は誰にも理解されない、できない。
脳波を使った端末を介してじゃないと会話ができない人生。
しかも男の子の端末だし、私は人生を男だと認識され続けるのかと思っていた。
〝周りの認識〟という魔法が、私を完全に男の子として捉える前に。
彼女はそこに現れた。
私を初めて認識してくれた彼女。
私に初めて会話してくれた彼女。
私は初めて、彼女に。
「エメちゃん、エメちゃん…ふふ」
「エメちゃん、エメちゃん、エメちゃん、エメちゃん…」
私の世界には、彼女しかいないのかもしれない。
「お父さん!?私あんな役目できない!」
家に帰るなり彼女は大声でそう言った。
「仕方ないじゃないかエメ、〝結界〟の仕事はそうできるものじゃないんだぞ?」
学校での話し合いの結果、これからはエメにも、通行許可係を頼もうという決断に至った。
というのも、バベルの証を持つ者は万物の声を聴くことができるのかもしれないという仮説のもとで決まったことなのだが。
「でもエメ、君のその…エルフの人も此処に訪れることができるようになるかもしれないんだぞ?」
「君次第で、魔法都市は大きく変わるかもしれなくて…」
「いつから仕事するのか、それによっては私、絶対やらないから!」
プンスカと腕を組む彼女。
そうだな…まだ学生だし、毎日というのもあれか。
「ならどうだ、〝魔誕祭〟限定で仕事をしてもらうってのは?」
「…時間によるけど」
「じゃあ、2日前から当日の朝方ってのは?」
「…まぁいいや、仕事しなさいってことなのでしょう?しないとダメ人間って思われちゃうわ」
「ということで、話し合いの結果そうなりました」
翌日、学校にて教頭先生にそう報告する。
「分かりました。その間は彼女に結界の調整を一任するとして…てことは本当に彼女はアレらと会話をすることができるので?」
「…まだ、わかりません」
エメのあの模様の事、謎深まるばかりのそれを進める機会だと思い、そう命令してきた彼女。
もし、本当にその能力があったとしたら?
…幸せな生活は、送ることができただろうか。
「風の噂だがなシカシックよ」
木陰にて、私の横で化け蟹が語りかけてくる。
「風の噂か?そりゃ嬉しい、風は嘘をつかないからな」
頭の後ろで手を組みながら、半信半疑で戯言を聞いてやる。
「近々、魔法都市に入れるかもしれぬ」
「…なに?」
閉じていた眼を片方開けて、その話を聞く。
「どうやら魔物に詳しい何者かが結界を担当するようで、主張によっては通ることが叶うかもらしいぞ」
「して、それはいつだ?」
ムクっと起き上がり、返事を待つ。
「聖地が聖魔力で満ち溢れる時じゃから…えー1.2…あ、〝虚誕祭〟じゃった。それじゃと…うむ、エメが14になる頃くらいじゃな」
「数えるのが苦手か」
12本も数えられるものがあるのに、何故計算が難しいのか。
「ともかく、14か…大きくなってるかな…」
私が見たのはまだ一桁の時だったか。
そんなにも生きたのか彼女は…。
「?どうしたシカシック、空なぞ仰いで」
「なんでも、ただ、感慨深くなっただけだ」
あと数ヶ月、再開の時を待とう。
「第二過程とは言え、ここまでイベントが無いとやる気も失せちゃうわね…」
魔誕祭3日前、ようやくイベントらしいイベントがやってくる。
「エメちゃん、第二過程は個人の魔力の研究が主だし、学園祭なんて私達が2年経った時…今回は魔誕祭と同時だけど…私達の息抜きの為にわざわざ催しをやってくれてるんだよ?感謝しなくちゃ」
タシールちゃんにそう言われると心が痛くなる。
「あ、エメさんにティーラくんじゃないか。よく見るなー2人とも」
「プラグくんか…なんでもないけど、一応言っておくけどタシールちゃんは私の友達であってそういうのじゃないからね」
タシールちゃんの肩を叩きながらそう言う。
やっぱり、彼女は〝そう〟見られているのか。
「男の子に〝ちゃん〟する時点で少し怪しいけど…まぁいいか。明日からだっけ、通行許可係」
「そうだね、退屈だなぁ…」
何時間も監視しないといけないお仕事〝通行許可係〟もとい〝結界管理人〟。
1人だと流石に退屈になるし、何よりこれを1人でこなせと言うのだ。
「ふ、普通は複数の人で行う仕事なんだよね?エメちゃん凄いよ…」
