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Take Over Parents  作者: 深い海のお魚さんなのですよ
5/9

海と陸の王

「…」

ドス…ドス…と、大きな音を立てて体が左右にゆらゆらと振られているのを感じる。

目蓋が重く、うまく開けられない。

倦怠感で、口がうまく動かせない。

…隣でキューキューと、小動物が鳴いているのが聞こえる。

リスちゃんかしら。

堅く、ひんやりとはしていない不思議な、ゴツゴツした何かに揺られて。

いいえ、二度寝はいけないわ…!

頑張って身体を起こし、無理やりに目を開ける。

そこには。

「ぇ…」

大災害の跡、今まで暮らしていたあの泥の家も、あの綺麗だった砂浜も、逞ましく伸びていた木々も、生い茂っていた草も。

何もかもが、黒茶色に染まっていた。

「…ひ、ど…い…」

詰まる声を絞り出す。

そして、そこで私を運んでいた正体に気がつく。

大きな甲羅、そしてハサミ。

「…気がついたかい、エメや」

あの中で一番偉いヒト、大きなカニさん、海と陸の王様だった。


荒れ果てた大地を踏みしめながら進む。

此処ら一帯は我と背中に乗っている少女のみ。

2人だけで、この大地を歩く。

「体調の方はどうかな」

背中に乗っている少女に尋ねる。

「は、い…お陰様、で」

途切れ途切れで言葉を紡ぐ。

「無理はせずとも良い、喋り方も楽にな」

ホッホと笑いながらそう促す。

「では、助けてくれて、ありがとう…カニさん」

「か、カニさんとは…!」

名前につい、驚いてしまう。

「あ…いけなかったかしら?」

「いや…ふ…ハッハッハッハッ!これは愉快愉快!」

そうか、カニさんか。

確かに、我の風貌はカニの一言に尽きる。

今まで我の身分によってカニなどと宣う者はおらんかった。

とても新鮮で、清々しい。

「今、カニさんは自分のお城向かっておる」

「お城?」

「そう、お城じゃ」

少女の体調がだんだん良くなっていくのがわかる。

大地母神と母なる海のおかげか。

「カニさんのお城はどんなところなの?」

「そうじゃのぉ、山のように聳えていて…」

他愛もない話をそれからずっとしていく。

知らず知らずのうちに、口調が砕けていく。

孫に接するみたいに。


「さて、着いたぞ」

ゆさっと背中を揺らされ、前を見る。

「わぁぁ…」

見上げても雲にかかってしまっているくらいに高い山。

城というより山かしら。

目の前には、豚さん達がその入り口を護っていた。

「息災であったか…!」

「えぇお陰様で、…こちらには被害が少なかったようで」

ピシッと豚さんは敬礼する。

「豚さんがいるわ!カニさん!」

人のように二足足で立つ、勇猛そうな豚さん。

「豚じゃなくてオークなんだがのぅ…」

「?何か言いましたか王よ」

私の声が聞こえてなかったのか、反応してくれなかった。

だから、背中からひょこっと顔を出してみる。

「ご機嫌よう、豚さん!」

「!人の子!」

そういうと、長い長い槍をこちらに向ける。

「わっ、何か粗相を…?」

「収めろ収めろ、今日からこの子を儂が育てるのじゃから」

カニさんがそういうと、豚さんはスッと槍を下ろす。

「しかし王よ、今日は随分機嫌が良いのですね」

「…?どうしてわかるのだ?」

「だって、人の子に向かって我じゃなく儂って言ってますもの」

「そうか?…言われてみれば、そうやも知れぬな。なんかこう、孫と話しているような感じがしてのう」

そう言うとカニさんは、恥ずかしそうに大きなハサミで顔?をカリカリと掻いた。


豚さんたちが入り口からササッと離れると、カニさんは大きな体で城の中へと入ってゆく。

でもやっぱり城というか山の方が正しい感じがして、中は坑道の様な作りだった。

「…カニさんは此処で1人…1匹…?で住んでるの?」

するとカニさんは、ふぉっふぉっと笑いながら答えた。

「1人でも1匹でも好きなように呼びなさい。そうさな、門番はあそこのオーク含めて14、此処で元々活動している者たちが150、道の途中で広いところに出るのじゃが、そこに儂の配下が4と言ったところかの」

「じゃあ海の方はどうなの?」

「海の方はじゃな、此処よりももっと綺麗なところでの、色鮮やかな珊瑚達に囲まれている城なんじゃが、人魚兵は1200、魚人兵は800で、此処みたく配下は居ないのじゃが、例えれば竜宮城と言っても差し支えんほどじゃ」

「まぁ!じゃあ海の方が賑やかね!」

私がそう言うと、カニさんは苦笑した。

「ま、まぁ元々儂、海の方で王を務めていた訳じゃし…陸の方はおまけみたいなもんじゃし…」

カニさんは後半につれ小声になりながらそう言った。

…カニさんを傷つけちゃったかしら。

どうにかしないと。

「あ、で、でもカニさんは陸でもこんなに慕われてるんだし!きっとヒトを魅了させるような素敵な力をお持ちなんでしょう…!?」

「あぁ…大丈夫…陸は本当におまけじゃから…」

ああ!どんどん落ち込んでくわ!