タシールちゃんに励まされるが、やはりだれてくる。
「ティーラくんも励ましてるじゃないか、まぁ空間移動の陣も設置してくれるかもしれないし、やってみなきゃだね」
はぁ…とまたため息を吐く。
1人で複数の仕事かぁ…。
イヤだなぁ…手伝ってくれないかなぁ…。
「…だったら、私も一緒に行くよ」
私の言葉は、あの男とエメちゃんには届かなかった。
それで良かったのかもしれないけど。
廊下の一角、私たちは笑い合った。
ーー楽しみにしててね、エメちゃん。
翌日、怠い怠い長い長い1日が始まる。
「行ってきま〜す…」
そう言って、元気なく家を出る。
魔誕祭2日前、私の出勤日。
やりたくないという気持ちで一杯な心を持ち上げて、規定の詰所へ向かう。
「イヤだなぁ…」
魔法都市の入り口付近。
石畳の道が、外の土の道との境界を明確に表していて、ここから別の空間だと主張するかのよう。
そしてそこの隅にある小屋、あれが私の仕事場らしい。
「おはようございまーす…」
まぁ当然、誰もいないんですけどね。
結界は魔法都市に登録してある人物しか通さない、例外がいたら詰所で確認した後に判断される。
その仕事が夜遅くまで続く。
幸いにもワープゲートがあり、別の詰所にすぐに行ける。
各詰所はモニタリングされていて、四箇所がリアルタイムで画面に表示されている。
今は特に問題は起こっていないようだ。
「…これがあと2日かぁ…」
良い仕事ではないなぁ…。
夕方になっても、特に何も変化なし。
関係者だけが通ってゆき、そこら辺の魔物が食糧を求めて結界を叩く。
食べ物をあげて帰ってもらうと、魔物たちは感謝して平原の方へ帰ってゆく。
これが夕方まで続いていた。
「こっちの詰所も問題なし、寝てもいいかなぁ…」
窓に肘をかけて、終わるのを待つ。
コンコン…。
ふと、ドアが軽く叩かれる。
誰か来てくれたのかな?
「はーい」
そう言ってドアを開けるとそこには。
「エメちゃん、おつかれ」
タシールちゃんが、応援に来てくれた。
「エメちゃんは…こっちの方かな」
別の詰所に向けて歩みを進める。
大丈夫かな、仕事こなせているかな。
そう頭で考える。
ーーそんなもの、建前でしかないのに。
早くエメちゃんに会いたいなぁ。
そう思いながら、目的の場所に着く。
「…いた」
窓からダラァと顔を出すエメちゃん。
「可愛いなあ…」
心情をボソッと吐露した後、詰所に向かう。
コンコン…。
小さくノックする。
…妙に胸が高鳴る。
頬が高揚する。
ーー同じ女の子なのになんなのだろう、この気持ちは。
早く、エメちゃんに会いたい。
会って、エメちゃんに会って…。
…そう思っていると、詰所のドアが開く。
「エメちゃん、おつかれ」
疲弊した顔を浮かばせて、エメちゃんは扉を開ける。
「どうぞー、ボロ屋ですがー」
元気なさげに歓迎してくれるエメちゃん。
その仕草が、また可愛い。
「…来ちゃった」
「いやぁ助かったよ!話し相手がいないもんでさぁ…まぁゆっくりしてってよ」
エメちゃんはお茶をトクトクと注いで私に渡す。
「…こんな狭いとこで一人なんて、大変だね」
あたりを見渡す。
照明が一つに小さなカウンター、椅子が二席にポットが一つ。
窓が一つに、食糧が少々。
寝具も置いてあって、生活がギリギリできそう。
「こんな狭い部屋で仕事なんてストレス溜まっちゃうよねぇ、…タシールちゃん?」
「ひゃい!?な、なにエメちゃん…」
エメちゃんと2人きりになって、少しボーッとしちゃったみたい。
…エメちゃんの匂いがする
「ひゃい!?って…可愛いなぁタシールちゃん!」
「きゃっ…やめてよエメちゃん〜…」
頭をグリグリと撫で回される。
そんなに構ってくれるほど、疲れてたんだね。
…でもすぐに手が止まる。
「…もう良いの?」
「えッ…そっち系?」
私はもっとエメちゃんにめちゃくちゃされたいのに。
「…誰も来ないね」
「そう、本当に一人なんだぁ…お父さんはおろかだーれもこない」
ブーブーと突っ伏して愚痴を垂れるエメちゃん。
「そうだタシールちゃん、少しゲームでもしようよ」
そう言ってエメちゃんは、どこからかテーブルゲームを出してくる。
「人生ゲーム…?」
カラカラ…。
ルーレットが回る音が反響する空間。
タン、タン。
駒が進む音が響く空間。
「あぁ魔力とお金がぁぁ!」
そして、エメちゃんの叫び声。
「次は私の番だね…」
ルーレットを回し、出た目の数だけ進んでゆく。
「…恋人ができる」
横で良いなぁとエメちゃんが言っている。
恋人…私と…エメちゃん…。
胸が高鳴る、高揚する。
「まぁた外れマスじゃんィィィィ!」
またハズレを引くエメちゃん。
悔しがる顔も、可愛いなぁ。
そう思ってると、胸がキュンッと感じた。
ーーいけない、抑えなきゃ。
行き場のない感情を抑えながら、ゲームを進める。
「…子供、結婚」
ハァ!?っと横でエメちゃんが驚愕している。
エメちゃんと…私の…できたらなぁ…。
それに…結婚…エメちゃんと…。
動悸が激しくなる。
息が切れるような感覚。
「タシールちゃん?」
すぐ目の前で心配してくれるエメちゃん。
「エメちゃん、私…」
ーー胸が張り裂けそうに痛い。
息が苦しくて、酸素がうまく吸えない。
エメちゃんが欲しくて、堪らない。
エメちゃん、エメちゃん。
エメちゃんエメちゃんエメちゃんエメちゃんエメちゃんエメちゃん。
私の大好きなエメちゃん。
ーーこの気持ちが愛なのか、ペルソンさんに聞いてみたことがある。
男性の思考を読むことができる彼女。
反対に、女性の気持ちを読むことができるゲスタ。
彼女ら双子に、このことを聞いてみた。
ゲスタに聞こうとしたけど、私は男に見られてるし。
ペルソンさんはこう言っていた。
「ティーラくん〝も〟彼女が好きなようね、おめでたいね君たち」
ツンっとするペルソンさんを尻目に、私は思った。
私は、エメちゃんのことが好きなんだ。
この気持ちを、伝えないと。
だから私は、彼女に伝えようとして。
「!?!?ん!??…んん〜〜ッ!!?」
不意にエメちゃんの唇を奪う。
エメちゃんの唇、あったかい…。
思わずもっとギュ〜ッと唇を押し込む。
「ンッ!ンンン!!」
お互いの唇が潰れる。
エメちゃんが、僕の胸を押して離れようとする。
「ッ!プハッ!」
どのくらいキスを続けたのだろう。
ケホケホとエメちゃんが咳している。
可愛いなぁ、エメちゃん。
「…エメちゃん、私ね、エメちゃんが好きなの」
ハァ?という顔をしながら、口元を拭うエメちゃん。
「私ね、出会った時からエメちゃんが欲しくて欲しくて堪らなかった」
「だから、今しかないって思ったの。エメちゃん、好きだよ」
そう言って再び口づけを。
タンッ!
そうすると、エメちゃんが私を突き放した。
「…なんで?」
なんで私から離れようとするの?
私はこんなに、貴女が好きなのに。
「タ、タシールちゃん…?女の子同士でそういうのはちょっと…私は、アナタとは友達でいたいの…だから…」
いやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!
バンッと彼女を突き飛ばす。
そして倒れた彼女に覆い被さる。
「タシールちゃん!落ち着いて!」
「なんで私の気持ちをわかってくれないの?こんなに好きなのに、聴いてみて私の鼓動、ほら…トク、トクトク」
倒れた彼女の耳元に胸を近づける。
ーーもう我慢できない。
息が荒くなる。
目が定まらない。
彼女のことしか考えられない。
彼女が、欲しい。
「!!イヤッ!離れてって…!ッヤダってんん〜ッ!」
彼女の唇を貪る。
舌を絡ませて、口内の温度を確かめ合う。
「エメちゃん!エメちゃん!」
もう我慢できない。
エメちゃんとの、子供が欲しい。
「ハァ…ハァ…、な、何をするの…やめて…」
「私、エメちゃんとの子供が欲しいの…だから」
そう言って、彼女の服をびりびりと引き裂く。
「ハァ…!ハァ…!エメ、ちゃん…!」
綺麗な肌、同じ模様。
こんな肌と密着したらどれだけ気持ち良くなれるか…。
私も、服を脱いでーー。
「ちゃちゃいれてすまんなぁそこなケモノはん?」
そう声が聞こえると、次の瞬間私は声の主がいた場所へ入れ替わっていた。
「全く、乙女をこのようにして…お前さん、ただで済むとは思わないことさね」
その人物に扇子を突きつけられる。
私から、エメちゃんを奪ったな?