「えーっと、えーっと…」


カニさんをようやくなだめ、最初の広間に辿り着く。

「まぁザリガニさんだわ!」

遠くから見てもわかるくらいのサイズのザリガニさん。

カニさんのように真っ赤で、大きなハサミを持っていて、カニさんよりスマートだ。

「よくお帰りなさいました王サマ、おや?人の子ですかい?」

そう言ってザリガニさんは、触覚をピシピシ当ててくる。

「あぁ、ちょっとした事情でこちらで引き取ることになってな。これから宜しく頼むぞクレイよ」

クレイと呼ばれたザリガニさんは敬礼すると、元の位置に戻って座り込んだ。

「ねぇねぇカニさん、あのザリガニさんはここで何をしているの?」

「あれはの、客人を待っているんじゃ。あと6時間もすれば彼は帰るから心配せんでも良いぞ」

1人で6時間もああやって待つの!?

その間1匹で寂しくないのかしら。

「言おうとしてることは分かるぞエメや、彼は好んでこの役職を引き受けているのじゃ。まあでも、話し相手になりたいのであれば好きにすれば良い」

そう言ってカニさんは上へと進む。


「此処が第二広間、グンタイと呼ばれる凶暴なアリ達がここを担当しておる」

「だから辺り一面真っ黒なのね…」

蠢く黒一色の広間。

アリさんたちとお話ししようとしたけれど、思った以上に周りが騒がしくてお話どころじゃなかった。

「まぁ彼等はいつも何故か忙しいからのう。

気にすることはないぞエメ」


「第三広間は化け蛇のケツァールの場所じゃ。近くに所々神殿らしき物がけんぞうされているが特に意味はないから安心しなさい」

私は気になって何故神殿を作ているのかと尋ねたら。

「我は崇め奉られし存在である!故にこそ、我を至高の存在たらしめん為にこうして作っておるのだ!人の子よ!我を崇めよ!」

カニさんにズズズっと私から退かされるケツァールさん。

後ろでずっと「崇めよー!」と言っているのは流石に恐怖を感じた。


そして第四広間。

その姿に、身体中がブルッと震えた。

「おや、どうしたエメや。そんな怯えて…」

だって、あの姿を見たら身の毛もよだつに決まってるでしょ!?

ナメクジのようにぬめぬめしてて、ムカデのように大きくて、ゴキブリのようなのをテカテカカサカサと身体から排出している。

クモのように糸を吐いてて、カメムシのように臭く、ゲジゲジのように長い脚。

「イヤっ!」

目を逸らそうと、カニさんの甲羅にしがみつく。

「そうか、人間には少しキツい姿なのか…。嫌われてしまったようドッコよ」

「ソレハチョットキズツーー」「やめて話さないで聞きたくない!」

なんなのこの吐き気を催すようで、内臓が痒くなるような声!