「許さない…許さない!」
「いやはや、こわいこわい」
余裕ぶりながら、彼女は夕焼けに舞う。
「エメはん、大丈夫でっか?」
閉じていた目を開けると、そこにはオンヨウちゃんが立っていた。
「オンヨウ、ちゃん…」
「全く酷い女さねティーラはんは…女やと隠してエメはんを襲うなんぞ、私も、やろうと思えばやれるんになぁ?」
眼をギラっとしながらオンヨウちゃんがそう言う。
「冗談には、思えないなぁ…ははは」
ーー突然、タシールちゃんが襲ってきた。
キスしてきて、私に乱暴してきて、その上…。
思い出すと体が震える。
〝エメちゃんが好きなの〟
その言葉が頭によぎる。
そっか、今までその気持ちを我慢して過ごしてたんだよね。
「…辛かったよね」
「ちょ、エメはん!?」
倒れている彼女のそばへ向かう。
私に好きって言ってくれて、ありがとう。
「私も〝すき〟だよ、タシールちゃん」
倒れている彼女の額に、そっと口づけをする。
「まあ」
魔誕祭当日。
タシールちゃんとはよりが戻り、代わりに大胆に接してくるようになった。
…いかんせん吹っ切れが過ぎる。
オンヨウさんが来てくれたことはあまり詮索しないようにした。
何故か嫌な予感がしてならなかったから。
まぁともかく、今日も今日とて監視の日々。
でも今日は早く終わるし、魔誕祭楽しみだなぁ。
「な、なんだあれは!?」
…周りが騒ついている。
結界の外では、魔法都市に入ろうとする人が沢山いる。
ーーここを入れて四箇所、今日は特別にサポートに来てくれている人がいる。
…それでも魔物や亜人相手だと私が行かなきゃだけど。
騒動の源を探ろうと、窓から身を乗り出す。
すると、見知った影が。
「おぉすまんな人間よ、儂も祭りにきたのだ、だから恐れるな…恐れるな…」
「!カニさぁぁぁぁぁぁん!!」
知ってる!カニさんだ!
わざわざ会いに来たんだ!
「私もいるぞエメ!」「オレらもいるからなぁ」
シカシックさん…お母さんに、フンさん達も!
みんな、来てくれたんだ。
「久しぶりだなエメ、…こんなに、大きくなって…私は嬉しい…グスッ」
「あぁ、お母さん泣かないで…」
お仕事を交代してもらって祭りを見に行く。
お母さん達と一緒に。
「久しぶりだなエメや、此処まで来るのは大変じゃったぞ、何せこの体、目立って目立って恐れられてもう…」
カニさんはカニさんで落胆している。
「しょうがないわカニさん、偉大過ぎるもの」
「久しぶりだなエメちゃん!変わりないかい?」「「久しぶりっす!」」
「フンさんにニヨウさん、タンさんまで…みんなありがとう…」
「まぁ私もいるんだけどね」
フヨフヨと水に包まれてやってきたのは、人魚のエフィンさん。
「まぁ、画期的な移動手段ですこと!」
ワイワイと再会の喜びを分かち合っていると、お父さんが遠くに見えたのを認めた。
「お父さーん!こっちこっち!」
「「「「「「お父さん?」」」」」」
何故か発生した凄まじい重圧と共に、お父さんがやってきた。
「いやはじめまして、エメを育てさせて貰ってますハイドラ・ピスナですハハ…」
あれ、お父さん少し震えてる?