「あっちいって!私好きじゃない!生理的にムリ!」

「ェ………ェ?」

「いやエメや?そこまで言わんでも…ドンマイじゃな…ドッコ」

落ち込んで項垂れているドッコという方。

その項垂れている姿もとても気持ちが悪くああもう限界。

「ゔゥッ…おおおえぇぇッ…!」

「ちょっエメや!儂の甲羅で吐くのはやめなさい!」

…多分もう一生合わないと思うわ。

「ウッ…そうよね…リスちゃん…?」

「カワイソ(キュー)」


「さて、着いたぞ。此処が儂の広間じゃ」

ようやく最後の広間へ辿り着く。

天井は開けており、広く青い空が見える。

「すぅ…はぁぁ…、空気がおいしいわ…」

ここまで来る道のような暗くてジメジメとしていた空気と違って、ここでは新鮮な空気が味わえる。

「吹きさらしになっておるからの、まぁ雨の日は少し大変なんじゃが」

「確かにそうね、雨なんか降ってしまったら、辺り一面ビチャビチャになっちゃうし、もっといけばプールにもなっちゃうわね」

それはそれで楽しい気もする。

「雪が降ればここで雪合戦もできるし雪だるまも作れるのよ!悪いことばかりではないわ!」

「ただ寒いだけな気がするがのぅ…」

あら?いい場所だと褒めたつもりなのに、カニさんは困った顔をしてる。

楽しいのに、雪合戦。

そう思っていたら目の前に、なんらかの光が漏れている謎の棺桶のようなものを見つけた。

「カニさん、この棺桶はなに?」

とても古い作りの岩の棺桶のようなもの。

所々苔生してて、触るととても気持ちがいい。

「それはのエメ、お宝が詰まってるのじゃよ」

そう言ってカニさんは棺桶を開ける。

中には沢山のキラキラと宝物が輝いていた。

「じゃあカニさんはこの宝箱を護ってるってこと?」

そう言うと、カニさんは少し考える。

「うーむ…少し違うかの」

そう言ってカニさんは、中の宝物をハサミで掬う。

「この宝はの、人間の欲なんじゃ。この欲は山や、周囲のモノにまで影響を与えている」

「周囲を呪い、雰囲気を暗くする毒なんじゃ。だから儂はその毒を取り除くために此処で仕事をしているんじゃ」

「?じゃあなんでカニさんはそのお宝を守っているの?それじゃあ矛盾しちゃうじゃない」

「街へ持っていって全部売ってしまえば、きっとその毒だって治るんじゃないの?」

カニさんは顔を横に振る。

「あくまでこれは山を侵す毒、仮に儂が外へこの宝を全て売りに行ったとしても、人の欲を持ってこれらが無くならない限り、山の毒が癒えることはないのじゃ」

「じゃあカニさんが護る必要なんてないんじゃないの?」

「この棺は死力を尽くした者でなければ開かない。そして、死力を尽くさせるのが儂の役割なんじゃ」

「此処に住む者達は、宝の価値を増幅されるために此処でその役割を受けているんじゃ」

「…我儘な毒さんね」

そう言ってあげるなと、カニさんは頭をポンポンとしてきた。

「さて、此処は広間であって真に住む場所ではない。陸でのお家はこっちじゃ」

そう言ってカニさんは広間の壁にハサミを差し込むと、そこがゴゴゴと開かれて隠し通路が現れた。

「隠し通路!ドキドキするわ!」

現れた通路に期待を隠せない。

ワクワクするんだもの!


「うわぁ…」

その景色に心をうたれる。

海のように、しかし控えめにぼんやりと辺りを照らす青。

大きな貝のベッド。

珊瑚のテーブルに、何故か床で揺らめいている海藻。

まるで。

「まるで海に来たみたいね…」

「流石に新しい環境に慣れなくてのう、海の方から運んできたのじゃ」

「こんな大きいモノたちを1人で!?すごい!カニさん!」

フンッと胸?を張るカニさん。

「エメちゃんは儂のベッドを使いなさい。儂は床でも寝れるからの」

「あら悪いわ!こんな大きいベッドですもの。それだったら一緒に寝たほうが良いわ!」

こんな大きいベッド、私一人じゃ持て余しちゃう。

それだったら、大きいカニさんとギュウギュウになって寝た方がベッドさんも嬉しいわ。

「むむ、仕方ないのぅ。では、今日は遅いし、早速一緒に寝るとするかの」

大きいベッドにカニさんは乗っかって丸くなる。

「おやすみ、カニさん」

カニさんから降りるのも面倒くさいや。

私は、カニさんの甲羅でぐっすりと眠ってしまった。



此処にエメが来てから1ヶ月。

今に始まったことではないが、やはり此処に人は来ない。

いつものようにのんびりしていた儂は、彼女に「ココのお宝さんがもっと取って貰えるような案を思いついたの」と言われて、小さな手で引かれながら連れてこられた。

城の入り口まで連れてこられると、彼女は手を離す。

「わざわざここまで降りるとは、一体何を思いついたのじゃ?」

そう言うと彼女は、門番の一人の手を引く。

「あのねあのね、私がこのブタさんに誘拐されるところを近くの人に見せれば、きっとこの山にも沢山人が来てくれるんじゃないかなって」

「いやエメや、君は此処に居るだけで良いのじゃぞ。それに平和なほうがお前にも…」

彼女の目はやる気に満ちていた。

メラメラと、フンスッとしていて堂々としている。

どうやらやる気も自信もあるようだ。

…仕方ない、一回だけやらせてあげるとするか。

「…くれぐれも、怪我にだけは気をつけるのじゃぞ」

そう言って彼女の提案をのむ。

「じゃあ早速…行きましょ!ブタさん」

「え、私はどうすればいいのですか」

「乗ってやれニクツキよ、その間彼女を守るのじゃぞ」

彼女は城を去っていく。

「儂は、このままでも良いのだが…」


「エメちゃん!?どこまで行くので!?」

小さい手に引かれて森を駆ける。

彼女からの返事はなく、ただただ走る。

しばらく走ると、その先に道が見えてくる。

そして一緒に道脇の茂みに体を潜める。

「あのぉ…」

「シーっ!」

静かにしろだって…。


小一時間が経つ。

「…!足音が聞こえてきましたよエメちゃん!3人組かな?」

私が先の者たちを察知すると、エメちゃんは外へ出る。

「あ、私も一緒に…」

そう言うと目の前でバツサインを出される。

…そして、3人組と邂逅する。

「あら、こんなところに小さな子が…女の子?」

「危ないじゃないかこんなところで、パパとママはどこ?」

「魔物にでも出会ったら危険です、一旦保護しましょう」

3人組に絡まれる。

彼女は一向に黙ったままだ。

「…ブタさん、今よ」

ヒソヒソとそう言って合図を送る。

ええい儘よ!

「ブヒィイィィィイッ!」

奇声を発して茂みから出ると、エメちゃんを抱えて走り出す。

「あ!女の子が!」

「あのオークをやれ!助けるぞ」

そう言うと向こうも全速力で追ってくる。

「もう!無茶苦茶ですよエメちゃん!?私が脚を鍛えていなかったらどうするつもりですか!」

前日に、一人一人に脚は速いかと聞いていたのはこういうことだったのか。

あの中で一番脚の速い私。

しかしあくまでオークの中ではの話。

実際は人間よりも少し劣っているのだが…!

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」

脱兎の如く、森を駆ける。


「ただ災害の被害を調査しに来ただけだと言うのに…!」

この前の大災害。

俺ら自然保護団体には看過できないものであった。

その被害の調査の為、この辺りまで脚を踏み入れて来たのだが。

「ちっ、逃げ足がやたら速いな…!」

あの少女を攫ったオークを追いかけて、『山の城』付近まで来た。

森の中は暗く、悪い噂も立っているため近寄るものは一人としていない。

「でも…あの子は連れて帰らないとね…!」

仲間の一人がそう言う。

「ッ!見えてきました!山の城の入り口です!」

丁度少女を担いだオークが城の中に入るのを目視し、加速する。

「アホントニキタ…止まれ人間よ!此処から先は陸の王たる我が主君の城ぞ!どうしても通りたくば、我ら二人を倒してみよ!」

長い槍を携え、戦闘態勢をとる。

「ただの自然保護団体の一員だからとて、侮るなよ豚共が!」

そして、携えていた剣とオークの槍が互いにぶつかり合う。

ーーーーー。

「流石に…鈍ったか…ぶひ…」

ドサっと地面へ倒れ伏すオーク。

「練度は良かったさ、だが、俺らの方が強かった…さぁいくぞ!」

覚悟を決め、城の中へと進む。


「ジメジメしてて君が悪いわ…虫も多いし…」

「そんなこと気にしてないで早くいくぞ!あの少女が今どうなっているのかわからないんだからな!」

仲間の様子を気に求めず、中を走り抜ける。

すると、大きな広間へ辿り着き、そこには化けザリガニが鎮座していた。

「ヨイショット、よくぞ来た人間共よ!王の配下たるクレイ様が直々に相手してくれよう!」

大きなハサミをバッと広げ、こちらを迎え入れる。

「先の通路は塞がれているか、やるしかなさそうだ」

化物退治なぞ、お手の物よ!

ーーーーー。

「クゥ…ブランクが…」

ザリガニを無力化することに成功した。

ー自然保護団体は、たとえこのような化け物であっても殺生はせず、無力化することを常としている。

だから災害の原因と考えられている『リヴァイアサン』も、検討次第だが一時確保となっている。

「手強かったです…さぁ、道は開ました。急ぎましょう!」

そして、さらに上へと向かう。


「…アリか、しかし、この大広間を占拠しているということは、よほどの力を持っているんだろう」

次の大広間には地面を覆い尽くす大量のアリ。

「それなら簡単よ?殺さない程度に…ボッとね!」

それが彼女の魔法と一斉に燃え出す。

しかし、熱くはない。

「虫にも精神魔法は効くのね…良い勉強になったかも」

ー精神に干渉する類の魔法。

知性あるものは少なからず効くもの。

「でも絵面がひどいなぁ…」

一斉にコロッと倒れたそれらは、何故か罪悪感を感じた。


「よくぞ来た人の子等よ!さぁ!我を崇め奉るが良い!」

開口一番、謎の蛇が宗教勧誘まがいのことをしてくる。

「あ、うちそういうの間に合ってるんで」

半ば反射的にそう答える。

「む、そうか…王にキツく言われたしな…じゃあ通って良いぞ!」

あら、通って良いの?

意外とあっさり通らせてくれた。

「呆気ないですね」

「呆気ないね」

「本当に忌み嫌われてた城なのかここは…」

そう疑問に持つほど、あっさりしていた。


4つ目の大広間。

「おい!なんなんだあのロマンの塊は!?」

「こんな生物、見たこともありません!」

「本部に連絡…いや、保護観察下としてこちらで捕獲しちゃう?」

一般人からしてみれば悪意のフルコースのような外見をしたバケモノはしかし、俺たちにとっては良い観察対象だった。

「…アノ、戦ワナイノデ…?」

「発声器官も備えているのか…戦うなんてそんな!こんな珍しいものキズモノにしたくなんてありませんよ!」

「……」

ーーーーー。

あのロマンの塊は、観察中に疲弊して倒れた為、容易に上へと進むことができた。

「後でまた観察するぞお前ら」

…前方から先程のロマンの塊を哀れむ声がしたが、気のせいだろう。


「来たか勇士よ」

最後の広間。

大きな蟹が佇んでいた。

「あれが、この城の王…」

規格外な程に成長した鋏。

重厚な甲羅。

口元にある髭のような、泡の固形物のような何か。

いずれにせよ、蟹である。

「蟹が王様なんて、笑わせてくれるわね…さぁ、あの子は何処へやったの?」

仲間の一人がそう尋ねると、蟹は少しの間考えるような姿勢を取り。

「フッあれは我が創り垂らした餌のようなもの、人間には、余程美味そうに見えたのだな」

まさか、あの少女がコイツが誘い込む為だけに作られたモノだと。

…どうも人を騙すことに長けているようだ。

「あのようなクオリティーのモノを作り出すとは、相当暇だったんでしょうねぇ陛下?」

冷や汗を垂らしながら煽る。

「あ、あぁ、暇さえあればあの程度、ポンポン生み出したるわ…」

なんと。

あんなクオリティーのモノが量産可能だと…。

早急に対処しなくては。

「こほん…では、我を倒して見せよ!さすれば、この棺の中のモノをくれてやろう!」

…来る!