そんなお父さんの前に、お母さん、シカシックさんが近づく。
「…どうも初めましてハイドラさん、私、エメに〝お母さん〟って呼ばれてますシカシックですよろしくお願いします」
睨むような凄い形相で威嚇するお母さん。
あ、そういえば。
「お父さんとお母さん…てことはこういうことか」
ポンと手を叩くと、私は二人の手を取る。
「これで家族だよね?お父さん、お母さん…」
「それにしてもエルフがお母さんって…エルフと結婚ってのは…うーん…んー」
「なんだハイドラ?私は全然構わんぞ?エメがそれで幸せになれるのならな」
フッと笑うエルフの女。
背中に蓮のマークを背負い、簡易的な鎧を見に纏ったエルフの女。
…これが、エメの言っていたお母さん…。
確かに、私は好きな人もいないし、興味もない。
だが、エメの元に私達が居るようになれば、彼女は幸せになれるのだろうか。
そう思うと、彼女と結婚するのも悪くないのかもー。
「だがなハイドラ、もしエメに何かしていれば…即刻その首、無いものと思えよ」
…いや、やっぱりやめておこう。
魔誕祭。
聖なる木による魔力が聖地に満ちる時、大いなる幸せが、我らに訪れる。
それを見届けるための祭り。
私は、お父さんやお母さん達、キヤラさんやムアちゃん、タシールちゃんにプラグくん達。
みんなと楽しい日々を過ごした。
カニさんの背に乗る私の友人達。
ゴブリンさん達の芸を楽しむ人や、エルフの弓芸。
人魚達の歌声に、ハーピー達の空での演舞。
オーク達の筋肉ショーや、岩人間達の骨董品屋さんなどなど。
今回の魔誕祭は、少し違うんじゃないかって思う。
色々な種族が、こうして一つの場所で楽しんでいる。
そういう日々が、いつまでも続いたら良いのに。
「エメさん、ちょっと来てくれないかな」
ワイワイと皆と話していると、プラグくんが私に来るように促す。
崖へ続く道を、二人で歩く。
…後ろからお母さんがついてきているのを感じた。
林を抜けると、よく月が見える、とても開けた場所に辿り着く。
夕方と夜の境目、大地から溢れ出た魔力が、まるでホタルのようにフワフワと宙に浮かんでいる。
プラグくんは、月を見ながら口を開いた。
「エメさん、〝アナタが好きです〟」
「…ふぇ?」
突然の言葉に、耳を疑う。
「やっぱ伝わらないよなぁ…オンヨウさん、分かりにくいよコレ…」
「あ、の、プラグ、クン…?」
「いいんだ!気にしないで、そんなことよりエメさん、祭りはどうだった?」
「あ、祭りね祭り、えーっと、楽しい、よ?うん」
さっきの言葉が耳に残る。
〝アナタが好きです〟
タシールちゃんとは違う、異性からの告白。
優しくて、スマートなその流れに、呆気にとられた。
「10年後は〝虚誕祭〟があって、聖地の魔力が虚無に戻って、人々に厄災を齎すって言うのがあってー」
好きですって、そんな急に言われても。
「その厄災を超える為に、祭りが開かれるんだ…エメさん?」
あれ?プラグくんってこんなにカッコ良かったっけか。
意識したことないからかもだけど、妙に胸が騒いでー。
「ぷ、プラグ、くん?」
せめて返事は。
「?どうしたのエメさん?」
返事は後で。
「そ、その…後で考えーー」
考えてから答えーー。
「伏せろ2人ともッ!」
急にお母さんが現れ、『深緑の纏』を発動させてそこから退避する。
「あの!シカシックさんでしたか!?一体何が」
「…〝災厄〟だよ」
後ろを指差すと、その先にいたのは。
「…リヴァイアサン…」
「幸運トハ、笑ワセル」
数千年も生きた我にとって、繁栄とは厄介極まりない。
「我、コノ世ノ均等ヲ保ツ者ナレバ」
貴様達は増え過ぎた、そして、神の怒りを召喚してしまった。
「正サネバ」
全てを灰燼に、生物を灰燼に、文明を灰燼に。
悉くを、滅せなければ。
「世界ヨ、我ハ冀ウ。均等ヲ守リシ我ニ、其レラヲ淘汰スル力ヲ振ウコトヲ許シ給エ『冒涜する災害:ディザストロ・デッラ・ブラスフェミア』」
「そんな勝手、させないから!」
同魔法には、それ同様、またはそれ以上の火力で相殺する。
力技しか、道はない…!
「マムさん、お願い…私達を守って!『地の血、其れは紅き泥と成りて』!」
「『地の血、其れは紅き泥と成りて:マザーガイア・クラスニーラヴァ』!」
そうエメさんが唱えると、大地から突如として溶岩が飛び出す。
其れらは、彼のリヴァイアサンが放つ『ディザストロ・デッラ・ブラスフェミア』を真っ向からぶつかり合う。
紅き泥は束となり、螺旋となって穿つ。
そして、赤と青の光が霧散し、それぞれが相殺される。
「エメさん、君は…何者なんだい…?」
そう質問した時の彼女の横顔は、カッコよく、そして。
とても、美しかった。