ーーーーー。

「クソ!なかなかどうして!」

戦闘開始から20分経過。

倒れる気配すらしない。

攻撃は魔法もあの鎧に弾かれ、鋏で薙ぎ払われればこちらがダメージ。

なんと手強い。

「あの!もう目的はなくなったも同然ですしどうでしょう、撤退してみては」

「ほう逃げるか勇士よ!目的がなくなれば尻尾を巻いて逃げるのか!」

ジリジリと迫る巨大ガニ。

確かに女の子はアイツが作った偽物。

しかし、何故か闘志が湧いて出て、此処から離れられないのだ。

「全く男って奴は!下がって!吹っ飛ばす!」

指示通り蟹から離れると、いつから詠唱してたのか大きな火球が浮遊していた。

「我が父をも燃やせ!『傷付けし我が祈祷』!」

名を叫ぶと共に蟹が豪炎の中へ閉ざされる。

人のような悲鳴はなく、ただ燃えている。

「これでどうだ!?」

炎は消え去り、蟹だけが残る。

しかし。

「なん、で…」

魔力が尽き、倒れ伏した仲間が絶望する。

それもそのはず。

あの火力を持ってしても、蟹は倒れず、香ばしい匂いを発するだけ。

目も口も、腕も脚も満足。

「化物かよ…!」

そう口にした瞬間。

「エ、ナニエメチャン?タオレタホウガイイッテ?ぐ、ぐわー」

何やらブツブツと唱えた後、蟹はゴロンと倒れた。

「た、倒れたぞ…!?」

「最期の意地…だったのでしょうか…」

蟹が倒れると、目の前の棺の様なモノが音を立てて開いた。

「…ギリギリだったな」

中の宝を懐に詰める。

「よし、今日は豪勢なものでも食べに行くとするか!」



「ちょっと蟹さんなんなのあの最後!」

「仕方ないんじゃエメ!まさかあれが切り札だなんて思わなくての!」

ひっくり返っている儂に対して、彼女はプンプンと怒る。

どうやら最後の「うわー」に異議があるらしい。

…まぁ儂もどうかとは思っておったし。

「そんなことよりエメや、誰でもいいから呼んできてはもらえないかのう。起き上がれなくて」

そう言うと彼女はそっぽを向き。

「蟹さんの演技がわざと臭かったから今日はずっとそのままよ!」

えぇ…。




エメの自らを囮にした作戦から5ヶ月。

城ではトレーニングをする者が多くなった。

それもそのはず、あの襲撃以降、攻略可能だという噂が人の耳に入り、力自慢が日々やってくるようになった。

力の足りない者は配下が蹴散らし、儂に到達して長い間奮闘した者は褒美を。

そのおかげで人間の欲の数が減っていった。

その効果か、周囲の森もこの城も、些か明るくなったような気がする。

「ここまでになったのもエメのおかげじゃ、ありがとう」

そう言って彼女の頭を撫でる。

「ありがとう蟹さん!」

そう言うと彼女はいつものようにニクツキと共に仕事に赴く。

「お前も感謝するぞニクツキよ、エメの無茶ぶりに付き合わせて」

そう彼に感謝する。

一歩間違えればやられかねない仕事、よくもここまで続けられるものだ。

「いえいえとんでもないお言葉!しかし、おかげでこのように細マッチョボディーを手に入れまして…」

そう言って筋肉を見せるようにポーズを取る。

隆々な肉とは裏腹に、顔とのバランスが最高に悪い。

「あぁ、では今日もよろしくな」

彼はビシッと敬礼を済ませると、エメを担いで風のように走り去る。

「いや変わりすぎじゃろ」




「これだけ探してもいないなんてな…」

エメを探して6ヶ月。

ゴブリン達の集落の近くの浜辺で、エメを知っているという人魚の話では、山の城に向かったと聞いたのだが。

「あの時は門前払いでしたもんね姐御は…」

エルフは、良好な環境でないと活動が厳しくなる。

あの周囲の森はもはや呪いの類で侵され、真っ当なエルフの私では近づくことも出来なかった。

「あの時俺がいなかったら姐御死んでたんですぜ?無茶しないでくださいよ」

そう、エメの為にと危険を顧みず森へ足を踏み入れたのだが、エルフの性か、30分ほどで私は危険な状態に陥ってしまった。

「それほど濃度が濃かったのだ、しかし今なら…」

最近ではその濃さも消え、エルフが数ヶ月くらい生活できるほどまでになっていた。

「近頃噂にもなっている、この付近で遭遇するらしい『少女』もエメの可能性がありますからね。一か八かですよ姐御、行きましょう!」

いざ、山の城へ。

そう一歩進んだ瞬間、木陰に潜んでいたのか、目の前に一人の少女が現れた。

「!?」

「え、エメちゃん…?」

見間違える筈がない。

あの髪あの顔あのカーバンクル。

間違いない、エメだ。

「え、マ……」

途中で喋るのをやめ、どこかを見た後首を振る。

「エメ!私だ!迎えに来たぞ!」

そう大きな声で語りかけると、エメは困った顔をして周りをキョロキョロとみる。

「エメちゃん!俺もいるぞ!」

「ニヨウもいますぜ!」

「タンもいるぞぉ!」

しかし困った顔を崩さないエメ。

「どうした?私と一緒に帰ろうエメ。今なら、絶対に君を守れるんだから」

「だからそんな顔しないで…ママに、あの笑顔を見せてくれ」

ゆっくりとエメに駆け寄る。

その瞬間、影から何者かが現れる。

そして、エメを担いで走り去る。

「オークだ!追いかけましょう姐御!」

突然のことに呆気にとられる。

エメが拐われた、目の前で。

また、私から離れてしまう。

「姐御!」

私が、ちゃんとしていなかったから。

また、彼女に辛い経験をさせてしまう。

「姉さん!」「姉貴!」

「…私は、ママだ」

そう、私はあの子の親だから、彼女を守らなければいけない。

たとえ、この身が犠牲になろうとも。

だから、だから。

「その子を…返せ!」


「数は4、しかしエメちゃん。これは人間じゃないですね、どうしますか?」

「構わないわ!いつものようにびっくりさせて、いつものようにトンズラこくだけよ!」

今日も仕事の時間が来た。

しかもお相手さんは異種族の方のよう。

蟹さんが喜んでくれるかもしれないわ!

そしていつものように道へ飛び出す。

「え、マ…」

勢いよく飛び出すと、お互いに動かなくなる。

ママ、シカシックさん…?

それにフンさんやニヨウ、タンさんまで。

どうして?

私を探しに来たのかしら?

ブタさんが飛び出そうとしていたので首をふる。

どうしよう、でもシカシックさん達が戦っているところも見てみたい…。

あ、いけない…シカシックさんじゃなくてママだったわね…まだ慣れていないのかしら。

しかし困ったわ、どうすれば。

そして、シカシック…ママが近づいてくる。

「エメちゃん、行くぞ!」

そうブタさんが言うと、いつものように担がれる。

「ごめんなさいブタさん!あの人私の…家族だったから!」

「あのエルフとゴブリン達がですか、そうだったんですね…」

そして後ろを振り返ると、ママが凄い顔をしていた。

「ブタさんもっと速く!じゃないと…ママに酷いことされちゃう!」

次の瞬間、ママが走り出す。

それはまるで突風のようで。

「ちょっ!速すぎないかアレ!?ちょっとまずいかもーーッ!あぶねぇ!?」

逃げるブタさんに、鎌鼬が襲う。

「…お願いします神様、どうか無事に帰らせて…!」

そう祈ると、小さな声が聞こえてきた。

自然の声だ。

ママから貰ったあの綺麗な石の中の小さな小さな住民さん。

お願い、今だけは力を貸して。


「ただではおかない…その俊足諸共、粉微塵にしてやる…!」

『深緑の纏』、発動。

このような森でもこれは機能する。

自然あればどこでも、いつでも。

だから、あの子を助けることなど。

「容易い…ッ!」

発動と共に風を薙ぐ。

しかし、コレを躱される。

「チッ!ちょこまかと…」

しかし、このまま走ればいずれ追いつく。

どちらにせよ、こちらが有利だ。

「掴まってろお前たち、吹き飛ばされるんじゃないぞ!」

脚に力を込め、バネのように解放する。

追い風による支援も相まって、どんどん差を縮める。

「…追いついたーー」

その瞬間、オークが木を倒す。

それを躱すと、距離がまた離される。

あのギリギリでそのような判断ができるとは。

「面白い…」

とことん付き合ってやろうじゃないの!


「ブタさん!頑張って走って!」

ブタさんは強風のように速い。

なのに、ママ達はそれを越すかのような速さで追ってくる。

「私、どうすればいいの!?自然さん!」

すると、小さな声が木を切ってと主張する。

「ブタさん!なんでもいいから木を切って!」

それに従い、ブタさんに木を切らせる。

大変!もう近くにーー。

しかし、寸でのところで切り倒される。

距離が、また開いた。

「あ、危なかった…死ぬかと思った…」

「ブタさん!私、自然の声が聞こえるの!だから私に従って!」

その後も猛攻を切り抜け、ようやく。

「見えました!入り口!」

入り口では、門番のブタさん達が既に槍を構えていた。

「気をつけてブタさん達!ママは怖いから!」

そして後ろからの最後の一撃。

「ブヒィイィィィイ!」

コレを体を反って躱す。

そして、やっと中に入ることができた。

「鼻!鼻掠りましたよ!?」

「良かったわブタさん!ありがとう!」


「くそっ!くそっ!なんで寸でであんな対応ができる!?」

あの豚野郎、自然の声でも聴こえているかのようだった。

「まさか、エメが協力してるのか…ありえない、そんなの」

「姐御まずい!入り口がすぐそこだ!」

気がつくと城の入り口は目と鼻の先にあった。

行かせてたまるか。

「…当たれぇぇぇぇぇえ!」

渾身のソニックブーム。

よほどの反応速度ではない限り躱せない筈。

しかし、これも外れてしまった。

「畜生がぁぁぁ!」

咆哮を上げる。

…しかし、中へ行ったのなら、その中を探せばまだ取り戻せる筈。

「止まれエルフよ!この先は通させぬぞ!」

立ちはだかるオーク達。

筋骨隆々の、多分やり手。

しかし構わない。

「そこを…退けぇぇ!」

門番の二頭の豚野郎に向かって吼える。

「いーー」

喋る隙を与えない疾風の如き攻撃。

二頭の腕を斬り落とし、脚を削ぐ。

これで機動力は失われた。

もう門番として機能しないだろう。

「姐御…流石にやりすぎじゃ…」

「殺してやる、殺してやる、殺してやるッ!」

「無駄ですぜ兄貴…あれはもうバーサーカーっすよ」

「そうだぜ兄貴、俺らは支援だけしてればいいんですよ」


通路の有象無象を斬り伏せ、大広間へ出る。

「ちょっもう来たぞあのエルフ!」

居た、エメを拐った糞野郎が。

そこのザリガニなんて構わん、斬り伏せてエメを取り戻す。

そして全力でエメの方へ跳ぶ。

が、先ほどまで大人しくしていたザリガニに阻まれる。

「トロいと思ったかいエルフの嬢ちゃん?」

鋼のような鎧にデカい図体、そしてこの瞬間的な移動速度。

「そこを、退け…」

ザリガニは剣を片方の鋏で抑え、もう片方の鋏でこちらを捉える。

その一撃をひらりと躱す。

一瞬で振り下ろされるその鋏は、岩のようなこと地面に凹みを生み出すほど。

「死力を尽くして闘うがいいエルフよ!我は王の配下の一柱クレイ、いざいざ尋常にーー」

「口上はいいそこを退け」

間合いを一気に詰め、斬撃を浴びせる。

「この程度の剣で私の鎧が貫けると思うたか!…!?」

「刻まれて死ね『時雨鎌鼬』」

重力に従って無数の鎌鼬がザリガニを襲う。

「うぐおぉおおぉおお!」

鎧にはヒビが入り、それに伴って脚や腕が落ちてゆく。

「邪魔だてするからこうなるのだ甲殻類野郎が」

侮蔑を込めて唾を吐き捨て、此処を後にする。

「…俺ら必要ないっすよね兄貴?」

「…そのようだな」


第二大広間。

奴の背中が見えると、黒い壁に阻まれる。

「たかがアリ如き、私に敵うはずなし」

深緑の纏により暴風を黒い壁に叩きつける。

壁は粒子のように霧散し、次の広間への道が現れる。

「…?!」

そして、まだ残ってたのか黒い集合体が足を掴む。

「姐御!今助けます!」「邪魔だ退いてろ」

「…はい」

その集合体も同じ要領で吹き飛ばす。

雨のように散っていくアリを尻目に先を目指す。

「…ドンマイっす兄貴」

「…」


第三大広間に入る前に背中を捉える。

「待ちやがれ豚野郎ッ!」

顔に力が入る。

歯を全力で咬合し、腿をバネのようにして跳ぶ。

「やばい追いつかれる!ブヒッ!」

突如、どこからか鮮やかな羽が奴の背中を押して、接近を回避されられる。

「あぁぁぁぁぁぁクソがッ!邪魔をするなァァァ!」

此処らに建てられた神殿の周りの草木を、生物の如く暴れさせる。

神殿内部から現れた翼を持つ蛇は、コレを回避した。

「いい能力じゃないか耳長の!お主も我を崇めぬか!?」

「ただの蛇が、その翼、二度と飛べないようにしてやる」

火を吐き、大地を揺るがし、羽根を操る。

もはや怪獣の如き蹂躙だが、当たらなければどうということはない。

「…」

エメに昔作ってもらった弓を、限界まで引き絞る。

発射。

放たれた矢は翼を穿つが、奴に落ちる気配はない。

「たかが矢一本で沈められると思ったか?!信仰心が足らぬぞ!」

「お前は、千里眼も第三の眼も持っていないらしい。憐れだな死ね」

「我に向かって何をぬかすかーーはぇ!?」

放った矢は翼を回転するように何度も貫く。

そして翼は後ろが見えるくらいにまで蜂の巣にされ、蛇は地に落ちる。

「這って追う気がなければ賢明だな。少なくとも馬鹿ではないな…そこでのたれ死んでろ」

そう吐き捨てて先をゆく。

「お前も可愛そうだな」

「…我を慰めよ…」


第4大広間。

最早、あの姿は見えない。

代わりに化け物が立っている。

「通せ、娘を取り返せねばならんのだ」

「通サナイ、私ハアナタヲ絶望サセル。ソレダケダ。」

化物はそう言うと体から無数のゴキブリのような生物を射出する。

それと同時に糸を吐き、近寄らせまいとする。

…此処は風が通っているな。

「環境を悔いろ化け物が、お前の敗北は喫したぞ」

その言葉を呑まず、ムカデの如く長い体で私を締め上げる。

ネトネトな粘液、吐き気がするほどの悪臭。

「『風神の腕』」

滑りのおかげで、拘束を容易に抜ける。

そして、其れらを吹き飛ばすように、その巨体を強引に吹き飛ばす。

「ウ…」

何度も地面に叩きつけ、何度も壁に叩きつけ、何度も天井に叩きつける。

蠢くのが止まるのを確認して最後に思いっきり叩きつける。

漸く平らになったそれを踏み越えて、いよいよ最後の間へと向かう。

「うわ、ぺちゃんこだ…生きてんのかコレ…」

「…ン!」

突然、脚を思いっきり引かれる。

「くっ…しぶとい野郎が…」

化物は巨体を起こすと、最早咆哮は生物のものではなく、例えようのない暴れ方をする。

脚に絡まった糸を切り離すが、暴れた勢いを殺せずに壁に叩きつけられる。

「ク…ソ…調子に乗るなよ…クソナメクジ野郎…」

コイツだけは絶対に殺す。

帰り道にエメを危険な目に合わせかねん。

人のスタートダッシュの一種であるクラウチングスタートの体勢をとる。

そして、バネを生かして頭部目掛けて勢いよく跳ぶ。

「ぶつ切りにしてやるから覚悟しろよバケモンが…!」

身体に風を纏わせて高速回転する。

その勢いを剣に乗せて、奴の口へ向かう。

「ハグッ!ウ…ウグ…!」

体内でも回転は衰えず、終点へと切り進む。

体内から乱雑に切られ、奴の体はボトボトと地面に落ちゆく。

そして、終点に着く頃にはただの肉片が転がっているだけとなった。


「漸く追いついたぞ豚野郎…」

だらんと剣を携えて、ただ一直線に奴をにらむ。

「おおお仕事完了致しました!」

そう言ってデカい蟹に向かって敬礼すると、豚野郎はエメを引き渡す。

「ご苦労であったニクツキよ、我の背後に下がっているが良い」

声が重く響いてゆく。

プレッシャーを乗せて響いていくそれは、最早私には感じない。

「…何の真似か知らないが、私の娘を返せ」

「何を言うか、一度娘を守れなんだ奴に、この娘がもう一度守れると申すか!ハッハッハ!…笑わせてくれるなエルフの」

挑発だと思うが、今の私はそれに乗っからない冷静さは残っていなかった。

「お前に何がわかる!力が無く、多くの犠牲を出して、そして娘を手放すしか無くなった親の気持ちがわかる筈もなかろう!?」

「だから力をつけて戻ってきた!多くを切り捨てる冷徹さを兼ね揃えて、ただ娘を護らんとする覚悟を背負ってな!」

そうあの蟹に叫ぶ。

「確かに力はある。我が配下を悉く葬り、そして迅速にやってきた貴様には敬意を表しよう」

「だが、貴様は見落としておろう?何故この娘が我の傍らにいるのかを」

「!?」

悪感がして、すぐにエメに駆けつけようと走り出す。

しかし。

「やはり遅い。それだから大切なモノすら守れないのだよ」

蟹は、徐に少女を両腕で掴む。

「止めろ…」

ググッと、少女を引っ張る。

「止めろ…ッ!」

後少しなのに、またこの手は届かない。

「待って…待ってくれ…」

少女は身体が緊張し、蟹の鋏が震える。

「お願いだから…もう少し待ってーー」

ブチッ。

鈍い音を立てて、少女の身体は真っ二つに、雑に引き裂かれた。

「なんで…待ってって…言ったのに…」

膝から崩れ落ち、涙腺が熱くなる。

「姉御ぉ追いつきましたよ!さぁてエメちゃん、は…」

「嘘でしょ、兄貴…」

目の前で、エメ…だったのものが乱雑に転がっている。

「私、絶対守るって決めたのに…こんなに強くなって戻ってきたのに…」

「ただ、逢いにきただけなのに…どうして…」

胸の中で何かが張り裂ける。

「どうして、こんなことするのよぉッ!」

ドッと涙が溢れ出し、止まらなくなる。

空に向かって響くかのように、私の泣き声は虚空へ次々と消えてゆく。

あぁ、とうとう取り返しがつかないことしちゃった。

お父様、お母様、ごめんなさい。

…頑張ったんだけどなぁ。

「あぁ…ぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」

頭が痛い。

吐き気がする。

もう見たくない。

「ぁぁああ?ぁは…あはは」

もう、馬鹿らしくなってきた。

努力は報われないんだって、目の前で思い知らされたんだもん。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

「姐御…」

もう、知らない。

そんなことなんて知らない。

私は何もしてなかったんだ。

…うん。

…でもせめて。

「ウフフ…ふふ…はぁぁぁ…」

せめて、一矢報いてやる。

エメを、最愛の娘を殺したあの蟹を。

「ふふ…殺して…やる…ハハハ」

何もかも失った私に、失うものなんてない。

でも、この身体が自堕落に滅びようものならせめて。

せめて、仇をうってから死のう。


「殺してやるゥゥゥゥッ!」


そう蟹に向かって吼える。


「よくぞ吼えた勇士よ!さぁ、命を賭して闘おうぞ!」




「あぁぁ…少しやりすぎちゃったかしら…」

多分私は、取り返しのつかない事をしちゃったのかもしれません。


「ごめんなさいママ。私、多分演劇が得意なんだと思うの」


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